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6/13

radio boothで、恋

ギターで奏でる、へたくそなララバイ。

君のもとへ誘う、魔法のララバイ。

君はただぼんやりと聞いている。

僕は精いっぱいに歌う。

笑顔で君が眠りにつけば、

僕はこの世から消えてしまっても、

それで構わない。


「ロッキュー!次の曲は、泳げパイ焼きくん」

私は曲紹介を終え一息ついた。

『みっか置きに♪みっか置きに♪』と印象的な曲が流れる。

目の前に座っている髭面の眼鏡を掛けた吉田が、ヤニで黄ばんだ歯をむき出しにしながら、私に言った。

「今日も調子いいねぇ、としきくん。なんかいいことあったの?」

「いや、別にないですよ」吉田の口臭が鼻につく。私は我慢出来ず、ラジオブースの外、スタッフ達がいる方に目を向けた。

「曲が終わったら、リスナーから電話入ってるから。としきくん、まだまだ面白いの頼むよ」

「ロッキュー!」私は親指を突き立て、微笑んだ。

「ねぇ、としきくん」吉田に呼ばれ、そちらを見る。何を食ったらそんなに臭い息を吐けるようになるんだ。こいつの口は本当は尻で、尻が本当は口なんじゃないかと思えてくる。

なんでこいつをゲストで呼んだんだ。

「ロッキューってなに?」

知らねぇよ。私は苦虫を噛んだ表情に変わるのを、なんとか堪えた。

「以前にさ、このラジオで、ロックンロール的な意味ではないって言ってたじゃない。じゃあ、なんなのかを話してくれてなかったからさ、その時」

この吉田という男、小説家との事だ。

本は読んだ事はないが、SFを主に書いているという。

わかった。宇宙人なんだ。宇宙人は、口が尻で、尻が口なんだ。

「ロッキューは、ファッ〇ューみたいなもんですよ」

「あっ、そうなんだ」

違うよ。本当は私も意味なんて考えないで言っている。掛け声みたいなもの。若しくは、挨拶みたいなものだ。

「そうです、ファッ〇ュー」私は吉田を見据えて言った。

「ハハハ、いいこと聞いちゃったなぁ。僕、このラジオ番組のファンで、ずっとロッキューってどういう意味なんだろうって思ってたんだ。よかった、今日ここにこれて」

「そうですか」

馬鹿が。喜んでやがる。お前に言ったのに。

もちろん、吉田の口が臭いからという理由だけで、嫌っているわけではない。

先程からこの男、ところどころさり気なく私の悪口を言っているような気がするのだ。

たとえば私が冗談を言ったら、「それ面白いね、ハハハ、本当くだらなくて死にそう。つまんないって、面白いとリバーシブルなんだね。最高」

なんて、乾いた笑い方をする始末。

もう二度と、この場所に呼ばないように、あとでプロデューサーに言うつもりだ。

曲が終わった。『みっか置きに、鉄板の上で焼き入れられて、嫌になっちゃうよ、本当に。この会社を辞めたい』ってのが印象的な、泳げパイ焼きくんが。

「曲が終わったねぇ。じゃあ、電話が入っているみたいだから、そちらに繋いでみよう。もしもし?」私が言った。

「はい」電話の向こうから声が聞こえ、私は驚いてスタッフ達の方をみた。

声が電子的に加工されているよう。ヘリウムガスを吸って話した時のあれに似ている。

「もしもし?」私はもう一度問いかけた。

「はい」矢張り同じ声。私は吉田の方を見た。吉田も怪訝な顔をしている。

「もしかして、ヘリウムガスでも吸ってんのかな?」と私。

「吸ってませんよ。おかしいですか。私、生まれつきこういう声をしているんです。ごめんなさい。もしも気になるようでしたら、電話を切ってもらってもかまいません」

「いや、すみません。そうじゃないんです」私は慌てて否定する。

「ぜんぜん、いい声ですよ。ロッキュー!」そんな声の持ち主もいるのだ。まったく悪気はなかったが、傷つけてしまったかもしれない。謝りたいが、謝ってしまっては、その後の会話に支障を与えそうで、誤魔化した。

「ねぇ、としきくん?」吉田がマイクを切るようにジェスチャーした。

私はマイクを切った。

「なんですか?」

「ロッキューってさ、結局、悪口でしょう?」私は無視して、マイクのスイッチを押した。

「で、名前はなんて言うのかな?」私は尋ねた。

「あいこでお願いします」

「あいこさんですね。男性かな?」

「いいえ、女です」私は意味もなく何度も頷いた。

「ねぇ、としきくん」と吉田がマイクを通さずに言ってきた。

「あいこって名前の男性、いると思う?」

私はこのラジオ番組が終わったら、吉田の口の中にファブリーズをたくさんかけてやろう。そう心に誓った。

「じゃあ、あいこさん、あなたはどうしてこの番組に電話を掛けてくれたのかな?リクエストがあるの?それとも、僕に聞きたい事があるのかな?」

私はあいこが話し出すのを待った。

電話の向こうから彼女がいなくなってしまったのではないかと思うくらいに、僅かではあるが、何も聞こえない時間。

やがて、彼女の声が返ってきた。

「実は、私もうすぐ死ぬんです。というか、もうすぐ死ぬつもりなんです。今、建物の屋上にいます。靴を脱いで、下を見下ろしているんです」

「えっ?」ラジオスタジオ内が凍りついた。

誰もかれもが目を見開いている状態。時間が止まったのかと思い、腕時計を見た。腕が動いた私のみ、動ける事が出来るのではないかと思いこんでしまうくらいに、誰も動かなかった。

秒針は動いている。安心した。

「うそでしょ?」と私。「嘘なんかつきません」と彼女。

「もう、生きているのが嫌になっちゃったんです。原因は男です。最初はいい人だと思って付き合ったんですけど、借金はするわ、女にはだらしないわで。まぁ、別れたんですけど。そんなこんなで、自殺することに決めたんです。」

「別れたんでしょ?そんなひどい男、もうどうでもいい事じゃない」と私。「そんな事もあるよ。これから先、きっといい人に出会うって」

「だめなんです。私、あの人の事を本当に好きになっちゃって。馬鹿ですよね。なんであの人じゃなきゃダメなんだろう。考えても考えても、結局、好きってところに戻ってきちゃうんです。もうダメなんです。死ぬしかないんです」

私は途方に暮れ、マイクを切った。どうしたら彼女を救う事が出来るだろう。頭の中にその素材を探そうと懸命になるが、メリーゴーランドのようにまわり続けるだけ。

吉田を見る。小説家なら、何かいい言葉で相手を助ける事が出来るんじゃないか。そう思った。

「吉田さん」と私が言う。

「なに?」

「なんか言ってください」

「だって、俺に言ってんじゃないでしょ?」私は吉田を睨みつけた。目から光線が出ればいいのに。そう思った瞬間だった。

「あのさぁ・・」私は苦し紛れに言葉を話した。

「死んだら痛いよ。飛んだら、なかなか落ちないんだからね。怖いよ。それに、そんな事したら悲しむ人もいるよ」

「もう、これしかないんです。有難うございます」

「馬鹿!」と私は叫んだ。

「俺だってね、あいこさん、死のうと思った事があったよ。あれは、一年前くらいの事だったかなぁ。俺も好きな人がいてね、でも、その好きな人、別の人の事を好きになっちゃったんだ。俺は諦めなくてはいけなかった。でもどうしても諦めきれなくて、死のうと思った。彼女と生きている未来を見ていたんだ。それが全て、音をたてて崩れていく感覚に陥って。でもね、崩れていったその建物を、俺は再びに立て直す事を決めたんだ。どれだけ時間がかかっても、どれだけ困難でもいい。そしてまた、その建物で、別の人と暮らしていけたらって。きっと笑ってる自分がいる。難しいかもしれないけど、頑張って笑顔を取り戻そうって」

彼女の声は聞こえない。

「ねぇ、あいこさん。君もいつか笑えるよ。大丈夫」

「としきくん・・」と声が聞こえた。ヘリウムガスがなくなった、生の声。

私は驚いた。

やっぱりヘリウムガスだったんだ。

それに、何処かで聞いた事のある声。

「あいちゃんかい?」懐かしいその声。二人笑いあって坂を転がった記憶。自転車の二人乗りで、背中に感じたぬくもり。耳元で「もっと早く」と無邪気に言ったあの声。

思いだされていく。

「そうだよ、あいだよ。元気だった?としきくん」

「元気だよ」と私「あいちゃんは、元気そうではないね」と私は無理に笑ってみせた。

「その建物、ちゃんと完成した?」

「あぁ、完成したよ。だけど、崩れちまった前の建物の欠片なんかが、あちこちにあってね。まだ片づけは終わってない」

音のない世界が包んだ。だけど、彼女はそこにいる。私と話がしたくて電話してきたのだ。まだ、消えるには早すぎる。

「ごめんね、としきくん。私都合がよすぎる女だね。あなたのもとを去っておきながら、こうしてもう一度あなたと話がしたくて電話しちゃって。なんかね、最後に話がしたいのは、としきくんだなって思って」

「最後だなんて、馬鹿な事を言うなよ!」私は自然に声を張り上げていた。

「この完成した建物、まだ住んでくれる人がいないんだよ。なぁ、一緒に住まないか?君が誰の事を好きだっていい。俺がそばにいるから。なぁそうしよう。俺達、始められるよ。都合がいい?そんなのどうだっていい。なぁ、そうしようよ」

「だめよ、としきくん」と彼女が言った。どうやら泣いているようだった。

「私、別れたあの人の事、好きなのよ」

「じゃあ、なんで俺に電話掛けてきたんだよ!」

「わかんないのよ!わかんないの!」と彼女の叫び声。

「どうにかしてよ、この気持!ねぇ、としきくん、私よくわかんないのよ!お願いとしきくん、どうにかしてよ、昔みたいに、私の事を助けてよ」

「ロッキュー・・」私は消え入りそうな声でそう言った。

「おいおい、こんな時に悪口はやめろよ」とマイクを通さずに吉田。

この放送が終わった後、脱臭炭を口に突っ込んでやる。そう心に決めた。

「ロッキュー。あいちゃんの悲しい思い出、悲しい気持に鍵を掛けるよ。ロック・ユー」

「としきくん・・」

「ロック・ユー。悲しみに鍵を掛ける魔法の言葉」

彼女の泣き声だけが、ラジオブースを包んだ。

「さぁ、鍵を持ってるのは俺だけだ。戻っておいでよ。そして君は、ずっと俺のそばで、この鍵を探し続ければいい」

「有難う、としきくん。私、私、、」

遠い何処かの空の下、彼女が靴を履いた。私にはわかった。ガラスの靴は再び彼女のもとに戻る。だけど、向かう先は、以前の王子のもとではない。

シンデレラは旅に出る。そんな話があったっていいだろう。

「でも大変だよ、あいちゃんは?」

「どうして?」彼女がかぼちゃの馬車に乗り込んだ。彼女に会ったら、そのかぼちゃをがむしゃらに食べてやるつもりだ。

もう二度と、帰る事が出来ないように。

「鍵は絶対に見つからないから。俺が、生涯かけて隠し続けるから」


ギターで奏でる、へたくそなララバイ。

君のもとへ誘う、魔法のララバイ。

君は眠りについた。

私はギターを置いて、その寝顔をじっと見つめている。

そんな幻をみている。

そんな幸せな幻を。

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