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誰か来ているのかい?

 昇降口に戻ってきたこのみは拓海の腕を掴むと靴を履かせ、自転車置き場へと急いでいく。

 それぞれの自転車に乗ると、無言でこのみは自転車にまたがり校門を出る。

 そのこのみの後ろを拓海は慌ててついていった。


「ちょっと早いって。そんなに急ぐ必要があるの?」

「急がないと先に使われちゃうんです。拓海先輩も急いでください」


 このみが何故せかすのか拓海にはよくわからなかったが、このみの言う通り必死になって後ろをついていく。

 その間本当にどこへ行くかもわからず、ただ後ろをついていくだけだった。


「拓海先輩、こっちです。あたしについてきてください」

「このみ、これお前の家と逆方向じゃないのか?」

「こっちでいいんです。もう拓海先輩ったら、男なら黙ってついてきてください」


 前を走るこのみの姿を見ていぶかしげに顔をゆがめながらも拓海はこのみの後ろを必死についていく。

 カラオケよりもいい場所があると言っていたが、そこがどこなのか心当たりが拓海にはない。

 なのでこのみの案内にしたがってそこへ向かうしかなかった。


「着きました。ここです。私が目指した目的地は」

「ここって言われても、一体ここはどこなの?」


 このみに案内されたのは学校から少し離れた所にある大きな家。

 家の前には門もあり、見た目だけは豪勢な住宅のように見えた。

 ただ周りには殆ど家もなく、木が生い茂り薄気味悪い印象で、1人ではあまり訪れたくない所にある。


「このみ、本当にここでいいの? 入る家間違ってない?」

「はい、ここで大丈夫です。中に入りましょう」


 このみはそういうとポケットから鍵を取り出し、家の中に入る。

 拓海も続いて中に入るが、家の中はフローリングがしいてある普通の家であった。

 その反面部屋はたくさんあり、普通の家には珍しい3階建ての造りになっている。


「このみ、ここは?」

「私のおじいちゃんの家です」

「おじいちゃん?」

「そうです。ここなら存分に歌えると思いますから。こっちにきてください」


 このみに連れられて入った部屋は広かった。

 ただ広いだけでなく、その中にはギターやベース等様々な楽器が置かれており、ドラムセットまで完備されている本格的な音楽スペースである。

 また部屋の中は音響設備まで整っており、レコーディングスタジオの様な充実した設備であった。


「ここって一体何をやる場所なの?」

「ここはおじいちゃん達のバンドがよく使っている練習場です」

「練習場? このみのおじいちゃんって一体何をしてる人なの?」

「それは後で話しますから。とりあえずこっちで曲を選びましょう」


 そういうと音響設備の横に置かれた箱の中から無数のCDが出てくる。

 その中からこのみは1枚取り出すと中から歌詞カードとCDROMが出てきた。


「あたしのおじいちゃんって、音楽が凄い好きな人なんです。それで趣味が興じてこんな部屋まで作っちゃったらしいんですよ」

「なるほど。それでこんなにすごい音響設備があるんだ」

「はい。あたしも昔はよくここに来て色々な演奏をしたり歌ったりしていました」

「へぇ~~、このみって音楽得意だったんだ」

「そうですよ。これでも中学時代は吹奏楽部にいましたし、音楽コンクールではピアノの伴奏もしていたんですから」

「それはすごいな」

「そうですよ。だから拓海先輩はあたしをもっと褒めるべきです」


 このみの話を聞いていて、拓海は素直に凄いと思ったがあることが気になった。

 中学時代、このみは吹奏楽部にいたのなら何故バスケ部に入部したのかということである。

 通常であったら、普通中学時代やった部活に入るべきだと思う。

 それなのに何故バスケ部に来たのか拓海にはわからなかった。


「でも、それなら何で吹奏楽部に行かなかったんだよ? このみぐらいの実力なら、普通にメンバーに選ばれてただろ?」

「それは言えません」

「はい?」

「拓海先輩には内緒です。それよりも歌いましょう。まずはあたしから入れます。拓海先輩は床にでも座っててください」

「わかった」


 このみは音響機器の中にCDを入れるとスイッチを押し、音楽が流れ始める。

 音響の機材が整っている分、カラオケよりも音の質が全然違っていた。


「この歌は女性ロックバンドの曲だよね?」

「そうですよ。これってあたしの1番好きな曲なんです」


 しっとりとしたバラードの曲は昔昼のドラマでも流れていた人気バンドの曲である。

 拓海も知っている曲で昔はよく聞いていた。


「ちゃんと聞いていてくださいね」


 それだけ言うとこのみは歌詞カードを見ながらマイクを手に歌いだす。

 透き通るようなきれいな声はおとぎ話に出てくる人魚姫を連想させた。


「いや、人魚姫というよりはローレライか」

「誰がローレライですか? 誰が」

「すいません」


 間奏の間に怒られながらも2番も歌い続け、このみの歌は終わった。

 拓海は素直に上手いと思いつつ拍手をしていると、このみが拓海の方を振り向く。

 楽しそうに笑うこのみは、拓海に褒めてほしがっているように見えた


「どうでしたか、先輩?」

「素直に上手いと思ったよ。このみってこんなに歌上手かったんだね」

「ありがとうございます。じゃあ次は先輩が歌いましょう」

「俺は遠慮しとくよ。歌下手だし」

「大丈夫ですよ。あたしもサポートしますから」

「でもなぁ」

「誰か来ているのかい?」


 部屋のドアが開いたかと思うと、そこには眼鏡をかけた白髪の男性が中へと入ってきた。

 その老人の姿を見たこのみは一瞬苦い表情をする。

 拓海はわけもわからず呆然と2人のことを見ていた。


「おぉ、このみじゃないか。珍しいな、この部屋に来るなんて」

「おじいちゃん」

「おじいちゃん? この人ってこのみのおじいちゃんなの?」

「初めまして。橘小五郎と申します。いつも孫のこのみがお世話になっているようですいません」

「いえ、こちらこそこのみさんのお世話をさせていただいていいます」

「拓海先輩、それ言い方間違っていませんか?」


 目の前の老人に対して、真っ先に頭を下げる拓海である。

 このみの祖父だということに気づき、失礼のないように頭を下げ続ける拓海。

 しばらく頭を下げた後、恐る恐る拓海は顔を上げると老人はにこやかに拓海のことを見ていた。


「もしかして、君が噂の拓海君かい?」

「噂のかはわかりませんけど、俺は加藤拓海といいます。このみさんとはバスケ部の先輩後輩の間柄です」

「はっはっは、そうかそうか。君の噂はこのみからよく聞いているよ。何でもバスケ部期待のポイントゲッターだとか」

「おじいちゃん、デリカシーがなさすぎです。拓海先輩はとっくの昔にバスケ部を辞めてるんですから、その話はやめてください」

「なんと。それは失礼なことを言った。申し訳ない」

「いえ、別に辞めたのは自分の意思なんで気にしていません。だから顔を上げてください」


 その場で頭を下げる老人に、拓海は恐縮しっぱなしだ。

 それはこのみの祖父ということもあるが、まさかこんな所でこのみの家族と会うとは思わなかったからである。

 しばらくして顔を上げた小五郎は本当に申し訳なさそうな顔をしていて、拓海の胸まで痛んだ。


「もしよければでいいのだが、君が気にしないのであれば退部の理由を聞いてもいいかな?」

「別に構いません。実は右膝を怪我してしまって」

「膝か。それは大変な怪我をしてしまったんだな」


 試合中の怪我なのでこればかりはしょうがないと拓海は思うしかない。

 相手が悪いと思った時期もあったが、今ではそんな感情も湧かなくなっていた。

 怪我とも上手く付き合っていけているため、怪我の容態はある意味安定しているといってもいい。


「膝の怪我は治りにくい上にその後のパフォーマンスにも影響するとわしも昔聞いたことがあるな」

「そうですね。医者からも同じ様な事を言われました」

「今は走ったり出来るのかい?」

「はい。昔ほど早く走ったりは出来ないですが、スポーツをするぐらいには回復しています」

「そうか」


 小五郎は短くそうつぶやくと楽器がおいてある所から1本のギターを取り出し、壁に立てかけてあるパイプ椅子を持って拓海達の所へ来た。

 2脚のパイプ椅子を拓海の前に置くと今度はマイクスタンドを小五郎は取りに行く。

 一体何が始まるのかわからない拓海はその場に座っていることしか出来なかった。


「このみ、お前も拓海君の分のパイプ椅子を出さないか」

「そういうことですか。わかりました。準備しますからちょっと待っててください」

「俺も手伝うよ」

「お気持ちはありがたいですが、大丈夫です。あたしも準備がありますので」

「準備?」


 そういうとこのみは拓海の前にパイプ椅子を置くと、『座っててください』といいそのまま楽器の方へと向かって行く。

 拓海は出されたパイプ椅子に座り、このみは楽器置き場からキーボードを引っ張り出すとそれをパイプ椅子の前に設置する。

 その様子を見た拓海は、2人が演奏の準備をしているように見えた。


「このみ、一体何をするの?」

「演奏ですよ。おじいちゃん、拓海先輩の前でギターを披露するみたいなので私はそのお手伝いです」

「お手伝い?」

「せっかく拓海君にきてもらったのだから、橘家としてもおもてなしをしないとな」


 そう言うと小五郎はギターを構え、このみはキーボードに手を置いた。


「そういえばおじいちゃん、曲はどうするんですか?」

「ギターとキーボードしかないから、いつものでいいだろう。このみ、ボーカルも兼任してくれないか?」

「いいですよ。じゃあ始めましょう」


 拓海は何がなにやらわからないまま、このみと小五郎の演奏が始まる。

 イントロを聞いた瞬間、拓海にもその曲の名前がわかった。

 とある2人組のグループが出したバラードの曲で、拓海も中学時代よく聞いた曲でもある。

 そんな思いで深い曲を2人は演奏してくれるらしい。


「かいさつの横つないでいた手‥‥」


 このみの澄みきったきれいな声に思わず拓海も聞き入ってしまう。

 このみのキーボードの音がギターが包み込み、調和が取れている音楽。

 改めて拓海はこのみが音楽好きの家に生まれたのだなとこの時感じた。


「すごい」


 このみの歌も凄いと思ったが、歌いながら正確に弾くその技術が凄いと思った。

 ギターも全くミスがなく、素人の拓海が見ていても上手いと感じる。

 拓海が感嘆している間に2人の演奏は終わりを向かえ、このみが満足そうな顔を拓海に向けた。


「拓海先輩どうですか? あたし達の演奏」

「正直見直したよ。初めてこのみのことを凄いと思った」

「今さらですか? あたしは元からすごいんですけど」


 正直な話、このみがこんなに格好良く見えたのは初めてだった。

 いつもは自分の後ろについていく可愛い後輩が、この時ばかりは別人のように見える拓海だった。


「拓海君、どうだった? わしらの演奏は?」

「素晴らしかったです。小五郎さんのギターも素晴らしかったんですが、このみの歌や演奏も格好良かったです」

「このみに惚れ直したかい?」

「惚れ直しませんが、見る目は変わりましたね」


 そう言うとあからさまに不満な瞳を拓海に向けるこのみ。

 頬を膨らましながらパイプ椅子を拓海の隣に持って行くと不満そうな表情で隣に座った。


「このみ、どうした? 元気ないぞ」

「別に。デリカシーのない先輩なんてしりません」

「拓海君も大変だな」


 そのように話す小五郎はやけに楽しそうだった。

 そして何かを思い出したかのようにポケットから2枚の紙切れを出す。


「そうだ。もしよければこれを貰ってくれないか?」

「これは?」

「今度公民館でやる私達の演奏会のチケットだ。今週の日曜日に行われるんだが、もしよければ拓海君とこのみにわし達の演奏を見に来てほしい」

「演奏会ですか?」

「そうだ。この近くの自治体が集まって行う発表会があるんだよ。是非それにこのみときてもらいたい」

「このみとですか?」

「最近このみもわしらの演奏会に顔を出さないからな。拓海君となら一緒に来てくれそうだしどうだい?」

「おじいちゃん、拓海先輩だって忙しいんですよ。あまり無理を言わないで下さい」


 チケットを小五郎から貰ったが、正直拓海としてもあまり気乗りはしない。

 だが小五郎の口ぶりから、このみには自分達の演奏を見にきてほしいという感情を強く拓海は感じるのだった。

 そのため、拓海も自分の気分転換にもなると思い小五郎の誘いにのることにした。


「わかりました。当日は見に行きます」

「えっ、拓海先輩行かれるんですか? 見てても別に面白いものはないですよ?」

「いいじゃん、たまにはこういう所に行くのも。このみは無理?」

「私はあらかじめ先輩方に部活を休むことの了承をもらえれば大丈夫ですけど」

「じゃあその日は一緒に行こうか。せっかくだし」

「しょうがないですね。特別に付き合ってあげますよ。本当は映画とかに行きたかったんですけど」


 複雑な表情をしながらこのみも演奏会に行くことを了承する。

 こうして日曜日に行われる演奏会にこのみと行くことが決まった拓海である。

 決まった時、妙にそわそわするこのみの姿が拓海にはとても印象的であった。


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