そのよんじゅうに・こんにちわベイビーでこともなし!
「つつらつらやとゆちゃおれん~♪ ひっく」
千鳥足で調子外れの歌らしきものを口ずさみながら夜道をへらへらと進む影がある。
ときおりぐにょぐにょとなんか不定形名称不明な形状になってたりするが、基本的には無駄にエロいパンツスーツ姿の女性だ。ここまで言ったらお分かりになると思うが、這い寄っちゃったりする混沌っぽいなんかソレ系のアレ、成螺であった。
彼女は今、絶賛酔っぱらい中である。え? これ酔っぱらうの? などと思われるであろうが、実際酔っぱらってるんだからしかたがない。邪神としての自覚が足らないと言うかなんというか。
「ちょっとー、じゃしんはよっぱらっちゃらめとかそれさべつー。ボクはそういったへんけんとあれだいじめみたいなそんあんとかとはだんことしてたたかうろーひっく」
カメラそっちじゃねえ。あらぬ方向を向いてびしすと指さしなんかほざいてるこいつが酔っぱらってる理由は何のことはない、職場の飲み会で調子に乗って呑みまくっただけである。
ちなみにこいつ悪酔いした挙げ句、上司同僚男女問わずセクハラしまくった最低な女である。なに? 男は喜んだんじゃないかって?
……己の影から伸びてうにょうにょと蠢くイボが付いたのや回るのやのモザイク入った触手を伴って迫る女かどうかも怪しいようなナマモノを喜ぶのは、かなり少数派じゃないかと思うのですがどーよ。(なお望にぶん殴られて沈んだ)
まあともかく今の成螺は完全無欠の酔っぱらいなわけである。へらへらぐにょぐにょと夜道を歩く姿は……下手するとホラーになるがまあそれはいい。そうやって夜道を歩いていたところ、ふと目に止まった物があった。
「おろろ? こんなところにけっこうおおきなこうえんがあるにょ?」
住宅街の端に位置する公園。大きい割りにはさほど人の手が入っていないのか、所々街灯が切れたり弱ったりして薄暗い。あからさまに何かが怪しかったが、むしろ成螺はぬたりとした笑みを見せて、迷うことなく足を踏み入れる。
「どっかで青●ンとかやってないかな~」
デバガメする気満々かい。むしろこう言うところだと変質者とかに襲われる可能性とかの方が高いような気がするが。こいつがそんなこと考慮に入れるはずもなかった。
「つーかあれだね、そう言うのが出てきたときには返り討ちにして喰うよ。性的な意味で」
またぞろ影からうにょうにょモザイクの群れを出しつつ、ぐにゅへへへとキモい笑い声を漏らすこいつに襲いかかる人間がいたとしたら見てみたい物だが。
それはそれとして、明らかに怪しい様相で周囲を見回しながら公園の中を歩く成螺だが、変質者はおろか何の気配もしない。あっれェ? ホントにただ寂れてるだけの公園? と彼女は首を捻る。
「なんだよー、せめてこうホラーとかサスペンス系のイベントないのかよー」
ちえーと唇を尖らせて不満げに呟く成螺。まだ赤ら顔だが、酔いはすっかり醒めてしまったようである。
「しょうがないなあ、どっかで呑みなおすかな……ん?」
公園から立ち去ろうとしたその時、成螺の耳が何かを捉えた。
それは。
「……なんかの鳴き声?」
微かに響くのは猫か犬のものか。本気で感覚を研ぎ澄ませばあっさりとその正体は割れるのだが、成螺はあえてそれをせず、がさがさと茂みをかき分けて音の源を探り出さんとしていた。
「こう言うのは自分の目で確かめるのが醍醐味だからねえ」
呟く彼女の顔は怪しく笑みを浮かべている。時折「ザラ舌……バター……」などと呟いているのは無視する方向で。
ややあって、茂みの奥にダンボール箱を見つける。小汚い毛布まで掛けてあるところを見ると明らかに人の手でなされたことだ。微かな鳴き声はそこから響いてくる。
「さあてご開帳~」
うきうきしながら毛布を取り除きダンボール箱を覗き込んでみれば。
「……あれま」
邪神にも、予想外の事は起こる。
翌日。
「あ~、気持ち悪い……」
「吐きそう……吐くうう……」
職員室は、阿鼻叫喚の地獄絵図であった。具体的にはほぼ全員が二日酔い。
中間テストが終了した打ち上げ。昨夜の飲み会はそう言う名目だった。まあ名目なんぞ飲兵衛どもにはどうだっていい、飲めりゃなんでもかまいはしないのだから。
しかし調子に乗った挙げ句壊滅状態では何とも情けない。しかもこいつら仮にも教師である。学徒を導く聖職者がこんなんでいいのかいや良いはずがない。
「……どこも似たようなモンだけどねえ」
数少ない『生存者』である望は、惨状を見回してからやれやれと溜息を吐く。彼女の本来の職場でも飲み会ぐらいはある。しかしまあそこは諜報機関。それなりにアルコールや薬物に対する訓練は受けているし、中には泥酔したふりをして重要な情報を垂れ流しにしているように見せかけ、欺瞞情報を流す剛の者も居たりする。
そんなわけで、彼女も酒に関してはごっつい耐性持ちなわけである。二日酔いにならないなどとはこの羨ましい是非とも代わって下さい。
それはさておいて、ともかくこれはまともに仕事にならないなあと、肩をすくめる望。まあテストも終わったことだし1日ぐらいはなんとでもなる……。
「おっはよー。皆元気してるー?」
つらつら考えていたところで背後から脳天気な声が響く。一番酔っぱらってたくせに爽快はつらつかこの野郎とか思いつつ振り返った望は――
そのままびきりと動きを止めた。
視線の先の成螺はなんかやたらと上機嫌で、胸元に鞄のような物を抱きかかえていた。よく見ればそれはスリングで、抱きかかえられているのは丁寧にくるまれた……。
「だぁ」
赤ん坊だった。
暫く時は止まり、何とも言えない空気が流れる。
そして。
「ファアアアアアアアアアア!?」
望の絶叫が響き、その衝撃を受けた二日酔い教師どもが痛む頭を押さえのたうち回る。
こうして、新たな騒動は幕を開けた。
赤ん坊を抱えた成螺の姿を見たD組の面子は、口を揃えてこういった。
「「「「「誘拐か」」」」」
「いきなり人聞きが悪いね」
疑いの眼差しが突き刺さる中、成螺は唇を尖らせて反論する。
「攫ってきたんじゃないよ、拾ったんだよ」
「どっちみち警察に届けんかい」
冷たい太平のツッコミが飛ぶが、成螺はよよよと泣く真似をして語り出した。
「そんな、ひどい……誰も立ち寄らないようなうち捨てられた公園の片隅に、まるで犬猫のごとく無造作に捨てられていたこの子を見捨てるなんて、ボクにはできない……っ! ここで手放せば待っているのは粗末なちびっ子ハウス的施設での苦しい生活かも知れないのに……そんな惨めな人生を送らせるなんて……っ!」
「本音は」
「誠心誠意育て上げた挙げ句良い感じで本性表して裏切って、復讐心と思慕の間で葛藤するというダークヒーローの育成を!」
やっぱり最低であるこいつ。一斉に向けられる冷たい視線に対し「イヤイヤジョウダンダヨー」などと宣うこいつからどうやって赤ん坊を救出するべきか、クラス全員が真剣に考え始めたその時。
「ゥ……あああん!」
赤ん坊が突然ぐずりだした。即座に成螺は「よしよしどうしたんでちゅか~」とあやしに入る。
「む、おなかが空いたんだね? それじゃあ……」
空腹でぐずりだしたと判断した成螺は、迷い無く自分の胸元に手を伸ばし――
ただでさえ解放気味のワイシャツのボタンを一つ一つゆっくりと外し始めた。
「「「「「おお!?」」」」」
「「「「「ちょ!?」」」」」
分かっていてもほとんどの男子は身を乗り出して注視し、女子は戦く。
ぎりぎりのところまでボタンを外した成螺は――
「ほおら人肌の温度だよ~」
胸の谷間に手を突っこんで、そこから哺乳瓶を取り出した。
「「「「「だあああ」」」」」
ずっこけるクラスの面子。お約束であった。
「分かってたのに……こんなオチだってわかってたのに……」
「男の性が悲しい……」
机に突っ伏して暮雨の涙を流す野郎ども。昔の人はこういった、わかっちゃいるけどやめられない。至言である。
と、男子の中でほぼ唯一成螺の行動に反応しなかった太平が、机に肘を突き手に顎を乗せた姿勢で、ぼそりと問うた。
「……で、先生。その哺乳瓶の中身何?」
びし、と教室内の空気と成螺が凍った。
鉛のような沈黙の後、ぎぎぎと動き出した成螺が、ぎこちなく笑みを浮かべてこう宣う。
「……直ちに健康に影響は出ないよ?」
「取り押さえろおおおおおおお!!」
太平の咆吼と共に、女子連中が一斉に成螺へと飛びかかった。それを確認して太平は席を立つ。
「よーし赤ちゃん用品一揃い買ってくっからそのまま押さえてろ。……マサぁ! 荷物運び手伝え!」
「よろこんでー!」
正義を率い、太平は授業中にもかかわらず教室を飛び出していく。
暫く後。
ちゃんと普通の粉ミルクが入った哺乳瓶をくわえた赤ん坊が、ごくごくと中身を飲み干していく。
それを抱きかかえて世話をしているのは、意外にもまひとであった。
「うんうんしっかり飲んでる。内蔵に支障はないみたいだね」
様になっていた。ってかなんか母性に満ちあふれていた。
「「「「「(なんか凄まじい敗北感が……)」」」」」
女子がこぞって打ち拉がれているがそれはそれとして。なんだかやたらと手慣れているまひとに、太平が声をかける。
「うまいもんだな?」
「まあ昔取った杵柄ってやつだね」
「? なんか子供と関わるようなことしてたっけか?」
疑問符を浮かべる太平の言葉に、びびくんっと反応し焦るまひと。
「いやほら僕も結構バイトとかしてたじゃん? その関係で色々と」
「昔取ったって言うほど古い話じゃねえだろそれ」
はははと笑って誤魔化すまひと。その後頭部には一筋のでっかい汗が流れている。
言えねえ。実は何度か子供こさえたことがあるとかとても言えねえ。
まあそれはさておき。
「ひどいよひどいよ。ボクのラヴがこれでもかと込められた至高の逸品だったのにィ」
「ラヴにクラフトくっついてんだろうが確実に」
「おお! 上手いこと言うね」
「ちっとも反省してやがらねえなこの邪神教師」
縛り上げられ天井から吊されつつ、泣いたり笑ったり忙しい成螺の様子に呆れる太平。まあこいつには何を言っても無駄だ、話は全く進展しない。太平はクラスメイトの方に向き直った。
「で、どうするよ。やっぱ警察か」
「しかしなあ、捨て子ってことだろ? ……施設行きとかどうにもやりきれないなあ」
ここで正義が難色を示した。彼は正義の味方をやってるくらいにはお人好しだ。警察に届けるのが当然のことだとは分かっているが、その後のことまで考えてしまう。それは綾火も同じようで。
「だよねえ。届け出てハイさよならってのは気分のいい話じゃないかな」
未地と水樹もうんうん頷くが、ただ一人光だけは冷静だった。
彼女は眼鏡の蔓を上げ、きらりんと光らせる。
「ですが届けなかったらどうするというのです~? 我々で育てるというわけにはいきませんし~、こちらの混沌教師に任せるのは論外~。周囲の大人も冷静になれば届け出ることを推奨するでしょうしね~」
「「「「「それは分かってるけどさあ」」」」」
正論である。が、納得できるかどうかは別の話だ。さりとてなにか良いアイディアがあるわけでもない正義の味方一同は、唇を尖らせるしかないわけだが。
「そういうことならわたくしにおまかせですわ!」
ずはっ、としゃしゃり出てきたのは、毎度おなじみ「そう! このわたくし鯉!」
ばっ!
ヶ滝 恋である。
「また口上潰しですの!? おのれ毎度毎度忌々しい! その喧嘩買いますわよ!?」
「お前は何と戦っているんだ」
あらぬ方向に向かって吠えたくる恋に冷たい目を向ける太平。それに感付いたわけでもなかろうが、はたと我を取り戻した彼女は居住まいを正し咳払い。そして改めてずはっとポーズを決めた。
「このわたくしが、鯉ヶ滝が、全身全霊を持ってこの子に最高の育児環境を与えようではありませんか! 至高のシッター、究極の環境。孤児である等という逆境を跳ね返して有り余るほどの幸福をこの子に!」
「「「「「それはそれでどうよ」」」」」
「なにゆえ!?」
クラスメイト全員からのツッコミに、がびびんとショックを受ける恋。
たしかに、彼女に任せれば彼女が受けたのと同等かそれ以上の育児環境が与えられることは間違いない。鯉ヶ滝 恋という人間を産み出したものと同等以上の環境が。
こんな高性能なあんぽんたんが『量産』される。そう考えりゃあちょっと待てと言いたくもなるだろう。クラスメイトのツッコミは至極正しい。
「納得いきませんわああああ!」
「自分を鑑みる事って大切だよね」
赤ん坊をあやしながら、吠えたくる恋の背中を眺めつつ溜息を吐くまひと。勿論こいつも人のことを言えた義理ではない。
その時、突如ふっふっふという含み笑いの声が響く。
「所詮は小娘の浅知恵といったところかしらん。やはりここは妾が出番!」
むふんと胸張って立つのはフォクシーレディ玉藻。ああまたなんかとんちんかんなことをやらかすんだなと、周囲のみんなは生暖かい目線を向けている。
玉藻は自信満々な表情と態度でつかつか歩むと、あるところで足を止める。
それは太平の目の前。訝しがる彼を前に、玉藻は花が綻ぶような満面の笑みを浮かべ、こう宣った。
「結婚しましょう!」
ずこーっ、と、クラスメイト全員がずっこけた。
勿論それに構わず、玉藻は一方的にまくし立てる。
「子供には親が必要不可欠! 今全てを失ったこの子ならば余計に! しかし逆に考えれば、ビッグチャンス! 最高の父親と至高の母親に迎えられれば、合わさって最強に見える勝利の方程式! なれば! ゆえに! ここはあなたと妾が力を合わせ究極の暖かい家庭を作り上げ――」
「どさくさにまぎれてなにほざきやがってますのこの襟巻きーー!!」
テンション全開でほざいていた玉藻の側頭部に、恋のドロップキックが炸裂した。
縦回転しながら吹っ飛び教室の壁にべしゃんと叩き付けられる玉藻だが、即座に復帰し恋に殴りかかる。
「折角良いところでじゃまするんじゃないのかしらんっ!」
大気を割って繰り出された拳を、恋は交差した腕で受け止める。
「抜け駆けは死を持って償ってもらいますわああああ!」
スカートが翻るのも構わず回し蹴りにて反撃。そのまま二人はどががががとか轟音を立てながら格闘漫画的殴り合いを開始――
「子供に悪影響だろうが」
してる最中に太平から拳骨喰らう。
一撃で床に沈む高性能なあほ二人。それを見下ろして太平は鼻を鳴らした。
「まったく、空気くらい読めや」
「それをたいへーちゃんが言うかなあ」
自分のことを棚上げするのはこの世界における基本技能なのだろうか。まひとはちょっとそんなことを思ったりしたが、まあ言ってもどうなる物ではない。
それはさておいて。
「ふん、埒があかんな。……マサ、お前らんとこにはなんかその、将来的な後継者とか養成するような施設はないのか? 虎の穴的な」
「正義の味方なんだと思ってんの」
さすがに孤児集めて育て上げるようなことはせんと、正義は憤慨する。
「どっかの悪の組織だったらそんなこともしてるかも知れないけど、そこまで外道でもなけりゃ人材不足でもないわい。そもそんな施設があったとして赤ん坊の頃からそんなところ放り込んだら虐待じゃないか」
「……もしかして悪の組織って、幼少の頃から技能を教え込んで就職先も斡旋する、と考えたらもの凄く良心的じゃなかろかこのご時世」
「行く先がブラックどころか反社会的組織だからね!? 虐待どころじゃないからね!?」
仕事がありゃあいいってもんじゃない。いやちがくて、なんか危ないことを言い出した太平に対し全力でツッコミ入れる正義。幸いにしてこの近隣の悪の組織は太平が全部ぶっつぶしているから赤ん坊抱えて突撃するなんて事はやらないだろうが。
「振り出しに戻ったか……」
「振り出しというかなんか凄い勢いで脱線してったような気がするけどそれはそれとして、ホントこの子どうしよう。居候じゃなかったら僕が預かってたけどさ」
「「「「「(それはそれで危険な気がする)」」」」」
将来的にまひとみたくなって貰ったら困るが、彼の母性に全敗してる女子一同はそれを口にするのが憚られた。
一方ごちゃごちゃやってる中、肝心の赤ん坊はおなかが一杯になった後、けぷうとげっぷしてから即座にすやすやと寝入っている。結構騒がしいというのに堂々とした物だ、もしかしたら将来大物になるかもしれない。
「……うちの母さんに頼んでみるか。もしかしたら何か伝手が……」
顎に手を当てながらそう言いかけた太平。その時校内放送のスピーカーから呼び出しのチャイムが響いた。
「2年D組の十手府先生~、お客さんがおいでになってますから職員室までいらしてください~。ってかはよこい」
いきなりの呼び出しに、クラスの面々は顔を見合わせる。こんな時に呼び出し、しかもなんか締めのあたりでお怒りのエアーが感じられた。
このナマモノ今度は何やりやがった。冷たい視線が一斉に、拘束から抜け出しぽんぽんと尻をはたいている成螺に向けられた。彼女はにっこり笑って応える。
「ん? 多分警察から何か進展があったって連絡が来たんじゃないかな?」
「「「「「まてコラ」」」」」
成螺の言葉に一斉にツッコミが入る。
「届け出してないんじゃなかったのかよ」
「え~、そんなこと一言も言ってないよ~? 届け出た上で預かってただけだし~」
太平の言葉にぴっぴぷーとへたくそな口笛を吹きながら応える。
確かに言ってない。言ってないけどその態度がムカつく。クラス一同の心が一つになった。どうせ誤解されるような言動を取ったのも大した意味はないのだ。面白そうだったからとかその程度の理由に違いない。
「ぢゃ、そゆことで職員室行ってくるから自習しててね~」
するりとまひとから赤ん坊を取り上げて、成螺はひらひらと手を振りながら教室を後にする。
嫌な予感しかしねえ。またもやクラス一同の心が一つになった。
「……放っておくのも寝覚めが悪いな」
太平の言葉に、全員が大きく頷いた。
「ごべん゛ね゛え゛え゛え゛え゛え゛! ごべん゛ね゛え゛え゛え゛え゛え゛!」
何だとか鼻水とか全力で垂れ流しながら、赤ん坊を抱きしめる女性。
多分20代だとは思うが、服はぼろぼろ髪はぼさぼさ。全体的に薄汚れた酷い有り様である。
三高の応接室。呼び出された成螺はそちらに誘導され、待っていたのは警官を伴った件の女性。彼女は赤ん坊の姿を確認した途端、飛びつくように成螺から奪取。抱きかかえてわんわん泣き出した。
もしかして貧困のあまり一時の気の迷いで子供を手放したのか。教室から抜け出し応接室前に張り付いて、様々な手段で中を覗いているD組一同は眉を顰める。
そんな中、空気を読まないのが一人。
「クククク、麗しい愛だねェ」
いかにも悪役でございという表情と雰囲気で邪悪な笑みを浮かべる成螺。その彼女が放つおぞましい気配に、その場にいた校長と赤ん坊以外が硬直する。まあ邪神慣れしていなければ当然のことだろう。所謂CRSである。SAN値チェックの判定に失敗したとも言う。
「このボクを関わらせてくれたんだ。このままただ感動的な結末で終わると、そんなわけないじゃない」
ああなんかまた馬鹿なことを言い出した。校長は世の中の全てを諦めたような目をして、部屋の隅からぼっこぼこの金属バットを取り出した。もちろん成螺がろくでもない事を始めようとしたらどつき回して止めるつもりで。
そっと背後で一本足打法の構えが取られる中、成螺はぶわ、と両手を広げて高らかにこう言った。
「さあ、一体全体なにがどうなってその子を捨てる羽目になったのか、このボクに詳しく話してくれるがいい! 今なら完全無料でいかなる相談にも乗ってくれよう!」
ずこー、と応接室の外で多人数がずっこける音がしたが、赤ん坊を抱きしめている女性の耳にそれは届いていない。
彼女には、邪悪な気配から一転してにこやかな笑みを見せる成螺がまるで神のようにも思われた。いや確かに神だが邪がついてる。騙されるな。
なお赤ん坊の方は、あのおぞましくも邪悪な気配に晒されながらもまったく反応することなくすやすや寝入っている。大物になるかも知れない。
それはさておいて、促された女性はぽつりぽつりと事情を話し出した。
彼女は元々ごく普通のOLで、ごく普通に恋愛し、ごく普通に結婚をしたつもりだった。しかし実は旦那と義母が家庭板懸案系のどクズだったのです。
結婚前は二人ともいい顔をしていたが、結婚後にぐるぐる手の平を返して本性を現した。モラハラダブスタCV当たり前、もうテンプレかと言うくらいの嫁いびりが炸裂しまくったのだ。
女性は耐えた。一度は愛した男だ。耐えて懸命に尽くせば、いつかは分かり合えるとありもしない夢を見た。そうこうしている間に妊娠してしまう。女性はこれで夫の目が覚めるだろうと希望を抱く。
それはあっさりと裏切られた。夫と舅は血を分けた息子であり孫である赤子を、不義の子であると難癖を付けたのだ。理由としては夫に似ていない、懐かない等という物であったが、実際は理由などどうでも良いのだろう。自分の子供すら妻を叩くダシにする夫の姿に、流石の女性も目が覚めた。いびりを受け続けながら子を護り、密かに離婚するように動き始める。
だが動き始めた矢先、夫は最低の行動に出た。
「ぼくの子じゃないから捨ててきたよ♪」
何が楽しいのかにやにや笑いでそう言われた瞬間、女性は咆吼を上げながら夫を全力でぶん殴った。そのまま彼女は家を飛び出し警察署に駆け込んで、今の今まで子供を捜索して貰っていたと言うわけだ。
聞くだけならよくありがちな話である。応接室の外でD組の愉快な仲間達は顔を見合わせた。
「……本当だと思う?」
「声の調子などからすれば、嘘は言っていないようですね~」
分析した光が、ぎらんと光る眼鏡を押し上げる。
「まあ事実だとすれば、めっちゃ許せん話ですが~」
「「「「「然り」」」」」
女性陣が(なぜかまひとも)一斉に頷く。マザコンモラハラDV野郎など、この地上から滅するべしと、彼女らの意見は統一されていた。
(((((逆らわんとこ)))))
静かな怒気を纏った女子の様子に、男子達は身を縮めた。なんか口にしたらやり玉に挙げられそうだし。
と、その時なにやら外から騒がしい声が響いてくる。
「なんだ?」
太平を筆頭に廊下の窓からひょこひょこ顔を出して外を確認するD組一同。丁度そこから中庭と正門が望めるのだが、正門の方で最近雇われた警備員が何やら騒いでいる人間を押し止めている。
「だから関係者以外は立ち入り禁止ですって!」
「こちらに当家の嫁がいることは分かっているのです! であればこちらは関係者、留められる理由はないはずでしょう」
「ぼくの愛する女性なのです! 是非ともここは譲って頂きたい!」
警備員に負けじと声を張り上げているのは、見た目品の良さそうな和服の老婆とスーツ姿の見た目誠実そうな男性。それを確認した女子一同の目がぎゅびぃんと光る。
「ええい埒があきません! これは家族の問題ですから関係ない人は引っ込んで下さいな」
「これ以上邪魔だてするというのであれば法的措置も辞さない……」
「嫁いびりばばあは成敗キックぅああああああ!!」
無理矢理押し通ろうとした老婆の顔面に、激怒した様相のまひとがウェイバートレイルを引いた飛び膝蹴りをぶちかました。
縦回転で吹っ飛ぶ老婆。唖然とする警備員と男性。彼らが次の行動に移る前にじゃぎんという音が鳴った。
いつのまにやら変身した精霊戦隊。彼女らは額にお怒りマークを貼り付けて、なんかでっかい大砲をみんなで構え吠える。
「「「「「エレメンタルブラスター! 死ぃねえええええええ!!」」」」」
轟音と共に放たれた光の奔流が、男性を飲み込む。ごんぶとビームが消えた後に残ったのは黒こげになった炭。それはそのままぱたりと倒れた。
もちろんそれで終わらずに、女子どもが倒れてる二人へ一斉に飛びかかって集団でヤクザキックをぶちこみ始めた。
「「「「「オラオラオラオラオラオラオラオラァ!!」」」」」
どががががと音を立てて蹴られている二人がひしゃげていく。少し離れたところでは。
「おんきりきりばららうんだかだ、おんきりきりばさららったった、かのものたちに、永劫の災いあれ!」
巫女服姿の玉藻が、護摩を焚いて一心不乱にガチ呪いをかけていたり。
「セバスチャン」
「はっ!」
「あのものたち、徹底的に潰しなさい」
「御意」
静かに激怒してるお嬢が、なんか怖いことを執事に命じたりしてる。
この学校に慣れてない警備員は唖然とするより他なかった。そんな彼に太平が語りかける。
「あ~、なんかすいません。ホントすいません」
「えっと、なに? これ一体なに?」
わけがわからないよガチで。全身でそう言っている警備員に対し、太平はどきっぱりと言い放つ。
「日常茶飯事です」
「……お、おう」
就職決めたのはなんか色々と早まったかも知れない。出勤3日目で早くも後悔し始めた警備員であった。
こうして、嫁をいびったばばあとうんこマンは滅びた。比喩的な意味じゃなく冗談抜きで結構な名家だったはずの家そのものが途絶えた。
なんか顔も合わせずにさくっと離婚できた女性は首を傾げたが、これ以上あのゴミ虫どもに関わるのはいやだしと、慰謝料だけ受け取ってさっさと離婚届にサインしたそうだ。
「ということでその節はお世話になりました」
当時の様相とはまるで別人のごとき明るい笑顔で頭を下げる女性。きちんとした格好をして身なりを整えれば結構な美人さんである。その腕には、もちろん件の赤ん坊が抱きかかえられていた。
「いやいやはっはっは、僕は大したことしてないから」
大したことしてないって言うか余計なことしようとしていたなどとおくびにも出さずに、偉そうに胸張って応える成螺。物陰でこっそり見守っている2年D組の面子。その背後でバットの素振りをしている校長はとりあえず意識から外し、こそこそと言葉を交わす。
「なんだか普通だねアレ」
「絶対余計なことするかと思ってたんだが」
「いや、油断を誘って最後にやらかす算段かも」
「今のうちにさくっとやっちゃった方がいいかも」
「やめろなんか後方の素振りの音が激しくなってきてるから」
こそこそと話している間にも、女性はぺこぺこと頭を下げて感謝の意を述べ、成螺は見た目だけは朗らかに応えている。さてどのタイミングでやらかすのか、そしてどうやって穏便にしばき倒すかと一同が揃って知恵を絞っていたが。
「それでは本当にありがとうございました! このご恩は一生忘れません!」
「いいよ~いいんだよ~。……坊やはすくすくと育ってから、おねーさんをさらいにきてね~」
「だう!」
「「「「「あれ?」」」」」
にこやかに手を振って別れを告げる成螺。小さな手をぷんぷか振って応える赤ん坊に、最後までぺこぺこ頭を下げていた女性。
なんか普通にいい話で終わった。
「どゆこと!?」
「天変地異の前触れか!?」
「何企んでやがる!」
「おのれあのおっぱいめが……」
生徒達が勝手に話作って盛り上がる中、成螺はぶんぶか手を振るのをやめて、かくりと肩を落とす。
「……ネタに走るタイミングを見失っちゃったなあ」
本人も何かやらかそうとしたのである。したのであるが覚醒した女性の勢いに押されてタイミングを逃したのであった。
「折角かっちょいいダークヒーローを生み出せる機会だったんだけどなあ……」
とほほーと心底残念そうに呟く。まあ本気でなんかやらかそうとしたら、まず校長にしばき倒されたであろうが。
とにもかくにも、こうして彼女を発端とした騒動は一応の決着を見た。この後暫く成螺はD組の生徒全員から疑いの眼差しで見られることとなるが自業自得である。
なお、何年か後にホントにダークヒーローっぽい存在になった元赤ん坊が、ガチで結婚を申し込みに来るのだが、それはまた別の話である。
「ふぁあああああああああああ!!??」
↑プロポーズされた時の成螺の反応。
この歳になってアレルギーが出てくるとは思わなんだ。
鼻水とくしゃみが酷いの緋松ですびえっくしょい。
ということで久々のこっちでございます。なんというかですね、無理にネタを絞り出すとあまり面白くなくなると言うことに今更ながら気付きまして。これからはネタが降って湧いたときに書くという形態に移行しようと思います。つまり10年くらい放置してふっと書く事もあり得ると言うこと……っ! さすがにそこまでするとは思いませんけど。
それはさておき今回はアレが主役です。皆さん色々言いたいことはあるかも知れませんが、一つ主張させて頂きたい。
歳喰わない、しかも姿形が変えられる嫁とか最高じゃないっすか! (石川系ぐるぐるおめめ)
自分で言っててなんですがもう末期だなこりゃ。ニャル子さんとかいたらツッコミ入れつつも速攻で転ぶ自信があります。
そんなこんなで、今回はこの辺で。
じゅうねんんごにまたあおうぞぉ~。(しゃれになってない)




