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友のため

出血と死亡描写出てきます。そんなに露骨な表現はしていませんが、苦手な方はご注意を。

 夜8時。雲が重く垂れこめて、今にも雨が降りそうな気配だ。

 むっとした空気で息苦しい。

 限界まで張り詰めた(おもて)で、唯は大剣を握りしめた。

 動きやすいように、瑤から渡された戦闘服を着ている。

 翼も出して、天使の姿になっている。準備は万端だった。


「いよいよだね……うまくいくといいんだけど」

「大丈夫だ」

 やけにしっかりした声で返されて、思わず瑤を見ると。

「骨は拾ってやるよ」

 とてもとても真面目な顔で、そう言われた。ちっとも大丈夫じゃない。


 暗がりの中から、さらに深い暗闇が現れた。

 わだかまるような黒の中から蓮が姿を現した。

「蓮!」

 呼びかけても反応はない。意識は無いようだ。

 くったりしている蓮の陰から、もう一つの人影が出てきた。

 見たことの無い男。黒髪の、中肉中背の男。どこにでもいそうな人間に見える。もt

 だが、瑤がそばでそっと囁いて、

「あいつが、あの悪魔だ」

と教えてくれた。

「お前がやりにくいように、うまく化けてきやがった。だが、いくら人間に見えてもあいつは悪魔だ。何も気にする必要は無い。あの子と自分のためにぶった切れ」

「分かった。……あいつは、敵なんだよね。よし」

 一歩踏み出して、相手を睨みつける。

 温度のない笑顔とともに、声がかけられた。

「新米天使のあまーぁい匂いだ。早く負けて僕の口に入ってくれよ。どうせ勝てないんだからさあぁー?」

「ふざけんな。勝つに決まってんでしょうが! 早く蓮を返しなさいよこの馬鹿悪魔!」

「生きがいいねぇ。美味しそうだ」

 話が通じているのかいないのかよくわからない会話が繰り広げられる。

 それを止めに入ったのは瑤だった。

「決闘をすると言い出したのは、そっちだろう。望み通り、俺は手を出せねえ。代わりに、決闘のルールは守ってもらうぞ。さっさと名乗りをあげろ」

「お堅いねえ。これだから天使サマは……まあいい」

 温度のない表情はそのままに、悪魔は声を改めた。聞きほれるような美しい声だが、同時にぞっとするような酷薄さを感じさせる声である。

「僕の名は、プルフラス。かつてバベルに住まう炎であった侯爵。お前に闘争を与えよう」

「……プルフラスだって?」

 唯には名前を聞いてもよく分からなかったが、少なくとも瑤には分かったらしい。

 もとより白い顔が、みるみる蒼白になり、紙のような顔色になった。

「瑤、知ってるの?」

「当たり前だ。大昔の神話に出てくるような、名のある悪魔だぞ。おい! なんでお前のような強大な悪魔が、唯みたいなただの新米天使を狙うんだよ。お前なら更に強い力を持った天使を狩ることすらできるだろう?」

 瑤の問いに、悪魔––プルフラスは馬鹿にしたように笑う。

「この子がただの新米天使だって? ははっ、天使はおめでたい。何も知らないようだねえ。ま、知る必要もない。この子は僕が頂くんから」

「おい、どういうことだ? 答えろよ!」

「決闘のルールを守れと言ったのはそっちじゃないのかい? 僕は名乗ったんだからそちらも名乗るのが筋だろう」

 どうやらプルフラスは謎だけを残して、追及には答える気がないらしい。

「さすがに、不和と闘争をもたらす悪魔と言われるだけあるな……。腹立たしいが言う通りだ。唯、お前も名乗れ」

「名乗れって……」

 なんて名乗れば?

 唯には、プルフラスのような爵位だのなんだのというものはなく、プルフラスの名乗りはさっぱり参考にならない。

少し考えて、自分なりの答えを出して言い放った。

「私の名前は、白瀬唯よ。蓮の友達。以上!」

「……それだけ?」

「それ以外に何があるってのよ?」

 実際、唯がいまここで戦おうとしている理由はそれだけなのだ。

 これ以上、唯にとって宣言しなければならないことは無い。

 至極単純にして、それが全てだった。


 それに対して、プルフラスは今度こそあきれ返ったらしい。

「いやはや、まさか本人まで分かってなかったとは……天界は随分のんきだな。ま、僕にとっては都合がいいともいえるね。さ、始めようか? 」

「とりあえず、結界を張らせてもらう。この中に入れるのは唯と、お前だけだ。あと、戦闘中はこれの外に出ることもできない。これは、俺が参加したり、ほかのやつが助けに入ったりできないようにするための措置であり、周辺の人間を巻き込まないためのものでもある。いいな?」

「構わないよ。天使サマに任せるよ」

「……じゃあ、張るぞ」

 瑤はやや顔をしかめて結界を張る。プルフラスの口調に苛立っているように見える。早口に、唯にはうまく聞き取れない言語で呪文を唱えた。それが終わると同時に、白っぽい光の薄い膜があたりを包んだ。

「これで、結界はできた。両者、用意はいいか?」

「僕のほうはいつでも」

「私も」


「よし。それでは、開始!」


 開始の合図とほぼ同時に、爆炎が迫ってきた。いきなり殺害する気満々の一撃だ。上下、前後、左右から唯に炎が躍りかかる。


 全方位から襲ってくる炎を、唯は、突破した。


「は?」

 プルフラスはそれを見て絶句する。どうやって、あの炎を捌いたのか。新米天使にそんな力があるとは考えにくい。

 だが、飛び出てきた唯の両腕が輝いているのを見て納得した。

「ずるいぞ!」

「あんたにだけは言われたくないわよ!」

 唯の腕には、複雑怪奇な文様が浮かんでいた。それが、今の炎を無効化したのだ。

 種を明かせば、昨日の晩に思いついて、プルフラスが来る前に仕込んでおいたのだ。瑤とともに。事前に魔法を使えないなどというルールは無い。なら、「今からたくさん仕込んでおけばいいんじゃね?」というかなりせこい……いや、頭脳的な答えを出したまでである。

 魔法を無効化する魔法。実はそんなものは瑤すら知らなかったのだが、これは、エルガーが知っていた。

 明確に言葉が話せるわけではないが、エルガーには自我があるらしく、唯が悩んできたらイメージを伝えてきた。それに従って歌ったら、成功したのだ。

 プルフラスは、今ので魔法攻撃が無効だと悟ったらしく、今度はつかみかかってきた。

 その生白い手から生えている爪が、唯の目前に迫ったところでいきなり伸びた。

「うっ」

 とっさにエルガーで弾いた爪は受けきれず、滑って肩を切り裂いた。深々と肩をえぐったプルフラスの爪はほとんど短剣だ。白っぽい鋭利な短剣が、プルフラスの両手に10本生えていた。

 今まで唯が経験したことがない、強烈な痛みに止まりそうになる足を叱咤して、何とか飛びのいて追撃を逃れた。これも、事前にかけておいた防御魔法がなければ、そのまま仕留められていただろう。

 少し離れて対峙すると、プルフラスは、唯の肩をえぐった爪をぺろりと舐めた。

「旨い! わざわざ来たかいがあった。少量の血液でこれならば、まるごと喰えばどれほど……ああ、最高だ」

 うっとりしたように語るプルフラスを見て、唯の体から冷汗が噴出した。

 震えているのは、恐怖のせいか。それとも、傷口から流れる血のせいで、急速に体温が失われているせいだろうか。

「ねえ」

 プルフラスがかけてきた言葉に、びくっと反応してしまう。

「魔法を封じたところで、剣はいかさまできないもんねえ。もう潔く、僕に喰われてよ?」

 唯は、思わずその場にうずくまってしまいそうな絶望感に襲われた。

 勝てない。そんな思いに支配されて、プルフラスのほうを見て……


 プルフラスの肩越しに、くったりして固定された蓮が目に入った。

 

 不思議なくらい、ぴたりと震えが止まった。

 絶望も、恐怖も全部塗りつぶしてしまうような、強い、強い怒りが、唯の中で燃え上がった。

 なんでここにいるのか、思い出した。

 エルガーをしっかりと握り直し、プルフラスを見つめ、背筋を伸ばす。


「……させないよ」


 唯自身が生きるために。それ以上に、蓮を生かすために。

 その言葉が胸に刻まれて、輝いたような気がした。

 同時に、唯の天使としての体から魔力が滲み出した。

 スカイブルーの瞳が、内側から苛烈な光を放ち、純白の翼が、白い肌が、そして金色の長い髪が、煌めきをこぼす。まるで、唯の周りだけ昼間になったような明るさだった。

 プルフラスが、踏み込みかけていた足を止めた。光に警戒したのだろうか。

 その時、唯の視界の隅で瑶が手を振って合図した。

 それを見た瞬間、唯は、プルフラスから全速力で遠ざかり、そのままの勢いで上空に逃れた。

 プルフラスを倒すための、最終兵器のために。

 

 一瞬の虚を突かれて自分の間合いから唯を逃してしまったプルフラスは、舌打ちしながらも後を追って飛び立った。

 しかし、爪を振りかざして再び唯に襲い掛かろうと間合いに飛び込んだ瞬間、それ(・・)が到来した。

 メロディーという次元には収まらない、音の奔流。

 音量の問題ではない。叫ぶでもなく、喚くでもなく、ただ、歌声と剣の共鳴だけが響き渡っていた。

 

  ––泣き出した空の下 失ったものを思い出す

  無邪気に笑った時の 遠さをかみしめて雨に濡れる


 唯の歌声に合わせて、もともと暗く垂れていた雨雲から雨が降り出した。この雲自体、実は瑶が呼び寄せておいたものだった。結界を張るうえ、大規模な雨雲をとどめておくのは、魔力を消費しすぎるので辛いが。

 歌う唯を、プルフラスは邪魔しようとして……できなかった。

 その場に縫いとめられてしまったように、ただ黙って歌を聞くしかなったのだ。


 唯は歌に合わせて、宙をエルガーで切り裂いた。一定の法則にしたがって、踊るように何かがエルガーによって描かれていく。それを、唯が手助けするような、そんな動作だった。


  ––とめどなく溢れる 空の涙

  そのさなかを駆け抜けていく

  体中にまとわりついたもの 流れ落ちていく

 

 歌が進むにつれて、雨に変化が現れた。

 プルフラスの体を、雨が蝕み始めたのだ。まるで火に焼かれたようにどんどんただれてゆく。

 雨の滴が、歌によって変質しているのだ。悪魔にとっては猛毒足りうる「聖水」に。

 プルフラスは絶叫した。こんなことになるなんて、まるで予想していなかった。

 ここまでだなんて、聞いていないと喚く。


  ––すべてが流れ落ちたときに 僕は君に会いに行こう

  もういちど始まりの海でまっさらになって

  ずぶぬれになった記憶を抱えて

  君のもとへ––


 静かに歌が終わったとき、プルフラスの断末魔が途絶えた。


 宙からプルフラスの体……死体が落ちるのと、唯がふらふらと地面に降りてきたのはほぼ同時だった。

 瑶が慌てて駆けつけると、唯は、エルガーにすがるようにしてずるずると座り込んでしまった。

「勝者、白瀬唯。よくやったな、唯。もういいから眠っとけ」

「ん……蓮は……」

「無事だよ。俺がちゃんと家に戻してやるから安心しろ」

「よかった……」

 それだけつぶやくと、ことん、と眠りについてしまった。いや、気絶したというべきだろうか。

 出血がひどいうえに、限界ギリギリまで魔力を使ったのだ。雨を聖水に変えるなんて、とてつもない魔力を使う行為である。

 意識を今まで保ってきたことのほうが驚異的であった。

「おやすみ、唯」

 瑶はぽそっとつぶやいた。けがの治療を施し、人間の姿に戻す。

 友達を守りきったことに安心した、幼さを残す少女の寝顔がそこにはあった。

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