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巻き込まれオカマの異世界放浪譚  作者: 雪柳
ガリエガンド編
14/21

霧の湖の死闘3

本編に挟み込めなかったこぼれ話のまとめです。




一瞬の浮遊感の後に訪れる覚醒に抗う事なく、ゆっくりと瞼を開く。

カーテンの隙間から差し込む光は強く、もう昼近いのだと理解する。

問題は、あれから何日寝ていたか、と言うことだった。

一日ということは無いだろう。あれだけ無理をしたのだからそんな簡単に治るとは思っていないし、自分の体を過信できるのは20代前半までだと言うことは二日酔いに苦しむ度に思い知らされている。

夢現にジークに包帯を替えられたり服を着替えさせられた記憶はあるけれど、それも定かではない。

魔力を限界まで行使して、魔力の代わりに生命力を燃やした反動は凄まじいもので、未だに倦怠感が残っている。

視線を巡らせると、空のベッドがひとつ。

そこはジークが寝ていたところだろう。彼はとっくに起き出して、今頃は鍛錬をしているはずだ。


「あいたたた…」


老人になったような気分がした。体の節々が痛い、だなんて成長痛以来の事よ。


「えーと……今、は、何日かしら」


ベッドからなんとか抜け出て、打ち付けたせいかまだしぶとく痛む背中を摩りつつ壁にかけてあるカレンダーについたバツ印を指で辿る。

カリュブディス討伐に行ったのが絵月の3日の事だったから、そこからバツを辿ると三つ。つまり、今は絵月の7日という事になる。


「寝すぎよアタシ」


この身体の痛みと違和感は怪我はもちろんのこと三日も寝ていた弊害だと肩を落としてから、窓の所へと移動する。

カーテンを開け放てば、太陽はもう真上近くまで登っていて、もうすぐ正午だと言う事を告げていた。

窓の外では、子供たちがはしゃいで駆け回っているのが見える。

中には、父親が死んでしまったという子供がいるのだろうか。

可哀想ね、と思ってしまう。そんな感傷に浸ってしまうくらいに、この村に溢れるのは平和そのものの穏やかな気配だった。


「ユーリ、起きて大丈夫か」


鍛錬をして、汗を流してきたのだろう、首にタオルを掛けてラフなシャツと道着のズボンだけを穿いたジークが部屋に戻ってきた。


「アタシだいぶ寝てたみたいね、足腰がババアみたいになってるわ」

「それだけ口が聞ければ大丈夫だな」


笑いながらアタシの頭に手を置いて、ぐしゃぐしゃと髪を掻き回されてパーマが取れる!とぐいと手を押しやって離れる。

異世界に来て、もう三ヶ月。髪は伸びるしパーマも取れかかっているし、毎晩欠かさずしていたトリートメントもないこの世界でアタシの髪は酷いことになっていた。


「髪は女の命なのにぃ」


伸びて肩甲骨の下まで届いてしまっている襟足を摘んでその毛先を見れば、三つに分かれた枝毛を見つけてげんなりとした。

この世界にパーマなんてある訳もないから、仕方ない。

毛先に行くにつれて緩くウェーブを描く髪はそのうち切ろう、と決めてからアタシは部屋に備え付けられていた椅子に座って脚を組む。


「それで、ジーク、状況は?」


寝起きだけれど意識を失う前に抱いた不安の種をどうにかしたくて、途切れ途切れ熱と痛みに浮かされながらもジークに頼んでいたことがある。

それは、勇者の動向。


「あぁ。この村を出て勇者達が向かったのは、どうやら傭兵の国【ハルバディア】らしい」

「傭兵の国?」


繰り返したアタシの言葉に頷いてからベッドに腰掛けて、まだ濡れている髪をタオルで拭きながら話を続ける。


「その名の通り、最初は傭兵稼業を斡旋する商隊だったんだが、いつしかそこに人が集まり、流通が生まれ、いつの間にか国が興っていた。小さな集落に過ぎなかったのにな」


いつもは目にかかる前髪をかきあげてオールバックにするジークにちょっと目が奪われつつも話を聞いてないと後でほっぺを引っ張られて怒られるので大人しく聞く姿勢を取る。


「そこで、どうやら武闘大会を行っているらしくてな。優勝者には豪華な賞品がある、という話を聞いた」

「あいつら勇者のくせに宝物目当てで旅してんじゃないわよ」

「本当にな。魔王退治ならノルニガンド側からでも魔大陸に行けるっていうのになぜわざわざ遠回りにしかならないガリエガンドに来たのか」

「んー、まぁ、経験を積むのとレベルアップも兼ねて、じゃないかしらね。真っ直ぐ行っても人間なんて弱っちいからすぐ死ぬでしょうし」

「そんなものか」

「そんなものよ」


人間は弱いんだな、と呟いたジークはその後アタシを見て何故か首を捻ったから椅子から立ち上がってとりあえず肩パンしておいた。

ふくろから地図を取り出してテーブルに広げれば、そこには魔の森の先、葉狸の里とそこから伸びる湿地帯、霧の湖も記されていた。


「ここから西に行くと、傭兵の国【ハルバディア】がある。ハルバディア周辺はこことは違って、乾燥した暑さが厳しい所だ」


乾燥した暑いところ、と聞いて砂漠を思い浮かべてげんなりとする。

太陽の日差しはきっと、容赦ないだろう。絵月に入ったとはいえ暑さは健在だった。


「あぁ…また日焼けするのね……」

「なんだ?日に焼けるのが嫌なのか。しかし、初めて見た時はユーリは白過ぎて不健康そのものだったぞ」

「乙女は日焼けに敏感なのよ!シミ!そばかす!もう消えないの!」


よくわからない、といった顔をしたジークを恨めしげに睨みつつ、地図の西の方を見てみる。

未だに真っ白だったその地図に、何かが書き込まれていくのが分かり顔を近付ける。


「……はる、ば、でぃあ…ふぅん。行きたい所が浮き出てくるのね、この地図。便利だわ」


一度訪れた所のように詳しい経路は書かれないものの、目的地までの大まかな道筋が浮かび上がる地図に素直に感動を覚えつつ、くるくると巻いて紐で縛ってふくろにしまう。


「ユーリの支度が整い次第いつでも出発はできるぞ」

「そうね、ボロボロになった装備のままじゃ行けないから新しいの買ってから行くとしますか」


気に入っていたオオミズアオのローブはもうどこが袖?と言わんばかりに破れており、ただのボロ切れと化してしまっている。

これではただの浮浪者にしか見えないと言うことで、村で唯一の武具屋へと向かった。


葉狸族の作る武具は幻惑の効果があるものが多いらしい。

村の救世主、として無料で押し付けられそうになったけれど、それはいけないと代金を払う事を渋々了承してもらって、品物を選ぶ為に展示されている防具を見る。

次に向かう先が砂漠だということでなるべく肌の露出の少ないローブを探す。

強すぎる太陽光に肌が爛れないようにする為もあるが、砂漠ならば昼は灼熱夜は極寒という気候が容易に想像できる。

薄着で行くのは自殺行為だろう。


何着か吟味しているアタシの目に止まったのは、オオミズアオの変異種であろうラピスファレーナという虫の繭から作られた絹のような光沢の布で作られた、美しい瑠璃色のローブだった。

お値段は可愛くなかったけれど、これには暑さ軽減の上位互換の暑さ大軽減の効果が付与されており、更には水魔法軽減の加護もついている。


「これにするわ。ジークもなんかいい防具あったら買っておきなさいよ」


金貨なら王様からせしめた分と素材と交換した分でたんまりとふくろの中に入っている。

RPGの基本で考えると、武器を買うのにまず大金を用意する必要がある。

10000ゴールドとか街にたどり着いた時点で持ってないとぐるぐると敵と戦いまくってお金を堅実に貯めるしかないが、なかなか貯まらない。

お金が貯まる頃になるとレベルも上がっており、レベルを上げて物理で殴る状態になるからあまり強い武器も必要なくなってくる。

結局あの二時間は何だったんだ?ってなりがちなのよね。

でもアタシ達は武器はいらないからその前提がない。防具さえあれば良いんだもの。だから、武器を買うお金をその分防具に回せるから最高級品を手に入れることが出来る。

仲間が傷つくのを見たくないしね。


ラピスファレーナのフード付きのローブをジークの分まで購入して、ほかの装飾品等を置いてある場所へと向かう。

霧の湖の底で取れるという透き通る青い石で出来た水魔法を吸収するネックレスや、サハギンの体の中で形成されるという電撃を溜め込んだオレンジ色の不透明な石を中心に据えたブレスレットなど品揃えは様々だった。

光り物好きには堪らない品揃えにウキウキとガラス扉の向こう側を見つめていると、背後から声をかけられた。


「おやユーリ様、お買い物ですかな?」


げ、狸親父。

会いたくない奴ナンバーワンに出会ってしまった自分の運のなさを呪いつつアタシは素知らぬ振りで振り返って笑みを作る。


「これは村長殿。ここの武具屋は品揃えも良くて素晴らしいな、と感心していたところよ」

「そうですかそうですか、我が村自慢のミストレイク石のチョーカーなどおすすめしておりますよ」


あの青い石はミストレイク石というらしい。霧の湖の石だからだと考えれば安直ではあるがわかりやすい。


「ありがと。まだ見て回りたいから失礼します」


軽く頭を下げて、防具を見ているであろうジークの元へと踵を返して向かう。

ジークはとある指抜きグローブの前で腕を組んで立っていた。

ジークの目線の先にあるのは、どうやらドラゴンの革と鱗で作られたという逸品だった。

鋼鉄よりも硬いと言われるドラゴンの鱗に引き裂けるものはないと言われるほどに強靭なドラゴンの皮を使ったそれはジークが嵌めたらさぞかし似合うだろう、と想像してしまい、口元が緩む。


「欲しいの?」


集中して見ていたのか、アタシが来たことに今気付いた、と言わんばかりに目を丸くしたジークに笑いつつ、そのグローブをひょいと手に取る。

重厚感のある鋼色の鱗に同色の皮。鑑定で出たのはスティールドラゴンのグローブ、という結果だった。


「スティールドラゴンって知ってる?」

「あぁ。鉄鉱石を食べて生きるドラゴンだな。洞窟の奥深くに住んでいて、たまに水浴びをしに洞窟から出てくるらしい。こんな珍しいものが、この里にあったとは」


子供が玩具をもらった時のような、そんな風に目を輝かせているジークを見てここでこれを買わないとかそんな愚かな選択肢はアタシにはない。


「これも買うわね」

「えっ、しかし」

「欲しいんでしょ?」

「あぁ、だが…」

「欲しいなら欲しいって言いなさいよ。買ってあげるわよこれくらい!」


だってジークを買うよりずっと安いんだもの。

なんだか今のアタシ、ホストに貢ぐ有閑マダムの気分。


結局買ったのはラピスファレーナのローブを二着、スティールドラゴンのグローブを一つ、ストラップが壊れて履けなくなったサンダルの代わりにラピスファレーナのシルクにサハギンの革を底に張り合わせたバレエシューズとハイヒールを一足ずつ、サハギンの革を加工して作ったブーツを一足。さらには道中で必要になる食料品を大量に購入し、店を出た。


旅の支度はこれで整った。もうこの村に留まる必要は無いと判断し、村と外とを繋ぐ門のところへ向かう。

門番の若い二人はアタシ達が行ってしまうのを惜しんでいるようだったけれど、旅人を引き止めるのはユエ神の教えに反するらしく、アタシたちの姿が見えなくなるまで見送ってくれた。

さよなら、葉狸の里。




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