祭りの夜
最初の段階だと、あらすじからのイメージとなんだか違うかもしれませんが、もう少し話が進むとファンタジー要素が出てくると思いますので、どうかご辛抱ください<(_ _)>
小さいころ、私は幼馴染である蓮の家に泊まっていた。
家ぐるみの付き合いだったから、よくこうやって泊まりっこしていたのだ。
そのたびに私と蓮は、この町の昔話やら、言い伝えやらを蓮の母から聞いていた。
はっきり言って幼い私たちには、よくわからなかった。
でも、一つだけ印象に残った台詞があった。
『裏を見たものは、もう二度と元の世界では生きられない。もう二度と』
なぜだか、とても怖かった。聞いたときに妙な耳鳴りがしたからか。
ずっと昔のことだけれど、今でもふと思い出す。
何かのおまじないのように。
14歳になった今でも仲良しの、その幼馴染と待ち合わせをしていたのだが。 私、白瀬 唯は30分ほども祭りで浮かれた人々の中に、一人立ち尽くしていたりする。
何とも苦い顔で。
腕時計を見、周りを見、ため息をつき悪態をつく。
「蓮ってば、まだ来ないのかなー遅刻魔めー……ひとり祭りを隅っこで眺めてても、何にも面白くないんだけどなこのやろー」
地元の夏祭りに行こうと言い出したはずの幼馴染は、本人が指定した18時をとうに過ぎた現在、まだ姿を見せていない。
経験上、こうなることは予測済みだったため、私の服装は、ラフなTシャツにショートパンツ、スニーカーという軽装備だ。ついでに髪もショートカットで、下手したら男子に間違われているかも。浴衣に下駄などという格好で遅刻魔は待てない。足が棒になってしまう。
周りでキャッキャウフフしてる祭りに来た女性陣の浴衣姿にちょっとした羨望を抱いてるなんてことは、もちろん、全然ないのである。
そのうえ待つこと25分。
人ごみの中、少し薄暗くなってきた風景の中、やっと待ち人は現れた。
長い黒髪と細い肢体、少し垂れた大きな目が特徴的な、私の幼馴染。
雨見 蓮が薄紫の浴衣を着て、ぽてぽてと走ってきていた。
その様子を見ていたら、長いこと待たされていたにもかかわらず、自然と微笑んでいた。
なんだかんだ許してしまうから、私も駄目だよね、うん。と、同時に奇妙な既視感を覚えた。
前にもこんなシーンを見たような。
ふと、その感覚の正体に思いあたり、全力で走り出した。蓮に向かって。
蓮はさっきの勢いのまま(というほどのスピードは無いが)、そして手を振りながらこちらに走ってきていた。
「ゆーいーっ! 遅くなってごめんねえー!」
「いいから! 前を見ろ! というか走るなぁ!」
駆け寄りつつも忠告。
しかし蓮は止まらず、そのまま下駄の先を地面に突っかけて前に転がりかけた。
「わあっ! ……あれ、痛くない?」
珍妙な姿勢で転がった蓮が呟く。頭上で。
「怪我がないなら、まあよかった。だから私の上から早くどいて……」
予想通りにやらかした幼馴染をダイビングキャッチした姿勢のまま、うめくようにそう返した。
私たち(特に蓮)の主目的は食べ歩きだった。
水あめ、焼きそば、綿菓子、たこ焼き、チョコバナナ、などなど、瞬く間に蓮の財布は軽くなっていく。この数か月分の小遣い全てをつぎ込む気らしかった。
私は、常識的な量の食物を、常識的なスピードで食べていた。隣でまたもや何かぱくついている蓮を呆れて見やる。
「ちょっと蓮、食べ過ぎて太るよ?」
すると、蓮は心底不思議そうに返した。
「唯ったら、私がいくら食べても全然太らないの知ってるでしょ? ノープロブレム! 問題ないよぉ」
「……それは、知ってるんだけど。食べ過ぎは、体に良くないし、ね?」
頬をひきつらせてこう返した。太らないからって調子に乗るな。うらやましい。
「また唯は、お母さまみたいなこと言うー」
「だって蓮のお母さんに、お目付け役頼まれてるもの。当然でしょ?」
実際、この危なっかしい天然ドジ怪人の面倒を見るのは、小さいころから私の役目だった。常に近くにいれば、自然とそうなる。
「お母さまってば、全然信用してくれないんだから。もう」
「信用以前に、常識を獲得してよ。さっきから周囲の蓮を見る目が結構痛いから……」
頭痛がするような顔で、周りを見る。そりゃまあ、小柄な少女が人間離れしたスピードでリンゴ飴をかみ砕き、両手に抱えきれないほどの食べ物を持っていれば好奇の目で見られても仕方がない。
いや、単なる好奇の目だけならいいのだ。違う目線も交じっているのが困りものだった。
幼馴染の欲目を抜きにしても、蓮はかなりの美少女なのだ。
そしてガードが甘い。それはもう、ゆるゆるあまあまだ。ゆるふわ系にもほどがある。
なにせ、誘拐されかけたことまであるのだ。
その犯人をとっちめた際の証言によれば、「蓮ちゃんは、おやつを一緒に食べようと誘ったら、車に乗ってきてくれたんだ!同意の上なんだよおお!」とのことで。蓮は、そもそも誘拐されかけたことに気が付いてなかった。
もちろん蓮には、正座で3時間説教した。母親たちにもこってりと叱られたはずだ。
今も、結構な数の男が、ぽぉっとして蓮を見ている。なのに、全然、まったく、これっぽっちも、本人は気が付いていない。
これが蓮の母から、この子の面倒を見るように頼まれている理由だ。
もう本人に警戒心を教えるのは、みんな挫折してしまったのだ。
私はといえば、ボディーガードじみたことをしてきた成果なのか、すっかり周りの視線に敏くなってしまった。
そろそろ暗くなってきた。あまり遅くなって、蓮がおかしなのに絡まれてもいけない。いや、これまたボディーガード(以下略)で喧嘩慣れしたので、大抵の相手ならどうにかできるが、正直めんどくさい。
一時間強、食べ歩いたあたりで、蓮に帰ろうと提案しかけたそのとき。
もう本能レベルで磨かれた私の警戒心に、妙な視線が引っ掛かった。
おかしい。蓮にはぁはぁしてるお兄さん方の視線にしては、やたら鋭い。誘拐を狙ってるにしては、穏便すぎる。
試しに、蓮と数歩離れてみた。蓮の近くにいたままで視線を探ると、探ってるのがばれる。
そっと視線を感じたほうを見ると、かなり遠くの男としっかり目があってしまった。
え、私のほうを見てる?
慌てて視線を外して、蓮の横に戻る。
当然に視線が付いてきた。偶然じゃない、明らかにみられてる。完全に私のほうを向いているのだ。
遠くて風体はよくわからなかったが、若い男。
どういう目的かわからないが、あまりかかわらない方が良さそうだと、早々に判断を下す。
「蓮。行くよ」
「え、もう? なんで?」
「いいから、早く」
蓮に囁くと同時に手を取り、浴衣でもついてこれるギリギリのスピードでその場を離れる。
昔から、嫌な予感だけはよく当たるのだ。そのことを蓮も知っているため、それ以上は何も聞かず、付いてきてくれた。
祭りの会場の出口に着いて、ようやく立ち止まる。
「いきなり、ごめんね。急がせちゃって」
「ううん。それより、もう大丈夫?」
「多分、ここまで来れば……」
「よう、もうお帰りなのかい? お嬢さんがた」
「のわっ?!」
唐突に背後から声をかけられて、とびあがった。と、同時に、妙な耳鳴りがして、顔をしかめる。
散々、蓮のことをガードがあまいといっておきながら、人のことを言えない。慌てて振り向けば、さっきの視線と同じ視線で私を見る、いたずら気な少年がそこにいた。