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そのご・英雄志願でこともなし!






空には星、眼下には街の灯。

天と地、その双方で瞬く光を視界に収められるそこは、超高層ビルの頂点。そこに一つの影があった。


隆々たる体躯。しかしさほど巨体でもない。せいぜい180㎝弱といったところか。だが、その身から放たれる覇気が、その体躯を巨大なものに感じさせる。

そのおとこは、肩に羽織ったコートが風に嬲られるのをそのままに、瞬く光をただ眺めていた。


背後に気配。突如現れたそれに対し眉一つ動かさず、侠は問いかける。


「首尾はどうか」

「は、ほぼ想定通りに事は進んでおります。まもなく有象無象は全て排除されるものかと」

「……ふむ」


く、と侠の口元がゆがむ。よくもまあ容易く欺瞞情報・・・・に踊らされるものだ。それとも己なら罠があろうと食い破られると驕ったか。

まあ少々喰い足りない感じではあるが、雑魚を相手取る手間が省けたのだ。それはそれでよしとしよう。残ったのが強者。最低でも退屈はしないであろう。


それにしても――


「……天下 太平、ただの暴君というわけでもなさそうだ」


有象無象をまとめて釣る餌として利用した人物。情報では自らは戦わず、公僕を呼び寄せ一網打尽にしたようだ。

ある意味外道。自ら矢面に立たず他者に下駄を預けるなど番長としての資質に欠けることおびただしい。しかし――


人としては、どこまでも真っ当。


聞けば当人は圧倒的な実力を持ちながらも番長を襲名せず、一般人を自称しあくまで自衛に努めているようだが……その本質は苛烈。ちょかいをかけてきた存在は全て例外なく叩き伏せ撃退している。おそらくは自校の番長を隠れ蓑に裏から支配しているのだろう。それもはや番長のあり方ではない。人として、正しく外道(・・・・・)。本物の支配者としての資質を持つ存在だ。


本人が聞いたら間違いなく憤慨する壮絶なる勘違いな思考を巡らす侠。もちろんそれを指摘するものはいないので本人は分からない。ただ後で悲劇が拡大するだけだろう。


己の未来に暗雲が立ちこめているとも知らず、侠は野太い笑みを浮かべ踏み出す。

ばさり、とコートを翼のように翻し、侠は闇夜に舞い降りた。















今日も今日とて三高は平常運転である。

まひとがボケて伸されたり、恋が方向性の間違ったアプローチをかけてすげなくされたり落ち込んだり、周りの生徒が怯えたり諦めたりと、まあそんな感じだった。


ただ、その光景の中に番長たる長治とその取り巻き二人の姿は未だない。

さすがにそのことを訝しがる者も出始めていた。


「つまりはさ、あの番長が未だ回復してないってことは、『天下君よりも高いダメージを与えてる』ってことじゃね?」


難しい顔をしながら、赤坂 綾火は仮説を立てる。それに対し参謀役である目黒 光は眼鏡の位置を直しながら応えた。


「確かにそうですが~……そもそも天下君は体力に秀でているわけでも武術に優れているわけでもありません~。一度攻撃のダメージを換算してみたんですが~、数値的にはたいしたことはないんですよ~。ただ単にひたすらもの凄く痛い(・・・・・・)だけで~」

「あー、ありゃ確かに痛かったっすよね。異常なまでに」


半ば机に突っ伏していた緑山 未地が顔をしかめる。不幸な事故で一度太平と敵対する羽目になった彼女たち精霊戦隊であるが……もちろん結果は言うまでもない。

それはそれとしてと、彼女らは新たな疑問を浮かべる。


「そのもの凄く痛いだけのぱんち一発で、機動兵器とかぶっ飛ばすってのはどうなのよ」


ネイルの手入れをしながら憂鬱げに言うのは桜田門 風音。彼女の言うとおり太平は物理学的に不可能と思われるような事をあっさりやってのける時がある。が、実際身体測定などでは平均的な数値をたたき出していた。手を抜いていると誰でも思うのだが、体格やそこから推定される筋力からすれば順当な結果といえた。謎は深まっていくばかりである。

何回か言ったかも知れないが当然特殊能力の類を保持していないかは密かに調べられている。無論結果は全くの白。そりゃあ調査関係者は世をはかなんでさじを投げたくもなるというものだ。


その辺の謎は今更のことだ。とりあえずは蓋をすることにして、彼女らは元の話題に戻る。


「こういっては何だけど、番田はああ見えてかなりの『使い手』よ。それを重傷にまで陥れる……警察に持って行かれた連中にそれができるとは思えないわ。……ちなみに私だけ携帯のハンズフリー会話で参加してるのだけれどねふふふ……」

「遅刻するあんたが悪いんでしょうに。……ま、確かに連中有象無象って感じだったからねえ。それなりに『できる』んだろうけど、とてもじゃないが一流には届かない」


つまり、長治を伸したのは別な人間だ。だが今までその姿を現している様子はない。一体どういうつもりなのか、それを推し量る術はないが……。


「どうせろくでもないことなんだろうねえ」

「「「多分」」」


何かをたくらんでいる。姿を現さない謎の存在に対し、彼女らはそう断言できる。そしてそれがまたろくでもない騒動を起こすだろうことも。

まあどのみち。


「私たちが活躍する事はないんでしょうけどね。……ところで私だけ名前も出ないのだけれどどういう事かしらふふふ……」


いつも通り監視にとどめる(・・・・・・・)しかないのだろう。敵を失った(・・・・・)戦隊など本来存在意義はないのだが、自分たちが未だ解散に追い込まれていないのは曲がりなりにも天下 太平と関わり破滅していないからだ。

多分彼にとって敵とは見なされていないのだろうが、逆に箸にも棒にもかからないと言われているようで気持ちが萎える。かといって再び挑みかかるほど彼女らは考えなしでもなかった。そこらへんが長治などとは違うところだ。


太平は意地や根性でどうにかなる存在ではない。どれだけ可能性が低くとも毛の先程に光明があれば挑みかかる、そして成し遂げてしまう類の人間はいるが……ないのだ(・・・・)光明など(・・・・)。彼に挑みかかるくらいなら砂漠で一粒の麦を探し出す方がまだ可能性がある。そう言った類の……化け物ですらない何か(・・・・・・・・・・)だアレは。何者に対してでも(・・・・・・・・)

目の前で神だの悪魔だの名乗りそれにふさわしい力を持つ存在があっけなくしばき倒されるのを何度も目の当たりにすれば、悟りもする。


仕事は果たす、でも気は乗らない。精霊戦隊の乙女たちはどこまでも憂鬱であった。















で、予想に反し何事もなく日々は過ぎていくわけですが。


「……ん~、なんかなあ……」


太平の隣を歩くまひとが、ぽりぽり頭をかきながら眉を顰める。

いつもの脳天気な様相とは違う彼の呟きに、太平は「どうした」と声をかけた。

まひとは眉を寄せたまま、きょろきょろと周囲に視線を飛ばしつつ応える。


「なーんかさ、最近誰かに見られているような気がするんだよね」

また(・・)ストーカーとかじゃないのか? 手加減しろよ今度は(・・)

「悪人に人権はないと昔の偉い人は言いました(キリッ)」

「その意見には全面的に同意だが原形はとどめておけ。あと棄てるときには生ゴミだ」


こいつら人の血が通っているのだろうか。まあ今更言っても無駄だが。

ともかくその類じゃないなあと、まひとは首をひねりながら言う。


「冷静に観察されてるって言うか……なんだろう、値踏みされてるっていうのかな? ハアハアブヒブヒって感じじゃないねえ」

「ふん、お前が言うならそうなんだろうさ」


どっちにしても直接迷惑をかけるのでなければどうでもいい。迷惑だったら殴るが。いつも通りの対応を取るつもりの太平の心は毛ほども揺るがなかった。ちょっとは心配してくれても~、などとほざくまひとだが、こいつに対し心配など無意味だ。たとえどうにかなったとしても太平オレはちっとも痛くないし。などと酷いことを考える。


これが普通のバトル系漫画とかなら油断もいいところの話であるが、こいつらにそんな常識は一切通じない。何があろうといつも通り振る舞い、そしていつものオチで収まるのだ。

が、観察している方(・・・・・・・)にはそのようなこと分かるはずもない。


「ほう、察するか。なるほど長年連れ添っているだけはある。見た目通りの道化というわけではなさそうだ」


太平たちの通学路より遙か遠くの電波塔。その頂点に佇む学ランの少年。

特に双眼鏡などの視力を補う術を用いている様子はないが、それでも太平たちの様子が見て取れるようだ。どんな視力をしているのやら。

と、懐で携帯の着信音。少年は目にもとまらぬ早さで電話を取り出し、会話を始める。


「俺だ。……ああ、あなたでしたか。予測通り天下 太平の相棒もそれなりにできるものだと判断します」


淡々と、見たまま感じたことをそのまま伝える。そのままいくつか言葉を交わし、少年は携帯を切った。

再び視線を彼方へ。太平たちは学校に着き校門をくぐろうとしている。それを冷静に見つめながら、少年は一人呟いた。


「さて、大人しく話を聞いてくれるかどうか。……願わくば同志(・・)として迎えたいものだ」


それが叶わぬだろうことは十分に理解しては居たのだが、少年はそう願わずには居られなかった。















その手紙が太平の元に届いたのは翌日である。


丁寧な文字、達筆である。よくあるように達筆すぎて解読不能ということはなかった。

内容はといえば、まあぶっちゃけ果たし状というか呼び出しというか。とある場所で対面したいとのこと。用があるなら来いよと言いたくなった太平だが、失礼であると承知しているがと続く文章に目を引かれる。


『そちらも周囲を巻き込むのをよしとはすまい』。気を遣っているとも脅しともとれる言葉。そして話し合いだけでは終わらないだろうと予測……いや、確信している。長治などのように考え知らずの馬鹿ではなさそうだ。覚悟、そのような物が手紙越しに感じられた。


が、読んでるのは太平だ。


「知るか」


ぼすっとだらだら長い手紙を適当に机に投げ出す。そしてさくっと通報。正直手紙などゴミ箱へシュートしたかったが、証拠になるかと一応取っておく。手段は大分違うが喧嘩を売られている事には違いない。わざわざ買ってやるつもりなどミリグラムもない太平だった。


が、しかし相手は斜め上の方向から攻め込んできた。


さらに翌日のことである。


「お願いします! ぜひともご足労願えませんでしょうか!」


土下座である。どうみても土下座である。これ以上ないって位のDO★GE★ZAである。

通学路のど真ん中での土下座。さすがの太平もこれを無視することはできなかった。


「道のど真ん中で邪魔だどあほう!」


蹴り飛ばした。

鬼である。


が、敵もさるもの。複雑に回転しながら顔面から地面にぐしゃりと叩き付けられてなお、即座に復帰して血をどばどば流しながらも再び土下座を敢行する。これには太平もどん引きであった。

土下座使い(ゲザー)――学ラン姿の小柄な少年は、かわいそうなくらい必死な面持ちでがつんと地面に額を叩き付け懇願する。


「無礼は承知! だがそこを曲げてお頼みいたします! 我らが首魁の話を聞いては頂けないでしょうか! どうか!この通り!」


がつん。強かに地面を額で打つ。流石の太平も腫れ物をさわるような反応で接するしかできないようだ。


「ええっと、あのな……」

「どうか!」がずん。

「おいちょっと」

「どうか!」どごん。

「……おい」

「どうか!」めぢん。

「…………」

「どうげう゛ぉ!?」ずどごん。


打撃どころか地面にめり込む少年。もちろん太平が踏んづけたからだ。

なんか非常に不機嫌そうな太平は、びくんびくんいってる少年の襟首をむんずと掴むと、力任せに引っこ抜き歯をむき出して少年に言いがかる。


「邪魔だっつってんのに何続けてくれちゃってんの。外聞が悪いのは今更だがさらに傷口広がるだろうが。もしかしてそれが狙いかコラ」


ぎぎくーん。一瞬硬直した少年はそろっと視線をそらす。どうやら図星だったらしい。


あからさまにやりすぎだったねと、見ていたまひとは肩をすくめる。普通の人間であれば適度なところで折れるのだろうが、太平相手ならばやりすぎは逆効果だ。この男以外に沸点は高いが、常識から逸脱しすぎた行動に対してはいとも容易く振り切れる。基本感性はかなり常識的と言ってもいいのだが、行動が直接的に暴力的すぎた。だからキレやすいと誤解されまくってるわけである。


が、もし今回の相手がそれを見越している(・・・・・・・・・)というのであれば大当たりだ。一連の番長襲撃に置いて他人に丸投げする方法を選択した太平は生半可な方法では動かない。直接的に力を誇示するように動けばそれこそ容赦なく通報するだろう。が、今回のように『暴力的ではないが迷惑』な方法で挑発を続けていれば。


「いいだろうこの野郎、会ってやろうじゃねえか。じっくりたっぷり言い訳ってやつを聞かせてもらうぞ」


やっぱりこうなった。まひとは溜息。埒があかないとなれば直接行動に移るのは目に見えている。今回のこれで動かなくともあと1、2回似たようなことが続けば動いたはずだ。そして相手はそれだけの人材と手段があるのだと考えられる。


さて今までにないタイプだけど、いつものオチになるのかしら。諦観なのか期待なのか、よく分からない心持ちで思うまひとだった。















崩れかけのスタジアム。閉鎖は決まったが解体のための予算が取れず長いこと放棄してある野球場。立ち入り禁止であるはずのそこに、太平は迷いなく踏み込む。


ぼっこんぼっこんにした学ラン少年の足首を持って引きづりながら。


その様子を少し離れたビルの上から監視する存在がある。


「まあ私は仕事ですから分かりますけど? なんであなたがここにいるんですか」

「つれないこといわないでよ~。こんな酒の肴めったにないんだからさあ」


高性能の望遠レンズと集音マイクで太平の行動を逐一観察している望の横にどっかりと座り込み、手酌で一升瓶をかぱかぱ開ける成螺。ちなみに一升瓶のラベルの銘は【黄金の蜂蜜酒】。


「ああ、つまみもあるけど食べる?」

「……それイカゲソじゃありませんよね? ちがうものですよね?」

「……さーて太平君は、と」

「しらばっくれんなや」


で、も一つとなりのビルとかでは。


「各種センサー、および情報端末とのリンク正常~。作動確認、オールグリーン~」


ぱたたたとキーボードの上を指が奔る。仕事に似合わぬのんびりした声を放つ光は、ぐるりと仲間を見回して言う。


「これでできうる限りの科学的な調査方法は準備できました~。後はボスにお願いってところですね~」

「ボスとか言われると何か悪いことをしているような気が……」

「太陽●吠えろディスってます~?」

「あんた一体何歳なんよ」


おどおど反応する聖霊、ぎらんと眼鏡を光らせる光。綾火は溜息。

ともかく急かされていたわけでもないが、聖霊は軽く俯きぽつぽつとなにやら呪文のような者を唱え始めた。と、彼女の身体がうっすらと輝きだし、周囲に暖かい燐光が生み出されていく。


「へ~、停電の時とか便利っすね」

「いやそういうものじゃないんじゃね?」

「そーなんですよ、暗くて蛍光灯のひも探すときとか便利ですよ?」

「使っちゃうんだ!?」


などと未地や風音と言葉を交わしながら、聖霊は燐光の数を増やしていく。場に昼間のような輝きが満ちた時点で、彼女はきりっと面を上げる。


「近隣の精霊15万、支配下に置きました。電子変換できるのは半数にも及びませんが、可能な限りの情報を供給……!?」


台詞の途中で、聖霊の顔が険しいものとなった。

隣のビルに陣取っている成螺が、唇の端をゆがめて嗤う。


「へえ、向こうさんも気づいたみたいだね」

「? なにがですか?」

「ん、太平君を呼び出した相手さ」


成螺が指すその先、太平が歩み向かう方向。


球場の中央、マウンドの中央に威風堂々と立つ侠。背は太平よりやや高く、体も相当鍛え込んでいるようだ。着崩したブレザーにコートを引っかけ正面から太平を見つめるその姿は、二倍にも三倍にもおおきく見える。

桁違いの覇気。これまで太平の前に現れた者たちとはレベルが、いや、存在そのもの(・・・・・・)がすでに違う。


「わー、なんかこれは……すごいね」


太平の陰に隠れるようにしてほいほいついてきたまひとが、思わず声を漏らすほどの存在感。これはと、彼方で観察している聖霊は頬に一筋汗を流す。


「どうしたのボス? ……ふふふやっと出番が回ってきたわ」


水樹の問いに、聖霊は厳しい表情のまま答えを返した。


「あれは……あの青年は、危険です」

「ん? いや天下君に関わる人間で危険じゃないのが……」

「違います、そういう問題じゃありません」


きょとんとする綾火に向き直り、真剣な表情で訴える聖霊。


「あの青年の存在、運気……まさしく世界を揺るがしかねない。この星、この世界の行く末すら大きく左右する宿性を備えた者なのです。本来であれば人の身に余る、神の座にいたりそれすら越えるやも知れぬ覇道を内包している……」


杯をあおる成螺が、ふ、と嗤い声を漏らす。


「英雄。世が世ならそう呼ばれるであろう存在。あらゆる困難を打倒し、あるいはボクたちすら打ち倒すやも知れぬ者。……懐かしい気配だ。愛しい愛しい宿敵の匂いだ」


ダイちゃんどうしてるかな? 元気かな? などと懐かしそうに目を細める成螺。絶対ろくな思い出じゃないんだろうなあと、げんなり肩を落とす望。

ともかくだ、彼女にそう言わせる存在と言うことは真っ当な相手ではない。太平ばかりに注目がいっているが世の中には常識外の存在というものは結構存在しているのだ。隣の邪神あほみたく。望は気を引き締め観察を続けた。


視線の彼方、グラウンドでは二人の男が対峙している。軽く笑みすら浮かべているブレザーの侠。そしてもの凄く不機嫌ですというオーラを隠そうともしない太平。


先に動いたのは侠。彼はまず腕組みを解き――


深々と太平に頭を下げた。


「ぶしつけな申し出を受けていただき感謝する。おれは【化開かかい 明文あきふみ】。名も無き悪童集団の首魁だ」


顔を上げ真っ向から太平と視線を合わす。静かな、だが大気を圧迫するような気迫を放っているが太平は平然と……というかイラついた態度のままで特に何か影響を受けている様子はない。それに対して満足げに頷いた侠は、以外とも思えることを口にした。


「単刀直入に言おう。我々の同志とならないか?」

「……はァ!?」


なに言ってんのコイツ。そう言った態度を隠そうともしない太平。侠――明文はかまわず、蕩々と語る。


「天下 太平。全国番長ランキングトップを不動のものとしてた侠、番田 長治をも手玉に取る。そして数多の有象無象を叩き潰してきた歴戦の強者。己はその力が欲しい」

「あ゛ァ? なんでオレがてめえの全国制覇とか手伝わなきゃならん。寝言は寝て言え」


完全にちんぴらの様相でさて殴るかと腕まくりを始めた太平。それに頓着せず明文はマイペースに語り続ける。


「否。我が目的は全国制覇にあらず。……この国を、そして世界を、変える」


力強く言い切る。その瞳には炎のごとく熱い何かが見て取れた。

明文は熱に浮かされたような、それでいて自信と確信を込めた口調で言葉を紡ぐ。


「今現在のこの国、この世界をどう見る。……己は好かん。政は乱れ、民は堕落している。不平等を謳うくせに自身は何もしない、他者の痛痒など正しく他人事だ。上も下も総じて。どちらを見ても危機感も向上心も欠け誇りや矜持など彼方、根拠のない自尊心プライドのみが肥大している者ばかり。人の上に立つ者に限ってその傾向が肥大しているとは思わないか? 正義や大儀など謳うつもりはない。ただ許せぬ事がある。だから己は起つ、そう決めた」


そう一息に言ってから、それになと明文は相好を崩して人を引きつけるような不敵な笑みを浮かべる。


「自分たちの手で世を変えようと、作り上げていこうという行為、面白いとは思わないか(・・・・・・・・・・)? きっと楽しいぞ(・・・・・・・)


もしこれが、胸に燻るものを秘めた人間であれば、そうでなくても並の人間であれば、心惹かれずにはおられないような『口説き文句』だった。

勿論太平は眉を顰めるだけで。


「……あのな、一つ言っていいか?」

「む? なんだ?」


問いかける太平に、期待を込めて応対する明文。太平は胡散臭げな顔でさくっとこう言った。


「選挙に立候補できるまで待って普通に政治の世界に出て改革するんじゃいかんのか? この年から動くんなら色々下準備もできるだろうが」


鉛のような沈黙が場を支配する。


明文は動じていない……いや、明らかにその手があったかと言いたげな表情だった。が、しかし慌てて咳払いを一つ。威厳のある態度を取り繕う。


「そ、それでは遅い、遅いのだ。そのうち後でなどと先送りしていては間に合うものも間に合わなくなる。いや、すでに手遅れなのだろう。それでも動くのだ。今から動くのだ。世界を変える、そのために!」


うん、悪いヤツではないのだろう。太平はなんとなくそう思った。きっと目の前の侠は本気でこの世界を憂い、本気で世界を変えるつもりなのだ。言葉の中に籠もった思いは、傍若無人を絵に描いたような太平にも感じ取れた。


が、そんな心情を酌んでやれるような人間であればそもそも話はこうならないわけで。


「だったらオレは役に立たん」


ばっさりと切り落とす。断言する。


なぜそういえる。そう決めつけられる(・・・・・・・)。明文は疑問を浮かべる。なぜ己のなしてきたことを否定するのだ、全てを打倒し全てをひっくり返してきたこの侠は。


太平は鼻を鳴らす。心底どうでもよさげに。


「別に今の世の中不満がない訳じゃないが、だからといって力業でねじ曲げたると思うほど絶望もしてないわい。オレはオレ自身と周囲に特段の迷惑がかからなけりゃそれで十分なんでな。今までのことも絡んできたのが超級の馬鹿ばっかりだったってだけで、別段義志や義憤があったわけじゃねえし。基本ハエ退治となんら変わらん」

「だがその力があれば多くを救える! 今まで人類がなしえようとしてなしえなかった、世界の統一すら夢ではないのだぞ!?」


熱く語る明文に、あのなと溜息。


「そもそもオレはアンタほど熱くも善人でもないわい。他人の不幸を嗤いはしないがわざわざ手を差し伸べてやろうとは思わん」


明文の思いは太平の心に響かない。実際生き方や考え方が正反対に近いのだこの二人は。


大まかに言えば能動的か受動的か。変革を望んでいる明文と穏やかなる日常しか(・・)望まない太平。どこまで行っても平行線になるのは必然だったのかも知れない。


であるならば後は二度と交わらぬか、あるいは――


「……やはり、言葉で理解し合うというのは愚かであったか」


激突か。


ばさりとコートが舞う。膨れあがる闘気。最早言葉は無用とばかりに戦う意志を見せつける明文。

太平はその様子を鼻で笑って――


「最初からそうしとけやインテリぶった脳筋があ!」


咆吼とともに全力で殴りかかる。


終わった。その光景を見ていたほとんどのものがそう思っただろう。ただ二人、そばで見ていたまひとと彼方で見物していた成螺だけが、口元を引きつらせた(・・・・・・・・・)


左フック、右アッパー、そして前蹴り。どう見ても素人丸出しだが今まで誰も受けきれなかったそれを……明文は全て凌いだ。


ガードした体勢のまま地を滑り後退。そこに「頭目!」「明文殿!」などと口々に呼ばわりながら手下らしい連中があちこちから現れる。が。


「手出しをするな!」


鋭い声が飛び、手下たちは動きを止める。

ゆらりと構えを解く明文。その口元が、不敵に歪む。


「……威力に対して比肩できぬ激痛よ。だが……堪えたぞ」


驚愕の光景である。ビルの上から見ていた綾火や聖霊たちは目を見開いた。


「うそ……一発どころか三発凌いだぁ!?」


綾火の言葉が全てを物語っている。太平が拳を振るえば、大概は最初の一発で戦闘不能に陥る。そこからは単なる追撃、太平の気晴らしにしか過ぎない。自分たちが大体そうであったし、今まで見てきた者たちもそうであった。

これは、もしかしたらもしかするかも知れない。死ぬほど痛いはずの打撃を食らった明文の闘志は、衰えるどころか益々燃えさかっているように見える。英雄の資質、それが太平に届くという奇跡どころではない光景を目の当たりにするのかも、そんな思いが彼女らの脳裏をかすめた。


だが。

まひとと成螺はそろってざあっと青ざめた。


「太平ちゃんが……」

「太平君が……」











「「本気になったぁ(・・・・・・・)!」」











びきり。


青筋を立てた太平の表情は、叩き潰すはずだったハエがするりと逃れたときのような、実に忌々しげなも

のだった。


ぱき、ぱき、と鳴る両手をゆっくり左右に広げながら、目のあたりに怪しい光を宿した太平はおどろおどろしく言葉を吐く。


「大人しく潰れときゃいいものをしぶてえな。手加減なしだ逝ってこい」


完全に悪役の台詞を吐いた次の瞬間、太平の姿がかき消える。

背後。明文がそれに気付いた時には、最早全てが手遅れであった。


ゆっくりと時間が流れる中、太平は両手をがしりと胸の前で組み、人差し指をそろえて剣のように立てる。


無花果パイル――」


組んだ両手を腰だめに構え、体勢を低く。一瞬にして力を蓄える。


「――浣腸バンカー


放つ。


ずしゅり。肉にめり込む音。背景は紅く染まり、二人の姿は影絵となる。


「ぬう! あれは正しく【覇威溜挽渦】! まさか使い手がいたとは……」

「知っているのからいでん!」

「「「「「誰ー!?」」」」」


何の前触れもなく傍らに現れたハゲと学ランどもの姿に、がびびんと声を上げる精霊戦隊とボス。それをよそになんか解説が始まった。











覇威溜挽渦。古代中国にて生み出された武術の奥義、その一つ。


全身のバネを使い、組んだ両手の人差し指に全ての力を集中させ一点を貫く技で、特に肛門を穿つように放てば丹田から全身の気を乱し、また内蔵にも衝撃を与えるため一撃で巨象にすら致命傷を与えることも可能という、恐るべき技である。


なお後に医療行為にも応用され、特に便秘には効果が高いらしい。


~ミンメイ書房【武と医の関係、応用編】より抜粋~











「「「「「ぢゃ、解説が終わりましたので我々はこれで」」」」」

「はあ……」


しゅた、と片手を上げ颯爽と去っていくハゲと学ラン。いったい何だったのだと、呆然と見送るしかない精霊戦隊御一行。

そうこうしている間に。


ずしゅ、と指が勢いよく引き抜かれる。その勢いのまま太平は反転、刀を引き抜いたような姿勢で止まる。


技(と言っていいのかどうか)を食らった明文は、身を震わせながら「ぁ……が……」とか呻きつつ白目をむき、ゆっくりと前のめりに倒れる。そして。


爆発。


「「「「「なんでじゃー!!??」」」」」


精霊戦隊御一行は一斉にツッコミを入れた。入れるしかなかった。

そんで。


「はぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛」


なんでか前のめりに倒れ高く上げた尻を押さえながらまひとが悶え苦しみ。


「ほう゛あ゛ん゛あ゛ん゛あ゛ん゛あ゛ん゛あ゛ん゛あ゛ん゛あ゛」


同じように前のめりで尻を押さえた成螺がのたうち回る。


「……食らった事あるんだ」


こいつにトラウマ植え付けるとかどんだけ。望は呆れつつも戦慄を覚える。

ともかく爆発を背後に太平は起ち、血振りのごとく手をふるってからぎろりと明文の配下に視線を向ける。


「「「「「ひいいいい!」」」」」


一斉に悲鳴を上げ逃げ出す配下ども。明文がただ打ち倒されただけならば彼らはいきり立ち叶わぬまでも一太刀と立ち向かったのであろうが、アレはヤバい。絶対ヤバい。なにより尻がピンチだ。全身全霊でそれを感じ取ったのだろう。忠義もプライドも全てかなぐり捨て、彼らは必死で逃げる。薄情だとも思われるが、これはもう仕方がない。そりゃ誰だって尻攻められて爆発なんかしたくないもの。


あの男マジ怖えェ。見ていた望と精霊戦隊御一行は、太平が驚異的な存在であることを改めて思い直していた。


こうしてまた一つ騒動が終結する。もしかしたら世界の未来に多大なる影響を与えてしまったかも知れないが……まあその、犬にかまれたと思って諦めて欲しい。















で、次の日。

太平が登校してきたら、校庭にみっちりと番長ばかどもが待ちかまえていた。


なんだこいつらまだ懲りてないのか。太平は慌てず騒がず携帯を取り出し通報しようとする。と、その眼前で。


番長どもはざしゃあっと、一斉に膝をついて臣下の礼をとった(・・・・・・・・)


「……はい?」


流石の太平も何事かと目を丸くする。と、頭を垂れている番長の一人が、恭しく言葉を紡いだ。


「まずは非礼をお詫びいたします。我々が浅はかでございました。……武を用いず法と理にて我らを制した手腕、まったくもってお見事。我ら一同感服いたしました」


え、そこ感服しちゃうところなんだ。唖然としたままの太平が困惑している間に、頭を下げたままの番長たちは次々と訴える。


「己の労力を最小限に抑え我らを制する、なまなかにできることではございません」

「もし立ち会っていれば我らは五体満足ではいられなかった。それを鑑みればあの処置はまさに英断」

「武に依るあり方ではない、全く別の方向性。我々は貴方にそれを見せつけられたのです」


熱に浮かされたような言葉。ここらへんでやっと太平はもの凄く嫌な予感を覚えた。

案の定、馬鹿どもは一斉に太平に向かって訴えかけた。


「「「「「我ら全国番長連合、貴方様を盟主と仰ぎ付き従いたく存じます! どうか我らが願い、聞き届けては頂けませんでしょうか!」


……つまり、祭り上げて面倒押しつけようっていうんだな? ゆっくりと太平はそれを理解していく。

心の中のゲージが上がる。そして。


さくっと振り切れる。


「……てめえら……」


ぱきぱきいいながら両手が広がり、そして。


「全員尻出せやあああああああ!!!」


鬼 神 降 臨。


地獄絵図が具現化する。











この日、結成された全国番長連合は30分で解体された。

で、しばらく近隣の肛門科が繁盛したそうだが……まったくもってどうでもよろしい。















なお、何年か後に一人の侠が政界に乗り込み、政治に大改革を起こすことになるのだが……それはまた、別の話である。















「全国制覇か……懐かしい野望ユメね……」

「おかーさんどーしたの?」













Gジェネとスパロボが悪い。責任転嫁と保身からはいる汚い男緋松です。


活躍、させるつもりだったんですよ主人公。で、なぜかこのようなことに。

いやその、まあ一応必殺技とかできたんだからいいですよ……ね? 多分演出過剰で無意味に格好いいはずです。多分。


ともあれ今回はこの辺で。多分これが今年最後の更新ですから、また来年よろしくお願いします。皆様良いお年を。



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