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ホラー短編

「ハナコサン」を探してはいけない

作者: まあぷる

「ところで夏の学校怪談特集の件なんですが」

 ホラー専門誌「幽怪」の編集者が私に電話を寄越したのはまだ薄寒い風の吹く四月の初めのことだった。

「ひとつ面白い話を聞きましてね、ぜひ取材をお願いしたいんです」

 しがない女ルポライターの私はこの雑誌に何度か記事を寄稿している。だいたいは心霊スポットの取材だった。とは言っても大抵は何も起きないので、いつもかなり話を盛るのだ。

 写真は何も写ってなければ加工してもらって怪しげな女の影やらオーブっぽい光を入れてもらう。何だか詐欺みたいな仕事だが、もともと霊感などというものは持ち合わせていないし、それで読者が怖がってくれるのなら構わないと思っている。だからと言って霊を信じていないわけではない。たまには理解不能なことも起こるからだ。


「なにそれ。トイレの花子さんとか、そういうの?」

 今、私がスマホで話をしている場所は古き良き佇まいの喫茶店の一番奥の席。比較的空いていて古いジャズが流れるこの店で毎日と言っていいくらいコーヒーを飲みながら情報収集や取材のまとめをしている。

「まあ、花子さんには間違いないんだけどちょっと違うかな。そこはもう廃校になってとっくに取り壊されたんですけどね」

「なにそれ? どうやって取材するのよ」

「先日、その小学校の卒業生という女性から手紙をもらいましてね。昨日、速達でお宅に送りましたからもう着いてるはずですよ。まあ、読んでみてください」

「わかった。じゃ、それを読んでから返事するわ」

 コーヒーを一気に飲み干して席を立つ。

 ちょっと興味が湧いてきた。いったいどんな話なのだろう。


 家に帰ると手紙はすでに届いていた。

 出版社の茶封筒から出てきたのは数枚の便箋。そこには丁寧なペン字でこう書かれていた。



 前略 いつも貴誌を購読しております。私は村上結衣子と申します。私が体験した実に奇妙な出来事について取材をお願いしたく筆を取らせていただきました。

 

 私の住んでおります九取くとる村にはかつて一校だけ小学校があり、昔から言い伝えられてきた怪談があったのです。それは「ハナコサン」というものでした。村の地主さんが建てたこの学校はとても広くて、余っている教室がいくつもありました。

 なんでも、この学校には「ハナコサン」があるのだけど、絶対に探してはいけないというものでした。もし見つけたら恐ろしい呪いがかかり、一生逃れることが出来ないと。

 でも、子供というものは好奇心の塊みたいなものです。それまで何人もの子供達が「ハナコサン」を探しましたが、誰も見つけることはできませんでした。それはそうでしょう。誰一人として「ハナコサン」が一体何なのか知らなかったのですから。

 それは私が小学校六年生の時でした。私は図書係をしていて、その日は担任の先生(女性です)に古い本の整理を頼まれて放課後、先生と一緒にお残りをしていました。小学校の近所には地主さんの屋敷があったのですが、いろいろと不幸が続いたので、東京へ引越してしまい、その際に寄贈された膨大な数の本や絵画が図書室の奥の書庫に山積みになっていました。それも十数年前のもので、誰も手を付けていなかったのですが、その年赴任してきた担任の先生が本好きで、もったいないから活用しようということになったのです。

書庫から少しずつ本を持ってきて埃を取り、床に新聞紙を引いて並べました。後で分類して虫干しをする予定でした。

 何回目か本を取りに行って、ふと奥のほうを見ると絵画が数点並んでいるのが見えました。それまで本が邪魔で見えなかったのでしょう。その中に新聞紙で何重にも巻かれたものが一つだけあったのです。

 なんだろう。手を伸ばしてそれを引っ張り出しました。B4サイズくらいでしょうか。とても小さな絵でした。

「ねえ、先生、こんなのあったよ」

 私が絵を差し出すと、先生はちょっと戸惑った顔をして受け取りました。そしてそっと外側を撫でて絵の描いてある平らなほうが下になるように床に置くと新聞紙を剥がしはじめました。

「まさかとは思うけど、一応ね?」

 やがて額に入った絵の裏板の部分が見えてきました。何か紙が貼ってあるようでした。それを見た途端、先生の顔色が変わりました。

 背中に冷たいものが走りました。まさか、もしかしてこれが。

 私が覗き込もうとした途端、凄い声で叫びながら先生が私を突き飛ばしました。

「駄目よ! 絶対見ちゃ駄目!」

 先生は絵を新聞紙で巻きなおすと胸に抱えました。

「『花子 3歳』って書いてあるの。きっとこの絵が「ハナコサン」よ。直接絵を見なくてよかったわ。これは私が始末しておくから。家に帰って燃やすから」

 その時の何かに憑かれたような先生の顔を、私は今でも忘れることが出来ません。


 その日は先生が帰ってしまったので、私も家に帰りました。

 翌日、先生は学校に来ませんでした。次の日も、その次の日も。

 数日後、先生は首を吊りました。きっとあの絵を見てしまったのだ、と私は思いました。


 葬儀の日、私は先生の親族に呼ばれました。渡したいものがあるからと。

 広い屋敷の奥の和室で渡されたものは紫色の風呂敷に包まれた四角いものでした。

「遺言でこれを結衣ちゃんに持っててほしいって。だから持って帰ってちょうだいね」

 喪服を着た妹さんが涙を流しながら差し出してきたものを、私は断ることが出来ませんでした。

 それ以来、私は家族の誰にも見せずに風呂敷を隠してきました。

 それから三十年経った今は親とは離れて住んでいます。

 最近になって、一度だけ風呂敷を開けてみたのです。入っていたのは間違いなくあの絵でした。裏面に『花子 3歳』と書かれていました。絵のほうは見ませんでした。

 

 私には何も判りません。先生の死がこれが原因かどうかさえ。

 どうか、取材に来てこの絵を調べていただけないでしょうか。お忙しいこととは存じますが、よろしくお願い致します。



 三日後、私は単身で、M県にある九取村へ向かった。スマホのナビには道すら載っていなかったが、バス停を降りてからの道順は村上さんが地図を書いて同封してあったので、それを頼りに見渡す限り田んぼの広がる農道を足早に歩いていた。この辺りはまだ桜が咲いている。小鳥の囀りが聞こえ、遠くにはなだらかな山の稜線が見える。のどかな雰囲気にこれから行く目的を忘れそうになった。

 私は例の絵を見るつもりだ。呪いなんてものはこの世にはない。呪いがかかるのはかける相手が本人に教えた場合のみ。つまり、呪われたと思った者は全ての出来事を呪いのせいにしてしまうのだ。何も起こるわけがない。そう思いながらも一抹の不安があったことは事実だ。でも私はルポライターだ。見ませんでした、なんて記事じゃお金はもらえない。さっさと取材を済ませてなるべく早く帰りたい。


 村上さんの家は村のはずれにあった。ごくありふれた瓦屋根の家だった。

 玄関ブザーを鳴らすと、家の中から声がした。

「どうぞお上がりください。鍵は開いてますので」

 ドアを開けようとすると目の前にヤモリが貼り付いていたが、ノブを握った瞬間、物凄い速さで逃げていった。

 家に上がり、廊下を進むと襖が開いて、中年の女性が顔を出した。ショートカットで痩せた女性は黒いワンピース姿で何故か黒い布で目隠しをしていた。

「お邪魔します。私はルポライターの吉川と申します。あの、あなたが村上さん?」

「そうです。わざわざ遠いところからお越しくださってありがとうございました」

「お手紙拝見させていただきました。早速ですが、例の絵を見せていただけますか?」

「少々お待ちになってください」

 

 和室の居間に通され、既に用意されていた麦茶を飲んでいると村上さんが風呂敷包みを持って入ってきた。

「これがその絵です。どうしますか、ご覧になりますか?」

 はい、と答えそうになったがどうしても気になることがあった。

「あの、村上さん、その目は?」

「ああ、私、ちょっと具合が悪くて。失礼ですが吉川さんの服は花柄ですか?」

「いいえ、違いますよ」

 すると、ほっとしたように村上さんが目隠しを取った。

「あの……」

「どうぞ絵をご覧になってください」

 有無を言わせぬ言い方だった。


 村上さんは立ち上がると私に背を向けた。私は覚悟を決めて風呂敷包みを解いた。

 絵は下向きになっていた。手紙の通り、『花子 3歳』と書かれた紙が貼られている。そっと持ち上げた。突然、例えようのない恐怖が襲ってきた。

 私は震える手で絵を目の前に掲げるように持ち上げた瞬間、きつく目を閉じた。

「なるほど、なんの変哲もない女の子の肖像画ですね」

 もちろん出鱈目だ。

「そうですか」

「あの、あなたはこの絵をご覧になったんですか?」

「いいえ、私は見ていません」

 

「もう、絵は伏せましたからご安心ください。で、この絵をお預かりしてもよろしいんでしょうか」

 村上さんは振り返ると初めて笑顔を見せた。

「どうぞ、お持ち帰りになってください。後はどのように処分なさっても構いません。私は理由あって外へ出ることが出来ませんので、どうかよろしくお願い致します」


 

 私は絵を持って、村上さんの家を後にした。

 これはどうしようか、知り合いの霊能者か寺に預けようか。その後で記事には適当なことを書いておけばいい。

 風が肌に心地よい。

 午後の陽ざしに桜が輝いて見える。

 

 桜が


 桜?


 何か変だ。


 美しいはずの桜に何故かざわざわとした嫌悪感を感じる。


 恐る恐る桜の木に近寄った。


 下に伸びた桜の枝についている花に目をやった途端、私は吐きそうになった。


 全ての花に苦痛に喘ぐ人の顔が付いていた。

 

 慌てて上を見る。無数の顔がこちらを見ている。


 パクパクと歪んだ口を動かし、小さな呻き声を上げながら。



 

 私はただただ走った。耳を塞ぎ、目を地面にだけ向けて桜並木を走り抜けた。ほっとした瞬間に力が抜けて座り込んでしまった。だが目の前に咲いている野の花にも全て人の顔が付いている。

 それからどうやって帰ってきたのかあまり良く覚えてはいない。花の絵でさえ人の顔に見えるのだ。

 部屋の中にあった造花を捨て、花柄の服を捨て、テレビをつけると桜が映っていた。うにうにと動く顔。急いでテレビを消す。

 

 どうして?

 私は絵は見なかったのに。そして、あ、と思った。

 村上さんもあの絵は見ていない。

 でも、村上さんは花柄の服を嫌がった。


 そういうことか。見てはいけなかったのは絵ではない。あの紙そのものだったのだ。

『花子 3歳』、「ハナコサン」。

 身体が震えてきた。どうしようどうしよう。

 とにかくあの絵をどうにかしよう。霊能者のところでも寺でも持っていって始末してもらおう。

 ついでに呪いの解き方が判ればいいのだが。

 だが、いくら探しても絵は見つからなかった。

 どうもどこかに忘れてきたらしい。


 その時だ。スマホが鳴った。

「はい」

「ああ、吉川さん? あの、変な話だけどさ。今日、取材に行ってもらった村上さんなんだけど、よく調べたら二週間前に自殺してるらしい。すまなかったね。誰もいなかったでしょ」

「え? だって今日……」

「あれ? どうしたの? 吉川さ」

 電話を切り、震えの止まらない身体を抱え込む。じゃあ、私が会ったのは誰だったんだ? もう何が何だかわからない。

 

 

 とにかく落ち着こうと震える手でパソコンを開き、霊能者の知人に連絡するためにツイッターを開いた。

 その瞬間、目に飛び込んできたのは

 

 あの絵(何も描かれていなかった)と、その裏の鮮明な写真だった。


『拡散希望 九取村のバスの中でだと思いますが、私の紙袋に紛れ込んでいました。開けてみたら裏に名前が入っていましたので、持ち主の方がご覧になってましたら至急ご連絡ください』

 RT数は数千。そしてそれはまだまだ伸び続けている。



<END>

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― 新着の感想 ―
[一言]  拝読しました。  見てはいけない絵を発端に、じわじわと正体不明のモノの怖さが、正体不明のまま拡大していく流れが秀逸でした。  特に花に顔がつくというヴィジュアルが非常に不気味で、しかもそれ…
[良い点] 徹底して不可解なことばかり起きるので、自由に話が展開していき、オチまで勢いよく読まされる。 [気になる点] 絵を見たことで呪いの当事者となってしまったルポライターの体感している恐怖…
[一言]  読みました。面白かったです。  花子さん、学校、というキーワードからは予測できない、まったく別の怪談でした。  お話の進め方がお上手です。展開が気になってどんどん読み進めてしまいました。…
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