表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/13

クイズショウで、恋

遠く離れてしまった、あなたからのララバイ。

許してあげる。許してあげる。

遠く離れてしまった、あなたへのララバイ。

言葉のない、願いのメロディ。

遠く離れてしまった、あなたからのララバイ。

本当はなにも聞こえない。

幸せだった頃の、あなたの声が、

今でもずぅっと、私のララバイ。


「ル!」私は自信を持ってそう答えた。

「正解!素晴らしい!」白髪頭で日に焼けた司会者が、大げさに叫んだ。

私は今、クイズショウの優勝決定戦に参加している。

幾多の出演者を戦い抜き、隣の吉田と二人きり、優勝を争っている。

「殺虫剤は、キンチョーなに?という問題でした。答えは『ル』大正解です。よくわかりましたね、こんなに難しい問題」

「確か、そうじゃないかなと思ったので」

「素晴らしい。これで、としきさんはあと一問で優勝という事になりました。だけど油断はできませんよ。吉田さんもあと二問で優勝ですからね」

私は隣の吉田を見た。歳は二十代前半、でっぷりとした体躯をしていて、スポーツ刈りに切れ長の目。服装はグレーのトレーナーにクリーム色のチノパンという出で立ち。

テレビに映ってるんだから、もっとお洒落をしてこいよ。

私は内心、呟いた。

そんな私の服装は、グレーの下地に白のストライプが入ったスーツ。この日の為に、洋服の青山で購入した。

そして、グレーの下地に『純情』と書かれたネクタイ。こちらは、近所の駄菓子屋で購入した。

一見大人な装いに、子供っぽさを演出してみた。

とても満足している。

「ではここで、優勝したら賞金100万円を何に使いたいか、お二人に聞いてみたいと思います」と司会者の声。

「まずは吉田さんから」

吉田が、分厚い頬を持ち上げて、何がおかしいのか、笑いながら答える。

「僕は、お腹一杯にハンバーガーを食べたいです」

観客席から失笑の声。当たり前だ。そんな馬鹿な夢、誰も笑わずにはいられない。

勉強ばっかりしてるから、そんなどうしようもない夢しか語れないんだ。

「では、としきさんは?」司会者が私に問いかけた。

私は、待ってましたという表情を隠し、あらかじめ考えてきた、誰もが納得するような答え。誰もが尊敬してやまないだろう答えを口にした。

「この世界を、愛で満たしたいです」

観客席が静まり返った。わかっている。皆、感動で言葉も出ないんだろう。

「素晴らしいですね」と司会者が言った。それは間違いなく、観客席のみんなの言葉を代弁したものだと理解した。

「では、次の問題です」私はスイッチの上に手を浮かせ、身構える。

「男性有名グループ、エグザイ・・」

ピンポーン!と音が鳴った。私ではない。吉田だ。

「ル!」

「正解です!素晴らしい!よくわかりましたね」

私は項垂れる。これで吉田と私、どちらも一問答える事が出来れば、優勝となる。

「こんなに難しい問題、簡単にはわかりませんよね。としきさんは、わかりましたか?」

「わかりませんでした」わからなかった。わからなかったけど、スイッチを押してしまうところだったので、危なく「ン!」と答えるところだった。

「さぁ、勝敗の行方がわからなくなりました。では、引き続き次の問題行きますよ」

私は気を取り直し、再びスイッチの上に手を浮かせ、神に祈った。

神がいるのかどうか、本当は知らない。神は、ひとりひとりに不幸と幸せを平等に与えると聞く。だが、私の人生は、不幸の方が割合が多いような気がしている。

今日、幸せを与えてくれ。

私は目を瞑った。

「人が人に気持を伝える時の言葉です。あいして・・」

私はスイッチを押した。ピンポーン!答えはわかった。わかったが・・。

神は悪戯な性質らしい。私が答えるわけにはいかない。重いため息が落ちて行った。

「さぁ、答えてください」司会者が催促する。

私は何度も頷き、口を開いた。

「テレフォーン、使わせて下さい」

観客席がざわつきだす。吉田を一瞥した。うっすらと嘲笑うような表情。

わからないのに、何故押したんだ。こんなに難しい問題の答えを、一般人が答えられるわけがない。そんな心の声が聞こえたようだった。

「わからないんですか?」

「いえ、わかります。わかりますけど、この答えを聞きたい相手がいます」

司会者が諭すように言った。

「でも、もしもその相手がこの問題をわからなかったら、あなたに解答権はない。この問題はおしまいになる。更に次の問題の解答権も失いますよ。大事な時です。それでもいいんですか?」

私はスタッフが持ってきたハンディフォンを受け取り、頷いた。

「それでもいいんです」

スーツの胸ポケットから手帳を取り出す。インデックスを貼ってあるページ。

そこに彼女の電話番号が記してある。

以前は携帯電話に登録していたが、末梢した。しかし、恥ずかしながら、手帳に書き記しておいたのだ。

もう、電話する事はないとは思いながら。

「相手は誰ですか?」

「私が好きだった女性です。半年前から連絡を取っていません。彼女に尋ねてみます」

私はハンディフォンのボタンを押した。

ハンディフォンには小型マイクが取り付けられていて、会話などは、会場にも聞こえる仕組みだ。

呼び出し音が聞こえる。一回、二回、三回、もしも出なければ、それでも解答権を失うルールだ。次の回も解答権を失う。

四回、五回、六回、羊を数えるならば眠たくなるが、これは一回、一回、目が覚めていく。

七回目、彼女の声が聞こえた。

「もしもし・・」

私は安堵した。と同時に、懐かしい彼女の声に、まるで耳から電流が走ったような感覚を覚える。

その電流が、脳の電気信号を停止させる。

奪われていく心。その心が電気信号に代わり、受話器を通り抜け、ケーブルを走り、装置に入って、またケーブルを走り、彼女に届く。そんな夢を、一瞬見たような気がした。

「あっ、俺だよ。としき。覚えてるかい?」

僅かな無言の後、彼女の言葉が返ってきた。

「覚えてるよ。元気だった?」

「あぁ、とても元気だ」

私は小さくため息を吐いた。そのあとの言葉が見つからない。

司会者の方を見る。円らな瞳で、急かしているように見えた。

「しょうこちゃん、懐かしい気持はいっぱいなんだけど、時間がないんだ。ちょっとクイズに答えてほしいんだよ」

「クイズ?」

「そう。『クイズ・デッド・オア・アライブ』知ってるだろ?あれに出てんだ。そして今、決勝戦。あと一問、これを正解すれば、俺、優勝すんだよ」

「すごいじゃん」としょうこ。「えっ?て事は、私が答えなければいけないの?」

私は彼女に重荷を与える事を理解していた。その上で、彼女に連絡したのだ。

本当にどうしようもない男だ。だから、彼女に好いてもらう事が出来なかった。

今ならわかる。だけど、どうしてもこの問題だけは、彼女に答えてもらうしかない。そうでなければ一生後悔する。そう、思ってしまったのだ。

「そう、しょうこちゃんが答えなくてはいけないんだ。だけど、間違ってもいい。答えられなくてもいいんだ。それが、賞金よりも、優勝よりも大切な事なんだ」

「やだ、やめてよ、としきくん!」

私はそんな彼女の言葉を、固い決意で無視した。

「問題、人が人に気持を伝える時の言葉です。あいして・・なに?」

「えっ!?」彼女の短い言葉が、会場に響いた。

「答え、わかるかい?」彼女はすぐには答えなかった。だけど私にはわかった。

彼女は、答えを知っている。

「わかるんだろ?言ってくれ」

「言えない」消え入りそうな声で、彼女が言った。

私は笑みを作り、何度も頷いた。作ろうとして作った笑みでは、目が笑えない。

そんな悲哀を感じさせる表情になっている。それがわかった。

「さぁ、答えを早く聞き出してください。生放送ですから、放送時間にも限りがありますよ。あと一分でお願いします」

司会者の催促があったが、私は焦る事はなかった。その言葉は耳から入り、浸透せずに、頭の中で彷徨い続けていく。

「しょうこちゃん、半年前にも俺に同じような事を言ったよね。俺がしょうこちゃんに好きだっていったら、しょうこちゃん、私は言えないって。好きってどういう事かわからない。だから言えないって」

しょうこの声は聞こえない。

「あれから半年経ったね。しょうこちゃんは俺を忘れたかな?俺は、誰を見ても、誰と出会っても、結局はしょうこちゃんの事ばっかり考えていたんだ。この世界には、女の人なんて星の数程にいるっていうのにね。まったく、なんでしょうこちゃんなんだって思った事もあったよ」

「としきくん・・」

「気持わりぃかい?声も聞きたくないかもしれない。だけどね、忘れらんなかったんだよ。誰とどんな話をしているんだろう。誰と何をしているんだろう。そんな事ばっかり考えて、時間は過ぎていったよ」

観客席からすすり泣きの声が聞こえた。司会者が白いハンカチをポケットから取り出す。

吉田が、口をぽかんと開けてこちらを見ている。

幸せとは、馬鹿の事を言うのではないかしら?と、偉い文豪が言ったような気がしたが、多分、誰も言ってない。私はくだらない考えを振り払った。

「としきくん、わたし・・わたし・・」

「あぁ、わかってるよ!」私は明るい表情でそう答えた。もう十分だ。さようならの時は過ぎたのに、私はそこに置き去りにされていた。

彼女の背中はもう見えなくなってしまっていたというのに、私は陽炎の立つ坂から、まだ彼女が上ってくるような気持を抱き、そこにずっと立ち尽くしていた。

この電話が終わったら、メモ帳を破り、吉田の口に突っ込んでやろう。

そして、歩きださなくてはいけないんだね。

「もう十分だよ。有難う。しょうこちゃん。俺、しょうこちゃんならきっと答えがわかると思ってた。やっぱりわかったね。その答え、今度大切な誰かに教えてあげてね。その時、誰がなんて言おうと、しょうこちゃんが」

私は涙を堪えて続けた。

「クイズショウの、優勝者だよ」

観客席からグスグスと声が聞こえた。司会者も泣きながらうずくまってしまっている。

吉田を見た。鼻くそをほじっている。

この電話が終わったら、本当の地獄を見せてやる。そう心に決めた。

「では、あと十秒となりました。人が人に気持を伝える時の言葉です。あいして・・」

私は受話器の切断ボタンに指をおいた。

私は目を瞑った。人は堪え切れない痛みを感じると、何故か笑ってしまう事がある。

私の表情には、笑みがあった。

「三、二・・」と司会者のカウントダウン・

「一」といったときに受話器の向こうから声が聞こえた。

明瞭で、且つ、心のこもった声だった。

「ル!」


遠く離れてしまった、あなたからのララバイ。

生きていける。生きていける。

遠く離れてしまった、あなたへのララバイ。

途方に暮れた、悲しみのメロディ。


どこまでも続いていく、人生のララバイ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ