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先輩は黙っててください

「いや~~うちびっくり。拓海君がこんなに歌が下手なんて」

「光ちゃん笑っちゃダメですよ。かと‥‥‥‥拓海さんも真剣なんですから」


 拓海が歌い終わった後、周りの人達全員がお腹を抱えて笑っている。。

 その原因である拓海自身はというと、超絶音痴な歌声を披露した後その場に座り地蔵のように固まってしまう。

 現在は席順を変更し拓海の両隣に光と篠塚が座っており、光の隣に山口その隣に剛という順で座っていた。

 悠馬はどうしているかというとソファーの端の方でずっと携帯をいじっており、完全にカラオケに興味がなくなってしまったらしい。

 そうなると必然的に拓海が2人の相手をしなければならず、剛と山口を2人っきりにするため2人の話し相手をする羽目になった。


「だから言ったよね? 俺歌超下手だって」

「ごめんごめん。でも面白かったしいいじゃん。これからカラオケの時は師匠って呼んだあげるよ」

「そんな称号いらないから」

「もし拓海さんさえよければ、次は私と歌いませんか? デュエットで歌うなら少しは拓海さんの音程も取ってあげられると思うので」

「いいねいいね。じゃあその次はうちと拓海君で歌うから。拓海君って他に何歌える?」


 そのように話しを進めながら、拓海と光と篠塚の3人はカラオケで歌う選曲の話で盛り上がる。

 その間剛は山口といい雰囲気になっているようで、拓海も2人の姿を見て安堵のため息をつく。

 現在山口と剛の2人は有名なラブソングをデュエットしているようで、端から見ると仲むつまじく歌っているように見えた。


「あの2人いい感じだね」

「瑠璃って誰とでもすぐ仲良くなれるから」

「そうなの?」

「うん、結構瑠璃ってサバサバしてるから近寄ってくる男も多いんだよ」

「へぇ~~」


 拓海は山口のことを見るが、そんな風には全く見えない。

 むしろ光の方が遊んでいるように見える拓海だった。


「拓海さん、そろそろ終わりますから準備しないと」

「わかった」


 拓海は目の前にあった2つのマイクのうち片方を篠塚に渡す。

 その直後剛と山口のデュエットソングが終わり、拓海と篠塚が入れた曲が流れ出した。


「メロは1フレーズごとで交代にして、サビは一緒に歌うって事でいいですか?」

「それでいいよ」

「てか拓海君汗ですぎ。マジでうけるんですけど」


 光に茶化されながらも拓海は必死に歌い始める。

 現在拓海が篠塚と歌っている曲は誰でも知っている有名なアイドルソングだった。

 幸い篠塚が一緒に歌ってくれているのでサビの部分はごまかすことが出来ている。

 ソロの音程は外れていたが、何とか歌いきることが出来た。


「拓海っち、やるじゃん。今の歌いい感じだったよ」

「そうかな?」

「そうですよ。拓海さんすごくよかったです」

「ありがとう。そういってくれるだけで救われるよ」

「じゃあ篠塚が歌い終わったからつぎはうちだね。言っとくけど次の曲はうちと拓海っちの共同作業になるんだからね」

「共同作業!!」


 素っ頓狂の声を拓海があげると、その言葉に反応した他の人達が笑い出し、カラオケボックス内で更なる笑いを生む。

 スマホをいじってばかりの悠馬のことは気になったが、剛の方は楽しそうに山口と話しているので大丈夫だと判断する拓海。

 機嫌が直った光とのデュエットも無事に終わり、拓海はほっと一息をつく。

 グラスのジュースに手を伸ばすと、既に中身が空になっていた。


「俺、飲み物空になったから入れてくるよ」

「じゃあうちも一緒に行く」

「それならついでに飲み物取ってくるから。光ちゃんは何か飲みたいものある?」

「じゃあお言葉に甘えて、うちはアイスティーがいいな」

「わかった。じゃあ取ってくるからちょっと待ってて」


 拓海はカラオケボックスを出てドリンクバーのコーナーへと行く。

 光に頼まれたアイスティーを入れながら、その場で深いため息をついた。


「さすがにちょっと疲れたかも」


 光と篠塚の2人を相手をするのは拓海にとっても精神的に疲れることであった。

 剛のためとはいえタイプの違う2人の機嫌を悪くさせないようにするのは至難の業である。

 タイプも違う様なので2人の間を上手くとりもつよう話す様にしているため、心底疲れていた拓海。

 特に剛がいる手前、失敗も出来ず変なこともいえないので当たり障りのない会話をするのが本当にしんどかった。


「甘いものが飲みたいな。久しぶりにメロンソーダとカルピスを混ぜたやつでも作るか」

「あっ、拓海先輩じゃないですか」

「えっ?」


 拓海が後ろを振り向くとそこには先週一緒にファミレスにいったこのみが制服姿でいた。

 頭の中で何でお前がここにいるとは思ったが、ここはこの地域の学生が集まる数少ない娯楽施設なのでこのみが来ていてもおかしくはない。

 このみは拓海が振り向くと空のグラスを片手に持ち、一目散に拓海の元へと来た。


「奇遇だな。こんな所で会うなんて」

「そうですね。まさか拓海先輩がカラオケに来てるとは思いませんでした」


 拓海のことを見るこのみの目つきがやたらと怖い。

 何故そんな目つきをしているのかわからないが、怒っているこのみに思わず後ずさる。


「このみ、どうしてそんなに怖い顔するんだよ。俺、お前に何かしたか?」

「それじゃあ聞きますけど、拓海先輩はどうして今日のあたし達とのカラオケに来てくれなかったんですか?」

「カラオケ? 何の話?」

「惚けたって無駄ですよ。今日は真里菜先輩達とカラオケに行く予定だったのに拓海先輩は断ったんですから。真里菜先輩もがっかりしてましたよ」

「ちょっと待って、このみ。話を整理しよう。カラオケって何の話? そもそも俺そんな話聞いてないんだけど」


 このみが今言っていることを簡単に整理すると、どうやら自分がカラオケの誘いを断ったらしい。

 何故誘われてすらいない自分にそのような話がきたのか、拓海自身も全くわからなかった。


「嘘ついても無駄ですよ。だって孝明先輩は拓海先輩は忙しいので今日はこれないっていってましたもん」

「孝明が‥‥‥‥」


 神楽孝明の名前を聞いて拓海も事情をなんとなく察する。

 現在孝明も拓海もなんとなくお互い距離を取っている状態にある。

 そんな中でバスケ部のマネージャーであり同じ2年生の神宮寺真里菜が来ているのであれば、おせっかい焼きの彼女のことだから2人の関係修復のため拓海を誘うのは自然な流れとなる。

 まだ真里菜と孝明とは距離を取っていたい拓海のことを思い、孝明自身が気を遣っているのがありありとわかった。


「う~~~~ん‥‥‥‥‥‥そうだよ。俺ちょっと今日忙しいから、だから孝明に言って断ってもらったんだ」

「先輩、嘘ついてますね」

「何でそう思うんだよ?」

「先輩は嘘をつくとき、必ず視線をそらしますし口元も引きつります」


 言われた瞬間、口元を隠すがそれを見たこのみは一瞬にやりと笑う。

 その表情を見て、拓海はかまをかけられたと思ったが時既に遅し。

 このみの術中にはまってしまう拓海であった。


「やっぱり嘘をついていたんですね、拓海先輩」

「かまをかけるなんて卑怯だぞ、このみ。それに俺本当に今忙しいから」

「そうやってかたくなに嘘をついても無駄ですよ。ちゃんと理由はこっちで聞きますから」

「こっちってどこに行くつもりだよ。ちょっとこのみ、そんなに引っ張らないで。ジュースがこぼれるから」


 アイスティーとカルピスメロンソーダを持ち、このみに連れてこられた所は拓海達のカラオケボックスとは反対方向の部屋。

 中へ入るとそこには黒くてつややかな髪をなびかせた女性、神宮寺真里菜とバスケ部が誇るイケメン男子の神楽孝明がいた。

 現在歌を歌っている最中の孝明に至っては歌を中断し拓海を見てそのまま固まり、真里菜は手を口に当てて驚いているように見えた。


「孝明‥‥‥‥」

「拓海‥‥‥‥」

「えっ? 待って。拓海君は今日忙しくてこれないんじゃないの? それにこのみちゃんは拓海君をどこで見つけてきたの?」

「拓海先輩とはたまたまドリンクバーでばったり会ったんです。それよりも孝明先輩、これはどういうことですか?」


 拓海の手を離すとそのまま腰に手を当て孝明の方を見るこのみ。

 その表情は拓海からは見えないのでわからないが、孝明と真里菜の表情から察するに怒っているように感じられた。


「孝明先輩、何で拓海先輩を誘わなかったんですか? 本人が白状してましたよ。「俺は誘われなかった」って」

「このみ、俺まだ何も言ってないからな」

「拓海先輩は黙っててください。何もいわなくても拓海先輩の顔にはそう書いてあったんです」

「俺の顔ってそんなにわかりやすいかな」


 一旦拓海のほうに顔を向けた後、再び孝明のほうに顔を向けるこのみ。

 先程の表情から察するにこのみが少しだけ怒っているように見えた。


「俺が誘う前に拓海が他の人に誘われてたんだよ。だから忙しいかなって思って声をかけなかったんだ」

「拓海先輩、それは本当ですか?」

「そうだよ。今日は別の友達に誘われてて、たとえ孝明に誘われても先約があったから断ってたよ」

「そうですか。しょうがないですね。今回は特別にこうして拓海先輩を捕まえられたので、孝明先輩のことは不問にしましょう」


 拓海と孝明が胸をなでおろす中、カラオケ機器を拓海に渡すこのみ。

 それを両手にコップを持っている拓海はもてず、ただ見つめていた。


「このみ、これは何?」

「せっかくなので拓海先輩も一緒に歌いましょう」

「このみ、人の話を聞いてたか? 俺今日は別の人達と来てるからそろそろ部屋に戻らないと」

「じゃあ1曲でいいですから。あたし先輩の歌聞いてみたいです」

「そう言われてもな、俺歌超下手だし」

「拓海君、じゃああの歌はどう? いつもカラオケに行った時の十八番で1曲目から入れてるやつ」

「十八番? もしかしていつものやつ?」

「そうだよ。私が入れるから一緒に歌おう」

「えっ?」


 真里菜が有無を言わさずカラオケの機器を操作するとある曲が流れ始める。

 それはとあるバンドが歌っている、テレビの主題歌にもなった曲であった。


「じゃあ私がAメロ歌うから、拓海君はいつもと同じように歌ってね」

「わかった」


 拓海はコップをテーブルに置き、マイクを探していると隣のこのみがマイクを渡す。

 そのマイクを受け取り歌う体勢を拓海は取った。


「拓海先輩の十八番ってことは、よくこの歌を歌ってたんですか?」

「うん、いつも私か孝明君が拓海君とデュエットしてたんだよ。あっ、始まる」


 それだけ言うと真里菜は歌い始める。

 タイミングよく拓海も入るとこのみも隣で楽しそうに手拍子をし始め歌が始まるのだった。

 そして1番が終わり、曲の間奏に入った所で拓海はホット胸を撫でる。なんとかここまで無難にこなせていると本人自身は思ってた。


「それにしても拓海先輩って歌い方面白いですね」


 そんなことをこのみに言われ、軽くへこみながらもこの後に続く2番も何とか歌いきった拓海。

 歌い終わると軽く息をはくのを他所に、このみと孝明は拍手を送っていた。


「真里菜先輩超上手かったです。さすがですね」

「ありがとう、このみちゃん」

「拓海先輩は‥‥‥‥うん、何でもありません」

「そこはフォローしてよ。自分から頼んどいてそれ?」

「でも、拓海にしては上手かったと俺は思う」

「孝明もそんな事をいうのかよ」


 拓海がうなだれると同時に全員が一斉に笑う。

 先程まで神妙な顔をしていた孝明も真里菜やこのみ達と共に笑っていた。


「孝明先輩もようやく笑ってくれました。それじゃあ続いてもう1曲行きましょう」

「悪い。俺、そろそろ戻らないと本当にまずいから」

「ええっ、まだ来たばかりなのに」

「1曲って約束だったじゃん。それに友達を放置したまんまにしてるから早く戻らないと」

「拓海」


 グラスを2つ持った拓海を呼び止めたのは孝明である。

 孝明の方を振り向くと、先程の神妙な顔とは打って変わりつき物がものが取れたようなはれやかな顔をしていた。


「その‥‥‥‥なんだ‥‥‥‥また、遊びに行こうな」

「そうだな、また今度。みんなで行こう」

「その時はこのみと真里菜先輩も誘ってくださいね」

「わかった。またな」


 そういいながら拓海はこのみ達の下を去り、剛達の所へと戻る。

 剛達のいるカラオケボックスに戻ると、その部屋にいた全員が拓海のことを心配しているようであった。


「拓海、お前遅いぞ。今まで何してたんだよ」

「ごめんごめん。ちょっと何飲むか考えてて」

「あっ、拓海君何それ? 新しいもの?」

「これのこと? これはカルピスとメロンソーダ混ぜたやつ。意外とおいしいんだよ」

「拓海っち、ちょっとそれ飲ませて飲ませて」

「俺も、それ飲んでみたい」


 何とかごまかしきれた拓海は元の場所に座り剛達の話に加わった。

 この後のカラオケも和やかに進行して行き、無事終了する。

 帰り際の会計最中このみ達と会わなかったことに対して運がいいと思いながら、拓海は家路へと帰るのであった。


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