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決戦前夜1


唯は、学校に体調不良だと嘘をついて休み続け、特訓した。

その唯の手にはまっている手袋に、文字が浮かんだのは、特訓開始から5日後のことだった。

白い手袋の甲に、


明日 深夜2時 公園


と、黒い染みのような文字が唐突に浮かんだのだ。


「とうとう、来たな。決闘の日時だ」

「うう…」

唯にしてみれば、早く蓮を助けたいが、まだまだ特訓も足りない、微妙な心情である。だが、悪魔(あいて)が指定した以上、それに従うしかない。呻きながらも、どうにか腹は決まった。

問題は、明日までにやらなくてはならないことがたっぷり残っていることだ。

その最たるものが、魔法だった。

「いままで、悪魔が待ったのも驚きだが、それにしても時間が無いな。最低限の防御魔法だけでも、今日中になんとかしねぇと。おい、魔力のイメージは出来たのか?」

「さっぱり……」

「なんかこう、身体の中にブワーって感じの流れがあるだろ! それをヒュッてやると結界が出来るんだって」

……正直に言って、瑤は教えるのが物凄く下手だった。多分、瑤には最初から出来てしまったことだから、教え方が分からないのだろう。天才肌というやつだろうか。ともかく、瑤の感覚的過ぎる説明は、唯には全然分からなかった。

そもそも、魔法は統一的な使い方など無いらしい。呪文を唱えればいいという人もいるし、唱えなくても腕を振れば使えるというひともいる。魔法陣を使うとか、踊るとか、本当に色々な方法がある。本当は、育っていく過程で自然に分かるものなのだが、唯が天使になったのはごく最近のこと。分かるはずもないのだった。

そのため、今は片っ端から試している。

全部、魔法は発動しなかったが。

「うーん、不安だが剣技だけでどうにかするしかないか……魔力は十分あるのになぁ」

「何か他にやり方はないの? 相手も、間違いなく魔法を使って来るんでしょ?」

「そうは言ってもな……話しかけるとか、ステッキが必要とか、計算するとか、歌うとか? ないことは無いが、計算とかだと俺には教えられないぞ。数字をどうするとどうなるとかわからんし」

「歌う、なんてのもあるのかぁ。瑤は何か歌えるの?」

「……聴いたら3日は起き上がれなくなるが、それでも良ければ歌うぞ」

「……結構です」

どうやら、彼は音痴らしい。空で竪琴でも弾きながら歌いそうな外見してるくせに。

だが、歌というのはまだやっていない。

「歌、どんなのを歌うの?」

興味を持ったような唯の様子に、瑤が片眉を跳ねあげた。

「お前、歌えんの?」

「な⁉︎ 失礼な!実技科目は得意なのよ!」

「え、意外。そんなに粗暴なのに」

「ひど!酷い!」

何とも心外である。この軽口が、唯の緊張をほぐす為であるとしても、本当に唯を怒らせるのが上手い。

「ま、歌ってみろよ。なんだっていいさ。あ、でも世界の崩壊とか、そういう歌はやめろよな! 上手くいったら大変なことになるからさ」

「じゃあ……かごめかごめとか?」

「何それ」

「子供の遊びで歌うやつ。そんなに酷い内容じゃないと思うよ」

「よし、やってみろよ」

それに頷くと、ふっと息を吸った。

小さい頃、蓮を含む何人かで遊んだ。

いつも、蓮が当てていたな…


かーごめかごめ

かーごのなーかのとーりーは

いついつでーあーる

よあけのばーんに

つーるとかーめがすーべった

後ろの正面だーあれ?



……何も、起こらなかったように見えた。

「……これでもないようだな。他のも考えてみるか……おい、唯?」

唯は、瑤が呼びかけるのを全く聞いていなかった。

大剣を横たえてあったベンチに、軽やかに駆け寄る。

呼ばれた。

確かに、その感覚があった。

大剣は、鞘に収められて、静かに横たわっている。だが、何かが中に満ちてくるのが鞘越しに見えるようだった。

訓練中、何度か鞘から抜いて瑤と打ち合った。しかし、こんなことは初めてだ。今、自分の歌が何かを引き起こしたという、確信めいた思いが湧き上がる。

「……もう一度、歌う」

確かな予感に突き動かされて、唯はそう宣言した。

やや、気圧されたように瑤は頷く。


刹那、抜剣の高らかな音が響いた。

夜闇にあって、なお薄く輝くような剣身が現れる。大きさからは鈍重な印象は感じられない。ただ強さが秘められている様子だった。

「……なにが始まるんだ! これは一体……」

瑤が呻く。

歌が響いた。


かーごめかごめ……


負の気配が満ちる。

周りの闇がざわつく。


唯の中で、何かが駆け巡る。

剣が、周りの空間と、唯との(なかだち)になろうとしているのを感じた。


歌が進むのと同じ早さで、周りが歌に導かれた。

夜の闇が、周りを囲むように渦巻く。


歌っているのは唯だけのはずなのに、まるで伴奏がついているかのように歌いやすい。

剣を通じて、周囲に働きかける何か。流れて行くような熱さが魔力だと認識するのに、時間はかからなかった。


……後ろの正面だーあれ?


ぶわり。

渦を巻いていた闇が、瑤の背後に立ち昇って、瑤に取り付きにかかった。

瑤の反射神経が幸いした。

並外れた速さで飛びのき、何らかの防御魔法を使ったらしく、そこで闇はかき消えた。


「あっぶねー……何だ今の」

瑤の声で我に返った。

「わっ、瑤、ごめん! 今の、魔法なんだよね? これでいいのかな?」

「あ、ああ。魔力が流れたのはわかるから、間違いなく魔法だが……驚いた。剣と歌が必要だったようだな」

いきなりいつもの調子に戻った唯に、瑤は面食らったようだった。

さっきまでの、妙に確信的だった態度は何だったのか、唯にもよく分からない。

剣が、自分の使い方を教えるように語りかけてきたようだった。

歌い終えて、剣が何だか満足気にしている気がする。

そして真実、微かに声が聞こえた。手の中から、伝わると言ってもいい。

誇らしげに名乗りをあげる高く澄んだ声が。

思わず微笑む。大剣に親しみが湧いて、そっとその名を呼んだ。

「……エルガー」

瑤が、またしても面食らったような顔をした。

「おい、なんで剣の銘が分かった? 」

「誰に、と言われると……本人? いや、本剣かな?」

「自ら名乗るって、何だそれ。どんだけ規格外なんだ……」

「へ?」

規格外、ってやっぱりこの剣……エルガーは天使の武器としても普通じゃ無いのか。

「いや、こっちの話だ。ともかく、魔法が使えるようになったんだ。勝率はだいぶ上がったぞ」

「後は何を歌うか? 何が悪魔に効くんだろ?」

「あいつがどういう悪魔なのかまだ分からんから、悪魔全般に効くやつか。そうすると……聖水か?」

「聖水? それってどういうの? 魔法で作れるものなの?」

「ああ。どんな歌が効くかは分からないが……」

その時、ぱっと閃いた。

唯は勢い込んで、瑤に自分のアイデアを伝えた。

そのアイデアを聞いた瑤は、少し悩んだあと、不敵に笑った。

「面白いな。よし、それで行こう。さ、そうと決まったらすぐに取り掛かるぞ!」

「うん!」


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