そのなな・ヒーロー無情でこともなし!
華牡市に古くからある住宅街。その中ほどに、さほどの大きさではないが古めかしい武家屋敷がある。
表札に織臥と書かれたその屋敷の中、自身の私室にて正義は肩身の狭い思いで正座をしていた。
そして眼前には、仁王立ちになる少女の姿。
なんか妙にセットしにくそうな――具体的にいうとアニメのヒーローのような髪型をしたその少女は、怒りの表情でびしすと正義に指を突きつけこう宣う。
「正義先輩! 貴方は堕落しました!」
「うん思い当たる節が多すぎて反論できませんですはい」
言い訳も何もなくあっさりとその事実を認める正義の態度に、柳眉を逆立て益々いきり立つ少女。
「まず、そ・こ・で・す! なんですかそのふぬけた態度は! 昔の先輩は触れれば切れるような尖ったナイフのごとき気配を纏い、触るもの皆傷つけるギザギザハートがエンブレムのイカレた男だったはずです!」
「……俺、そんなにろくでなしだったかなあ……」
「反論しないっ!」
「はいすいません」
なんかおかんと悪さした息子的なエアーが漂い始めた。やはりいつも通りのアレでナニである。
さてぷんすか怒るこの少女、どうやら正義の後輩らしいが何をそこまで怒っているのか。その言い分をもう少し聞いてみるとしよう。
「そも我々はなんですか!? 正義の味方ではないのですか!? だというのにあの傲慢かつ暴君な男の存在を放置しあまつさえ犬のごとくすり寄り媚びを売るなどと! なんで自分にはやってくれないのですか特殊な薄い本のネタにでもされたいのですか買います! 今の先輩は犬にも劣る牙を抜かれた狼略してダメかみ! せいぜい自分にもふもふされるくらいの価値しかありませんいいですよねもふもふ! そういうわけで早速用意しましょう着ぐるみ!」
「君は何を言っているんだそして俺に何をさせる気だ」
言い分を聞いてみたがわけが分からない。そも怒っているのか性癖の発露か怪しくなってきた。
自身の発言に気付いたのかはたと表情を変え、そうしてから咳払いする少女。ごまかせてない。
「ともかく! 自分は納得できませんししたくもありません! 今の先輩は正義の味方としての自覚に欠けることおびただしいと思います思いませんか!? 強敵を前にいきり立つどころかライバルたる戦隊の女どもといちゃいちゃいちゃいちゃおのれ羨ましい恨めしい! 混ぜて!」
「戻ってないしいちゃいちゃいしてないし。むしろあいつらって同病相憐れむとか目くそ鼻くそを嗤うとかそういう腐れ縁的な何かだと思う」
「だまらっしゃい!」
最早完全に八つ当たりにしか聞こえなかった。正義は深々と溜息。そして頭をぽりぽりとかきながら少女に問う。
「で、お前さん一体どうしたいわけよ」
「ふ、それは当然決まっているではないですか」
少女は大威張りで胸を張り、あらぬ方を向いてびしすと天を指さした。
「特訓です! 先輩のふぬけた根性を鍛え直し明日に向かって走るやる気と根気と男気を取り戻してみせます! この【宜敷 勇気】の名にかけてっ!」
こうして、正義の味方見習いの少女こと宜敷 勇気が参戦した。
酷く不毛で無駄な戦いに。
「……ってなことをメールで愚痴ってきたんですよ~」
「はあ、あいつも大変だねえ」
やれやれと肩をすくめて言う光とだらけた綾火。いつも通り平常運転の2年D組の一角で、彼女らはいつもの通りだらけていた。
「うちらも人のこと言えた義理じゃないっすけどねえ」
「いっそ解散とか考えた方がいいんじゃないかな」
へふうと息を吐きつつ未地と風音が言う。実際彼女らは何の役にも立っていないと言う自負がある。
だがしかしと綾火は思うのだ。
「アタシら解散して辞めちゃったら、別の誰かが天下君の監視につくことになるだろうね……」
想像してみる。
すごく後味が悪い。
はあ、と四人は揃って溜息。根本的に彼女らは人が良い。何しろ正義の味方だ、根本的なところは善人だった。だからこそ余計な苦労を背負い込んでいるとも言えるが。
「そんで、織臥休みなわけだ」
「特訓ていっておけば公欠扱いになりますからね~、正義の味方」
「でもさあ……」
ふと、綾火が小首をかしげる。
「織臥に今更特訓とか、いるかね?」
その言葉に全員がうーむと唸る。
と、綾火の携帯がぴりりと鳴った。
「はいもしもし赤坂ですけど?」
「うふふ台詞、私の台詞は?」
「知らないよ!?」
さて、正義の味方と見習いの二人であるが。
その姿は某採石場にあった。
なぜと問う無かれ、正義の味方と言えば採石場、採石場と言えば正義の味方なのだから。
「働いている現場のおっちゃんたちの視線が冷たかとです」
「なにをぶつくさ言ってるんですか! さあさくさく始めますよ!」
げんなりしている正義をよそに、勇気はひょいひょいと崖上まで一気に駆け上がる。わりと凄いが正義の味方ならこれくらいできて当然だ。ともかく彼女は崖の上にたどり着くと、くるりと振り返ってずばんと告げた。
「まずは基本です! 私がここから岩を投げ落としますから見事それを砕いてみて下さい! それを為したとき、先輩は新たなる力を手に入れることができるでしょう!」
「それ特訓のマニュアルそのまんまじゃねえか」
そんなものがあるらしい。ちなみに他には滝の上から落ちてくる流木を砕けとか、そんなんばっかりだったりする。
「ですから基本からと言ってます! 今のふぬけた先輩なら丁度良い感じじゃないですか!」
「うんふぬけてるってのは確かなんだが……まあいいや、とっととおっぱじめようぜ」
なんだか妙に余裕がある正義。その態度に勇気は少しかちんときた。人が心配して真面目にやってるていうのにぞんざいに過ぎる。これは少しお灸を据える必要があるなと彼女は辺りを見回して。
「うよいっしょっとお!」
建て売りハウスくらいはある大岩に取り付き、四苦八苦しながら転がしてくる。わりと凄いが以下略。
「い・き・ま・す・よ・お!」
そして彼女は容赦なく大岩を落とした。
ごろんごろんと転がってくる大岩。それをやる気のない目で見据えた正義は。
「てい」
軽く声を出して腕を振るう。
ぼっ!
音が置いていかれた。
「へ?」
ごが、という音を立てて、さくりとあっさりと大岩は粉々に砕かれる。予想外の光景に勇気は目を丸くした。
今の拳、ふぬけたどころではない。自分の記憶が正しいのであれば――
「なんか以前より遙かにレベルアップしてる!?」
「そりゃ確かにふぬけてるけどな」
唖然とする勇気を見上げながら正義は頭をぽりぽりとかく。その目が一瞬だけ鋭くなった。
「弱くなった、なんて言ってないぜ?」
ちょっと格好良い。勇気は一瞬その姿に見惚れ、遠巻きに見ていた現場のおっちゃんたちは、おーとか言いながらぱちぱち拍手。
「すげーなにいちゃん! 砕石機も顔負けじゃねーか!」
「なあなあ、こっちの岩も割れるかい?」
「ん? ああこの程度なら楽勝で」
ぼが。
「おおお! 超すげー!」
「こっちなら、こっちのヤツならどうよ!」
「ほい」
が、ご。
「「「「「おおおおおお!!」」」」」
「や、どーもどーも」
「こりゃとんでもないな……おい嬢ちゃん、そっちのほうにもっと堅いヤツあっからちょっと転がしてみてくんねえか?」
「え? あ、はい」
どんごろごろぽい。
がごん。
「すげほんとにすげやりやがった!」
「あっちの嬢ちゃんもすげえなおい!」
「よおし嬢ちゃん! もっとじゃんじゃん転がしてくれ!」
ごろごろごろぽいぽいぽいがんがんがん。
で。
「よく頑張ってくれたな! おかげで捗った、ちょいと色着けておいたぜ!」
「「ありがとうございまーす」」
上機嫌の現場監督から現金入りの封筒を受け取り、ほくほく顔で採石場を後にする二人。
そこでやっと勇気は我に返った。
「ってちがーう! なんでふつーにバイトになってるんですか私たち!」
「うん素手で岩運んだり砕いたりする時点でふつーじゃないけどな」
途中で気付いていたがまあいいかとそのまま岩砕いていた正義が、まあまあと宥めながら言う。この程度の脱線、彼にとっては大したものではない。世の中にはもっと酷いことが幾らでもあるのだし。
そこまで悟ってない勇気はいきり立ったまま矛先を正義に向けた。
「って言うか! 先輩めちゃくちゃ強くなってるじゃないですか! まともに仕事してないのに!」
「うん確かに基本監視任務ってまともな仕事じゃないと思うけどその発言色々な人敵に回してるからなー? それはそれとして、別に鍛え上げて強くなったわけでもないしな」
正義の発言に疑問符を浮かべる勇気。正義は力無い笑みを浮かべながら言った。
「なんつーか……嵐の中で難破して、必死に泳いでいたらいつの間にか泳ぎが上手くなっていた? 的な?」
意味は分からない。分からないが多分ろくでもないことで、そのせいで苦労してきたというのはよく分かる。
さすればその原因は何だと考えたら、一つしかないではないか。
「天下 太平……ですか?」
正義は応えなかった。
ただ残業上がりのサラリーマンのような、酷く疲れた溜息を零すだけである。
なぜだ。勇気の心に憤りと悲しみが満ちる。織臥 正義という男はこんな顔をする男ではなかった。平和を愛し悪を憎む、その名の通り正義の味方の鑑といってもよい好漢であった。
なのになぜ、そんな顔をしてまで天下 太平という『災厄』を放置している? 正義の味方を志す者としてだけではない、一人の人間としてそのことが許せない。勇気は感情のままに言葉を吐き出した。
「なぜ! なぜ立ち向かわないのですか! 貴方だけじゃない、協会も他の組織もただあの男の周囲を警戒しているだけで、まるで腫れ物をさわるような扱い! 叶わぬまでも一矢報いるとか、法的に拘束を試みるとか、やるべき事はあるでしょう!」
怒りながらも泣き出しそうな顔で訴える勇気を、一瞬眩しそうな視線で見つめ、正義は再び溜息。困ったような顔で口を開いた。
「……お前さん、あいつについてどのくらい知ってる?」
「協会で公表されている資料以上のことは知りません。しょっちゅう事件の中心にいる、要注意人物であるというのは分かっています」
迷い無く応える。まあそんなところだろうなと正義は判断した。とてもじゃないが真実の全てを公表できるものではないだろうから。
誰も信じないし。
仕方がない、ああ全く仕方がない。正義はげんなりと、だがどこか暗い喜びを微かに秘めて決意した。
分からせてやるしかないだろうなあ、と。
「というわけで体験者に直接語っていただこうと思います」
「そこでいきなりラスボスと裏ボス呼びつけるとは良い度胸しておるのう」
そこらの適当な喫茶店。正義はそこに二人の人物もとい『神物』を呼び出していた。
一人は三高の保険医神。そしてもう一人がこいつ。
「うわナレーションのボクに対する扱い低すぎ……!?」
「今更でしょうが」
両手で口元を押さえわざとらしく驚きの表情を見せる成螺。慣れている正義は普通にぞんざいな扱いをするが、初対面である勇気は戦慄を覚えていた。
一見ふつう――とも微妙に言い難いが、ともかくただの人間に見える。だがなんだこの二人から感じる異様なプレッシャーは。常人よりも勘が鋭いゆえに感じる威圧感。それを重苦しく感じながらも、勇気はおそるおそる問う。
「あ、あの先輩? こちらの方々は」
その問いに、正義は迷うことなくさくりと答えた。
「ザ・負け犬」
その言葉にがくりと落ち込むじじいと、なぜか胸を張るおっぱい眼鏡。
「いやたしかにそうじゃがそうなのじゃが」(←バグとして処分しようとしたらフルボッコにされた)
「最近は雌犬と呼ばれることにも興味あります」(←興味本位でちょっかい出したらフルボッコにされた)
「ま、俺も人のことは言えないわけだが」(←勘違いで敵対してフルボッコにされた)
プレッシャーが、ダメエアーに成り下がった。何とも言えない空気にどう反応したらいいものだか困る勇気。
困ったがこの空気は何とかしなければならないんじゃないだろうかと、妙な使命感に駆られ彼女は口を開く。
「そ、それでなんでこの人たちが話を?」
「うんまあ言っても絶対に信じられないだろうとは思うけど」
そう前置きして、正義は二人を指した。
「俺が知ってる中で、トップランクで強いです。いやマジぶっちぎり」
そりゃ神と邪神だ。ぶっちぎりどころじゃない。その上でと正義は告げた。
「天下 太平と敵対して『立場失ってない数少ない例外』です」
「ポイントは速攻土下座るところだね。あとその場で現金払いだと見逃してもらえる確率アップ」
聞いてもいないのに生き残るコツを伝授する成螺。神の方はと言うと、煤けた気配を背負って遠い目であらぬ方を見て、呟くように零した。
「死ぬほど酷い目にあっても死ねないって、マジつらいんじゃなあ……」
どんな目にあったんだろう。いや死ぬほど酷い目というのは分かるが。ともかく要するに、この二人というか二柱がその立場を追われなかったのは、土下座ったのと死ねなかったから結果的に、ということなのか。
はっきり言って何の参考にもならない。
そう思ったのが顔に出たのか、正義は勇気にこう言う。
「これほどの存在でもあいつにゃ勝てないし、これぐらいじゃなきゃ真っ向からやり合って無事でいられない。そういうこった」
「ち、ちなみに先輩は、その……」
「元々誤解だったしボコられた後速攻で土下座った。正確には敵対したわけじゃないからまあちょいと違うかな。半分立場失ってるけど」
目をそらしながら早口で自身の事情を簡単に告げる。正直思い出したくはなかった。
ちなみに太平と真っ向から敵対しフルボッコにされてなお立場無くしていない某魔人皇という存在もいるが、正義は彼がそれであるという事実には気付いていない。あと某番長とかいるがアレは単に死ぬような目にあっても懲りないだけだ。馬鹿だから。
それはともかくと、正義は自分のことを棚上げにして二人に何か聞きたいことはあるかと勇気を促す。彼女は少し戸惑いながらもそれではと質問の内容を考える。
考えてみたが。
「何から聞いたら良いんでしょうか。というかどこからツッコんだらいいんでしょうか?」
「うんツッコミどころ満載だというのはよく分かってるが、指摘されると地味に心に刺さる事実だからな? 見ろ神さんなんかふううとか胸押さえてのたうち回ってるし」
「メンタル弱いなあ。前から後ろからツッコまれてもむしろ快楽、くらいどっしり構えていないと」
浣腸食らってトラウマってる存在に言われても説得力がないような気がするがそれはそれとして。非常に小さくてしょうもないように見える事情ではあるが、実際の所かなりスケールは大きい。これが余所の話であったらば、1シリーズ丸々使って解決に導くような内容を根本直接フルボッコで無理矢理終わらせているのだ。あっさりしすぎて実感が湧きにくいものかも知れない。
わかりにくい事例連れて来ちゃったかなあと、正義は反省する。太平と敵対する不毛さ、無意味さを分からせようと思ったのだが。かといって自分がほいほい連れてこられる経験者など他には心当たりがない。正義とほぼ同じ立場である精霊戦隊の連中は、勇気が妙に敵愾心を持っているようだから素直に話を聞くかどうか怪しいものだし。番長は馬鹿だし。
まあ他にいないからと言っていきなりラスボスと裏ボス連れてくる正義も大概染まってるのだけれど。
「ん~、だったら素直に色々な事例教えてあげれば?」
「心読まないで下さい。つってもあいつ関わった事件とか大概機密扱いで持ち出し閲覧禁止とかですから。見ようとしたらすげえ手続き面倒ですし」
「む? 資料ならあるぞい?」
いつの間にか立ち直っていたのか、唐突な神の言葉にへ? と目を丸くする正義。彼の反応を待たずに神は懐から次々と分厚い資料を取り出して、テーブルの上に積み始めた。
「ちょ、なんでこれ!? うわこれ協会の機密文書!? いいいい一体全体ほわい!?」
錯乱しかける正義に、神はごく普通にさらりと応える。
「だって儂、神じゃもん」
「いやそうですけどそうですけど! なにこの奇跡の無駄遣い!?」
「気にしちゃダメだよ? 某猫型ロボット並に便利だなあと思ってれば問題なし」
「そういう扱いも不本意なんじゃが」
ぐだぐだやりながらあれよあれよという間に広げられていく資料。その光景を勇気はぽかんと見やるしかない。
そんで。
「さ、そういうわけでなし崩し的に天下 太平研究会が始まりましたわけです。司会進行はわたくし織臥 正義。オブサーバーとして神さんと十手府さんをお招きいたしております」
「……なんですかそのノリ」
「テンション上げなきゃやってられんのだ、そのうち分かる。……さてまずはおさらいだが、天下 太平、こいつがなぜ危険視されているか簡単で良いから言ってみろ」
「はあ……」
促され、気乗りしないままに暗記した事柄をつらつら述べていく勇気。
「複数の重大事件、重要犯罪などにおいて関わり合いを持つとされ、それでいて捜査すらされない、実際被害を受けたと報告があるにも関わらずどこの公的機関も動かない不可解な存在。記録では人類に友好的である超越存在にすら危害を加えその行動を阻害し、以降の友好交流を妨げるなど公的国際的な妨害行為を働いたテロ行動の容疑あり。ゆえに警視庁および公安、さらには各種組織から重要視されているものの現段階では監視に留まっている。さらに各種犯罪組織、反政府機関、人類に敵対的と思われる異種知性体との交流があるとされている超級危険人物。……となっています」
「大体あってるが……見事にまとめた人間の悪意が透けて見える報告内容だな」
正義の言葉に、勇気は眉を寄せた。
「報告が改竄されている、と?」
勇気の問いに、正義は首を振る。
「いんや。大体あってるって言ったろ? 嘘は一つも書いてない。ただ全部じゃないだけだ」
「???」
言葉の内容よりも、正義の表情が気になって首をかしげる。やれやれしょーもな、とても言いたげな呆れかえった顔。情報に手を加えられていることに対して怒りもなければ嘆きもない。手が加えられているにしろ情報が欠落しているにせよ本当であれば組織ぐるみの隠蔽だ、仮にも『正義の味方の後援組織』がやっていい話ではない。
しかしそのようなこと些末だと、正義は言う。
「ま、気持ちは分かる。嫌みの一つもぶちかまさんとやってられんだろうさ協会としては」
「嫌みって……」
「この程度の情報統制で何かがどうにかなるなら、とうの昔にどうにかなってるわい」
まあたまには勇気のように閲覧できる情報だけで判断して突っ走るようなのがいるが、結果は見え見えである。まずは一応先輩である正義に突っかかるだけ彼女はましな方だ。だがここで諭しておかないと結局は暴走してしまうかもしれない。流石に自分の二の舞三の舞は忍びないと思う正義だ。
一つ一つ事例を見せていき理解させる。その課程でもしかすると精神的に多大なるダメージを食らってしまうかも知れないが、まあそこは犬の糞を踏んでしまったと思って諦めてもらおう。正義は資料の中から適当なものを選び出して見せてやることにする。
事例その1、老舗の悪の組織、シ●ッカー。
「ちょっと待って下さいちょっと待って下さい。老舗というか何度叩き潰しても復活するという伝説の組織じゃないですか。そういやここ最近動いたという話は聞いてませんけど」
「ああ、復活するたびに他の組織を取り込んだり変質したりしてるな。海外の組織と融合したゲル●ョッカー、宿敵の力を取り込み再起を図った大●ョッカー、お笑いに走ったゲロ●ョッカー」
なんか違うのが混ざっているような気がするが、それはおいといて。
「で、その●ョッカーですが、当然天下 太平に目をつけ手を出しボコられました。基本だな」
「そのワンセット基本なんですか!?」
「基本だ。で、彼らの現在ですが……」
そこまで言って、正義は溜息と共に吐き出した。
「首領以下構成員全員がMに目覚めまして。揃って悪の組織を辞め某歓楽街にエロ●ョッカーというSMクラブを開いて、そこそこ繁盛しているそうです」
「……えあ!?」
「全身タイツの下っ端が、ボコられて「イィ~♪」と呻くヒーローなりきりショーが大人気だね」
「うわあ知りたくもない情報だ!?」
にっこりと良い笑顔で余計なおまけを口にする成螺。がびびんとショックを受ける勇気。
もちろんこの程度は序の口である。
事例その2、元首相Hさん。
「激しく待って下さい」
「ん? どした」
「いきなりなんか色々とぶっ飛んだ方向にとんでもないのが事例として上がってきてませんか!?」
「? 普通だぞ?」
「普通!?」
演技とかではなくわりと本心っぽい感じでさくりと応える正義。凄まじく嫌な予感にとらわれる勇気。
もちろんそれは正解で。
「現役首相時代、Hさんは某あるある言う生き物とほるほる言う生き物の国と密約しまして、とらすとみーとらすとみー鳴きながら天下 太平を拉致るよう手引きしました。」
「しゃらっと国際的犯罪の片棒担いでたことバラした!?」
事実だとすればとんでもないことだった。が、それすらも何でもない事のように正義は続ける。
「結果、首相の首がすげ代わりました」
「はい?」
「そんでそれが要因で所属政党の威光が陰り、政権が交代してしまいました。現在Hさんはご存じの通り自身の政党からもつまはじきの鼻つまみ者扱い。政界への復帰は絶望的なものとなっています。なおあるあるほるほるの連中もスキャンダルが続出したりまとめて首がすげ代わったり実情はかなり大変な様子です」
「」
何がどうなったらそうなる。完全に理解の範疇を越えた事態に勇気は声も出なかった。
「ちなみに直接天下 太平を拉致しようとした工作員は、現在全員行方が知れません」
「」
んなこと聞きたくなかった。
が、しかしそんな無惨な(?)現実はまだまだ続くのである。
事例3、F●I特殊資料室とM●B。
「あ、わりと普通だ」
少しほっとして安堵に息を漏らす勇気。普通の人はそもそもんな連中に関わったりしないものだが、彼女も大分感覚が麻痺してきているようだ。
「えーご存じの通りF●I特殊資料室とM●Bは、それぞれ未解決異常事件(主に宇宙人関係)の資料収集および調査と、密かに地球にコンタクトを取っている友好的地球外生命体の保護および管理を行っています。詳しくは省きますがその関係上非常に仲が悪く犬猿の仲、怨敵ともいってよかったのですが」
何度読んでもどーしてこうなった、だよなあとそこはかとなく頭痛を覚えこめかみに人差し指をあてつつ正義は続けた。
「共に天下 太平はもしかしたらクリ●トン星人とかの地球外生命体ではないのかという疑念を抱き、調査のために来日したら鉢合わせ。すったもんだの挙げ句なんでか天下 太平の取りなしという形で和解。その後協力関係を築き、天下 太平とも手を出してきた宇宙人を引き取るなど友好的な関係を結んでいるそうです」
「何がどうなってそうなるんですか!?」
「俺が知るか」
「む? 細かい説明が必要ならここに新たな資料が……」
「いやいいですどうせ頭痛が酷くなるような内容しか書いてないでしょうから」
まあその、似たような感じでどっかの市国のお偉いさんとか、どっかの大統領とか、どっかの王室とか、いろんな人にコネがあったりするのだが、大概頭が痛くなるような経過なので見ない方が健康によかろう。
事例4、異次元侵略生命体バ●ド。
「またえらく話が飛んだァ!?」
惚けていた勇気が息を吹き返したかのようにがびびんとツッコむ。そりゃいきなりスケールがでっかくなりすぎたのだ、ツッコミの一つも入れたくなる。
だがしかし、正義は呆れたような顔を見せていた。
「おいおい今更何言ってんだ? 神も邪神もボコる男だぞ、侵略者程度でおたおたすんな」
「いやだっていきなりスケール大きくなりすぎでしょう!? 目の前のこの二人威厳も凄みもなーんもないですし!」
「儂泣いていいかの? ここ泣くところかの?」
「威厳も凄みもないけれど、エロスはあるもん!」
なんか言ってるかみさまどもをさくっとスルーし、正義は溜息混じりに話を進める。
「まあ聞け、確かにスケールの大きい相手だった。……バ●ド。極めて強い排他的攻撃衝動に支配された超束積高エネルギー生命体。一種の群体であり有機物、無機物はおろか時空間、電力磁力重力すらにも『浸食』する融合型侵略生命体です。世界を渡りながら浸食的侵略を続けていたようなんですが……この世界に渡ってきたとき、たまたま天下 太平の近くに空間ぶちぬいちまいました」
ごくりと勇気が唾を飲む。聞くだに恐ろしい相手だ。もしかしたらそこに座っている二柱よりもよほど恐ろしいかも知れない。そんな相手にどのような壮絶な戦いを繰り広げたというのか。
「で、一方的にボコられて泣いて逃げ去りました」
「おいいいいいいいい!!」
もしかしてそんなこっちゃないだろうかと内心思っていたけどやっぱりそうだったよこんちくしょー! と、ちょっとだけ主人公的な活躍を期待していた勇気は思わず声を荒げてしまう。
「おかしいでしょう群体生命体ですよ!? 端末固体とか殴った程度じゃどうにもならないでしょう!?」
「それなんじゃがの~」
勇気の言葉に反応したのは神。なんかひどーく疲れたような態度で彼はこう言った。
「アレの『当たるといたいぱんち』じゃが、群体生命体とかのはじっこでも殴ると、全体にすごい痛みが伝わるようでの~。特に本来痛覚とか感情とか持っとらん相手だと、余計に効果が出るようじゃ」
「なんですかその反則!? ってか浸食は? 浸食されるんじゃなかったんですか?」
「……あいつのこったから、「浸食される前に殴り倒せばいい」とかで済ましちまうんだろうなあ……」
神と正義は、遠い目で彼方を見つめた。良い天気だ、空も高い。
現実逃避している二人をみやりながら、やれやれと肩をすくめる成螺。
実は似たような侵略者であるE●Sとかヴァ●ュラとかB●T●とかが太平の周りに風穴開けて出没しボコられてるのだが、流石に黙っておこうと彼女は思った。
その後も様々な資料が読み上げられた。
勇気のSAN値はがりがりと減った。
「……ま、大体こんなところかな。さて、ここまでで何か気付いたところがあるか?」
完全にグロッキーとなってテーブルに突っ伏している勇気に向かって正義が問うた。
勇気はうぬぎぎぎとか呻きながら身を起こし、それでも据えた目で睨み付けるように正義を見据える。
「よーく分かりました。常識なんてものが欠片も通用しない、臨機応変変幻自在縦横無尽天災災厄的変人だということが」
「いやそこじゃねえよ」
間違ってはないけどさあと、もうやりあきた溜息を吐き出して正義は言う。
「あいつな……基本専守防衛しかやってねえんだよ。まあ明らかに過剰防衛ではあるが。最終的に押しかけて金品強奪とかしてるが」
言われてみればと、勇気は思い返す。確かに太平は自ら騒動に足を突っこんだことはない。騒動が向こうからやってくるだけだ。そう言う意味では正当防衛といえないこともないが。
「金品の強奪とか! 犯罪者相手にもやったらだめなんじゃ!?」
「……侵略宇宙人の財産って、どういう扱いになってるんだっけ?」
答え。そんなもんどこの国の法律でも決まってない。その辺は上手いこと文句言われないような相手や隠し財産などを選んで奪ってる太平だった。
まあどこぞの番長は毎回金品巻き上げられてるが、あれは自業自得だろうと周囲みんなが思ってるので通報すらされない。
「で、でも警察とかの捜査くらいは……」
「ああ、任意同行を求めたらちゃんと応じるぜあいつ。事件の内容がアレでナニすぎるし、基本的に被害者でやりすぎとはいえ正当防衛だしなんで最終的に釈放するしかなくなるわけだ。その上一歩間違ってたら地球が滅びていたかも知れない事件が、結果的にいくつも解決されてんだ。色々表沙汰にするにゃあヤバ過ぎるし扱いに困るだろう?」
実際太平がその気になれば英雄扱いにされてもおかしくはない、というかどこの英雄でも成し遂げてないようなことをさくっとやってしまってるわけである。いろんな人たちが扱いに困るわ立場なくすわで、結局なあなあで無かったことにしてしまおうと言うことになってしまっているわけである。総じて現実逃避をしているとも言う。
特に正義の味方後援組織である協会は、立つ瀬も座る瀬もないわけだ。何しろ太平が関われば悪の組織なんぞ一話もかからずに潰される。ヒーローたちの活躍をTVで放映する利権とか玩具の販売等にも深く関わり、収入源としている協会にとっては目の敵と言っていい。
かといって敵に回せばどうなるかは日の目を見るより明らかだ。報告書に恨み辛みの一つも書きたくなるだろう。
「そ、それじゃあ友好的な超越存在に危害を加えたりとか、人類に敵対的な存在とかとの交流とか!」
「はい友好的な超越存在代表の人~」
「まあ別に人類の味方というわけではないのじゃが」
指し示されてほいっと手を挙げる神。
「んで人類に敵対的な異種生命体代表の人~」
「好きな子をいぢめるって、興奮するよね?」
次いでほいっと手を挙げるおっぱい眼鏡。
「他もまあ、大体にたようなモンだ。ボコられて落ちぶれるなり紆余曲折で友達になるなりで、ろくな結果が待ってねえ。……あいつに関わるのがど~んだけ不毛か、理解できたか?」
「…………はいぃ…………」
再びへにゃへにゃとテーブルに突っ伏す勇気。
精根尽き果てた。ぽっきり心が折れた。なによおなんなのよもおと、世のはかなさを嘆くしかない。
こうして、宜敷 勇気の不毛な戦いは終わりを告げた。
実はひっじょ~にまともでましで平穏な決着の付き方なのだが、そんなこと何の救いにもなりゃしない。
合掌。
「疲れました。もの凄く疲れました」
「そりゃそうだろう。誰だって疲れる」
へろへろと精根尽き果てた様子で正義に付き従い歩く勇気。
もう今日は帰って寝よう。何もかも忘れてぐっすり寝よう。後ろ向きではあるが誰もが抱く徒労感と虚無感を抱きながら、彼女はとぼとぼ歩いていた。
だが、これで終わらないのがこの話のお約束である。
「ん、マサじゃねえか」
「あ」
ばったりと出会っちまった。学校帰りであるらしい太平は、よ、と手を挙げて近寄ってくる。
咄嗟に正義の背後に隠れてしまう勇気。彼女にとって太平は最早恐怖の象徴。条件反射的に怯えてしまうのもやむかたない。
そんな彼女の態度に一瞬眉を顰めて、太平は口を開いた。
「知り合いか?」
「ま、まあな。人見知りする子でね」
「ふうん。……おっと、忘れないうちに渡しておくわ」
あっさりと勇気に対する興味を無くし、太平は己の鞄をごそごそあさり出した。
そして取り出したものをすっと正義に渡す。
「これは?」
「今日の授業のノート。試験範囲も結構あるから必要だろ?」
は?、と目を丸くする勇気。複雑な表情をしながらも助かるありがとうとノートを受け取る正義。
「じゃ、ノートは明日にでも返してくれりゃあいいから」
そう言って太平はひらひら手を振りながら去っていく。その後ろ姿を見送って、正義は深くため息をついた。
「あ、あの~、先輩? 一体全体なにがどうなってほわい?」
目が点になったままの勇気が恐る恐る問うてきた。正義は力のない笑みを浮かべて答えた。
「あいつな……何事もなければ普通に良いヤツなんだよ。……多少口悪いけど」
むしろ温厚である。周りから結構ああだこうだ言われても流す程度の度量はあるし。
唖然としたまま、勇気はぼんやりと思った。
それって酒飲まなきゃいい人とか、そういう感じじゃあ、と。
勿論口に出して言うほどの気力は残ってなかった。
「あ、君明日から織臥君のサポートとして三高に転校してもらうから」
「のおおおおおおおお!!」
再度合掌。
何で太平君が逮捕とかされないのかその理由、と言うお話。
……勇気さん大暴れして正座説教の予定だったのに話だけで心折れてるあっれェ!? まあ予定通りにいかないのはいつものことですが。(←諦めた)
いくらいい人でも普通こんな人間に関わりたくねえよなあと思いますが、多分周囲も大分染まって麻痺してるんじゃないかと思います。だめんずうぉーかーとはこういうものか。いや違うけど。
ということで今回はこんなもんで。ばっははーい。