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ギターを弾いてみる気はないかい?

 日曜日の朝、自転車にまたがりこのみとの待ち合わせ場所である公民館へと拓海は急ぐ。

 ベージュのチノパンに黒のTシャツとライトブラウンのジャケットを着てこのみと会うことを決めた拓海。

 女の子と2人っきりで出かけるのが初めての拓海にとって、その服装は熟考に熟考を重ねて決めた組み合わせだった。

 公民館に着くと既にこのみが待っており、そわそわした様子で辺りを見回している。

 拓海が声をかける前にこのみと視線が合うと、ムッとした表情で拓海を出迎えるのであった


「先輩、遅いですよ」

「そうかな。まだ集合時間よりも15分早いじゃん」

「男の人は女の子を待たせちゃダメなんです。全く先輩は女心をわかってないんですから」

「すいません」


 このみの機嫌を損なわないように拓海は素直に頭を下げることにした。

 だたでさえこのみがへそを曲げるとなだめるまでにかなりの時間がかかるので、素直に頭を下げることが波風を立てない方法でもある。

 昔と比べてだいぶこのみとの接し方に慣れたものだと拓海は思う。


「それより拓海先輩、このお洋服どうですか? 似合ってますか」

「あぁ、可愛いんじゃないか。ワンピースの色がオレンジ色って所もいいと思う」

「ありがとうございます。拓海先輩は褒めるのだけは上手ですね」

「褒めるのだけはとか言うな。俺にももっといい所があるだろ」


 オレンジのワンピースを着たこのみは拓海の方を向き楽しそうに笑う。

 今日のこのみは服だけでなく化粧も気合が入っているように見えた。

 そんなに今日の演奏会を楽しみにしていたのかと拓海は思い、小五郎の誘いにのってよかったと心の底から思った。


「早速行きましょう。こっちです」

「待って。そっちは入り口とは反対方向じゃん」

「こっちに関係者用の裏口があるんです。先におじいちゃん達に挨拶をしましょう。入館許可書も貰っています」


 そういうとこのみに手を引かれ、裏口の管理人に入館許可書を見せて中へと入っていく。

 いくつもある部屋の中から『橘バンド控え室』という部屋の前で止まると、このみはやっと手を離してくれた。


「ここがおじいちゃんがいる控え室です」

「橘バンドって、そういえばこのみの苗字も橘だったよな?」

「おじいちゃんが中心となって作ったグループですから橘バンドって名前にしたらしいですよ。決して私の苗字から名づけたわけじゃありませんからね」

「わかった、わかった。その言葉を信じるよ」

「あっ、その言い方は信じていませんね。本当に本当なんですから」

「そこに誰かいるのかい?」


 控え室の扉が開かれると中からスキンヘッドの70代ぐらいの男性が顔を覗かせた。

 その男性、もとい老人はこのみのことを見ると驚いた表情をし、隣の拓海を見てさらに目を見開いて驚いているようだった。


「このみちゃんじゃないか。久しぶりだな。隣にいる人はこのみちゃんのボーイフレンドかい?」

「違いますよ。この人はあたしの学校の先輩で、今日はおじいちゃんに呼ばれてきたんです」

「小五郎さんにか。それなら中にいるよ。さぁ、入って入って」


 目の前にいる気のいい老人につれられて中に入ると、そこにはギターを持ち椅子に座る小五郎がいた。

 小五郎の周りにはもう1人老人がおり、ベースを持ちながら小五郎と2人で打ち合わせをしているように拓海には見えた。


「小五郎ちゃん、孫がボーイフレンド連れて遊びに来てるよ」

「だからボーイフレンドじゃないですから。あくまで学校の先輩後輩の関係です」

「おぉ、このみに拓海君来てくれたか。こっちに椅子があるから好きなところに座ってくれ」

「わかりました」

「じゃあ小五郎ちゃん、私はトイレ行くから後でね」

「はいよ、いっトイレ」


 スキンヘッドの老人が部屋を出ると、小五郎がこちらへ来るように手をぴょこぴょこと動かす。

 拓海は小五郎の側にこのみと行くと隣の白いひげを生やしている老人も拓海達に気づいたようだった。


「おっ、このみちゃんじゃないか。小五郎さんの演奏会に来るなんて珍しいね」

「高林さんお久しぶりです。おじいちゃんがいつもお世話になってます」

「いやいや、僕こそ小五郎さんにはよくしてもらってるよ。今このみちゃんって何歳?」

「今年16歳になります」

「もう高校生か。大きくなったもんだね~~。そういえば隣の人は? このみちゃんのボーイフレンド?」

「だから違いますって」

「俺はこのみさんと同じ高校に通っている加藤拓海と言います。このみさんとは学校の先輩後輩の間柄です」

「そうなのか。ところで君、ベースに興味はないかい?」

「ベースですか?」

「たかちゃんたかちゃん、孫の友達を勝手に勧誘しないでよ」

「すまんな。つい癖で」


 ひげの生やした老人は自分の長いひげを触りながら大声で笑う。

 その顔をくしゃくしゃにして笑う無邪気な笑みを見ただけで、この人が優しい人なんだと拓海は思った。


「そういえば高林さん、まだ拓海先輩に自己紹介をしてませんよ」

「おっと、いけないいけない。この歳になると物事が忘れっぽくなってかなわんな。僕は高林というもので、この近くの楽器店の店長をしているものだ」

「楽器店?」

「この近くに高林楽器店というお店があるんですよ。この人はそこのオーナーです」

「オーナー? そんな人までいるの?」

「そうだよ。是非楽器をお求めなら僕のお店に来てほしい。ベースをするなら僕が教えるし、今なら格安で高林楽器店秘蔵のベースを売ってあげよう」

「たかちゃんたかちゃん、ぬけがけはダメだよ。拓海君にはわしがギターを教えるんだから」

「あの、俺楽器を練習する気は全くないんですけど‥‥‥‥」

「そうだったね。とりあえずそこに座って座って。このみも一緒に」

「はい」


 空いている席にこのみと2人で座るとようやくそこで一息つくことができた。

 小五郎は小型の冷蔵庫からペットボトルのお茶を出すと紙コップに注ぎ、それをこのみと拓海の前に出す。


「ありがとうございます」

「別にいいんだよ。それにしても拓海君、よく来てくれたね。ありがとう」

「こちらこそお招きくださいまして、ありがとうございます」

「そんなにかしこまらなくていいよ。わしと君の仲じゃないか」


 そういうと楽しそうに笑う小五郎である。

 以前会った時から思ってはいたが、拓海にはこのみのおじいちゃんが温かい人のような気がした。


「少し真面目な話をするが、拓海君は本当にギターを弾いてみる気はないかい?」

「ギターをですか? でも俺特段音楽に興味はないんですけど」

「少しでも弾いてくれればきっとギターのよさがわかるから。本当に少しでいい」

「わかりました。ためしに弾いてみます」

「よし、じゃあこのギターを使ってくれ」


 そういうと小五郎からギターを受け取る拓海。

 その足で小五郎は拓海の後ろに回り拓海にギターを構えさせた。


「こことここを左手で抑えて、このピックで弦を弾くんだよ」

「こうですか?」

「そうそう、拓海君センスあるね。本当に初めてやったのかい?」

「はい」


 小五郎と会話を交わしながらも正確に弦を弾いていく拓海。

 弦を弾きながら演奏をする面白さを拓海は少しだけだが見出していた。


「よし、今の所を連続で弾いてみよう。ゆっくりでいいから」

「わかりました」


 ゆっくり丁寧に先程小五郎に習ったことを忠実に実行していく拓海。

 拓海が奏でる音は点と点から線となり、やがて周りを魅了する音となる。

 ギターを弾き終わると周りから拍手をする音が拓海の耳に届く。

 小五郎だけでなく、高林やこのみまで拓海の演奏に対して拍手をしているみたいだった。


「拓海先輩凄いです。いきなり1曲弾いちゃうなんて」

「小五郎ちゃん、ついに橘バンドの後継者ができたんじゃない?」

「本当に上手いね。今日初めてやった人とは到底思えないよ」

「どうも」

「先輩、もう1度引いてもらえませんか?」

「いいけど、何で?」

「いいから弾いてください」

「わかったよ。そんなにせかすな」


 拓海がつたない指で再びギターを弾き始めると、このみがそれにあわせて歌い始める。

 このみが歌っているのはとある童謡の一説。

 自分の音に合わせてこのみも歌ってくれているようで、歌に引っ張られるように拓海も必死にギターを弾く。

 やがて曲が終わり、拓海が顔を上げると小五郎や高林は目をぱちくりしていた。


「どうしたんですか? もしかして俺何か大きいミスでもしちゃったとか?」

「いやはや、拓海君達本当にすごいね」

「2人でグループ組んだらどうだい? 名前はそうだな、橘バンド2みたいな感じで」

「もう、高林さん冗談もきついですよ」

「僕は冗談は言ってないつもりなんだけどな」

「橘バンドさん、リハーサル始めるので準備をお願いします」

「それじゃあわし達は行くか。たかちゃん、そろそろ行こうか」

「そうだね、梅ちゃんはどうする?」

「さっき直接来ると言ってたからそのままくるだろう。とりあえずわし達だけで行って先に待ってよう


 そういうと小五郎と高林の2人は楽器を持ち立ち上がった。

 拓海とこのみの2人もその様子を見て、同時に立ち上がる。


「じゃあ今日は来てくれてありがとう。拓海君もゆっくり見ていってくれ」

「わかりました。小五郎さん達も頑張ってください」

「ありがとう。後、さっきわし達が言っていたことは本心だからな。拓海君のギターはお世辞抜きで上手かったぞ。また後でな」


 それだけ言い残すと小五郎達は控え室から出て行く。

 誰もいなくなり静かになった控え室には、このみと拓海の2人が残っていた。


「先輩さっきのギター凄い上手かったですよ」

「えっ? そうなの?」

「はい、拓海先輩絶対にギターをやった方がいいですよ。先輩の才能はあたしが保障します」

「ありがとう、このみ」


 このみには褒められたが、拓海は複雑な気持ちであった。

 実際このみの歌にのせてギターを弾いた時すごい楽しかったが、いまだにバスケットのことを未練に思っている。

 そんな中途半端な気持ちのままギターをやっても、それは教えてくれようとする小五郎達にも悪い。

 今のままではどうしてもギターを本格的に練習をする気分になれない拓海だった。


「そろそろ開園時間になりますね」

「そうだな」

「じゃあ行きましょうか。そろそろリハーサルも終わる頃ですし」


 このみに手を引かれ、拓海達は裏口を出て正面入り口へと戻る。

 この後このみと2人で入場券を受付の人に見せ、適当な席へと座り開演の時間を待つのであった。


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