そのよん・全国制覇でこともなし!
ずしん、と衝撃の音が響く。
重い拳、それが人体にめり込んだ音だ。
それをたたき込まれた人物――番長【番田 長治】は苦悶の声を上げ、膝から崩れ落ちた。
「ぐ……あ……」
が、跪いただけでまだ倒れない。ぎり、と歯を食いしばり再び立ち上がらんと膝に力を入れるが……。
衝撃、そして宙を舞う体。
顎に痛烈な蹴りを食らったのだと判断した時には、強かに地面へと叩き付けられていた。
飛びかけた意識を何とかつなぎ止め呻きながら身を起こそうとするが、その顔面が勢いよく踏みつけられる。
「がぶァっ!」
ぐりぐりと踏みにじられる。そうされながらもまだ心は折れきっていない。満足に動こうとしない体でもがきながら、それでも逆転の一手を見出そうとあがく。
しかし。
「……ふん、これが三高の頭か。……つまらんな」
踏みつける足の主。逆光によりその姿はおぼろげ。ただ長治を上回る隆々とした体躯と莫大な闘気が見て取れた。
踏みつけられながらも睨みつける長治だが、それだけだ。最早彼には反撃する力など残っていない。
しかしそれでも。
彼はなぜだかぎこちないながらも嗤ってみせる。
当然ながら踏みつけている相手は訝しげに問うた。
「血迷ったか? 最早貴様に戦う力など残されていまい」
その問いに、長治はとぎれとぎれの言葉で応えた。
「……何を……勘違いしてやがる……三高の頭は……俺じゃねェ……」
「なに?」
ぎぎぎ、圧力が増す。頭蓋骨が粉砕されそうな状況にありながらもまだ笑みをやめず、長治はその名前を告げた。
「三高の頭は……天下、太平……だっ!」
これが、騒動の始まりである。
「なんだろう、ここしばらく平穏が続いているような気がする」
穏やかな日差しが差し込む教室で、太平は不意に空を仰ぎそう言った。
隣の席でタレているまひとが、その言葉に応える。
「……ここ何日か番長の襲撃がないからねえ。そのせいじゃない?」
言われてしばらく考える太平。ややあって彼はぽん、と手を打った。
「おお、そういえば少し静かになったなと思ってたら、アレの姿見てねえんだ」
「気づいてなかったんだ!?」
「いやだってよ、うっざいからたいがい意識から外すようにしてたし、最近はもう姿見たら半ば条件反射的に迎撃するようになってたし……なんつーか、ハエ扱い?」
哀れすぎる。自業自得だけど。まひとはこっそり涙をぬぐうまねをした。
まあそれはそれとして。
「それにしてもへんだね、たいへーちゃんにぼっこぼこにされても翌日には復帰してるのにしばらく姿を見ないなんて」
「どうせまたアレだ、無駄な山ごもりでもしてるんじゃねーの?」
「うわありうる」
とかなんとかだべっていれば授業開始の時間となる。さてそろそろチャイムかなと生徒たちがそれぞれ自身の席に着き準備を始めようとしたそのとき。
彼方から何か音が響いてきた。
何事だと顔を見合わせる生徒たち。そうしてから彼らは一斉に窓際に駆け寄った。
校門の向こう、彼方の町並みの間からなにやら土煙を上げて迫りくるものがある。徐々にはっきりしてくる音の源、排気系をいじった事により耳障りが悪くなったエンジン音。やたらめったら吹き鳴らされるホーン。
現れたのは長々と道路を埋め尽くさんばかりの数をそろえた、違法改造バイクの群れ。いかついプロテクター。ずがんとそそり立つモヒカン。どう見ても堅気の人間ではない兄ちゃんたちがヒャッハーとか叫びながらぱらりらぱらりらホーンを鳴らし突き進んでくる。
その先頭、ひときわ巨大なバイクが校門の真ん前で止まる。エンジンを止め降り立ったのは身の丈2メートルを超える偉丈夫。
その男は堂々と校門の前に立ち、無数の手下を背後に大音声で告げる。
「我が名は『小田野 武永』! 県内一円を制した悪童集団『鬼血法死』が頭目である!」
その言葉に眉をひそめる者が数人。
「鬼血法死っていったら、最近ここらで暴れ回ってるチーマーじゃなかったか?」
「チーマーってかもうありゃヤクザだって。実際いくつか事務所つぶされたって」
「んな連中がなんで……」
ざわめく生徒たち。彼らはそろってそおっと背後に振り返る。
その視線の先には。
「……なんだよオレァ関係ねえよ」
心当たりもないのに疑いのまなざしを向けられてふてくされる太平。そんな彼に恐る恐る正義が問うた。
「いやでもよ、もしかしてふと気づいたら周りが死屍累々だったってことないか? この、条件反射的にていうかスナック感覚で鉄拳制裁とかよくやるじゃないか」
「お前さんオレをなんだと思ってるんだ」
無自覚な暴君、と危うく口をついてでるところだった言葉を何とか飲み込む正義。いやいつも番長とか相手するときはそんなモンじゃないかとツッコミたいのを必死で我慢するクラスメイト。
誰だって自分の身は可愛い。
と、そんな事を考えていたらば校門の前の男――武永といったか――は、高らかにこう宣った。
「本日は三高の真なる頭目、天下 太平と雌雄を決したく参上した! 尋常に、真っ向からの一騎打ちを所望する!」
再びクラスメイトの視線が一斉に太平へと突き刺さった。
本人は眉間にしわを寄せて忌々しげな顔をしている。
「……うぉいィ?」
その表情を見たクラスメイトたちは、寄り集まってひそひそと言葉を交わす。
「うすうすそうじゃないかなと思っていたけどやっぱりか」
「そりゃ自称番長をあそこまで踏みにじってたらそう見られるわな」
「っていうかなにあの筋肉ダルマ、自殺願望でもあるのかね?」
「噂だけ聞いてたらギャグにしか聞こえないってのはわかるけどさ」
「悪の組織だから殴ります、正義の味方も殴ります、神様だって殴っときますだからなあ」
「話半分どころか十分の一でも信じられないっつの」
無知とは恐ろしいことだ。クラスメイトの意見はそう一致した。
葬式の準備はいるだろうか。だれかがちょっとシャレにならないようなことを思いついた当たりで再び外から大声が響く。
「どうした! 漢であればこの申し出に応じずにはいられまい! さあ我が前に立ちその威を示してみせよ!」
勝手なことを言っている。太平はといえば深くため息をついて「ウゼェ……」と呟きゆらりと席を立つ。
「埋めてくるか……」
仏式でいいかな。クラスメイトたちは段取りについて真剣に考え始めた。
と、そのとき。
「さあ!今こそ戦いのときえぶれう゛ぁ!?」
突然、前触れもなく横合いから飛び込んできた何かに武永は轢きとばされた。
くるくる回転しながら天空高く舞い、そしてどぐしゃっと音を立て頭から地面に落下する。
「「「「「頭目ううううううう!!??」」」」」
慌てて駆け寄る手下ども。だらだら血を流しつつびっくんびっくんいってる武永を抱き起こして介抱を始める。
その背後で残虐な行為に及んだ存在――サイレンを鳴らしパトランプを回した、激しく改造が及ぼされているフェアレディZのドアが開く。
そこから現れたのは。
「ふはははははは! 東部署の泥門だ」
天にも届けと逆立てた髪、元の人相が分からない真っ白な悪役メイク。ぎんぎらぎんのパンクロッカー風のその男は紛れもなく近隣警察署の交通課警部であった。
交通課のくせに持ち歩いているショットガンをがしゃこんとポンプ。そしてモヒカン集団を囲むように次々と現れるパトカー。集団に気づかせないためにサイレンを鳴らすのを控えていたらしい。
次々と降り立ち銃を構える警官たち。日本の警察とは思えない容赦ない対応であった。
引きつった表情になるモヒカンども。そんな彼らに向かって泥門警部は地獄のそこから響くような声で告げる。
「真っ昼間からいい度胸ではないか小僧ども。無垢の市民に迷惑をかけるなど不届き千万!」
格好に見合わぬ至極真っ当な台詞を吐いて、泥門警部はモヒカンどもを指し、高らかに吠えた。
「お前らみんな牢名主にしてやる!」
その言葉に続き警官隊が「確保ー!」と叫んで一斉に襲いかかった。
ぼこすかと土煙を上げて乱闘が始まる。そして次々ととっつかまっていくモヒカンども。
ややあって白目をむいて救急屋に放り込まれた武永以外の全員が護送車に詰め込まれ、光の速度でやってきたレッカー車や運搬車がバイクを積み込みあっという間に去っていく。先ほどまでの騒動の形跡はきれいさっぱりなくなってしまった。
学生たちは唖然とそれを見送るしかなかった。
「「「「「(一体、なんだったんだろう……?)」」」」」
疑問符を浮かべた生徒たちは、視線を室内に向ける。
「……こっちみんな」
もちろん太平にだって何が起こっているのか分かるはずもない。そもそも何が原因であの筋肉ダルマは自分を名指しで喧嘩ふっかけてきたのか。先ほども言ったが心当たりなどまるでない。第一なんで自分が三高の頭目とか言われているのだ。れっきとした自称番長がいるだろうにまずはそっちにいくものだと……。
そこまで考えて太平は気づいた。
「……なるほど……そういうことか」
ゆらりと太平から陽炎のような怒気が立ち上る。クラスメイトはどん引き。
ぎうんと瞳に怪しい光を宿しながら太平はまひとの方へと向き直る。
「まひと、放課後つきあえ」
「え!? なにたいへーちゃんからデートのお誘い!? いやっほう今夜はお赤飯だ!」
がし。みぢみぢみぢみぢ。
「おk冗談ですから即座にアイアンクローをはずしていただけるとうれしいです」
空中につり上げられたまひとが即座に許しを請うた。あっさりと彼を解放し、太平は言う。
「番長の所在をしらみつぶしに探すぞ。多分アレが原因だ」
「そういうことならお任せ下さいっ!」
「わ、いたんだ」
ずば、とポーズをつけながら突如現れる恋。多分出待ちしてたんだろがそんな様子など欠片も見せず、優雅な動きでぱちんと指を鳴らす。
とたんに背後に現れる執事の群れ。恋は彼らに命を下す。
「至急番田 長治の所在を探り出しなさい」
「「「「「御意」」」」」
ずばばばばっと執事たちの姿が消える。執事って言うより忍者じゃないのかあの連中。
まあそれよりも。
「あの番長ちゃんと名前あったんだな」
「なんかとってつけたような名前だけど」
とかなんとかいってる間にも、執事の一人が資料の束を手に再びずはっと現れる。渡されたそれに目を通し、恋は一つ頷いた。
「……なるほど、どおりで姿を見ないわけですわね」
きりりとした自分では格好いいと思っている表情を太平の方へ向け、恋は静かに告げる。
「番田 長治。彼は入院していますわ。何者かの襲撃を受けて」
「入院? アレが?」
訝しげに問う太平。
「彼が容易く復帰できないほどの痛手を与える。それほどの存在があったということですわ」
「もしかしてさっきの……」
全員がさっきの光景を思い浮かべる。あっさりさっくりと車に轢かれ退場したあの男、番長を制するほどの強者であったか。
だがそれにしてはあっさりしすぎているような。なにしろ番長である長治はほぼ毎日太平に伸されながらも翌日には復帰するほどのタフネスを誇る。たかだか車に轢かれるのと毎日太平に伸されるのとどちらがつらいか考えるまでもない。その程度の相手が果たして長治を倒せるだろうか。
どうにも納得いかないが、それもこれも全てひっくるめて番長に問いただす。太平はそう決めた。
と、その前に。
「まずは授業だな」
あらら。クラスメイトはかくんと肩を落とした。まだ突撃しないくらいの分別は残っていたらしい。遅いか早いかの違いでしかないけれど。
タイミングを計ったかのようにチャイムが鳴る。不穏というか何というか、またぞろ騒動が起こること間違いなしの気配を纏って、一日が始まる。
暗雲が漂い雷鳴がとどろく。
木々を揺らす生ぬるい風が吹き、ぎゃあぎゃあとカラスが舞飛ぶ。
ここは病院。地獄の入り口。(※銀河万丈ボイスでお送りいたしております)
「藪医者ってレベルじゃねえぞ」
「他に病院なかったのかなあ……」
今にも崩れ落ちそうっていうかなんか呪われてそうな気配が漂う病院らしき建物の前で、太平とまひとは呆れたような声でこぼした。
心配してやる義理など欠片もないが、ここまでくると少々哀れと思ってしまう。もう少しいいところに入れてやれよと。
ひょっとしたら家庭内になにやら不和があるのかもしれないが、あいにくこの話はそのようなところに切り込むような社会派ではない。太平はさくりと思考を切り替え病院(?)へと足を踏み入れた。
中に入ってみれば外観の怪しげな様子とはうってかわってごく普通の病院だったりする。安堵と拍子抜けの相対する気持ちがもやっと胸中をよぎるがそれを無視。受付で目的の病室を問い、聞き出して向かう。
で。
「ふ……やはり……きやがったな……」
満身創痍。包帯まみれでほとんどミイラのような様相となった長治と、それを守るように位置し「な、なにしにきやがった!」とがくがく震えながら威嚇する子分二人。それを半ば無視しつつ病室に入った太平は、持ってきた見舞い用の果物かごの中からむんずとパイナップルを取り出した。
ぐしゃり。
「さてオレが何を言いたいか分かるか?」
少しでも機嫌を損ねたらこうなるぞ。雄弁に語るその目と左手の中で砕け散ったパイナップルの残骸を見て、子分二人はぶんぶんと勢いよく首を縦に振った。
「くくく……相変わらずで何より……さすがは俺様のライバル……」
がらり。
「くひゃひゃひゃひゃ研究かね実験かね解剖かね!?生きのいい検体がいると聞いて……」
ぴしゃん。
「「「ちょっと待てなんだ今の!?」」」
「そこらにいたちょっとマッドなお医者様だ」
「「「んなもんそこらにいてたまるか!!」」」
「いたんだからしかたがないだろう」
色々と理不尽なことをさくりと言い放ち、太平は淀んだ目でこう告げる。
「あんまりふざけたこと言ってるとアレけしかけるぞ」
そろってびきりと硬直し、その後ぶんぶんぶんと首を縦に振る長治と子分ども。太平はマジでやる。無慈悲に情け容赦なくマッドなお医者様をけしかける。殴る蹴るされる方がまだましだ。命の保証どころか生き地獄が待ってかねない状況に陥れられるのは、さすがの長治も勘弁してほしかった。
それで一体何をどうしてそうなった、なんであのキチ●イとかいう連中は太平を名指しで喧嘩を売りに来たのか。それを問うてみたならば。
「全国番長抗争!?」
「ああ……以前より小競り合いはあったが……最近になって各地で動きが活発になり、ついには全国規模で諍いが始まったのさ」
至極真面目な顔で、長治は実に荒唐無稽なことを言い出す。
全国津々浦々、学校と名の付くところには必ず存在する――していたらしい――番長たち。常々自身の威と力を誇示し争いあってきた彼らだが、近年の情報化は彼らの縄張り意識を拡大させた。
つまりは時代錯誤の全国制覇。それを掲げ勢力を拡大させようとする者が次々と現れたのだ。
かつて幾人もの番長が夢見たもの、全国を制しその頂点に立つ。それを目指す者たちが名乗りを上げ戦いに身を投じていく。時代は正に番長戦国時代へと突入した……らしい。
あほじゃなかろか。太平はそう断じた。
「それでなんか将来的に役に立つのかそれは。あ゛? 甲子園やインターハイじゃねえんだぞ進学や就職に有利になるとかねえだろ全然。ヤクザもんがドラフト会議でもやってくれてるってのか? 河原でエロ本でも探してる方がまだしも有意義な時間をおくれるだろうさ馬鹿じゃねえの? 馬鹿じゃねえの? 重要だからもう一度言うぞ馬鹿じゃねえの?」
「そ、それはその……漢の生き様というか……ロマンというか……」
「金ももらえねえのに人殴っててっぺん立って自己満足することのどこら辺にロマンがあるつーんだ。やりたかったらどっか彼方の孤島にでも行ってトーナメントでもやってこい。ついでにどっかの名探偵の孫と見た目は子供で中身は大人といいつつまだ高校生じゃねえかをつれてったら火曜か土曜の夜に2時間ばかりテレビに出られるだろうよ」
ぼろくそであった。
長治と子分二人はなんかもう泣きそうだ。反論したいのだろうがそれがおぼつかないのは、太平の言うことが正論であるからだ。かなり乱暴な言い方ではあったが。
しかし、納得は得られない。確かに自分たちは世の常識から外れた者だろう。だがそれは。
先程から自分たちをぼろくそにいうこの男もではないか!
くつくつと、黒いものが胸の内で煮えたぎる。言いたいことは山とあるがそれらは全てぐるぐると渦を巻き上手く言葉にできそうもない。自身の語彙のなさを情けなく思いながら、長治はやっとの事で悪態をつくような感じの言葉を吐いた。
「……楽しそうに人殴ってるヤツが……よく言うぜ……」
その瞬間、嵐が吹きすさぶ。
物理的な影響力を伴うほどの、怒気。本能の底まで響くようなそれを放つ太平の姿を見て、長治たちは悟った。
なんかでっけえ地雷を踏んじまったと。
ゆらりと向けるのは無表情。ぞ、と背中につららを差し込まれたような感覚を覚える三人に対し、太平は先程とは違った淡々とした声で言う。
「お前らは他人から押しつけられた汚物を片づけなきゃならんときとか、なんかやってる最中に周りをぶんぶん飛び回るハエを叩き潰すのを、楽しんでやれるのか?」
何を言われているのか。その意味を理解できたあたりで太平は再び口を開く。
「くだらねえんだよ面倒なんだよ鬱陶しいんだよ。どいつもこいつも人に余計なことを押しつけやがって、殴られたきゃ余所いけってんだ。こちとらゴミの最終処分場じゃねえんだぞ。平穏無事に暮らせりゃ満足だつーのになんで何の権利があってオレの邪魔をする。どこで何をしようが何たくらもうが勝手にすりゃあいいだろうオレを巻き込むな。オレの知らないところで勝手に生きて勝手に死ね」
静かな、しかしこれ以上ない怒りがこもった言葉。ああまあそんな感じだよねーと、太平の後ろで見舞いの果物を勝手に囓りながらまひとは思う。
確かに太平はなんかあっちゃあ人――だけではない――を殴り散らすが、好きこのんでそれを行ったことは一度たりとも無い。むしろ彼は暴力が大嫌いと言ってもいい。決してそうは見えないけれど。
彼が鉄拳を振るうのは、痛い目を見なければ理解できないような連中ばかりが絡んでくるからだ。彼は絡んでくるあほの行動に怒っているだけではない。拳を振るわなければならない事態に陥った事にも怒っている。話せば分かるのであればそれに越したことはないのになんで絡んでくるのは斜め上のあんぽんたんばかりなのか。
そんなわけで、実の所太平は何度殴っても性懲りもなく勝負を挑んでくる長治を蛇蝎のごとく忌み嫌っていた。ライバル? 勝手にそんなモンに任命するな関わるな、常々そう思っている。
その長治に楽しんで人を殴っているなんて言われれば、怒り狂うのも当然といえば当然であった。こいつさえ絡んでこなければ日常生活の何割かは平穏になるのだ、どの口でほざくかこのぼんくらが。そんな思いを隠すことなく叩き付ける。
「動物でもしばきゃあ学習するってのにそれもできないお前なんなの? 虫? だったら汲み取り口の蓋の裏あたりでじめじめしとけよオレの周りを飛び回るな。大体腕力だけが取り柄なら武道でもなんでも生かせる方向に行けよ。あ、虫だからルールが理解できないのか悪かったな虫。もうあれだ標本にでもなってショーケースに飾られてたらどーよ。周りに迷惑かからないしオレ平穏だし。よかったな世界に一匹しかいないから珍重がられるぞ引っ張りだこだぞ? 全然うらやましくないがまあ人生そんなモンだ。学名はなんだニッポニアフールかエアヘッドバンチョーか。いや日本の恥だなこんなのが生息してると思われたらかなわん。防腐剤つっこまれて倉庫の肥やしにでもされておけ。これで万事解決だなうん」
いっそのこと死ねといわれた方がまだしもマシな罵詈雑言だった。長治たちは青くなったり赤くなったりしてるが、立て板に水を流したような勢いの言葉とまだまだ収まりを見せない怒気に圧倒されて言葉を返す余裕など無い。踏んだ地雷はあまりにもでかすぎた。
が、彼らは忘れている。その前にもっとでっかい地雷を踏み抜いていたことを。
「……とまあ言いたい放題言わせてもらったところで話は戻るわけだが」
打ちひしがれ、精神的なHPのゲージが赤く点滅していた三人はぎょっと目をむく。まだなにかあるというのか、いや、なにがあったというのだ。
「そんなくそたわけた馬鹿騒ぎに、なんでオレの名前を出しやがりましたかこの虫は?」
ぶわ、とさらに怒気がふくれあがる。そうでしたそういう話でした完全に忘れ去っていました。三人はなんか色々ともらしそうになりながら必死で言い訳を考える。まさか力及ばす倒されたのが悔しくてつい名前を出してしまいましたなんて本当のことは言えない。
無い知恵を絞って必死に考えた三人が出した答えは。
「「「……てへぺろ」」」
「…………」
がらり。
「ひょえへやははははは! ロボトミー加工かねまかせたまえ! なあに前頭葉にちょちょいっと細工をすればたちどころにおとなしくて従順な……」
「「「すいません本気で全身全霊謝罪しますからその人は勘弁して下さい」」」
泣きながら太平にすがりつく三人を視界に納めて、まひとはやれやれと肩をすくめる。
騒ぎの元凶は分かった。しかし今更その流れをとどめるのは無理だろう。おそらくは近隣の番長たちに太平の名は知れ渡ったはず。そう遠くないうちに次から次へと挑戦者が現れるのではなかろうか。
まあどちらにしろ、騒ぎになるだけなってしょうもないオチで締めくくられるのだ。それは予測ではなく決定事項。多分真面目に全国制覇(笑)なんぞを目指している番長どもには悪いが、最早命運はつきたと言っていい。
せいぜいがんばって世の無常というものを味わえばいいだろうさ。どこか暗い思考を内に秘め、まひとは誰にも見られない角度で小さく嘲笑した。
そして、次の日。
「我こそは小田野 武永が後継者『戸世都 美英善』! かつての主君が敵を討たんがため参上仕った!」
「ワシの夢、全国制覇、ここで終わらせる気はねえ! 『得側居 柄靖』! この世に伝説を作る!」
「俺が石垣、俺が城。すなわち俺こそが天下無双! 封臨渦斬が名の下に、『竹蛇震 源』ここに参ったぁ!」
「新たな時代に誘われて! ヅカー番長『植椙剣 真』華麗に登場!」
「HAHAHAHAHA! パーリィ会場はここかい? 俺を放っておいてプレイってえのは頂けねえなあ。……欧州筆頭『ダテマー・サムネ』、押して、参る!」
すごい数の馬鹿が押しかけてきた。
教室の窓から校門前を埋め尽くす番長の群れを眺めていたクラスメイトは、一斉に太平の方を見る。
「こっちみんな」
あーもー鬱陶しいと態度で語っている太平だが、なぜか昨日よりも余裕がありそうな様相を見せていた。
クラスメイトはその態度に疑問を覚える。互いに顔を見合わせて、申し合わせたかのように円陣を組みひそひそと語り合う。
「なんだあ? おりゃまた怒り狂って片っ端から潰していくかと思ってたのに」
「いや静かに怒りをため込んでるのかもよ? 頂点に達したところで一気にがーっ、とか」
「むしろ覚悟を決めた感じ? 私は誰の挑戦でも受けるみたいな」
「そうだよな、ここまでくれば番長名乗ってもいいかと思う。実際あの連中なんぞ一蹴だろ?」
「伝説の始まりか!? うわ胸熱関わりたくないけど」
「……好き勝手絶頂言ってんなてめら」
ごにょごにょ言っているクラスメイトに半眼で冷たい視線を向け、太平はため息を吐いた。
「べつになんのことはねえよ。対策ができてるだけだ」
「「「「「対策!?」」」」」
再び顔を見合わせるクラスメイト。そしてしばし考え込んだ後で一斉にぽん、と手を打った。
「「「「「武器か」」」」」
「オレに何をさせる気だ」
そりゃあ無双以外のなにものでもないだろう。つーかそれが一番手っ取り早いし。
そんな事を言い合っている間にも校門前に集う連中は膨れあがり、今にも校内になだれ込んできそうだ。また互いに挑発しあって一触即発の状態になっているところもある。このままだと太平が出る前に乱闘が始まってしまうかもしれない。
しかし太平は、動こうとしなかった。
面倒くさそうに椅子の背に体重を預け、ふんぞり返ったままだ。
「あ、あの~、行かないの?」
皆を代表して綾火が恐る恐る訪ねるが、太平は鼻をならすだけ。
「だからなんでオレがあのイカレポンチどもの相手をしてやらにゃいかん」
「そ、そんな!? 天下 太平ともあろうものが己に逆らう有象無象をのさばらせるなどと!? 正気ですの!?」
「おいまてそこのお嬢」
信じられないといった様子で叫ぶように言う恋に太平は声をかけるが、むろん聞いてない。
恋はなんか悲劇の女優気取りで次々とポーズを変えながら、演劇のように訴える。
「わたくしの知っている天下 太平であれば、有無を言わさず有象無象の群れに飛び込み千切っては投げ千切っては投げ阿鼻叫喚の地獄絵図を産みだし全てを叩き伏せ絶対王者として屍の上に君臨するはずですわ! それを行わないとは天変地異の前触れですの!? おなかいたいんですの!?」
「「「「「(だ、大体あってる……)」」」」」
確かに最後はともかくいつもの太平ならそんなもんじゃなかろうか。本人もそれが分かっているのか、額に青筋を立てて憮然としているものの文句を言う様子はない。それでさらに余計な心配をした恋が呼び出した執事に病院の手配をと言い始めたところで「やめんかい」ととどめる。
「だからよ……別に好きこのんでやってたわけじゃねっつの。他にやってくれる人間がいれば丸投げするわい」
「?」
太平の言葉に小首をかしげる恋。ややあって彼女はぽん、と手を叩いた。
「貴方の敵は鯉ヶ滝の敵! そうおっしゃりたいのね!? SITUJI☆隊総員戦闘配置! あの愚か者どもを叩き伏せますわよ!」
「「「「「御意!」」」」」
「ちげえよなんでそうなるんだよ」
いまにも教室を飛び出しかねない恋と執事の群れに呆れた声をかける。なんでこうこのお嬢さんの思考はどっか別方向にすっ飛んでるのだろう。基本スペックはべらぼうに高いくせに。
もうどうしようもないくらい手遅れなんだろうなとか思いつつ、太平はため息とともに言葉をはき出した。
「だ~か~ら~、ああいうのの相手に適任なのがいるだろうよ世の中にゃ」
そう言った時、まるでタイミングを計らっていたのかのごとく彼方から響いてくる音がある。
♪ぺ~ぺ~ぺ~ぱららららっぱらららららぺぺぺぺぺぺ~ぺ~ぱららららららぱらららら♪
どっかで聞いたようなBGMと無数のサイレン音。番長の群れが何事かと反応したときにはもう遅い。
真っ先に飛び込んできて2、3人跳ね飛ばす魔改造フェアレディZ。車体をスライドさせて停止。中から降り立つのはもちろんこの人。
「ふはははは! 東部署の泥門だ!」
ぎんぎらぎんでショットガン構えたおっさん。彼を筆頭に次から次へと現れるお巡りさんたち。
「話は聞かせてもらった」
「行くぜタカ!」
「OKユージ!」
「んふふふふ、これはすごいことになってますねえ~」
「なんじゃこりゃああああああ!」
「三高前閉鎖できません!」
「ジャッジメントタイム!」
あちこちからかき集めてきたのか、明らかに交通課じゃない人間が混じっている。いやまあこの状況が交通課の管轄かどうか非常に疑問ではあるのだけど。
さすがにうろたえる番長たち。それを睨め回し、泥門警部は高らかに吠えた。
「お前らみんな秘密の館にご招待だ!」
そして「確保ー!」の言葉ともに一斉に襲いかかるお巡りさんたち。
警棒が唸り、拳銃が吠え、推理がさえ渡り、巨大ロボ(!?)が蹂躙する。番長たちはあっという間に伸され、次々と護送車に放り込まれていった。
眼下の光景を見てあっけに取られるクラスメイトたち。それを眺めつつ、太平は鼻を鳴らして言い放った。
「騒ぎ起こす馬鹿が居るって分かってりゃ、警察に通報するのが善良なる一般市民のありかただわな。税金払ってんだからこれくらいはちゃんとやってもらわねえと」
こいつは本当に主人公なんだろうか? 公僕に丸投げとは主役の風上にも置けない暴挙である。ってか活躍しろマジで。
などというどっかのだれかさんの嘆きを余所に、三高は平穏を取り戻した。なんつーかちょっとかわいそうかも知れないなあと思いつつも、皆普段の生活に戻っていく。まあ所詮は他人事だ。
この後しばらく番長の群れが現れて警察にお持ち帰りされるという日々が続くことになるが……いつのまにやら驚異ではなく、ただの日常イベントとして処理されていくことになる。ただのネタに成り下がってしまった番長たちには涙を禁じ得ない(笑)
「……ふ、天下 太平。やはりただの侠ではなかったようだな……」
でも不穏な気配は、まだ残ってたり?
「あのおっさん、10万50歳越えとるっちゅうのに元気やなあ」
「知り合いだったです!?」
またまた更新がおくれました。
すまん諦めてくれ俺はもう諦めた。(をい)
なんかふと思いついた「お前ら牢名主にしてやる!」の台詞からここまで話が発展。怖いですねノリと勢い。どうやったらこうも中身のない話になるんだろう。
なんとなくこうヤンキーマンガに対するアンチテーゼ的な方向を目指してみましたが、また活躍しなかったよ主人公。いやヤンキー嫌いなのにするっと暴力に訴えるのってどうよと考えた末のことなんですがあれェ? 自分どこをどう間違えたんでしょうね。
……最初から最後までという事実には気づかなかった事にしていただきたい。
そんなわけで、また自壊(←あながち間違いでもない)