決戦前夜2
蓮視点です。
明かりが欲しい。
暗くて何も見えない空間で、蓮は手を彷徨わせた。
自分の手でさえ見えない。それより、立っているのか寝ているのか、そういったことすら分からない。床はなく、壁もない空間。
考えることすら億劫で、どうして自分がここにいるのかもよく分からない。
ただ一つ、頭の中で浮かんでは消える思い。
「唯は……大丈夫かな」
声に出して見ると、少しだけ頭が働く。
いつも、蓮は唯と共にいた。
いつも、唯は蓮を守ってくれた。
今まで蓮は、容姿のせいで怖い思いを何度もしてきた。
そのせいで、昔、自分で顔に傷をつけようしたことがある。
醜く傷をつければ、もう容姿に惹かれて襲ってくる人間もいなくなるだろうと思ったのだ。
幼い蓮が震える手でカッターナイフを握っていたとき、唯がカッターナイフを取り上げた。
あんなに怖い顔、後にも先にもあれ一回だけだ。
唯は何を思ったか、そのカッターで自分の腕に切りつけた。
唯の腕からだらだら血が流れて、慌てて抑えた。
その時、唯はこう言った。
「私が何のために蓮を守ってると思うの? 蓮がこんな風に痛い思いしないためなのに」
もう、その時の傷はすっかり治ったらしい。
でも、その頃と唯は何も変わらず、相変わらず蓮の騎士であろうとする。
それ以来、蓮は2度と自分を傷つけようとしなくなった。
唯の喧嘩を誤魔化すのが得意になった。
守ってもらうのを心苦しいとは思うけれど、唯は蓮が嫌がろうが何だろうが守り続けることが、一緒にいるうちに分かったから。
それならば、せめて、唯が苦しまないようにしたいと思った。
今もきっと、唯は蓮のために戦おうとしているだろう。
今、自分が唯のために出来るのは何だろう。
さっきまでより、幾分かはっきりした意識で、蓮は闇の中に光を探し始めた。
そうは言っても、どちらが上でどちらが下なのかも分からない。探しに行こうにも、歩くことも出来ない。
そこにいる蓮自身だけが認識できる全て。
「こんな時、唯はどうするかな……」
きっと、凄く慌てて、少しキレて。
そのあと……自分を頼りに立ち上がる。
私も。
蓮は、自分の足がある方を下、頭がある方を上として立っていると思い込む。
そして、まぶたを閉じてしまった。
どのみち見えないのだから、むしろ目を開けている方がパニックになると考えたのだ。
右、左、右、左と交互に足を出す。
進んでいるのかどうか、よくわからない。
そのうち、歩くというより、泳ぐようになった。
ふと、大して力を入れないでも進むことに気がついた。
いや、力など一切いらなくても、進みたいと思えば進むのだ。
強く願えば、なんだって叶いそうな空間だ。
ここが何処か、やっぱりよく分からないがけれど、現実とは違うことだけは分かった。
ここから逃げ出せるとしたら、分かりやすい出口などではなく、もっと突拍子もないことが必要なんじゃないだろうか。
「ここから出たい。光が、欲しい……」
声に出して祈った。
わずかに空気が揺らぐ。
蓮は確信を得た。強く願いさえすれば、必ず出られると。
そう思った瞬間だった。
何か生暖かいものに体を掴まれた。
この場所に引きずり込まれた時の、あの禍々しい大きな手だ。
振りほどこうとしても、ちっとも動かない。
「おとなしくしていろ、景品」
蓮を捕まえたらしい相手の声が聞こえた。ぞっとするような、低くて甘ったるい声だった。
「は、離して! やだぁっ」
どれだけ祈っても、その手からは逃れられない。
今度こそ本当に拘束されてしまい、動けなくなってしまった。
「唯みたいには、出来ないなぁ……」
暴れ疲れて、蓮はため息をついた。もう、唯の助けを待つしかないことを悟って。
せめて、願えるのは、唯の無事だけだった。