プロローグ
内容上、戦闘シーンで人が死んだり血を流すシーンがあります。苦手な方はご遠慮ください。このシリーズで、神など出てきますが、もし描写などに不快感を覚える方がいらしたら申し訳ありません。特定宗教などをけなすつもりは一切ありませんので、それでもいいよーという方、どうぞお付き合いください!
注;本編は次の話からになります
白い、ただただ白い空間に彼女はいた。
彼女は、その空間と同じくらいにまっしろだった。髪も肌も、来ている衣服も純白。目も今はぴたりとら閉じているために、瞳の色もわからない。
四肢には、艶のない鎖と枷。これすらも白い。どこからか伸びているその鎖で、操り人形のように吊られていた。
長い間、白い世界のままに彼女は眠っていた。
しかし、今その世界に異変が起きた。
鎖が音を立てて千切れ、彼女は床に音もなく倒れこんだ。
開かないまま何百年も時を過ごしたその目が薄く開いた。
果てしなく深い海のような、またどこまでも透き通る空のような青い瞳がのぞいた。
その口が、微かに動いた。
「……解放、されたのか」
彼女が周りを見ると、赤い液体と、透明な液体がいくつもの点を床に作っていた。赤い液体――血は、彼女の体に。透明な液体――誰かの涙は、彼女から離れていく方に続いていた。
「あの子が、私を殺してくれたのか」
血と涙をぼぅっと眺めると、彼女は、解放されたと言った時と全く同じ口調で呟いた。
「君は、私を解放する方法を見つけたのだな。それで君が泣く必要ないのに……」
誰もいない虚空を見つめて彼女は微笑み、語りかけていた。そこに、泣いている誰かの姿が見えているように。
それは、ひどく痛切で、優しい声だった。
「……なんだか、眠たいなぁ。さっきまで眠っていたのに。起きてすぐに眠ってしまうなんてな。最後くらい、と思っていたのに。この大馬鹿者。最後くらい……私に顔を見せろ」
意識は遠くなっていく。空虚な白に満ちた世界が、優しい暗闇に包まれていく。
そのとき、彼女は感じた。彼女がここにいる由縁であるもの――力が、体から抜け出て、次に宿るべきところへ向かうのを。
「あぁ……!」
声はもはやろくに出ず、吐息に近い喘ぎが放たれた。
どこか遠くに向かっていく自分の力と、それとは逆に、深みに向かっていく自分の魂との狭間で、彼女はこの空間に最後の想いを残した。
私の次の者はどんな者だろうか。
慈悲深いのか、残虐か。男か、女か。賢者か、愚者か。
どうであれ、私に見届けることはできない。
それでも。
私に……いや、私たちには見つけられなかった可能性をどうか見つけてほしい。
過ちを繰り返し、苦しむものを増やさないように。
今度こそ幸せな結末を迎えられるように、祈ろう。
そして、彼女はふっと消えた。最初からいなかったように。