そのさんじゅうよん・ブラコンの逆襲でこともなし!
「はあ……」
気怠げな溜息が漏れる。
それを放ったのは、鴉の濡れ羽がごときつややかな黒髪を腰の当たりまで伸ばした美少女。ほっそりとした肢体にセーラー服を纏い、怠惰ながらも妖艶に見える表情で机に肘をついたその少女は、やたらと色っぽい口調でこう宣った。
「兄さんとエロいことしたい」
「いきなり初っ端からアウトすぎるわ!」
咆吼するようにツッコミを入れたのは、そこらにいるようなちょっと可愛い女の子。ボブカットにきりりとした強気な瞳が印象的だ。
その女の子は柳眉を逆立てて少女に食って掛かる。
「そう言う妄想をするなとは言わないけれど、せめて頭の中だけに止めておきなさいよ! 昨今色々とうるさいんだから!」
「ふ、つい兄さんへの愛が脳の容量を超えて溢れ出てしまったわ」
「ドヤ顔で言うことか!」
やたらと格好付ける少女へのツッコミが止まらない。女の子はたまりかねたのか、援軍を要請するために声を張り上げた。
「ちょっと恵、あんたからも何か言ってやんなさい!」
「ほえ?」
突然話を振られて、弁当箱を片づけていた恵はきょとんとした表情を見せる。
そうして彼女は取り敢えず弁当箱を丁寧にしまってから、にっこりと微笑んでこういった。
「避妊はちゃんとしようね?」
「煽るなやあああああああ!!」
女の子は吠えた。そりゃあ吠えるしかなかった。しかしまあ、恵はすましたもので。
「色恋に狂ってる人に向かって、外から何を言っても聞くわけがないじゃない。無駄な努力でもやるだけやってみてへし折れたら反省するかもだよ?」
「否定はしないが酷かった!?」
なぜかアンニュイ装ってた少女の方ががびびんとショックを受けていた。それまでのクール(笑)なキャラをかなぐり捨て、彼女は恵に食って掛かる。
「同志でしょうおなじブラコンでしょ!? そこはもっとこう、インモラル街道を突き進み禁断の道を切り開き近親相姦ばっちこい的な本能と愛欲に満ちた爛れた仲間だ有害ひゃっほうテイストのノリと勢いをぶちかましなさいよおおお!!」
答える恵は、にっこり笑って。
「うんぶっちゃけないわ」
身も蓋もなかった。
「たしかにうちのお兄ちゃんは格好いいし甲斐性もあるし理想の男性と言っても良いけど、身内にそんな目線は向けられないよ。せいぜいお兄ちゃん並の男性がタイプかな、って程度で」
前から思っているのだが、恵は視覚を司る機能かどこかに何らかの異常があるのではなかろうか。アレは甲斐性とかそう言う以前の問題だと思うのだが。
ともかく恵は目の前の美少女のように、よくあるブラコン拗らせたタイプの妹ではない。兄に彼女が出来たら良かったねと素直に祝福する良い子である。何か色々と間違っているけど。
そんな彼女に対し、美少女は信じられないといった表情と態度で言う。
「そ、そんな。……間違ってる、間違ってるわ! 妹ととして生まれたのであれば、兄の幸せを願うのは当然。そして幸せとはもっとも己を理解してくれる異性が隣に立ち結ばれること! 生まれたときから傍にいて最大の理解者である妹こそが永遠の伴侶としてふさわしいとなぜわからないの!?」
「兄の幸せを望むのであれば、妹に手を出したど外道として世間から白眼視されるだろうことは控えた方がいいと思うんだけど」
正論である。が、恵もそれを聞き届けてくれるとは思っていない。素直に聞くぐらいならここまでブラコン拗らせてないだろう。
「世間の目が何よ! 真実の愛があればいかなる困難も乗り越えられるはずだわ! 立ちふさがる邪魔者を斬っては棄て斬っては捨て度重なる快進撃の末に逃避行! 手に手を取ってあてどもなく彷徨う二人の行く末は! 刮目して待て次号!」
「お兄ちゃん直伝ナックルパート」
「曽根崎心中!?」
もうどこに向かっているのだか分からないテンションの美少女、その脇腹に恵の拳が叩き込まれ、美少女は意味の分からない悲鳴(?)を上げて倒れ伏す。
白目剥いてびっくんびっくんいってる美少女を見下ろしながら、恵はいつのまにやら手にしていたICレコーダーのスイッチを切った。
「さて、これをこの人のお兄さんに聞かせたらどん引きされるだろうし、そうすれば流石に諦めもつくでしょ」
「時々あんたえげつなくなるわね」
にこにこした笑顔の恵に、そら恐ろしいものを見る視線を向けていた女の子だが、ふとあることを思いついて恵に問うた。
「……まかり間違ってそれが上手くいったらどーすんの」
その問いに、恵は小首を傾げて暫く考え、そしてこう答えた。
「和式と洋式どっちがいいかな?」
「それは脈絡のないトイレの話よね? 決して結婚式の話じゃないわよね?」
どっちにしろろくなモンじゃなかった。
まあここで終わっていれば、単なる女子中学生の馬鹿話でしかなかったのだが。
当然ながら、話は明後日へと飛んでいく。
「相談があるのだが」
唐突に太平の前に現れそんなことを宣ったのは、どうやら同級生らしい男。ぱっと見さほど目立ちそうにもないが、よく見れば結構顔かたちは整っており磨けば光るのでは、と思わせるくらいの容姿だ。
しかし。
「……誰よ?」
太平には全く見覚えがない。問われた男は「む?」と疑問符を浮かべていたが、何かに気付いたらしくぽんと手を打った。
「これなら見覚えがあるか?」
男は何かを取りだしすぽんと頭から被る。
被ったのは額に『怨』と書かれた頭部全体を覆う三角頭巾。
「くるぁ!」
「女殺油地獄!?」
間髪入れず容赦ない太平の拳が脇腹に突き刺さり、男は悲鳴(?)を上げて床に崩れ落ちる。その頭巾に包まれた頭を容赦なく踏みつけながら、太平は牙を剥きだした野獣のごとき笑みを浮かべた。
「まあよくもオレの目の前にぬけぬけと現れてくれたモンだ。何企んでるか知らないが、洗いざらい吐いてもらおうか」
「ま、まって違うの本当に違うのやめてとめて何か出ちゃううううううう」
男の必死な訴えが、昼休みの教室に響いた。
で。
「さて、ちゃっちゃと説明しやがれ」
「あ、あの~、なんで自分縛り上げられた挙げ句忍者高校生からくない突きつけられてるですか」
頭巾を取られ椅子に縛り付けられた男――みなしごの会構成員が引きつった笑顔で言う。
その背後には透が殺気だった目でぴたりと張り付き首筋に刃物を押しつけていた。さらに背後には風紀副委員長が陰った顔に三日月の笑みを浮かべ、メガネを光らせている。
「いつのまに現れたんだろうあの二人……」
「そういや以前連中にデートとか告白とか邪魔されたっけかな……」
ひそひそ言葉を交わすまひとと正義。以前の騒動で迷惑を被った二人がみなしごの会に恨みを持っていてもおかしくはない。
その際太平と敵対しさんざっぱら酷い目に遭ったはずだが、まだ懲りていなかったのか。呆れ果てたといった周囲の眼差しが降り注ぐ中、かわいそうなくらいに萎縮しまくった男は、おそるおそると言葉を放つ。
「いえあの、本日はみなしごの会構成員としてではなく、わたくし個人として天下君にご相談があって参りました次第で……」
「あん?」
何だと興味を引かれたのか、太平は話の続きを促す。
【柴 竜哉】。男はそう名乗った。彼が相談したいというその内容は。
「……うちの妹が、おかしいんです」
「なるほど、兄がキチ(ピー)だから蛇蝎のごとく忌み嫌っているということか」
だったらその思想と生活を改めやがれと太平は身も蓋もなく言い放つが、どうにも話はそうではなく。
「いやその、じつは逆で」
「逆?」
「信じられないかも知れませんが……妹に狙われているようなのです。貞操を」
「「「「「なにい!?」」」」」
竜哉の台詞に反応したのは太平やクラスメイトではなかった。
出入り口から、窓から、天井から、床から。奴らは次々とその姿を現す。
居並ぶは全身金粉のマッチョどもと赤い三角頭巾を被ったあほうども。
「「「「「ふんっ! やあっ! 我等! みなしごの会鉄人十三人衆!」」」」」
「「「「「まさかの時のリア充弾劾裁判!」」」」」
「裏切りは許されない! やっちま……」
「我等の武器は……」
「話ややこしくすんなや!」
勿論纏めて太平にぶん殴られた。
そんで。
「さて、話の続きといこうか」
「(やっぱりこの人敵に回すモンじゃないなあ)」
しこたまぶん殴られた挙げ句窓から逆さづりにされた仲間たちの姿を見て、竜哉は改めて太平の恐ろしさを感じていた。
まあそれはさておいて、話は続けられる。
「前々からこう、妙に好かれているような気はしていたのですが……先日匿名でこのような音声データが送られてきまして」
取りだしたのはスマホ。その保存データを呼び出し再生させる。
言うまでもないが内容は冒頭のイっちゃった主張。わずか数分にも満たないそれを聞くうちに、太平の周囲は段々とどよ~んとした空気を漂わせ始めた。いや引くわ、全力で引くわ。語外にそういう雰囲気が漂っている。
しかし太平だけは平然としたもので。
「なんだ、くっついたらいいじゃんよ。何が問題なんだ?」
「一から十まで全部問題ですが!?」
がびびんとツッコミ入れる竜哉。しかし太平は平然とした様子を崩さない。
「あのなよく考えてみろ、そもそもお前があほな会に所属してんのは彼女いないからだろうが。しかも今までの奇行で当面目処が立たないと来てる。それにこれを聞く限りではお前んとこの妹もかなりアレでナニでお似合いじゃねえか。自分ちで完結するんなら余所に迷惑かからねえし、八方丸く収まって万々歳だろう」
「それ臭いものに蓋って発想ですよね!? 実質解決してませんよね!?」
竜哉の主張など太平は聞く耳持たなそうだ。そこでそっとまひとが太平に尋ねる。
「ちなみに恵ちゃんから真剣に愛を告白されたらどうするの?」
「全力で思いとどまらせるに決まってんじゃねえか。実の兄妹同士とか非道徳な」
「わーいなんて自分本位なダブルスタンダードなんでしょこの人!」
今更である。
なんかこう埒があきそうにもないが、これでも竜哉は真剣に困っているのだ。確かに妹は可愛いが、恋愛感情でみられるかと言えばNOである。いくらもてないからと言っても最低限の道徳心と理性くらいは残っていた。
何とかしなければならない。残念ながら同士はご覧の通り妬みそねみ強襲する位のことはするが相談など出来るわけもないし、藁にも縋る思いで太平の元を訪れたらこの有り様だ。かといって他に縋れる相手もいないし、ここはなんとしても太平に解決方法を見出してもらわねば。そう悲壮なまでの決意を固める。
自力で何とかする気が欠片もないというのはアレだが、その辺は置いておくとして。
手段を選んでいる場合ではない。竜哉は切り札を出さざるをえなかった。
「仕方がない。……ちゃんと解決してくれたら学食カツ丼大盛りセットを一週間おごりということでどうでしょうか?」
「ははははは! 義を見てせざるは何とやらと言うしな。戦艦大和に乗った気持ちで任せるといい」
「……なんかたいへーちゃん欲望に忠実すぎてチョロい」
こうして、太平プレゼンツブラコン矯正プロジェクトは動き出した。
勿論ろくな展開にならない。
「で、早速妹とやらを拉致ってきたわけだが」
「もがー!」
「超犯罪行為!?」
放課後の教室。その床に縛り上げられて猿轡噛まされた状態で転がされたのは件の美少女。竜哉の妹で【柴 美由紀】というらしい。
「さすがのそれがしも罪悪感ばりばりでしたわ」
実行犯である透もなんだか居心地が悪そうにしていた。みなしごの会のあほうどもが一人でも真っ当な道に更生してくれればと強力を申し出た彼であったが、女子中学生を拉致る羽目になるとは思っていなかった。やっておいてなんだが。
「あ、あの~、出来れば何とか穏便に」
「もーがが!? もがががもーががもががが!」
太平を宥めようとする竜哉と、彼の姿を確認して呻きながら藻掻く美由紀。多分兄に助けでも求めているのだろうが、この状況では無駄な努力と言っていい。
「大丈夫だ、問題ない」
「それは大丈夫じゃないフラグだと思うのですが」
きっぱりと言い切る太平に、そこはかとない不安を覚える竜哉。そんな彼の様子に目もくれず、太平はあるものを取りだした。
MP3プレイヤー型ラジカセとそれに繋がれたヘッドホン。
超嫌な予感がした。
「……つかぬ事をお聞きしますが、それで一体なにをなさるおつもりで?」
「ん? 「ブラコンはクズ」とか「ブラコンはゲス」とか「ブラコン死すべし慈悲はない」とかブラコンに否定的で落としまくる言葉を無数に収録した音声データを24時間延々と流して聞かせ続ける。まあ三日から一週間もすれば矯正できんだろ」
「洗脳だそれェー!!」
がびびんと竜哉のツッコミが入るが、太平はきょとんとした顔で答える。
「ああ洗脳だぞ? それがどうした?」
「いや至極当然のことだろうと言った様子で返されましたが、それ明らかに人の尊厳を踏みにじる行為ですからね!?」
「これまでさんざ外道的手段で人の恋路を邪魔してきといて今更言う台詞じゃねえだろ」
「そうだったー! 因果応報とはこのことかー!」
うきゃーと天に向かって咆吼する竜哉。後悔先に立たずとはこのことでは無かろうか。
まあそれはそれとして、いくら何でも妹をそんな目に遭わせるわけにも行かず、彼は土下座を敢行し太平に許しを請うた。
「なにとぞ! なにとぞご勘弁願えませんでしょうか! 我が愚行によってご迷惑をかけたのは重々承知、しかしながら我が妹には何の罪もございません! どうか御慈悲を!」
竜哉の必死の訴えに、太平は「仕方ねえなあ」とラジカセを引っ込めた。
が、しかし。
「先生、先生!」
「どおれ」
太平が呼ばわれば、それに答えがらがらぴしゃんと扉から現れる影。
マッドサイエンティストティーチャー松戸 博士。彼はにっこり笑いながら、懐からすちゃっと手術道具を取りだした。
「さ、ロボトミー手術だ」
「悪化してるうううううう!!」
全然救いになっていない。竜哉は吠えるしかなかった。
そんな彼の様子を見て、太平は眉を寄せる。
「あれもダメこれもダメって、ワガママ言ってんじゃねえよ」
「ワガママ!? ワガママなの!? ってかなんでそんな真っ当じゃない手段ばっかり出てくるの!?」
悲鳴のような竜哉の言葉に「あのな」と前置きして、太平は床で藻掻き続けている美由紀を指した。
「ここまで精神拗らせた人間が、真っ当な手段で更生すると思ってんのか」
「だからって極端すぎる手段に走らなくてもいいでしょおおおお!!」
「あ? 何言ってやがる、これでも手加減してんだぞ?」
「は?」
目を丸くする竜哉に、太平はすちゃ、と人差し指を立てて見せる。
「本気だと暴力的かつ拷問的手段になるが」
「……うェえ!?」
「具体的に言うと思考矯正が完了するまで石座布団抱かせるとか逆さ吊りにして貯水槽に出し入れするとか」
「いやいやいやいやいやいや!?」
どん引く竜哉。どんな悪意を煮詰めればこんな発想が出てくるのか。江戸時代じゃあるまいに。
「と、とにかくなんとかもっと穏便な手段にまかりませんか!? できればその、心身に傷が残らない形で!」
「ほんとワガママだなおい。難易度あげやがって」
必死の訴えにやれやれと頭を振る太平。普通の手段の方が難易度上がるんだと、周囲は戦く目線を彼に向けていた。
まあ実際太平にまともな解決方法など無い。大体彼の説得系の技能は物理が伴う。身も心も傷つけずというのはどだい無理な話である。それでも何とかするべきか、と考える太平はやはりお人好しなのかも知れない。お人好しがまず暴力行為に訴えるのかという疑問はあるであろうがそこはおいといて。
ふうむと考え込む太平。そんな彼に言葉をかけるものが。
「あの天下さん、ちょっといいですか?」
しゅた、と軽く手を挙げて発言したのは控えていた風紀副委員長。昼休みまでの殺気だった……というか不気味な気配はなりを潜めているように見える。
「どうした、なにかいいアイデアでもあるのか?」
あまり期待していない感じで太平が問うと、副委員長は得たりとばかりに語り出した。
「我々のような真っ当な趣味趣向をしている人間がこのような変態を相手取ろうとしているから手間取るんですよ」
どの口が真っ当な趣味趣向をしているというか。周囲はみなそう思ったが、だれもツッコミを入れない。色々な意味で怖いし。
副委員長は再び陰りを纏いメガネを光らせ、三日月の笑みを浮かべる。
「ですから目には目を、歯には歯を。ブラコンには――」
翌日。
太平は竜哉と縛り上げた美由紀を引き連れて、とあるファミレスへと赴いていた。
そこで待ち合わせしていたのは。
「何用でございましょうか導師太平!」
「もしかして我々の弟子入りを認めて下さるのでしょうか導師太平!」
鼻息荒く現れたのは、ローブ姿の残念イケメンと、黒ずくめマスクメットマント姿のどあほう。
シスコン集団慈妹の騎士団代表小尾 椀と、それに敵対するシスコンの暗黒卿蛇諏 米太。再三弟子入りを希望していたがすげなく扱ってきた太平からの呼び出しに、もしかしてと期待を隠そうともしない二人。
勿論太平が呼び出したのはそんな理由じゃなくて。
「唐突だが、おまえらどっちかコレとつきあえ」
「「………………は?」」
「も!? もがもごもががもがー!!」
「は? ちょっと何とち狂ったこと言ってんのよあんた! と言っております」
目を丸くするシスコンども。ギャグボールを噛まされた状態で目を剥いて呻く美由紀。通訳する竜哉。
店員たちは全力で見なかったふりだ。
勿論太平は真剣。真顔でまず美由紀の事情をあほ二人に説明する。すると二人はげんなりした様子になって、揃って手をぱたぱた振りつつこう宣った。
「「いや正直ねっすわ」」
「ももがっがもががもがが!」
「こっちだってお断りよ! と言っております」
互いの反応に、太平は不思議そうな顔をする。
「なんでだ? お前らはシスコン、こいつはブラコン。互いのニーズに合ってるじゃねえか」
「いやそこが問題なのではなくてですね」
「実の妹だから背徳感や何やらで萌えるわけでして」
「もがが、もーががむががまがもががががもがもっが、もがががもがもがっがもがもががもがもがもが!」
「そうよ、兄さんだからこそ萌えるのであって、兄だから何でも良いってモンじゃないのよ! と言って……いやホント我が妹ながら大概だな」
どうにも実の兄妹でなければならないと言う線は譲れないらしい。そこ譲らなきゃならないとこだろうと太平は思うが、まあこの程度は予想の範囲内だ。
太平はにやりと笑みを浮かべて人差し指を立てた。
「ここまで頑なな相手を口説き落とせれば、妹との関係を発展させるのに役立つんじゃねえか?」
「「やりましょう」」
覿面な反応であった。
筋金入りのシスコンかつあほであるこの二人であれば、確実に乗ってくるという副委員長の見立ては間違っていなかったようだ。むしろここまで食い付きがいいと引く。
あほ二人は即座に動く。敵対しているとは思えない連携の良さで席を立ち、あっという間に美由紀を引っこ抜いて二人で肩に担ぐ。
「「それでは、我々は親睦を深めてきますんで!」」
「もがー!?」
すちゃ、と揃って軽く手を挙げ、藻掻く美由紀のことなど全く無視しつつスキップで店を出て行く。
その光景を唖然と見送っていた竜哉であるが、はたと我に返る。
「え? あの、アレ大丈夫なんですか!?」
「大丈夫なわけねえだろ」
あっさりと太平は言う。「ええ!?」とショックを受ける竜哉に対し、彼は言う。
「まあヤツら童貞だから大したことは出来ないだろうが、それ以外は斜め上の方向で何するか分からん。心配だったらついていって様子を伺ってたらどうよ」
「た、大変だああああ!!」
ムンクの叫びと化した竜哉が、矢も楯もたまらずスキップするあほどもの後を追う。脱兎のごときその背を見送って、太平は溜息を一つ。そしてコーヒーを口にする。
「これで何とかなるとは思えんが……」
「ま、何事も物は試しというやつですよ」
にゅん、と太平の背後から現れるのは風紀副委員長。彼女は胸を張って自画自賛を始める。
「彼女らが相容れないは百も承知。しかし! 似て非なる彼女らの主張はぶつかり合い、互いが互いを押しつぶそうと火花を散らすことは必至。ぶっちゃけいがみ合いが起こって余所に目を向ける余裕などなくなるでしょう。仮にどちらかが潰れたとしても、それは我々の手を汚さずに問題が一つ解決すると言うこと! これぞ! 古より伝わる策略一石二鳥! ……ふ、我が才覚に自分が恐ろしくなります」
勝手なことを言って格好を付ける副委員長に、あーはいはいと適当な相づちを打って再びコーヒーを口にする太平。
彼は絶対上手くいくはずがないと予想しているが、同時に自分の方に迷惑かからなければそれでいいかという投げやりな気持ちになっている。まあ万が一飛び火するようであれば今度こそ物理的に黙らすつもりであるのでいつも通りと言えばいつも通りだった。
こうなんて言うか、オレの周りにまともな恋愛をする奴はいないのか。正論であるが太平以外は納得いかないことを思いつつ、彼は深々と溜息を吐く。
とりあえずここの払いはトイチくらいで回収しよう。そう固く誓った。
さらに翌日。
「ふはははは! 私はここに宣言する! ブラコン全力でファイトの団、略してBF団の設立を!」
通勤通学路のど真ん中。駅前にある謎のモニュメントの上で、口元以外を隠すマスクを被りマントをはためかせた謎の女子中学生が堂々と宣っていた。
周囲には『慈妹の騎士団、シスコンの暗黒卿共同協賛』というのぼりが立っている。
「なんか合体事故が起こってんじゃねえか」
「あっれェ!?」
心底げんなりして言う太平。そうしてこうなったと首を捻る副委員長。
かのマスクウーマンの中身は言うまでもないだろう。昨日のあれから何がどうなったかは分からないが、中の人はさらに拗らせた上シスコンどもと共感したらしい。何が起こったのかは知るよしもないし知りたくもない。
「どうしましょう!? ねえどうしましょう!?」
「いや明らかにお前さんと同じ遺伝子を受け継いでるからこその所業と考えられるが」
「そうだったー! これこそまさに自業自得ー!!」
狼狽えていた竜哉に太平の冷たい言葉が降りかかり、彼はまたうきゃーっと発狂する。
「志を共にするものたちよ、来たれ! 我々は兄への愛に殉じ、その存在を世界に認めさせんがため立った! 愛と自由を勝ち取る聖戦を、共に戦い抜こうではないか!」
延々とシュプレヒコールを上げ続けるみゆ……マスクウーマン。その光景を呆れた目で見ていた太平は深々と溜息を吐き、そして。
あっさりと踵を返した。
「あれ? 放っておくんですか?」
「よく考えたらオレの周囲に被害が及んでいるわけじゃねえからな。こっちに矛先向きそうにないし放っておいても良いだろ」
そう背中越しに副委員長へと言い放って、太平はひらひらと手を振りその場を後にしようとしたが。
「まあってええええええ! なんとか、なんとかしてくださああああい!」
涙と鼻水でぐしょぐしょになった竜哉が足下に縋り付いてきた。
勿論即座にげしげしと太平は蹴りつける。
「むりだよいやだよつーかもう関わり合いになりたくないレベルのアレになってんじゃねえかよ!」
「そこを! そこをなんとか! 天下太平恋愛相談室の黒星となっていいんですかああああ!!」
「そんなモン開いた覚えはないし大体恋愛相談かアレは!?」
シュプレヒコールと言い合いの声が、駅前の空に延々と響き渡っていた。
「お兄ちゃん直伝右斜め45度からのチョップ!」
「八百屋お七!?」
割と即座に鎮圧できた。
ゴールデンウィーク? 知らない子ですね。
ええなんのイベントもありませんでしたさ忙しいだけで緋松です。
ブラコン話だから恵の出番が多いと思ってた人。うんすまないまたなんだ。
しかし今回の題名を見た途端今までにないときめきのような物をすいませんごめんなさい。でも多分またします。
で、まったく関係ない新キャラが暴れる暴れる。なんか一発キャラだったはずの連中まで復活してるし。思い通りにならないのはいつものことですが。まあまた何かしらの機会があれば再登場するかも知れません。特にみなしごの会。
とまあそんなこんなで今回はこのくらいで勘弁しておきます。
再見。




