(1)ある晴れた日に
心地のよい昼下がり、とても平和で都許昌の宮殿内の庭では鳥がさえずり、女官達も楽しそうに会話を交わしている。
しかし…それでもやはりあのダラっけぶりは駄目だろう…
そもそも仕事中に「寝るな!サボるな!」と言い聞かせただろうにあの男はと、何度も思ったことを今日も思いながら、俺は執務室に入り、窓際で爆睡している男にツカツカと近付き声をあげた。
「いつまで寝っているつもりだ、お前は」
するとその男はピックリと体をふるわせて、ゆっくりとこちらを見た。
「なんだ賈詡殿か・・・」
多少がっかりした顔をするとまた寝ようとって、コラコラ!!今起こしたばかりだぞ!ふざけっているのか!!
「待って!寝るな、起きろ!」
いくらこいつのほうが曹操殿に士官したのが早く先輩だろうと関係ない!!肩を掴んでおもいっきり振る!
「なんだ賈詡ど……」
「だから起こしたそばから寝るな!起こす身にもなれ!!」
また夢の中に飛び立とうとしている仕事仲間を一生懸命引き止める。俺は真っ昼間から一体なにをやっているのだろうか…少なくとも軍師がやることではない。
「…どうした賈詡殿。そんな大声だして?」
「いいから仕事をしろ!仕事を!」
「まさか発情期か?童貞卒業おめでとう」
「……」
一瞬キレて胸倉を掴んで手を振りかざしたくなったが、どうせ眠そうな顔をするだけで、まったく反応を示さないだろうと思い諦めた。
そうだ、もうやめよう。こいつと会ってからいつもこんな感じじゃないか…そう思いながら俺は肩から手を離した。
するとこいつはこっちの思いとは裏腹に伸びをして起きはじめた。「起きるなら最初から起きろっ!」と再び怒りが込み上げてきたがやめた。
そうだ、こいつは人の意表をつくような行動が好きな奴だったんだ。数ヶ月の付き合いで散々わかったではないか、うん。
「ふぁ~、いい朝だな」
「阿呆か、もう昼だ」
「もうそんな時間か」
「もうそんな時間って、お前一体何時間寝ていたんだ」
「ここに来てからずっと」
さきから開いた口が塞がらない。するとなんだ、こいつは朝出勤してからずっとここで眠っていたのか、ずっと!
「はぁぁぁ、呆れた」
「お褒めいただき光栄でございます」
「ニヤニヤした顔をやめろ。それより荀彧殿が町の中央にある光岩石を除けるようにと仕事が」
「賈詡殿」
指示内容が書かれた書簡を渡す前に名を呼ばれて、寝ぼけ顔の男を見ると、窓から庭を眺めていた。
「あの岩石を見てると心地よくなって寝てしまうんだがどうにもならん…」
宮殿の屋根、壁、庭、通路だけではなく町中整備が終わっていない為いたる所に掘りっぱなしにしてある光を放つ――光岩石達。その一つがちょうど執務室に向かい合うように堂々と腰を下ろしていた。日溜まりの中眠たそうな顔をしたその男・・・郭嘉はそれを一つ指すとまた寝た。
光岩石は一人の優秀で天才だが仕事を全くしない同僚の堕落軍師を更に堕落させ、乱戦に平和をもたらしていた。
□◇□◇□◇
今のような状況になったのは半年前に遡る。時代は群雄割拠。腐敗した国、漢に変わるべく各地で豪族達が己が出世と野望の為に争う時代。
豪族でなくとも立身出世を考える輩は多く、かく言う俺も自分が安泰に暮らす為には、誰に仕えるべきものかと思案していた。
いや、それもあったがむしろ自分の智謀がどれほどこの乱戦の時代に試せるか、確かめてみたかったのだ。
俺は様々な人物に軍師、参謀とてし売り込み仕え、また残酷だが生き残れないと悟るとその場を去るという放浪生活を繰り返していた。
そしてそんな生活が何年か続いた後、『治世の能臣、乱世の奸雄』と称される曹操殿に俺は出会った。
曹操殿は他の君主にはない斬新な発想の持ち主で、急速に勢力を伸ばした方だ。並々ならぬ洞察力を持ち、人材を生かす能力は誰よりもずば抜けており、優秀な人材を大切にする方だと噂で聞いていた。
俺はこの真偽を確かめるべく、またその時、仕えていた主張繍殿に恩を返すべく曹操殿と戦場で戦うことにした。
戦った結果、確かに噂通りの方で今まで曹操殿ほど覇者としての器があり、自分の提示した策を遺憾無くはっきしてくれるような主を見つけたことがなかった。そして、しばらく考えた末に俺は曹操殿に仕えることを決心した。
(もう一つ曹操殿に仕える理由があったのだがそれは今は止めておこう)
敵対していたこともあって、恨まれている恐れがあったが、曹操殿は俺が傘下に加わることを許してくれたばかりか、主だった張繍殿の帰順も許し、厚遇してくれた。
この時俺は曹操殿の器の大きさを知ったのと同時に自分の価値を考え、それを充分に引き出せる主に仕官できたことを確信し、心から喜んだものだ。やっと世の中に「自分の智謀をはっきできる!」とその時子どものように、意気込んでいたのだ。
しかし、そんな俺の心境とは裏腹に乱戦の世は予想外な方向へ進んだ…
曹操殿に本格的に仕える数日前、空から無数の岩石が突然降ってきたのだ。
軍で調べた所、この岩石大きさは手のひらから民家を軽く超すものまで様々で、大陸の四方八方に広がっているらしい。
どれも特徴としてとても硬く(軍で様々な武器や鉱石で破壊を試みたが中々壊すことができなかったらしい)、また何故か日夜問わず薄い光を放ち続けているということだ。人に悪影響はないとのことだが、未だに不可解な点が多い岩石だ(我が軍ではとりあえず『光岩石』と呼んでいる)。
ある者は天変地異の前触れだと言い光岩石を恐れ、またある者はこの岩石を救世主だと言い(おめでたいものだ)光岩石を崇めた。こんな感じで光岩石は様々な変化を多くの人々にもたらしたが……
何より悲劇的だったのが、争い戦を起こしている各地の勢力者達だった。この光岩石の到来で、兵が傷つき、兵器が破損すると言った尋常ではない被害を受けたのだ。また、勢力者ほどではないが農村や町も破壊され民衆も大いに混乱し、争い中のこの状態では復旧は困難だった。
結果、この光岩石の到来は各地の豪族や勢力者に一時的な和議を結ばせることになった。『お互いの地が落ち着き、ある程度それぞれの地が修復を成すまで侵略しない』という盟約内容の和議だ。
お陰で乱戦の世は一時的とはいえ急速に平穏な世になったのだ。
曹操殿ももちろんその和議に参加しており、今曹操殿に仕える将や軍師は軍事に対する戦略や兵の訓練をする傍ら、城や町の修復、また光岩石についての研究等の仕事についている。
突然の天変地異によって自分の智謀が戦場で発揮できないのは残念だが仕方ない。内政や町の修復する為に頭を使うことはあるだろし、何より本当に乱戦が終わった訳ではない。それぞれ回復すればまた戦が始まる…その時に自分の智謀を発揮し、曹操殿のお役に立てばいい。まだまだ曹操殿の助けとなり、策を披露する機会はあるのだから、と落ち込んでいた心を奮い起たせ俺はこれからの事を考え直していた。
しかし、俺はもう一度どん底に落ちることになる。何故俺はもう少し早く曹操殿に仕えなかったのか、何故俺は荀彧殿に「構いません」と応えてしまったのか、いやいや、それよりそもそもあそこで…
また悪い癖が出た。考えるのはやめよう。昔から損をすることは慣れているではないか、はぁ……
しかし、これは余りにも厄介で、今までに自分が出会った中でも最大限に苦労し、頭を激しく悩ませる問題だった。
郭奉孝と一緒に仕事をするということは…