表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/13

殺人現場で、恋

秋風のララバイ。

冷たくて厳しい、厭世的な唄。

なんど経験しても、なんど倒れても、

ただ拳を握り、遣り過ごすだけの、

うらさみしい季節の唄。


「殺されたのは、建設会社社長、吉田透です」

私は白い手袋をはめ、しゃがみこんだ。

「刃物で一突き。凶器はみつかってません。

出血多量で息たえるまで、数分ってとこだったと思います」

私は死んだ男の顔をみた。その端正な顔立ちに、少々苛立ちを覚える。

いけすかない。

私のような、粘土を捏ねて三分ででき上がるような顔をしている人間は、こういう男を忌み嫌う。

「しょうかすうふんかんはいひてしゃか!しゃわいそいには!」

と、わざと死体に唾がたくさんかかるように話をしてやった。

「えっ?なんですか?」と後輩刑事の鈴木が聞き返す。

「いや、べつになんでもない」

私はすましたかおで立ち上がった。

鑑識があちらこちらで写真を撮っている。

小綺麗な部屋だ。女性の気配がする。

ふと死体の指をみる。

高価そうな指輪だ。私の給料の三ヶ月ぶんでは買えそうもない。

つくづく虫酸が走る。

「間違いなく、殺しだな」先輩刑事の高木が腰に手をあてながら言った。

「いや、自殺でしょう」

「はっ?」無精髭に薄い白髪頭の高木が、驚いて目を丸くした。

「としき、冗談だろ?」

私は眉根を寄せてため息をついた。

こんな男の殺人捜査なんてまっぴら御免だ。

だが、流石に自殺は無理があるか。

遺書みたいなものでも書いてくれてりゃあよかったのに。

「えぇ、じょうだんですよ・・」

そう言った刹那、鈴木の声。

「あっ、奥さん、もう大丈夫なんですか?」

私は奥さんと呼ばれた女性をみた。

「えっ?」思わず声をあげる。

「としきくん?」と彼女。

「さとみ、さとみなのか?」

「なんだ知り合いか?」高木が私を見た。

「えぇ、高校の同級生です」

なんて事だ。私が高校生のころ、喉から手が出るほどに欲しがった女性が、この男の奥さんだと!?

私は怒りでいっぱいになり、死体をふんずけてやりたい気持ちになった。

だから、本当にふんずけてやった。

「先輩!!」と鈴木の声。

「あっ、つい驚いて足元がふらついてしまった!!ごめん、ごめんな、さとみ」

「いいの気にしないで」とさとみの声。

肩までの黒髪、厚い唇、狐のように可愛らしい目。大人になったさとみは、さらに魅力的になった。

ピンクのセーターに、白のスカート。小柄な体は、抱き締めたら崩れてしまいそう。

守ってやりたい。私の中でまだ、彼女への想いは生きているみたいだ。

「ん?」私は彼女を見て、違和感を覚えた。

なにかがおかしい。

改めて彼女をみる。上から下まで舐めるように。

本当に舐めてしまいたい。あぁ、おさえきれない。。

「ん?」私の目が彼女の右手を見つめた。

右手がない。いや違う、右手をセーターの裾で隠している。そしてその裾から、なにか光るもの。赤いなにかがついている。

まさか!!

私はさとみを見た。悲しげな表情で頷くさとみ。

「としきくん、会えてよかった」

刹那、右手と一緒に、セーターの裾から刃物が現れた。

「俺も会えてよかったよ~」私は咄嗟に彼女に体当たりし、押し倒した。

「なにやってんだ、としき!!」と高木。

「あ、いや、あんまりに嬉しすぎて。ん?」

目の前に転がった刃物。私はそれを指差し、立ち上がる。

「こんなところに凶器の刃物がありましたよ」

「なんだって!?さっきまでそんなとこにはなにもなかったぞ!!」

「いや、実際あったんだからしょうがないでしょう」

高木が渋い顔をして、「わかった、すぐに鑑識にわたせ。指紋を調べる」と言った。

「わかりました」と私。まずい。柄の部分にはさとみの指紋が。

私は慌てて手袋を脱ぎ、刃物の柄を素手で拾い上げ、力をこめて何度も擦った。

「なにやってんだ!!としき!!」

驚きや怒り、困惑で、カオスと化した表情をむける高木。

「えっ?」と私。「あっ、俺はなにをしちまったんだぁ!!」

「先輩!!おかしくなっちゃったんですか!?」

私は鈴木のスーツの胸ぐらをつかんだ。

「そうだよ、アジャパー」

「もうやめて!!」さとみの悲痛な叫び声が聞こえた。

私は振り返る。

「私が殺したの。としきくん、気づいたんでしょ?気づいてそんなこと・・有り難う。タックル、とっても痛かったよ」

「さとみ・・」タックルじゃない。そう言いたかった。

「私ね、そいつのこと許せなかったの。あちこちで女をつくって、家庭の事なんかそっちのけ。もう我慢出来なくなっちゃった」

私は黙って彼女を見つめていた。

あどけなかった少女の面影はない。悲しさ、苦しさ、淋しさで、大人になってしまった彼女がいた。

いつから大人になってしまったの?私の知らないところで、私を置き去りにして。

「としきくん、お願い。私を逮捕して」

さとみが両手を突き出した。

「なんでだよ!!」私は叫んだ。

「だってこいつ生きてるよ!!ほら、見てみろよ!!歩いてる!!」私は渾身の力で死体を立ち上がらせた。

「ほら、生きてる!!歩いてるだろ?さとみ!!みんなも見てみろよ!!生きてるだろ!!」

「お前が無理矢理立たせてんじゃねぇか!!」と高木。

私は無視して、そのまま窓際に歩いていく。

「えっ?なんだって?」と私。ベランダへ続く窓を開けた。

「てめぇ!なに言ってんだよ!てめぇ、殺してやる!ちくしょう!」

私はそう言って、ベランダから死体を放り投げた。

ここはマンションの14階。死体が一目散に地面に落ちていく。

「先輩!!」「としき!!貴様!!」

私は振り返り、頭を下げた。

「私が殺しました」

「ばか!!」という声が聞こえ、顔を上げた。

刹那、抱き締められる体。

暖かい胸。華奢な体。甘い香り。

それだけでなにもいらなかった。自由なんて、孤独の裏返し。そんなものには価値なんてない。そう思えた瞬間だった。

「なんであの時、としきくんを愛さなかったんだろう。としきくん、あんなに私の事を好きだって言ってくれてたのに」

「さとみ・・」

「きっとね、きっと。私、子供だったから、意地悪したんだと思う。あまのじゃくみたいに、意地悪。間違ってた。私、間違ってた」

「間違ってなんかない、さとみはなにも間違ってなんかない」

私は彼女を抱き締める力を強めた。このまま壊してしまいたい。そして、灰になったさとみの全てを飲み込み、ひとつになってしまいたい。

「ずっと、あなたと一緒に生きてたよ」

そう言ったさとみの瞳に嘘はなかった。

「鈴木、この二人を牢獄にぶちこめ」

高木が鈴木に指示した。

鈴木が手錠をポケットから取りだし、私たちの方に向かってくる。

「おい!なにするつもりだ鈴木!」高木が鈴木を言葉で制止する。

「えっ?」と鈴木。高木がおもむろに言葉を続けた。

「この世界という牢獄に、手錠なんか必要ないだろ」


秋風のララバイ。

冷たくて厳しい歌声を、私たちは何度も耐え抜いた。

もう何があっても、生きていけるだろう?

なぁ、そうだろう?


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ