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そのさんじゅうはち・もらるがなくてこともなし!






とある休日。

そろそろ日が傾いてくるかなあと言う時間帯、某所のショッピングモールを太平と恵は並んで歩いていた。


「頼まれていた買い物はこれで全部か」

「そだね。内容からすると今夜は肉じゃがかカレーかな?」


どうやら買い物をしていたようである。なんかこの男が普通に日常的な買い物をしていると非常に違和感があるような気がしてならないが、そこはまあ置いておこう。ともかく買い物籠に獲物を詰め込んだ彼らは、レジに向かって歩を進めていた。


「そういや恵、最近包丁の扱いはどうだ?」

「う~ん、難しいねえ。材料が切れてれば普通に料理できるんだけどさ」

「刃物にビビり過ぎてるのは相変わらずか。腰が引けてると余計に危ないぞ」

「分かってんだけどね? それでもお兄ちゃんとお父さんの方が包丁の扱いが上手いってのは納得が……ん?」

「なんだ? 妙に騒がしいな」


ざわめきと、そしてどこからか上がる奇声。

太平と恵は顔を見合わせ、奇声が響く方へと向き直る。

見れば陳列棚の向こうから凄い勢いで飛びだしてくる買い物カート。暴走しているその加護の中には頭悪そうなガキ……もといおガキ様が乗っており、さらにそれをもう少し年かさのおガキ様が全力で押しながら走っている。ふたりともとてつもないハイテンションだ。


「きゃはははははやいはやーい!」

「おりゃああいくぜぜんかいー!」


これが回りに障害物のない遊技場で、使っているのが遊具であったら誰にも文句はないだろうが、生憎ここはひとけの多いショッピングモールで、買い物カートはそう言う用途に使うものではない。買い物客達は一斉に顔を顰めたが、積極的に咎めたり止めたりするものは……。


「あ゛? なにしてやがるかこのガキどもが」


いた。


買い物籠を恵に預けた太平が、おガキ様二人の頭をひっつかみそのまま持ち上げた。(カートは足で止めている)もちろん正義感からの行動ではない。騒がしいおガキ様がムカついたので止めたのだ。


「なにすんだよこのじじい!」

「このわるものー! じゃまするなー!」


おガキさまたちはぎゃーぎゃー言いながらじたばた暴れるがびくともしない。太平は額にお怒りマークを浮かべ、おガキ様の頭を掴んでいる手に力を込めた。


「「いだだだだだだだ!?」」

「痛いよな当然だよな? こんなもん(カート)で走り回ってどっかにぶつかったらもっと痛いぞコラ。それともなにか、ここで頭かち割りたいわけかあン?」


説教する太平だが、もちろんおガキ様どもは聞いていない。この状態で聞けるわけがないとも言うが。

太平はさらに力を込めた。


「「あがががが……」」

「頭かち割るってのはまだまだこれより痛いじゃすまないことになるんだがどーよ。白目剥いてねえでなんか応えろや」


手足をだらんと提げてびくんびくんいいだしたおガキ様ども。回りの客達は唖然……とはしてないで、どちらかというと良いぞもっとやれとでも言いたげな表情である。荷物預かってる恵は苦笑いするしかない。


と、おガキ様の命が風前の灯火になったところで、またも騒ぎ立てる声が。


「ぎゃあああああああああ!? なにしてんのよアンタああああああ!!」


けたたましい金切り声を上げたのは、陳列棚の向こうから現れた女性。茶髪にジャージ姿だが、メイクだけは妙に手が込んでいてけばけばしいその女性は、顔を醜く歪めて唾を飛ばしながら太平に食って掛かった。


「アタシの太陽天使けつあるかとるちゃんと混聖魔王ぐらしゃらぼらすちゃんになにしてくれちゃってんのよおおおお! 慰謝料よ!慰謝料をよこしなさああああああい!」

「え? けつあ? ぐらしゃ? なにそれゲームキャラ?」

「キラキラネームってやつか。キラキラってよりはぐずぐずだが」


遠巻きにしていた客がこそこそ好き勝手なことを言っている。そんなことを一切耳に入れていない女性はわめき続けながら太平に詰め寄るが、詰め寄られた方はぎろりと女性に視線を向けて――


おガキ様で(・・・・・)女性に殴りつけた。


太平の得意技が一つ、人間鈍器である。それをクソ小生意気とはいえ子供でやるこの男は外道どころではない。もちろんそんなことは一切合切気に留めず太平は殴り続ける。

「ぐへえ!」とか「ぶべらっ!」とかいう悲鳴が暫く上がっていたが、やがてそれも収まり打撃音だけが響く。


ややあって、びくんびくんするだけとなった三人。太平は纏めてそいつらの襟首を掴むとずるずる引きずって店の外に消えた。そんですぐ戻ってくる。恵は買い物籠を渡しながら聞いた。


「あの三人どうしたの?」

「店のゴミ収集所につっこんどいた。まあそのうち回収されんだろ」


その言葉を聞いた客達は、おーと感嘆の声を上げ拍手。いやそこは拍手をするところなのか。やっぱり華牡市の人間は多かれ少なかれどっかおかしい。

や、どーもどーもと適当に頭を下げまくる天下兄妹。そんな彼らに声をかけるものがあった。


「お客様」


ごごごごごと背面に効果音を背負ってる店員さん。しまった、流石にこれは怒られるのかと、太平は神妙に居住まいを正す。むっつりとした顔の店員さんは、静かに口を開いた。


「困りますねえ。資源ゴミのところにあのようなことをされると」

「はい、すいません」


大人しく頭を下げる太平に向かって、店員さんはさらに言葉を重ねる。


「ああいうのは生ゴミのところにお願いします」


ずこ、と太平と恵、そして集っていた客ががくりとずっこけた。

さすがは華牡市、ショッピングモールもどっかおかしい。











数日後、再び太平の姿はショッピングモールにあった。


「え~っと、店で使うコーヒー豆はこれでよし、と」


またもやお使いのようである。今度はバイト先の買い物らしい。一通り買うべきものが揃ったのか、太平は買い物籠片手にレジへと向かう。

と、そこにかけられる声が。


「ちょっとアンタああああああああ!!」


声と言うよりは高周波と言った方が良さそうなそれを発したのは、茶髪にジャージ姿の女性。頭やあちこちに包帯やガーゼを付けた酷い有り様である。

彼女は顔を醜く歪め、唾を飛ばしながら太平に詰め寄ろうとした。


「アンタただですむとはおもってないでしょうねえええええ! アタシこんだけ酷い怪我してるしうちの子たちなんか怯えて寝小便おもらしが再発しちゃったじゃないのよおおおおお! 慰謝料だけじゃすまないわよ謝罪と賠償を……」

「近寄んな」


容赦のない前蹴りが顔面に炸裂し、女は縦回転で吹っ飛ぶ。

べちゃりと顔面から床に倒れ伏した女性に向かって、太平は冷たい目で見下げつつ言い放つ。


「口が臭ぇ、歯ァ磨いて無いどころじゃねえだろ。おまけに体臭も酷いしそれを化粧と香水で誤魔化そうとしてるから余計に悲惨なことになってるじゃねえか。一回クリーニング屋で丸洗いされてこいや」


確かに先程から店内に異様な匂いが漂っていたが、原因はこれか。見ていた客は一斉に眉を顰めた。

そんな中、まだ生きてた(酷)らしい女性ががばりと身を起こし、はなぢを噴き出しながらも不屈の闘志か何かで再び太平に挑みかかろうとする。


「なにすんのよおおおおおおおお! もう絶対許さないからアンタああああああァ! 見てなさいよダンナのダチに……」


当然のようにわめき声は最後まで続かない。太平が彼女の頭を上から踏んづけて、再び床とキスさせたからだ。

ぐが、とうめき声を上げる女性に対し、冷ややかな視線のまま太平はぐりぐりと踏みにじる。


「大体誰だ貴様。馴れ馴れしくアンタ呼ばわりされる筋合いなんかねえぞ」


どうやらこのあいだ絡まれた相手だと言うことには全く気付いていないらしい。それどころか絡まれたこと自体も記憶に残っているやら。ともかくいきなり難癖を付けてきたキチ……もといおかしな人間だとしか太平は認識していないようだ。

と、そこに押っ取り刀で店員が駆けつけてくる。踏みにじられながらもそれを横目で確認した女性は、天の助けとばかりに全力で訴えかける。


「なにやってたのよ早く助けろよおおおおおおおお! このドクズを警察に突き出して……」


言い終わらないうちに、数人の店員ががつっと掴みかかる。

倒れていた女性に。


「ちょ、ちがうでしょおおおおおアタシがなにしたっていうのよおおおおおお!」


地面から引き剥がされながら喚く女性に、店員の一人が冷たい視線を向けて言う。


「あんた入店拒否されたばっかりでしょう。何回言っても迷惑行為を止めないから。さ、とっとと出て行ってもらいますよ」


そのままずるずると、女性は店員達に確保されたまま店の外へと運び出されていく。残った一人が太平に向かって、「ご協力ありがとうございました」と頭を下げた。

それを見送って、太平は鼻を鳴らす。


「ふん、最近はあんな厚顔無恥なのがこんな所にも出没するようになったのか」


だからどうだとは思わない。自分に関わらなければ所詮他人事であった。


こうして太平はまたもや女性のことを忘れる。

しかしなんというか、今回は運が悪かった。


相手の。











またもや数日時間が飛ぶ。

で、太平の姿は三度ショッピングモールにあった。


「なんか最近買い物多いような気がするなあ」


両手に買い物袋を提げ、太平は正面の出入り口から姿を現す。そして、さてそれじゃあ帰るかと自転車置き場に向かおうとする彼に対して、迫る何者かの姿がある。


「みつけたああああああああ!!」


響く金切り声。太平はそれを……完全に無視して帰る用意を続けた。


「むしすんなこらあああああああ!!」

「あ゛ァ!?」


どうやら自分に向かって言葉をかけてきたと気付いたらしい太平が、ガンつけながら振り返ると、そこにはジャージ茶髪で包帯だらけの女性の姿があった。

その女性は殺気だった太平の視線に一瞬びびくんと身をすくめるが、怒りが勝ったかどこか腰が引けながらも食って掛かる。


「ここであったが百年目! 今日という今日は逃がさないから! アンタ! こっちよ!」

「おう、どいつじゃ」


女性の声に応えて現れたのは、いかにもやんちゃしてますという風体の男。金髪、日焼け、見せ筋、入れ墨(タトゥ)、タンクトップと見事にワンセット揃っている。その男は首を上下に振りながら太平を睨め付け、迫ってきた。


「おう、おどれかうちのハニーを酷い目に遭わせてくれたんは。きっちり誠意見せてもらわんとかんなあ」


へたくそなどっかの方言っぽい言葉で言うその男に対し、太平はまず荷物をママチャリ(電動アシスト付き)に詰め込んでからおもむろに――


蹴った。

そりゃもう見事な回し蹴りだった。


完全に嘗めてかかっていた男の脇腹、そこへ吸い込まれるように太平の爪先は叩き込まれる。男は「ぐべはっ!?」とか悲鳴を上げ、膝から崩れ落ちた。そして前のめりに倒れる――前に太平が顔面に向かって膝蹴りを叩き込んだ。

折れる鼻っ柱。砕け散る前歯。完全に白目をむいて仰け反る男の髪をがしりと掴み、そのまま太平は片手で男を掴み上げた。


「オレに対して脅迫とは良い度胸だ。思わず実に良い感じで正当防衛っちまったぞコラ。慰謝料を請求してやっから白目剥いてないで起きろや」


本職以上に質の悪い男であった。っていうか今更少々やんちゃしていた程度の人間がこの男をどうこうできるはずもない。「おうちゃりちゃりいい音させてんじゃねえか取り敢えず没収な」とケツの毛まで毟る気満々の太平にとってはせいぜいが良いカモだ。


そして女性はと言うと……その場から脱兎のごとく逃げ出していた。実に薄情であるがまあ当然と言えば当然かも知れない。頼りの綱であるはずの旦那が瞬殺されたのだ。これまでの経緯を考えても次は自分が、と考えるのは当然であろう。


そんな光景を、買い物客は見事にスルーしていた。この界隈では一般人に手を出したやんちゃな方々がシメられるのは別段珍しい光景ではない。なんかが色々と麻痺してるような気はするが、自分に害がなければ存外人間というものは薄情になれるものだ。


「お、良いズボン履いてんじゃねえか。売れば幾ばくかにはなんだろ」


こうして、この日も滞りなく終わりを迎えた。











某所にある安アパート。

その一室から何やら歯ぎしりの音が聞こえる。


「ぐぞおあのガキぜってェ許さねェ……」


ぎりぎりと歯を噛みしめるのは、ボッコボコにされた金髪の男。歯が何本か無くなってるのになぜかちゃんと歯ぎしりの音がするのは謎だ。

男の傍には「あんたあ……」と金髪ジャージの女性が寄り添っている。(何食わぬ顔で戻ってきたようだ)二人は最近華牡市に越してきたばかりであった。


前の住処でさんざんやらかし、周囲から非難囂々どころか裁判沙汰になりそうになって逃げるように転居したのであった。しかもこれが初めてではない。ともかくこの二人、子供のころどころか親からして鼻つまみ者で、周囲に散々迷惑をかけながら生きてきた。それを反省どころか全て他人の環境のせいと責任逃れし、暴力と屁理屈で押し通ってきたのだ。そして事極まれば即座にケツをまくって逃げ出す。誠に見事な人間のクズであった。

もちろん損害賠償の請求やら何やらあったが全てをブッチし知らぬ顔。厚顔無恥もここまで来ると感心して良いかも知れない。


しかしここに来てこの様だ。今まで通じてきた手段が全く通じない相手に出会ったのは初めてだった。とは言ってもうるさく騒ぎ立てたり恫喝する程度の脳しかないわけだが、それでも大人しい一般人には十分な脅威であり迷惑だったのだ。まさかいきなりボッコボコにされるなんぞ誰が予想するか。絡んだ相手が悪すぎるのだが、男はまだそれに気付けない。


「ツレ集めてボッコにしたらあ。目にもの見せてやっから覚悟しとれや」


ぐぎぎと歯を軋ませながら、男はスマホを弄りだす。似たり寄ったりの鼻つまみ者仲間を集めて太平に復讐するつもりなのだろう。


勿論無駄に終わることは決定づけられている。











またまた数日が過ぎて。

ショッピングモール……かと思いきや、今度は町中である。太平とてそうなんどもショッピングモールに行っているわけではないのだ。


「いや当たり前のことなんだけど」

「お兄ちゃんどこに向かって喋ってんの」


こっち見んな作中人物。


ともかく太平と恵は休日の町中をぶらぶら歩いていた。まあぶっちゃけると恵の買い物に太平が付き合っているのである。流石の太平も身内ならば普通に荷物持ちくらい付き合う。それ以外には冷酷と言っていいが。


「で、何から見る。服か?」

「ん~、重いものやかさばるものは後にしよ。まずは小物から……」


そんな風に会話しながら、二人は繁華街を進んでいく。

と、そこに現れるのは。


「見つけたぞガキィイイイイイ!!」


叫び声と共に太平たちへと駆け寄ってくるのは、金髪タンクトップを筆頭にしたいかにもやんちゃですという風体の男達。彼らは暫くショッピングモールの周辺で太平を待ちかまえていたが、一向に現れないので痺れを切らし町中まで捜索の手を伸ばしたのだった。

そして太平を見つけるやいなや、怒濤のように襲いかかろうとする男達。手分けして太平を探すという考えすらなかったようで、集団で纏めて駆け寄ってきていた。


そんなもん、的にしてくれと言っているようなものだ。

無論全員フルボッコである。


「で、なによこいつら」


顔の形が変わるまで散々ぶん殴ってからこの言いざまである。せめて相手の確認をしろと思うのだが、今更この男に何を言っても無駄だろうから諦めよう。


「て、てめえ……忘れたとは……いわさねえぞ」


呻きながらも男の一人が凄もうとする。顔が腫れまくって人相は判別しないが、金髪タンクトップに違いない。

太平はその顔をまじまじ見つめ、首を捻った。


「全然覚えがねええわ、こんなガマ蛙みたいな顔」

「てめえが散々ぼてくりかましたからこんな顔になったんやろがおおう!?」


思わず痛みを忘れてツッコミ入れる男。ちょっとだけ同情したくなった。

と、そこへ。


「おまわりさーん、こっちこっちー」


いつの間にやら複数の警官引き連れた恵が駆け寄ってきた。警官の姿を確認した男は、そこでぎらりとした光を瞳に宿らせる。

そして突然男は太平を指さしてわめき立てた。


「ポリさんこいつだ! こいつがいきなり俺らに暴力を振るいやがった! 早いところとっつかまえてくれ!」


紛れもいない真実の叫びであった。あったが。


お巡りさん達はゆっくりと状況を確認。

右側。わめき散らしてる男を筆頭としたフルボッコにされているやんちゃ君たち。

左側。太平。

迷うことなど無かった。

がちゃん。


「はい逮捕逮捕」

「なんでじゃあああああああああ!!」


さくりと手錠をかけられた男が吠える。お巡りさんの一人が冷たい視線を投げかけながら言い放つ。


「あっち一般人、お前らチンピラ。わかるな? わかれよ」

「理由になってねえええええええ!?」


抵抗しようとする男だったが、数人の警官に担ぎ上げられてそのまま運ばれていく。残りのやんちゃどもも纏めてずるずると引きずられていった。


「太陽に●えろの逮捕BGMが欲しいところだな」

「特捜最●線でもいいよね」


なかなか渋い事を言ってる天下兄妹。のんきに過ぎるように見えるが。


「しかしなんだったんだアレ」

「またどっかでスナック感覚にボコった人じゃない?」

「……ま、いつものことか」


まるっきり覚えてもいなきゃ気にしてもいなかった。

流石に哀れなような気がするが、太平に絡んだのがそもそもの間違いとしか言いようがない。

成仏して欲しいものである。











「死ぬるかあああああ!!」


まだ生きてた。


なんか顔の腫れは引いたものの全体的にしょっ引かれる前よりぼろぼろになった男はさらに恨みを募らせて燃え盛っていた。

まあまだそんな元気があるのかと呆れることこの上ないが、某F県警にガラ渡されるよりはマシではある。(偏見)ともかくなんとか釈放された男であるが、流石に真っ向から太平を相手取るのは無謀だといい加減気付いたようで。


「あのガキにゃあ妹いたよなあ。そっちから攻め込んだらあ!」


どうやら恵に狙いを定めたようである。

大分減った――付き合いきれなくて逃げ出したようだ――手勢を率いて、恵の下校時間に当たりをつけて網を張った。いかにもなハイ●ースの中で息を潜めた彼らは、恵の身柄を確保せんと通学路の途中で待ちかまえる。

焦れに焦れた果て。いい加減無駄じゃないかと思い始めたそのあたりで、ついに恵の姿が通学路に現れる。


「っらあ! 今じゃあああああああ!!」


咆吼と共にサイドドアを開き、一斉に飛び出る男達。咄嗟のことに恵は反応できない。このままとてもじゃないがお子様には見せられない状況に陥ってしまうのか。

そう思われたその時。


「きゃあああああああ! 暴れ牛の群れよおおおおおお!!」

「あぐぎゃ!?」


いきなり脈絡も前触れもなく現れた暴れ牛の群れが、容赦なく男達を轢く。

角ですくい上げるように跳ね飛ばされ、蹴り飛ばされ、踏みつけられる。嵐のような暴走は一瞬で終わったが、男達にとっては無限の煉獄にも思われた。


ぼろ雑巾のようになってぴくぴく痙攣している男達。立ち上がる気力もないどころか白目をむいているが、悲劇はここで終わらなかった。


「きゃあああああああ! 暴れ猪の群れよおおおおおお!!」

「ほんげえっ!?」


再び天へと舞う男達。


「きゃあああああああ! 脈絡もなくヤクザの抗争よおおおおお!!」

「おぶれう゛ぁ!?」


飛び交う弾丸、振るわれる暴力。ついでとばかりに巻き込まれぐしゃぐしゃになる男達。


「きゃあああああああ! あまりにも局地的な鉄砲水よおおおおおお!!」

「にょおおおおおおお!?」


為す術もなく流されていく男達。超自然的な暴虐に、人はあまりにも無力であった。

呆然とその光景を見ていた恵だが、やがて頭をぽりぽりかきながらこう呟く。


「……まあ、よくあることだね」


男達は知らない。単独行動している恵に害をなそうとすると、例外なくこういう目に遭うと言うことを。

南無阿弥陀仏。











普通ならばもういい加減このあたりで心折れるはずなのだが。


「くそくそくそ! ここまで来たら金取らなきゃ割に合うか!」

「今度こそ大丈夫よねアンタ」


最早幽鬼のようになって目だけがぎらぎらと怨念の暗い輝きを宿した男と、何とかそれなりに回復した女性が連れ立ち肩を怒らせて歩く。

そんな彼らと伴って歩く一人の人物。ぱりっとしたスーツにオールバック。ぎぬらんと光眼鏡を指で押し上げるその人物は、ふっと口元に笑みを浮かべて宣った。


「まあ大船に乗った気でまかせとき……おっと、任せて頂きたい」


精々がよくてインテリヤクザと言った風体のその男は、男の仲間の一人。少しばかり毛色の違うその男を引き連れて一体なにをする気なのか。まあろくでもないことなのは確かなのだが。

ともかく彼らは真っ昼間の住宅街をよたよたと進んでいく。そして行き着く先は。


「ここがっ! あのガキのハウスかっ!」


そう、そこは紛う事なき天下家であった。躊躇無くインターホンを叩き付けるように鳴らしながら、男はがなり立てる。


「おら出てこいや! てめえんところのガキがやらかしたことの落とし前つけてもらおうやないかおおう!!」


わざと近隣に響くように騒ぐ。普通の住宅街でこれをやられたらご近所の良いさらし者だ。真っ当な人間であれば耐えられるものではないだろう。

まあ天下家の周辺では「また天下さんの所か」ですむのだが、もちろん男たちにそのようなことが分かるはずもない。


さして待つこともなく、「はいはい」と全く普段と変わらぬ調子で主婦らしき人物――夢想さんが対応に現れる。そこから指して抵抗もなく、男達は天下家に招き入れられた。

応接間に通され席について天下夫妻と相対した途端、インテリヤクザが口火を切る。


「さて、本日はお宅のご子息がこちらの夫婦に与えた損害の賠償についてお話し致したく伺わせて頂きました。わたくし弁護を承ります佐義と申します」


名刺を受け取り「はあなるほど」と適当な受け答えをする一。その余裕ある態度に苛つきを覚えながらも、まずはインテリヤクザに話をさせるべくひとまず大人しくしている男と女性。

インテリヤクザの話は、つまるところ慰謝料の請求である。もっともらしい話を積み重ね、太平の罪を弾劾する。いや実際普通だったら明らかに犯罪行為なのだが、なぜか周囲の人間はおろか警察関係までも太平の非常識な行動を容認していた。まともな手段(そんなものなど取ったことはないが)では埒があかないと判断した男達が考えたのがこれだった。


まあ加害者家族を脅しつけ賠償を迫るというのは、事の善し悪しはともかく効果的な手段と言って構わないだろう。

相手が天下家、というだけで根本的なところから大間違いなのだが。


取り敢えず一通りの話を聞き終えた一は、へらへらとした態度のまま口を開く。


「はあはあなるほど、お話しは分かりました」

「ホントにわかってんのかおおう!? 舐めた態度とんのも大概にしとけやコラ」

「うちの子たちも怯えて引きこもりっぱなしだしどおしてくれんのよおおおおお! 落とし前付けなさいよ落とし前ええええええ!!」


ここぞとばかりに責め立てるやんちゃ夫妻だが、一は余裕の態度を崩さない。

ぎらりと眼鏡が光った。


「……それはそれとして話は変わりますが、佐義さん、でしたか。一つお尋ねしたいのですが」

「なんでしょうか」


一の異様な気配を悟ったか、まだぎゃーぎゃー騒ごうとするやんちゃ夫妻を手で制し、インテリヤクザは返す。一はにこやかに、だが鋭く問うた。


「弁護士は職務中、弁護士記章――バッジを付けることが義務づけられていますが、あなたは付けていませんね。どういうことでしょうか」


静かな問いに、一瞬でぎくりと表情を引きつらせるインテリヤクザ。それまで自信満々な態度だったのが一気に挙動不審となる。


「い、いえこれはその、ちょっとつけ忘れてしまいまして……」

「ああいやもう結構。今ので分かりましたから」


言いよどむインテリヤクザを制し、一はぬたりと笑みを深める。


「まあ丁度良い頃合いでしょう。夢想さん?」

「ええ、来たみたいね。……牛嶋く~ん、こっちよ~」


何者かがインターホンも押さずに上がり込む気配。夢想の呼び声に応え姿を現したのは。


「うっす、おじゃましますよっと。……姐さん、こいつらっすか?」


坊主頭に無精髭、サングラスが印象的な、ガラの悪いじゃすまない気配を纏った男を筆頭にした、どう見ても本職ですありがとうございましたな方々だった。

筆頭のグラサンは、ぎろりとインテリヤクザ及びやんちゃ夫妻を睨め付ける。


「おう年貢の収め時だクズども。てめえらが今まで踏み倒した損害賠償やなんやかんや、俺が一手に権利買い取った。借金の一本化だ嬉しいだろう? 早速稼いで返済してもらおうか」

「「「なー!?」」」


驚きの声を上げる夫妻とインテリヤクザ。一はすましたもので。


「そちらがこちらのことを調べたように、こちらもそちらのことを調べておいた。そういうことですよ。ねえ弁護士詐称の詐欺を数回働いたあげく本職の人から目を付けられるようなことをやらかして逃げ回り、ほとぼりが冷めたと思って今回の話に乗った佐義さん」

「」


ぐうの音も出なかった。天下夫妻は最初から分かっていて自分たちを招いたのだと気付いたときにはもう遅い。やんちゃ夫妻共々がっしりと捕獲されてしまう。


「て、てめえ俺らを売りやがったな!?」

「な、なんでこんなことするのよはなしなさいよおおおおおおおお!!」

「うるせえな」


ごきゅり、とやんちゃ夫妻の首が捻られる。白目をむいた二人はそのまま運び出され、佐義と名乗ったインテリヤクザのほうは観念したか、大人しく連行されていく。それを見届けたグラサンは、天下夫妻に向かって頭を下げた。


「それじゃあいつらきっちりカタにハメときますんで。ご協力ありがとうございました」

「じゃ、あとよろしくね」


立ち去るグラサンに手を振って見送る天下夫妻。

実に爽やかな笑顔であった。


こうして、太平の周囲を騒がせたやんちゃな人間達はあっさりとその姿を消した。

その行方は誰も知らない。


教訓・本当に質が悪い人間というものは、見た目だけでは判別できない。











「さあ働け、働けえ!」

「「「何でこんな世紀末風味!?」」」












たすけて! 気がついたらもう10月も末なの!

いろいろすんません。いやホントすんません緋松です。


で、やたらと無駄に時間がかかった今回ですが、なぜか家庭板懸案。取り敢えずあの系の迷惑な人間を死ぬほどぶん殴ってみたいという暗い欲望が発露してこのような話に。現実じゃ出来ませんからねこんな事。よい子も悪い子も真似すんなよ。


しかしあれですな、マンネリというかパターン化というか、そんな感じに陥っているような気がします。うむむ、なんか上手いてこ入れの方法はないかなあ。


そんなこんなで今回はこの辺にて。くわへり~。

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