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一生のお願いだ

「なぁ、拓海。今日は一緒に帰らないか?」


 このみとファミレスで話した後翌週の月曜日、帰りのホームルームが終わると剛が真っ先に拓海の前に来る。

 ホームルームが終わると真っ先に帰る剛にしては珍しく、拓海も驚いてしまう。


「別にいいけど、でもお前電車通学だろ? 自転車通学の俺とは方向逆じゃないか?」

「知ってる。実はこの後遊びに行こうと思うんだけど、拓海も一緒に来ないかってこと」

「俺はやめとくよ。今月お金ないし」


 拓海は先週このみにパフェをおごらされたせいでお金が殆ど残っていない。

 お小遣いをもらえる日までまだ日数もあるため、出来るだけお金は節約しておきたかった。


「足りない分は俺が出すから、だから来てくれよ」

「そこまで言うなら行ってやらない事もないけど‥‥‥‥」

「本当か?」

「でも、俺本当に金ないからな。それだけは言っておくぞ」

「もちろん、そこらへんは俺に任せろ」


 やけに自信満々な剛を見て不安に思う拓海。

 いつもこのような時はろくなことがない事を拓海は身を持って知っていた。


「それなら善は急げだ。早く行こうぜ」

「ちょっと待てよ、そんなに慌てなくてもいいだろ? って俺の鞄を持っていくな」


 自分の鞄を持って走っていく剛の後を急いで追っていく拓海。

 鞄2つを持って走っていく剛に拓海は追いつくことが出来ない。

 結局拓海が剛に追いついたのは昇降口の下駄箱で剛が上履きを履き替えているところであった。


「剛、お前そんなに足速かったっけ?」

「拓海が遅くなったんじゃないか? 俺は50mのタイムは全く上がってないぞ」

「マジか」


 剛の話を聞いた後、自然に自分の右膝を撫でてしまう。

 足が遅くなったのは怪我の影響がないとは言い切れない拓海であった。


「そんなことより早く行こう。外に人を待たせてるから」

「待たせてる? 誰を?」

「それは校門に行ってからのお楽しみだよ。会えばお前も気に入ると思う」

「お楽しみ? 気に入る?」

「早く早く。さっさとローファー履いて鞄を持て。行けばわかるから」


 剛に促され、校門前に行くと外人のように鼻の高い少年がスマホをいじっていた。

 その顔は拓海も噂ではよく聞く人物で、近づいていく剛の肩を掴んで耳元で話す。


「待った、剛。まさかあそこにいる黒崎悠馬がお前のいう待ち人じゃないよな?」

「そうだけど? 何か問題が?」

「あるに決まってるだろ。だってあいつ噂だと無類のアニメ好きで2次元の女の子以外興味がないって奴だろ? そんな奴とお前にどんなつながりがあるんだよ」

「悠馬とは同じ中学だったからその縁であいつとつるんでるんだよ。確かにアニメとか超好きで家にフィギュアとか大量にあるけど、根はいい奴だし、何より顔がいいからさ」

「いい奴?」


 拓海は校門にいる悠馬の方を改めてみる。

 校門でスマホをいじって不機嫌そうな顔をする悠馬は剛の言っているような人には見えなかった。

 むしろ剛の言っていた顔がいいからという理由の方が拓海にはしっくりくる。


「なぁ、剛。俺あいつがめっちゃ不機嫌そうに見えるのは俺の気のせいなのか?」

「気のせい気のせい。それより早く行くぞ。悠馬、すまん。待ったか」


 剛に手を引かれながら校門前に来た拓海は悠馬のことを見るが、相変わらずの不機嫌そうな表情を変えようとはしない。

 こんな人物と一緒にこの後一体どこへ行くのか拓海は凄く気になった。


「待ってない。それより行くならさっさと行こう。時間の無駄だし」

「そんなつっけんどんな顔をするなよ。今日は友達も連れてきたんだから」

「友達?」


 悠馬の顔が拓海の方を向き、頭の先からつま先までじーっと見つめる。

 何故か自分が値踏みされている感覚になるため、あまりいい気がしない拓海であった。


「なるほどなるほど。お前が噂の」

「噂?」

「なんでもないから。こっちの話」

「こっちの話?」

「別に気にしなくていいから、それよりも早く行こう。俺も忙しいから、こういうことは早めに終わらせたい」

「終わらせたい?」

「拓海、悠馬の言動は気にしなくていいから。お前は自転車を取ってこい。もう行くから」

「わかった」


 剛に多少の不信感を抱きながらも、拓海は自転車を取りにいく。

 校門に戻ると、スマホをいじる悠馬に対して剛が何かを話していた。


「お待たせ、2人で一体何の話をしてるんだよ?」

「別になんでもないよ。それはこっちの話だから」

「加藤だっけ? 早く行こう。これ以上ここで話してると余計に面倒くさいことになるから」

「面倒くさい?」

「あぁっと、なんでもない。それよりも早く行こう。今日はカラオケだから」

「カラオケ‥‥‥‥」

「どうした、拓海。顔色が悪いけど、もしかして風邪?」

「いや、なんでもない。風邪とかじゃないから」

「なんでもないならさっさと行くぞ。さぁ、早く早く」


 剛にせかされ、剛や悠馬と共に拓海はカラオケ店へと向かう。

 拓海達の地域は都市部から離れた地域にあり、俗に言う田舎と呼ばれる所である。

 電車は1時間に2本走っていればいい方で、周りに娯楽施設も少ない。

 先日拓海とこのみが行ったファミレスも店内に数店舗しかないうちの1つで、学生が多く訪れる施設の1つであった。

 拓海達が向かうカラオケ店は拓海の住む地域で2店舗しかなく、同じ学校の学生同士で鉢合わせることも少なくない。

 そんなカラオケ店の前に着くと入り口の前で3人の制服姿をした女の子が携帯をいじっているのが見えた。


「お待たせ、3人共待った?」

「遅いよ、佐野君。私達10分も待ったんだからね」

「ごめんごめん、ホームルーム押しちゃって。お互い積もる話もあると思うから、とりあえず中に入ろうか」

「ちょっと待て」


 拓海は自転車をその場に止め、剛を自分の方へ引っ張りこむ。

 引っ張りこんだ彼の耳に悠馬と女子に聞こえないよう注意しながら耳打ちをする拓海であった。


「何だよ、拓海。女の子達が待ってるから早く行くぞ」

「早く行くぞじゃない。この前の合コンの話、俺断ったよな? 何で今日合コンすることになってんだよ」

「違う違う。俺が話してた合コンはこの前終わって、その時にあった子とスマホのチャットアプリで話してたら今度遊ぼうって話になったんだよ」

「それで何で俺が参加する流れになってるんだ? 俺がこういう集まりに行きたくないって言ったのお前も知ってるだろ?」

「向こうが3対3でしか会いたくないって言ってるんだから仕方ないだろう。拓海、お願いだ。俺を男にしてくれ」


 剛の頼み込む姿に拓海はため息をつきながらも、仕方がなく付き合うことを決めた。

 本当はあまり気乗りしないが、いつも約束を断っていることもあり剛がここまでお願いするならしょうがないと思ってしまったからである。


「しょうがないな。今回だけは特別だぞ」

「本当か? ありがとう。そうと決まれば早く中に入ろう。とりあえず拓海は自転車を置いてこい」

「はいはい」


 そう言うとキャッキャ話す女の子達の方へ行き、何かを話すと剛はカラオケ店へと入っていく。

 拓海はそれを見送ると自転車置き場に自転車を停めに行った。


「確かあの制服は不知火高校だったよな」


 不知火高校は拓海達の学校とは比較的近い距離にある高校である。

 学力的には拓海達が通っている所の方が高いぐらいで、この地区に住んでいる頭のいい人は拓海のいる高校へと行く。

 学校の距離は1駅ほど離れているぐらいでそれほど違いはない。

 2つの学校同士の交流も盛んで、生徒会がよく共同で何か催し物を開催しているイメージが拓海にはあった。


「まさか不知火高校の人達とカラオケに行くとは。一体合コンで剛のどこに惹かれたんだろう」


 合コンでいつもやらかしていた剛のどこに惹かれたのか拓海には全くわからない。

 多少剛はしゃべれるが、それだけで女の子がついてくるとは物好きもいるもんだなとこの時の拓海は思う。


「剛のどこがいいんだろうな」


 そんなことをぼそっとつぶやきながら、カラオケ店の中へと入る拓海。

 中に入ると剛が受付を済ませた所らしく、拓海が来たのにもすぐに気づいたようで視線を向ける。


「やっと来たか、拓海」

「お待たせ。悪い、遅くなって」

「部屋は306号室だから。悠馬、女の子達を先に案内してくれ」

「えっ、佐野君達は? 一緒にこないの?」

「ちょっと俺はこいつの緊張をほぐして行くから。拓海はこういう場に不慣れだから緊張してるんだよ」

「いや、俺は全然‥‥‥‥」

「ほらお前噛んでるじゃん。そんなんじゃ女の子達に悪いって。だから悠馬、先に女の子達をエスコートしてくれ。

「わかった」

「くれぐれも乱暴に扱うなよ」


 口をふさがれた拓海はギラリと剛のことを睨む。

 剛は拓海の睨みに怯むことなく、悠馬に女の子達の先導を頼んでいた。


「俺についてきて。部屋まで案内する」

「佐野君、私達先に行ってるね」

「うん。俺達もすぐ行くから」

「絶対だよ」


 色白の女の子はそれだけ言うと悠馬達と共にエレベーターへと消えていった。

 その場に残っているのは拓海と剛の2人きりになる。そこでようやく拓海は剛に解放された。


「剛、いきなり何すんだよ」

「カラオケに行く前に俺の狙ってる子のことを話そうと思って。ほら、さっき俺と話していた女の子いたじゃん」

「あの色白の?」


 拓海が見た感じ、先程から剛のことを呼んでいた少女は色白で細身の体系であり見た目はモデルのようにきれいだった。

 ただ化粧がやけに濃すぎるので拓海のタイプではない。

 今日来ている女の子は彼女の他に色黒の茶髪で化粧が濃く明るい雰囲気のな女の子と、セミロングの目が大きく大人しそうな女の子の3人というラインナップ。

 拓海としても彼女を作るというよりは無難にこなして、この場を収めたいというのが本音であった。


「あの子山口瑠璃さんって言うんだけど、俺が狙ってる子なんだよ」

「お前の言ってることはなんとなくわかった。俺はあの子とお前の仲を邪魔しなければいいんだよな?」

「そうそう、そうしてもらえると助かるんだよ」

「わかった。俺、お前の邪魔は絶対にしないから。だから頑張れよ」

「本当だな? 約束だぞ」

「あの色白の女の子に近づかなければいいんだろ? それなら全然大丈夫だよ」

「拓海。出来れば、できればでいいからあの子との仲をお前に取り持ってほしい」

「そんなことまで俺やんないといけないの?」

「拓海、一生のお願いだ。お前と俺の仲だろ? 頼むよ」


 ここで一生のお願いを使うのかと思うが、親友の頼みを無下には出来ない。

 去年から付き合ってきた仲のため、今回だけは特別に了承することを決めた拓海であった。


「わかった。わかったからそんな頭を下げるな。出来る限りやってみるよ」

「さすが拓海、話がわかるやつで助かる」

「いっとくけど今回の合コン、失敗しても俺のせいには絶対するなよ」

「わかってるって。じゃあ行こう、俺達の楽園へ」


 剛に促され、拓海はエレベーターに乗る。

 厄介なことを引き受けたと思いながらも、悠馬や女の子達が待つ部屋へと拓海は向かった。


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