無人島で、恋
時折胸を締め付ける、
甘い歌声のララバイ。
さようなら、さようなら、
もう二度と、さようなら。
何度も何度も繰り返す。
愛していたんだよ、愛していたんだよ。
じんわりと染み入る、
過去からのララバイ。
この島に漂流してから、どれくらいが経過しただろう。
一ヶ月ほどだろうか。
私は隣に座る『じゅんこ』にたずねた。
「なぁ、どれくらいたった?」
眼前に広がる青い海。打ち寄せては返す波の音。
私は『じゅんこ』の方をみた。
1メートル程の長さで上下をカットされた木の幹の上部、先端近くに、大きく引き伸ばされた女性の顔写真が釘で打ち付けられている。 木の幹からは、枝が左右にそれぞれ一本ずつはえていて、まるで手のようだ。
私は『じゅんこ』を持ち上げ、キスをした。
漂流する前の自分がみたら、ゲロ吐いて気絶するに違いない。
まぁ、漂流する前の自分も、どうしようもない男だったということは、変わりないが。
あの日、私は豪華客船に乗っていた。
豪華客船には金持ちばかりが乗車していて、星空の下、船の上では、客を楽しませるための余興が催されていた。
「アモーレ、アモーレ」と水着の黒人女性ダンサーがたくさん、音楽に乗って踊ったり、ローラースケートをはいた数人のイケメンアイドルたちが、「ゴーゴーバルセロナー♪」と歌い踊ったり。
そんななか、私は所属事務所が一緒の、有名アーチストの前座に呼ばれていた。
もちろん、私は馬の骨。無名だ。
私はギター一本でステージに現れ、しっとりとしたバラードを披露したが、盛り上がったあとの客たちはシラケた顔。
そこで私は悔しくて、目立とうと思ったからいけない。
兎に角、女性水着ダンサーたちに負けじと、全部脱いだ。もちろん、パンツも脱いだ。怒られた。そして、パンツは履いた。
次に、ローラースケートに負けじと、テーブルの上にあったバナナを二本、素早く食し、皮を足になんとかして巻き付けた。
そしてギターを掻き鳴らし、即興の『俺はまさにブッダ』という曲を披露した。
「おれはまさにブッダ~!おれはまさにブッダ~!」と叫ぶ意味のない歌だ。
客は大喜び。
私は調子に乗って、バナナの皮で滑りながら歌い続けた。
頭を振りながら、腰を振りながら、腕を振り上げて、ジャンプして。
海に落ちた。
そして流されて、いまに至る。
漂着した時、目の前に木で作った小屋があったので、『誰かいるのか!?』と思い、入ってみると、この『じゅんこ』と大工道具、そして、手紙が置いてあった。
『私は無人島を目指し、船をこぎ、この島にたどり着いた。暫く暮らしてみたが、飽きたので出ていく。この手紙を読んだ人、じゅんこをお願いします』そう書かれていた。
『なにがじゅんこだ。イカれてんのか!?バカ野郎』そう思いながら小さな島を探索した後、誰もいないことを確認した。
「じゅんこ、誰もいないよ・・」それが私がじゅんこに話した最初の言葉だった。
そのあと、なんども話しかけ、ついに『じゅんこ』は私の恋人になった。
もう、マジでイカれちまったなぁ。。って、最初は自嘲したが、今ではもう、私を笑うものは許さない。
「じゅんこ、食べ物さがしてくるよ」私は立ち上がった。
島では果物もとれるし、山菜もとれる。海に入れば魚もいる。
暖かいからパンツいっちょうでいられるし。というか、私はそれ以外着るものを船に置いてきてしまったから、どうしようもないのだが、住むにはもってこいの無人島だ。
私は食糧をとりに森に入った。
そして暫くすると夜になり、私は再び海岸に戻ってきた。
すると、思いがけない光景に、目をまるくした。
『じゅんこがいない!』
「どこだ~!じゅんこ~!じゅんこ~!どこに行ってしまったんだ~じゅんこ~!」半狂乱の私の声が、無人島に響き渡る。
私は探した。まさか森の中まで私を追いかけてきて、迷子になったんじゃないか!?それか、神隠しにでも遭遇したか!?
私はじゅんこを探した。島のあらゆるところを、裸足で、パンツいっちょうで。
「じゅんこ!」私はじゅんこを見つけた。
息をきらし、血眼になって探し当てたじゅんこは、一匹の熊に『くわえられていた』
「貴様ぁぁぁぁ」じゅんこが『くわえられている』
「じゅんこになにしやがるんだぁぁぁ」私は武器もなにも持たずに、熊に立ち向かっていった。
「うぉぉぉぉ!じゅんこをかえせぇぇぇ」
死んでもいい。いや、寧ろ殺してくれ。もうお願いだから殺して。
なんとなくそんな考えが、どうしてかわからないけど、頭の中にぼんやりと浮かんでいた。
すると、あまりの半狂乱ぶりに、熊が『くわえていた』じゅんこを口から離し、一目散に逃げ出した。
しかし、私は追う。
もうマジで殺して。本当、頼むから。
頭の中にぼんやりと声。
どれくらい追っただろう。流石に熊には追い付けなかった。
私はまた、じゅんこと二人で海を眺めていた。
青い空、広い海。どこまでも続いている。
ふと、遠くに一隻の大きな船が見えた。
「じゅんこ!」私は叫んだ。
「じゅんこ、船だ!」私は小屋にむかい、ロープを持ってくると、じゅんこを背中に縛り付け、海に入っていく。
泳ぐ、泳ぐ。絶対にあの船を逃がさない。
そうして船の近くまでたどり着くと、船の乗客が、泳いできた私を見下ろし、笑っているのがわかった。
『なんか背負ってるわよ』と女性の声。
「なんだ!?女の顔写真が貼ってあるぞ」
「はっはっはっは」
笑いたきゃ笑えばいい。
じゅんこはいつも傍にいてくれた。じゅんこはいつもどんな話でも黙って聞いてくれた。
笑いたきゃ笑えばいい。
私からすれば、
愛を笑うやつらのほうが、よっぽど笑えるよ。
時折胸を締め付ける、
甘い歌声のララバイ。
忘れない、忘れない。
強く、しぶとく、
生きるから。