俺はやめとくよ
高校2年生になった6月上旬の雨の滴る季節、授業中に窓際の席に座っていた加藤拓海は窓の外を見ていた。
窓の外は大雨が降り、グラウンドのあちこちには大きな水溜りが出来ている。
梅雨の時期とはいえ、連日降り続く雨に辟易している拓海自身も、思わず机でため息をついてしまう。
「次の問題を加藤、お前解いてみろ」
「はい、ここ最近の環境破壊について筆者の意見としては‥‥‥‥」
「バカ者。国語の教科書を持ってお前は何を言ってるんだ」
「あっ」
慌てて立ち上がった拓海は、自分の手に持っていた国語の教科書と黒板に書いてある数式を見比べる。
そこで前の授業の教科書を出していることに気づき、周りの笑い声を聞きながら数学の教科書を机の中から探す。
中々数学の教科書が見つからず焦る拓海に対して、数学の教師はため息をついた。
「加藤、お前という奴はそうやってぼーーっとしてるからそんな間違いをするんだ。もういい。放課後、職員室に来なさい」
「はい、わかりました」
「じゃあ座っていい。代わりに次の問題を‥‥‥‥」
数学の教師が次の人物を指名する前に学校のチャイムが鳴る。
それと同時に教師が舌打ちをし、右手に持つ教科書を閉じた。
「それでは今日の授業はこれで終わりにする。残った所は次の時間に答え合わせをするから、各自解いて置く様に」
それだけ言い残すと教師はブーイングをする生徒の声を無視し、授業の片付けを終え教室を出る。
数学の教師がいなくなった安心感から、拓海は座った姿勢のまま脱力した。
「はぁ~~、やっと終わった」
「拓海、お前も災難だな。あの教師に呼び出されるなんて」
目の前来た茶髪の少年は拓海の前の席の生徒に許可を貰いその席に座る。
拓海の目の前にいる少年、佐野剛は目が細くこれといった特徴のないしょうゆ顔。
そんな彼が憂鬱そうな拓海を前にして楽しそうに笑っていた。
「剛はいつも楽しそうでいいな」
「拓海よりはな。俺、毎日が充実してるから」
「それは何よりだ。これで可愛い彼女ができればお前も完璧なんだけどな」
その言葉を言われ「うっ」と呻きその場で肩を落とす剛。
高校1年次から同じクラスで友人だった拓海は、彼が月2で開催する合コン全てで玉砕していることを知っていた。
振られるパターンも様々で、合コンの場で好きじゃないといわれることもあれば、家に帰って着信拒否され連絡が取れなくなったパターン等様々ある。
全てに共通する所が必ず出会った女の子に振られてしまうということであり、ここまで頑張って彼女が出来ないやつ等拓海は見たことがなかった。
「拓海、勘違いするなよ。俺にはまだ運命の人が現れないだけで、決してモテてないわけじゃないからな」
「わかってる。その台詞はもう何十回も聞いたから耳だこだよ」
「お前、俺の言ってること信じてないだろ?」
「信じてるよ、信じてる。巨大隕石が地球に落ちてきて世界が滅亡するぐらいの確立で信じてるから」
「それって全く信じてないじゃねーか」
ムッとした表情をする剛だが、拓海は構わず弁当箱の風呂敷を広げ弁当箱を開ける。
その様子を見て剛も手に持っていたコンビニの袋からやきそばパンとおにぎりを出した。
「相変わらず拓海の弁当はうまそうだな」
「お世辞はいいよ。悪いけど何を言われたってお前にはあげないぞ。今日これしかもって来てないんだから」
「けちやつだな。1つぐらいいいじゃん」
「こら、やめろ。それは俺の自信作のから揚げだぞ」
自分のから揚げを剛に取られ、ふてくされる拓海。
しょうがなく弁当箱の中にあった卵焼きを食べながら、ふと教室の入り口に目線を向ける。
教室の入り口では2人の男女が楽しそうに話している所が拓海には見えた。
「どこ見てるんだよ‥‥‥‥って神楽のやつか。あいつ本当にモテるからすごいよな」
「しかも孝明のやつはバスケ部のエースで次期部長候補。俺達とは出来が違うよ」
「おまけに成績も優秀だしスポーツも万能ときたものだから。まさに拓海とは大違いだな」
「悪いけど俺とお前を一緒にするな。この前の中間テストだってお前より成績よかったんだから」
「お前俺にそんな口聞いていいのか? そんなこと言ってると今度の合コン誘ってやんないからな」
「いいよ、別に。合コンなんか興味ないし」
「相変わらず付き合い悪いよな。拓海は」
拓海にそっけない返事をもらい、ため息をつきあきれた表情をする剛。
そんな剛の機嫌のことは気にせずに、弁当箱の中身を空にする作業を拓海は続けた。
「そういえば拓海も神楽と同じ部活だったよな? 神楽と仲いいんじゃないか?」
「そんなんじゃないよ。それに俺は元バスケ部員だけど、バスケ部はとっくに辞めたし」
「えっ、何? お前辞めちゃったの? あんなに頑張ってたのに」
「そうだよ。何度も言わせるな」
剛は拓海がバスケ部を辞めたことに驚いているようだった。
拓海の中では全く驚くようなことでもなく、既にひとごとになっていた事柄である。
それぐらい部活を辞めてから既に時間が経っていた。
「いつ?」
「何が?」
「部活だよ。お前一体いつの間に辞めたんだよ?」
「5月上旬。もう顧問には退部届けは出したから、今は帰宅部ライフを満喫してるよ」
2年生に進級した時から拓海は部活を辞めようかと何度も悩んだ。
そんな拓海の退部を後押ししたのは、春の市民大会でレギュラーどころかベンチからも外されたことが原因である。
市民大会で自分以外の部員が必死な顔で試合をしているのを眺めながら、バスケ部を辞める決意をした拓海だった。
「そっか‥‥‥‥辞めちゃったのか」
「そうだよ。まぁ、今にして思えば貴重な高校3年間をバスケットだけで潰さなくてよかったと思う」
「ということは拓海、お前は現在進行形で暇ってことだよな?」
「まぁ、そうとも言えなくはないけど」
「それなら今度の合コンお前も来いよ。楽しいぞ」
拓海の背中をバシバシ叩く剛は楽しそうに笑う。
その笑顔は今度の合コンに自分も連れて行こうとしているように拓海には見えた。
「悪いけど、俺はやめとくよ」
「何だよ。暇ならいいだろ? たまには楽しもうぜ」
「本当にいいから。剛の仲間達と頑張ってくれ」
「えぇ~~、お前も頭数に入れてたのにそりゃないぜ」
「人を勝手に頭数に入れるなよ。大体剛は前からそうやって事後承諾をして‥‥‥‥」
そんな合コンに行くか行かないかという不毛な押し問答を剛と2人でしながら昼休みの時間は終わりを告げた。
幸いにも剛は何かを察したのかはたまた天然なのか、それ以上部活について聞いてくることはなく昼休みの時間は拓海も楽しく過ごせた。
だが、入り口付近で先程まで女子と話していた神楽が拓海達を見ていたこと等2人は知らなかった。