東京タワーで、恋
今宵、雨のララバイ。ザアザアと心を撫でる。
大丈夫、心配するなと雨が語る。
君が愛した女達は、君を置き去りにして、
みんな幸せになっていったよ。
有り難う。
私は笑う。なんだか切ない、雨のララバイ。
私は東京タワーを見上げる。
時は未来。東京タワーは役目を終え、光を失っている。
観光客で賑わった時代は過ぎ、今は悪党どもの巣になってしまっている。
私は遥か上を睨み付ける。
「まどか・・」
私は走り出した。たぎる脳の信号が、血液の流れを早め、体が熱を帯びるのを感じる。
入り口は木板で封鎖されている。
エレベーターなど使わずに、自力で登って来いという意味だろう。
「望むところだ」
私は最凶の悪党「吉田」に、まどかを連れ去られた。
吉田は、まどかが私の事を好きだと知り、全く自分に勝ち目がないと途方にくれた。
そして、まどかを連れ去る事を思いついたのだ。
「くそ馬鹿やろうが!」
私は叫び、東京タワーの階段を一段、そしてまた一段、上がりはじめた。
破竹の勢いとはこの事をいう。
一段飛ばししてみたり、二段くらいとばしてみたり。
もう数十メートルは上がったくらいのところで、上半身裸の、筋肉隆々男が立ちはだかった。
「ここまでだ、貴様はこの先に行く事が出来ない」
「ウォォォ!!」と叫びながら、私は突進していった。
私は前に述べた通り、破竹の勢いだから、その男を難なく突飛ばし、見事に上階へと上がっていく。
「ちくしょう!!肉体を鍛えても無意味だったぜぇ~」と、地上に落下していく筋肉隆々男の声が聞こえたが、構ってる暇はない。
先に進む。
そしてまた上っていくと、全身に灰色のスウェットを身に纏った男が立ちはだかった。
長髪で、眼鏡を掛け、鎖鎌を持っている。
「お前の命もここまでだぁ!くらえ!」
鎖鎌が私の方に向かってきた。
しかし、私はなんどもいうが破竹の勢いだ。だからそれを避ける事ができた。
「うひゃあ」と言って、宙に飛び出した鎌の重さで、引っ張られていく男。
そして、落下していった。
「死にたくない~、まだ女を知らないのにぃ~」
あいつの最後の言葉に憐憫を感じずにはいられない。
そんな事が頭を過ったが、すぐに忘れて先に進む。
もっと上っていくと、流石に疲れてきた。
私は「ぜぇぜぇ」と言いながら、手摺につかまり、一段、一段上っていく。
「はっはっは、もうお前もここまでだ。二人も仲間を殺しやがって。許さんぞ。ぼこぼこにして、警察につきだしてやる」
「殺したんじゃない。あいつら二人とも自殺だよ」
「なに?」
私は顔をあげた。モヒカン頭で、上半身裸。ドクロで出来た首飾りをしている。
ピチピチのナイロン製?の黒いズボンがやけに似合っていて、何故か気色悪い。
「あいつらは自殺だよ。二人とも、恋をしていたみたいだ」
「恋?」
「そうだ、恋だ」私は思いついたことをつい口にしてしまっただけだったから、続きを話すのに窮した。
しかし、頑張る。
「失恋だよ。その失恋の痛みに耐えきれなくて自殺したんだ」
「てめぇ!」
終わりだ。そう感じた。「ふざけやがって」
と続き、殴られるだろう。
すると、思わぬ言葉が彼の口からはきだされた。
「なんで知ってるんだよぉ。そうだよ、あいつらも俺も、両刀使いなんだ。あいつら俺の事を好きで、でも俺は二人とも好きで、だから仕方なく二人ともふったんだ。仕方なかったんだ。ちきしょう・・」
泣きながら男が、私の横を通りすぎていく。
私はおもむろに一段、また一段と階段を上っていく。
背後で「今いくからな!二人とも、またドッヂボールやろうぜ!」と声が聞こえた。
落ちていった。私は振り向かなかった。
そしてついに、私は展望台がある部屋の、扉の前にたどり着いた。
ノブを回す。ギィ~と開く音。
私は薄暗い部屋の中を歩いていく。
空はもう夜だ。
足が急に震えだした。相当階段を上ってきた疲れのせいだとわかった。私は地面に膝をつき、倒れこむ。
もう吉田がでてきても戦えない。まどかを取られてしまうくらいなら、死んだほうがマシだ。
「ちくしょう!!」
私は叫んだ。すると、誰かが駆け寄ってくる気配がして、私は音の方をみた。
「としき!」
白いセーターに、紺のスカート。肩までの黒髪をなびかせて、心配そうな顔で私の顔を見下ろした。
「あけみ・・」と私が呟いた刹那、まどかが私に抱きついた。
「助けに来てくれたんだね。有り難う」
「まどか」私も彼女を抱く。
「吉田は?そういえば吉田はどこだ?」
私は辺りを見回す。まだ戦わなければならない相手が残っている。
「見なかった?ドクロの首飾りをした、モヒカンの・・」
「ああ!」と私。
「さっきのがそうか」私は吉田を見たことがない。知らないうちに出会って、知らないうちに別れてしまっていたみたいだ。
「吉田、どうなった?」怯えた様子でまどかが私に尋ねた。
私はまどかを強く抱き締める。柔らかい胸が、私の胸に重なる。鼓動があわさり、一つになったような気持ちがした。
「苦戦したよ。だけど心配ない。あいつを倒したから」
「としき、格好いい」
そして彼女が言った。
「ねぇ、かえろう」
「あぁ、でも」
私はそう言って彼女の顔を見つめた。
「もう少し、このまま君と、ここにいたい」
彼女が微笑む。
「下は人で溢れていて、冷たいから」
彼女が潤んだ瞳で私を見つめる。
「いいよ。だけど、私はどんなに人で溢れていても、どんなにごちゃごちゃしていても」
花火が上がった。いくつもの火花が、音をたてて咲き、音をたてて咲き、散っていく。
「私はあなたを見つけるよ」
雨のララバイ。私は瞼をとじる。
優しいんだか厳しいんだか、本当はよくわからないが。
考え方ひとつで、心は救われる。
そうだろう?