怪しいやつほど怪しくないと言う
ちょっと短めです
背後から唐突に現れた少年に、驚いたまま反応できずにいた。
「そんなに怖い顔するなよ。別に襲ったりしないから、とりあえずその殺気立った目つきをやめてくれないか」
少年はなだめるようにそう言ってきたが、どうしても気が抜けなかった。
そもそも、全く知らない相手がいきなり背後から声をかけてきた時点で、警戒するなという方が無理だ。
それに私の磨き抜かれた警戒心が、全力で警鐘を鳴らしている。
目の前の相手はとんでもなく強くて、とんでもなく危険な相手だと。
少年の見た目は、私たちと同年代だ。癖のある黒髪と猫目、程よく日に焼けた健康的な中学生男子といったところ。
そして、服の上からでもわかるほど、体が引き締まっている。相当に鍛えている様子だ。やばい、喧嘩になったら負ける気がする。
対応に困っていたら、警戒心ゼロの幼馴染が状況を打破してくれた。
「唯に用があるのー? もう帰るつもりなんだけどなぁ」
ナイス蓮! さすがのド天然!
すると、少年はちょっと困ったような顔になって早口に言った。
「いや、緊急事態なんだ。本当に怪しいものじゃないから。白瀬唯、君に話があるんだ」
「……話?」
やっとのことで声を出す。蓮が動いてくれたおかげで、少し落ち着いた。
少年から危険な雰囲気は感じるものの、落ち着いてみれば危害を加えてきそうには見えなかった。
だが、同時に疑問が生まれる。
どうして、名前を知っているのだろう?
警戒は解かず、慎重に問う。
「名前を知っているのも、その話と関係があるの?」
「ああ」
迷いのない口調で、少年は言った。
どこかせっぱつまっているような感じがした。
少し考えて、いう。
「私に話があるなら、この子は帰して構わないよね?」
蓮を巻き込みたくはない。
それに、下手に逆らうのはそれこそ危険な気がした。
「ああ、その方が俺にも都合がいいな」
「え、唯? やだよぅ、私だけ帰るなんて!」
少年と蓮がほぼ同時に言った。
蓮は、単に私と帰れないのが不安なのだろうが、これが最善だ。
「大丈夫だから、蓮。先に帰ってて。蓮まで遅くなったら、蓮のお母さんにどやされちゃうでしょ?」
「う……それは、そう、かなあ?」
「そうなの! だから、ね? お願い!」
「うん……わかったから、絶対ちゃんと帰ってきてね! 君も、唯に手を出したら許さないんだからね!」
最後に、珍しく目を吊り上げて少年に威嚇すると、蓮は帰っていった。
もしかして、心配されたのだろうか。
まあよかった。
これで、もし逃げなきゃいけない事態になっても、蓮を巻き込んだりせずに済みそうだ。
蓮の背が見えなくなったあたりで、少年がぼそっと告げた。
「移動するぞ。つかまってろ」
「へ?」
言うが早いか、荷物のごとく担がれた。そして、とんでもないスピードで少年が走り始めたため、文字通り少年にしがみつくことになった。
「ちょっ、まっ、待って! どこに行くの! っていうかおろしてえぇ!?」
「しゃべるな、舌かむぞ! 着いたら話してやるから」
「そんな無茶苦茶な! こんなの誘拐じゃん! 何が『怪しいものじゃない』よ!? あんたほんとに何なのよぅ!」
「俺? えー、名前は瑤だが」
「そういうことじゃなーい!」
喚きながらもとりあえずしがみつくしかなかった。
何せ、抱え上げられているのだ、どうしようもない。
「せめて行先くらい教えてくれてもいいでしょ?」
そう聞くと、少年は少しばかり悩むように黙ったあと、いたずらっぽく笑った。
その笑顔を見て、なんだか嫌な予感がした。
「強いて言うなら……裏側の祭りだな」
裏を見たものは、もう二度と元の世界では生きられない。もう二度と。
昔聞いた台詞が聞こえた気がした。