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巻き込まれオカマの異世界放浪譚  作者: 雪柳
ガリエガンド編
10/21

魔の森3

活動報告にも記しましたが、モーニングスター大賞にエントリーさせていただきました。

よろしくお願いします。


目が覚めたら、アタシはふかふかの布団に包まれていた。

身体を起こそうとしても節々がびきびきと痛むし怪我をしたところは痛むしで、起き上がるのを断念してまた布団へと逆戻りした。


「ユーリ様起きた?」


ひょこり、と顔を覗かせたのは猫の姿をしたティーズ。起きたことが嬉しいのかざらざらの舌でアタシの頬を舐める。


「えぇ、起きたわよ。久しぶりにぐっすり眠って気分爽快」

「あれだけ暴れたらすっきりもするだろ」


キィ、とドアを開けて入ってきたのは、肩にイフリートを乗せて苦笑しているジークだった。

その後ろには、あの憎きエルフの姿が見えてアタシは条件反射的に起き上がり、魔力を指先に込めてスプラッシュショットの構えを取る。


「何の用?」


今すぐにでも魔法を放てる様に構えは解かないままに、ジークの後ろに隠れるエルフを睨みつける。

ジークどいて、その女殺せない。


「申し訳ありませぬ!お許しください!」


突然がばり、と床に土下座をしたエルフ女に驚いて魔力が緩んで魔法が解けてしまう。勿体ない。


「何に対しての謝罪かしら?」


ベッドに座るジークがアタシを落ち着かせるように背中を撫でてくる。

それでも苛立ちが収まらないアタシはエルフ女を見下ろして先を促す。


「貴方様へ対する冤罪、さらには暴行、持ち物の強制押収など、我々の非は明らかです」

「御託はいいからさっさと荷物返しなさいよ。あと装備も」

「はっ!これに…」


扉が開いて、アタシの荷物を持ってきたのはアタシを牢屋で暴行したあの看守の女。

爆発に巻き込まれたのか綺麗だった直毛は見るも無残に縮れていて、腕や足にも火傷が残っていた。


「……着替えるわ、イフリート手伝って」


ベッドから立ち上がり、着ていた簡素な貫頭衣を脱ぎ捨ててローブに腕を通す。

太股にホルター付きのベルトを巻いて、シャグラン・ラ・ローズをそこへと仕舞う。

イフリートが口に咥えていた銀色の台座に嵌るカボションカットのアクアマリンの指輪を受け取り中指に嵌めて、頭にターバンを巻き直す。ふかふかのそこがお気に入りらしいイフリートは早速そこに潜っていった。

剥き出しの腕に巻かれた包帯や、顔などに貼られたガーゼの白さが痛々しい、とばかりにティーズは耳と尻尾をしょんぼりと下げていた。

ヒールで治せるけれど、魔力切れを起こしている今はそれすらも出来なかった。


「それで?アタシはこの森を抜けてヘルメアへ行きたいんだけど、通っていいかしら?」

「勿論でございます」


平伏したままのエルフ女の表情は見えない。アタシは一切の表情を消して、女の頭を見下ろしていた。


「……アンタ、何考えてるの」


びくり、と揺れた肩を見逃すはずがなかった。

エルフはプライドの高い種族だと聞いている。その長がこうしてただの人間に頭を下げるだなんて前代未聞だろうし、これから先もそうそうある事ではないだろう。

何か打算があるのだろうとカマをかけてみたらこの通りだ。

女の直感を舐めたら痛い目見るわよ。


「ジークを置いてけ、とか言ったらこの森燃やすわよ」


頭の上で喜んで!とばかりにイフリートが蒼炎を吐き出した。やだこの子やる気じゃない。


「そんな事は申し上げませぬ!ただ、ご迷惑は承知でお願いがあるのです」

「あっそ、迷惑だからお断りよ」

「貴様…先程から我らが女王たるアグラエル様になんという口の聞き方を!」


アタシに食ってかかろうとしたエルフ娘の喉元に、鋭いダガーの切っ先を当てた。

直線的な動きなんて簡単すぎて先読みする程でもない。

鋭く尖った、青いダガーを少しでも動かせば、切れ味抜群の刃に皮膚は引き裂かれて首は転がり落ちるだろう。


「いい加減立場を分かれよ小娘。次は灰も残らないくらいに焼くぞ、お前を」

「おやめなさいミーリエル」


女王の言葉に引き下がるけれど、アタシを睨みつけるその目が気に食わない。何よりも、アタシの怪我の8割はあのバカ娘のせいなのだから一度は落ちついた疳の虫がまた疼き出す。


「お願いというのは他でもない、このミーリエルを旅のお供に連れていって欲しいのです」

「はぁ?」

「聞いてないわよお母様!」


そんなアタシの感情を逆なでするだけでは留まらない爆弾が、女王の口から落とされるだなんて誰が予想できただろうか。

ミーリエルが大声を上げて女王の腕にすがりつく。まず、アタシ迷惑だからイヤよって断ったの聞いてなかったのかしら。


「今言いましたから。ミーリエル、貴女は強くなった。けれど、世界を知らない箱入り娘。次の女王として、世界を見て回ることで、貴女の見識を広め、深め、更に強くなり、帰ってくる頃には立派な女王の器として成長できるはずです」

「でも……外の世界には野蛮な男が大勢いるって」

「えぇ……だからこそ、旅人様に守っていただきたいと思って、私は心を鬼にしてお願いしているのです」

「お母様……」


なんかいい話風に纏めているけるど、アタシお断りしたわよね?

めちゃくちゃアンタらの都合のいい話でしかないじゃない。アタシの受けた損害とか被害とかまるっと無視してるわよね?

なんだか頭が痛くなってきて深い溜息を吐いたアタシをジークが見ていた。


「二人の世界に浸っているところ悪いが、俺の主はお断りしているぞ」


ジークの冷静な声に母娘劇場から現実に戻ってきたらしい女王が、ジークの手を縋るように両手で掴んだ。


「そこをなんとか!お願い致します!不肖の娘ながら美しく、清く、強くあれと育ててきた娘です!どうか、どうかご慈悲を…!」


ぴき、とアタシの額に青筋が入ったのを見てティーズが慌てたようにアタシの肩に飛び乗って頬を擦り付けてくる。可愛いけど今はそれどころじゃないのよティーズ。


「……分からない女だな」


溜息混じりに言葉を紡いだその声は、アタシですら聞いたことのない低い、低い怒りを湛えたジークの声だった。


「俺は自分の主を傷付けた相手に慈悲をやるほど愚かではない。己の罪を見つめろ」


掴まれた手を振り払い、ジークは憮然としたままアタシを背に抱え込み、立ち上がる。

突然背負われたアタシは勿論、まさかジークにまで断られると思っていなかったエルフの母娘は呆然としていた。

しかし、一足先に我に返ったのはエルフの女王で、アタシの足をがしりと掴んで引き止める。


「お望みならばこのエルフの里の娘、好きな娘を差し上げますからどうか!どうか私の娘をお連れになって…」


そんな母親の後ろでお母様…!なんて口を抑えて感動している風のミーリエル。なんて猿芝居なんだろう。


「悪いけど、アタシ女に興味無いのよ」


イフリートが赤い炎を吐いて女王の手を振り払う。

ジークに背負われたままじゃあね、と手を振れば、お待ち下さいだなんて声が聞こえてくるけれどジークは無視して窓から一気に飛び降りた。

突然飛び降りてきたジークに辺りは騒然となったけれど、当のジークはどこ吹く風と言わんばかりに無視をしてアタシを背負ったまま駆け出した。

エルフの町を抜け出して走る背中は思ったよりも揺れることなく、アタシに配慮してくれているのがわかる。


「……ジーク」

「なんだ?」

「アンタ結構怒ってたのね」


首に腕を回して落ちないようにしがみつきながら、笑い混じりに聞いてみればジークはむすりとした顔のまま、頷いた。


「誰だって怒る。大切なものを傷付けられたら怒るのは、当然だろう」


あの広間でのアタシの台詞を聞いていたジークは、同じようにその言葉を返してきてくれた。


「そっか…そうよね。そりゃジークも怒るわ」

「オイラもだよ!」

「私もだぞ」


ティーズとイフリートも同じように返してくれる、その気持ちが嬉しかった。

面映ゆい気分になりながら、ジークの背中に乗ったままアタシ達はエルフの隠れ里を後にした。




----------






エルフの隠れ里を抜け出た先はまだ魔の森の中だったが、誰かがついてくる気配もなく、魔物の気配も少ない。

食料の補充はできなかったが、魔の森を抜けた先には獣人の集落があるらしいという事をジークから聞いて、アタシはとりあえず腹拵えとばかりに湧き出た泉の側にテントを立てる。

魔力が枯渇している今のアタシは正直言って足手まといにも程があるから、今は休むことを先決させる。

ジークもそれがいいと同意してくれて、今は食べられそうな果実や木の実を取りに行っている。

幸いな事に綺麗な湧き水の泉から流れる川には川魚の群れがいた。

釣竿をどうぐぶくろの中から取り出すと、ティーズに竿がしなったら引き上げろ、と言い残して石で竈を組んでその中央にイフリートを置く。

イフリートは慣れたもので今ではアタシがいちいち言わなくても火の加減を調節できるほどに起用になっていた。

さすがアタシのイフリート、と褒めれば照れたように、他の火の精霊には真似出来まい!と胸を張っていた。

多分できないし、やらせないだろう事は黙っておいた。

どうぐぶくろから野菜を取り出す。人参じゃがいも玉ねぎを並べて泉の水で洗い流してから皮をむく。

少し大きめにカットしてから、先に水を沸かしておいた鍋の中へと入れて煮込む。

そこに塩を入れて味を整える。

煮込んでいる間に先日仕留めて血抜きをしてなんとか解体した猪の魔物の肉を取り出して、一口のサイコロサイズにカットしてから熱したフライパンへと放る。

表面をじっくりと焼いてから、煮込んでいる鍋の中へと肉を入れて、更に煮込む。

水が少なくなってきたら焦げ付かないように木のヘラで掻き回しつつ、牛乳を注ぎ込む。

そこにさらにバターと塩を足して、味を整えてから小匙で掬い、味を確認する。

そのままイフリートに火力を落としてもらいつつ、なおも焦げ付かないように掻き回していると、ジークが帰ってきた。

その手にはオレンジの様な柑橘系の果実が抱えられていて、デザートはそれにすることにした。

火から鍋を下ろして、木製の底の深い器へと気のお他までよそっていく。

ティーズは猫の姿だけれど猫ではないので玉ねぎも喜んで食べるし、何よりもジークはアタシの作るこのクリームシチューもどきが好きだった。

初めて食べた時の顔は今でも忘れられなくて、少年のように輝く目でおかわり、と告げられた時アタシは料理やっててよかった、と本気で思ったわ。

二人と二匹、向かい合って並んで座り手を合わせていただきます、と声を合わせる。

これは地球だけの習慣らしく、アタシが初めてそれを言った時に意味を教えると、ティーズとジークもやるようになった。勿論、後から加わったイフリートも例外ではない。

シチューにつけて食べるようにバゲットを出して切り分けてやると、あっという間に一本なくなってしまい、二本目を出すことになったのには驚いたけれど。

アタシまだ一枚も食べてないのよ。

少し早い夕食を終えて、オレンジの皮を剥いて中の橙の果肉を功労者の差し出せば、ジークは一房手に取りそれを口の中へと放り込んだ。


「酸っぱい」


そう言って顔を顰めたジークに笑いつつアタシも一つ食べてみる。

確かに酸っぱいそれはシロップ漬けにすれば丁度いいかとどうぐぶくろの中へとしまい込んだ。

食べ終わり、洗い物も終わるとアタシは一足先にテントの中に入って寝袋へと入り込む。

魔力の足りない身体は休息を訴えており、暖かさに包まれた途端に眠気が一気に襲ってきた。


「見張りは俺とイフリートとティーズでやるから、ゆっくり休め」


テントの入口からそう声を掛けられて、アタシは返事もできないままに眠りの淵に引きずり込まれた。






夢を見ていた。

いや、これが現実なのかもしれない。

アタシはあの日、トラックに轢かれる事はなく遅刻しそうな仕事場に滑り込みセーフで間に合って、仕事仲間に何してんのよ、だなんてからかわれて、飲んで、喋って、お客さんの愚痴を聞いたり恋愛相談に乗ったり、そんな、代わり映えのない毎日だった。

家に帰れば、そこには勘当された筈の父親と母親がいて、あぁ、これは夢なんだってわかった。

アタシがゲイをカミングアウトした時、父親は怒りに震えていて、母親は泣いていた。

弟は、どうしていたかはわからない。父親が接触を許してくれなかったから。

そのまま出ていけ!と怒鳴られてアタシは元からまとめてあった荷物を掴んで家を飛び出して、夜の街へと溶け込んでいった。

そりゃ、怒るわよね。警察学校に行って優秀な成績を収めて、刑事になってとエリートコースまっしぐらだった息子がいきなり刑事をやめて、ゲイだとカミングアウトして水商売だなんて始めたら。

だから、こうやって優しく出迎えてくれる両親は嘘なの。アタシの、アタシの心の中にほんの少しだけ残った後悔が見せる、夢。


『帰りたくは、無いですか』


何処からか、優しい声が聞こえた。

母親の声に似ているようで、アタシは思わず声の方向を探す。


『あなたの元いた世界に、帰りたいですか?』


この世界に連れてこられたばかりのアタシなら、有無を言わさずにイエスと答えていただろう。けれど、今のアタシにとって、元の世界はそれほどまでに帰りたい、と思うものではなかった。

大切なものを作らないように、人の波に流されて生きていたあの頃のアタシには、戻りたくはなかった。


「残念だけど、アタシ今の生活が結構気に入ってんのよ」


嘘偽りない言葉だった。

今のアタシには、ティーズがいる、イフリートもいる。そして、ジークもいるのだ。


「こんなに抱え込んでんのに、今更放り投げる訳にはいかないでしょ?女神様」

『それが、あなたの選択なのですね?』

「そうねぇ。案外、楽しいわよ」

『……ありがとう、ユーリ』


声は薄れて、消えていった。そして、アタシの後悔も白んでいきそして、消えた。

鳥の声が夢の終を告げる。







騒がしさで目が覚めた。

テントの外で見張りをしていたはずのティーズはいつの間にかアタシの寝袋に潜り込んで丸くなって眠っていた。

テントの入口には、こちらに背を向けて座っているジークの背中が見えて、ほ、と息を吐く。

戻ってきたのだ、と知らずに安堵している自分がいて、またどさりと寝袋の上に倒れ込む。

しかし、目が覚めてから一向に止む気配のないこの五月蝿さは何なのだろうか。


「なぁによ、うるさいわね」

「あぁ、起こしたか」


振り返ったジークの顔は優しく微笑んでいて、寝起きでその顔はずるい、とひっそりと思う。

普段は厳つい系イケメンの癖に笑うと柔らかくなるなんて卑怯だわ。

じゃなくて、ピーピー五月蝿い原因は何なのかしら。

寝袋から這い出てテントの入口まで向かってジークの背中越しに膝の上を覗き込む。


「なんでそんな小鳥が集まってんのよ」

「わからん」


アタシが近寄ったことによってジークの膝の上にいた小鳥はいっせいに飛び去ってしまった。

昔から動物には好かれないのよね。泣いてなんかないわ。

飛び去った小鳥の羽が舞い散る中、ジークとアタシの正面に、とんがり帽子を被って青いローブを来て杖を持った子供が一人、座り込んでいた。

ついさっきまでそこには誰もいなかったのに、アタシもジークすらも気付かないうちに現れたその子は、黄色い瞳をぱちくり、と瞬かせていた。


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