そのさんじゅうさん・どんぶりに命をかけてこともなし!
その日、一軒のラーメン屋がオープンした。
拘った店構え。凝った内装。木製の看板に踊る店名は実に達筆。
いかにも気合い入ってますといった店員たちを従えるのは、いかにも頑固親父――のようにも見える店長であった。
「ようしおめえら! いよいよ俺たちの初陣だ! この町で、天下を取るぞ!」
「「「「「押忍!!」」」」」
やたらと力の入ったやりとり。彼らはやる気とそして自信に満ちあふれていた。自分たちの作り出すものに拘りまくりプライドもあるのだろう。よく見れば壁にはメニュー表よりもでかく店の『ルール』が書きつづられていた。客に食い方を要求し指南するタイプの店らしい。
こういうのは相当の味と自信がなければできないことだ。客がリピーターになるほどのものであれば受けるが、そうでなければ即座に潰れるであろう。実際店なんて潰れるときにはニキビの芯より容易く潰れるものである。
果たして彼らは戦い抜けるのであろうか。この華牡市で。
いつものごとくいつも通りの日程を終えた放課後。
珍しくなんの予定も襲撃もなかった太平とまひとは帰路につこうとしていた。
「ん~、久しぶりだから【おっちゃん】とこに寄ってくか」
「あ、いいね。でも今日空いてるかな?」
言葉を交わし歩を進める。向かうは駅前の商店街、その一角。
こぢんまりとした店構え、ラーメンとだけ書いてあるのれん、窓に貼り付けられたビールの広告。ひっそりと目立たないその店の扉を、太平はからからと開ける。
「こんちわー、やってますかー?」
「……おーう、一んところの坊主か。空いてるぜ、好きな席に座んな」
カウンターといくつかのテーブルが並んだ店内。どことなく古くさい感じがするが、きちんと手入れはされているようで汚れた感じはなく清潔さは保たれている。そのカウンターの向こう、厨房で煙草を吹かしていたのは角刈りに捻り鉢巻きを巻いた中年の男。吹かしていたたばこを灰皿に押しつけ、どっこいしょと腰を上げるその男は、太平の父である一と旧知の仲であるらしい。それが縁で太平はこの店に通うこととなったのだがそれはさておいて。
カウンター席に着きながら、太平は周囲を見回す。店内には彼ら以外の客の姿はない。その事実に眉を顰めた。
「……この時間帯に客がいねえってのも珍しいな」
日が傾き始めた夕方。ちょっと小腹が空いた学生や会社員たちがちょくちょく顔を出すこの店が、がら空きに成るというのは珍しいことだった。(もっとも満員御礼という光景はさらに珍しいものだが)特に何があったわけでもないと思うんだがなあと、首を傾げる太平。スープの鍋をかき回しながら、男――ラーメン屋の親父は鼻を鳴らす。
「いつものでいいな? ……最近あんま客こねえから、ゆっくりしていけ」
「なんでまた。そりゃ繁盛してるとは言い難かったですけど」
ちゃっちゃっと麺を湯切りしつつ、親父は答える。
「ん? なんか駅向こうに新しいラーメン屋ができたらしくってな。みんなそっちに行ってる」
「なるほど」
しかし客が取られているにしては、親父は冷静というか我関せずと言った感じである。飲食店にとっては死活問題ではないかと太平は思うのだが。
「おかげさまで楽でいい。ラーメン作りながらのんびり出来るってのはいいもんだ。休暇とでも思うことにするさ」
「またのんきなことを。そんなんじゃ潰れませんか?」
「なに、半分は道楽さ。それに……」
「それに?」
親父は悪戯小僧のような笑みを浮かべる。
「味と物珍しさだけでやってけるほど、この界隈は甘くねえよ。……っと、お待ち」
ことんと置かれる丼。中身はなんの変哲もない、素朴な醤油ラーメン。そんなモンかねえと思いながら、とりあえず疑問を棚上げして、太平は箸を割った。
開店一日目。
ぼちぼちと行列を作っている客の様子を店の中から確認し、店長は頷く。
「まあまあといったところか……俺たちの初陣を飾るには少々物足りないが、一度食ったら忘れられない味ってのを見せつけてやるぜ」
自信満々であった。長年の研究と研鑽、選りすぐりの食材、そして屋台を引き修行を重ねた経験が店長に尊大なまでの自信を与えている。
この味は天下を取れる。そういった確信の元、店は開かれた。
「「「「「へいらっしぇい!」」」」」
唱和する店員たちの声。彼らは店長が修行中に出会い、そのラーメンの味の虜になった賛同者、いや信奉者と言って良い。店長の主義主張に共感し、その命令には絶対服従であった。
なだれ込む客を手際よく捌き、席を埋めていく。その間にも店長と厨房の店員たちはラーメンを仕上げていった。
ややあって。
「へいお待ちィ!」
威勢の良い声と共に客の前に出される一杯。醤油ベースと謳っているそのスープは、まるで黄金のような輝きを放っていた。麺の上にはチャーシュー、もやし、メンマ、ネギと、オーソドックスな具材が鎮座している。
「ほう……」
「これは……」
真っ先に席に着いた髭が立派なおっさんと、髪に一房白髪メッシュ入ったおっさんが、スープを見て唸る。
カウンターや店内のあちこちに張ってある注意書きの一つ、「まずはスープからご賞味下さい」とあるそれに従い、れんげを取ってスープを満たし、口に運ぶおっさんたち。
ぴきィん、と音だか感覚だかよく分からないなにかが奔った。
「魚介類のダシをベースに、野菜……これはタマネギか。共に煮込んで独特の風味と甘みを醸し出している」
「それにラードとタレ……ニンニクとしいたけをつけ込んだ醤油を使い、結果味の幅が広がっているのか」
「なによりも全ての調和が整った絶妙な配合。スープだけでもこれほどのものであるならば……」
ごくりと唾を飲み込み、おっさんたちは厳かに箸を丼に突っこむ。
掴み上げた麺は、スープが絡みきらきらと自信が光り輝いているかのように見える。それにふーふー息を吹きかけ、おっさんたちは迷わず麺を啜った。
きゅぴィん、とまた何かが奔る。
「こ、このもちもちした麺。スープが程良く絡み見事なハーモニーを奏でておる」
「しっかりと弾力があるのに噛めばさっぱり切れる歯ごたえ。熟練の打ち手でなければこの食感は生み出せない」
箸が加速する。次はメンマ。
「しっとりとしながらもしゃきしゃきとした歯ごたえ!」
「ジューシー、そして程良く甘みも感じさせる!」
もやし、ネギ。
「まるで水晶のような姿! そして期待を裏切らぬ味と食感!」
「辛みと甘みの絶妙なコントラクション!」
最早何を言っているのか分からなくなり始めたところで、お待ちかねチャーシュー。
ぱきいいいいん。
何かが、弾けた。
「濃厚な油と、軟らかな肉が折り重ね綴る一つの物語……」
「重厚でありながらさっぱりとした味。これが、これが最後に来ることで、このラーメンは一つの芸術として完成する……っ!」
要するに、あれだ。
「「う~ま~い~ぞ~!!」」
おっさんたちの咆吼が、全てを物語っていた。
そこから先は無我夢中で丼をかっ込むおっさんたち。続けて入ってきた客たちも、同じようにきゅぴんと何かが奔り、同じように丼へと集中している。
店主はにやりと確信の笑みを浮かべた。
「(どうよ、どうよ! この有り様! やはり俺のラーメンは天下を取れる!)」
この結果は彼と店員たちの自信を高め、さらなる増長をまねく。食べてもらっているのではない、食わせてやっているのだ。そう言った考えを表に出すほど彼らは愚かではないが、そのプライドは非常に高い。その思想が態度に出るのは時間の問題であった。
が、それがはっきり表に出る前に、艱難辛苦が彼らを襲う。
一人の客。メガネをかけたその少女は、出されたラーメンを真剣な目で観察した後、軽く手を合わせぺこりと一礼。そしておもむろに箸を割り、丼に突っこむ――
直前で、ひょいっと丼が取り上げられた。
空を切った箸。少女はぎい、と傍らを見上げる。丼を取り上げたのは店員の一人。彼はドヤ顔で、こう宣う。
「当店はまずスープを味わって頂くのがルールです。それが守れないような方に当店のラーメンを味わう資格はございません。お引き取り下さい」
丁寧だが有無を言わさぬ店員の言葉に、店内がざわめく。そう言う店だったのかと戸惑うものがほとんどで、同意や好意的な視線はほとんど無い。店員や店長はそれに気付かずドヤ顔だ。
これが続けばそう長くなく客足は遠のいただろう。が、しっぺ返しは遙かに早くおとずれた。
ずん、という重い音が、店を揺るがす。
「こ、はがっ……」
呻きながら鳩尾を押さえて、店員ががくりと床に両膝をつく。
その前に、丼を手にして仁王立ちする少女。彼女は冷たい視線で店員を見下ろし、静かに、しかし重く熱い言葉で語る。
「……私はラーメン屋に置いて、許せないことが二つあります。一つは不味いこと。そしてもう一つは食べるのを邪魔されること。客は神などと寝言をほざくつもりはありませんが、金銭のやりとりを行う以上、そこにはしかるべき対応というものがあるはず。それも分からぬようでは、あなた方に接客業を行う資格はありませんね」
語るだけ語り、そっと丼をカウンターに置く。そうしてからおもむろに財布を取り出すと、千円札を二枚取り出し、ばん、とカウンターに叩き付ける。
「釣りは要りません迷惑料です取っておきなさい」
そうしてから彼女は颯爽と踵を返し、店を出ようとした。その背中に、客の一人からおずおずと声をかける。
「あ、あの~ラーメン食べていかないのでしょうか?」
その声に、少女は店の出入り口にて首から上だけで振り返り、答える。
「私にとって、この店のラーメンは食するに値しません」
斬り捨てるように言い放ち、少女は去った。それを見送り唖然としていた客たちであったが、やがてまばらに拍手が始まり、いつしか客皆が割れんばかりの拍手を送っていた。
「あ、あれ? なにこのホームなのにアウェイ感」
呆然と呟く店長と狼狽える店員たち。そして床に倒れ込みびっくんびっくんいってる犠牲者が一名。
新規開店して初日で、なんか暗雲が漂い始めた。
「……という顛末ですよ~。全く客をバカにするにもほどがあると思いませんか~」
ホームルーム前、朝の教室で静かにのんびりと、しかし熱く重く語る少女。
誰あろう精霊戦隊参謀役、目黒 光である。
彼女は妙に座った目で、文句を垂れ流していた。その相手をやや腰の引けた様子で務めていた綾火は、多少引きつった笑顔で答える。
「うんまあ事の善悪はさておくとして……あんたホントラーメンに関しては人格変わるね」
「当然ですよ~。ラーメンを食すことに関して、私は全身全霊をかけて挑むことにしていますから~」
目黒 光。ラーメン屋巡りが趣味と言うよりライフワークになりつつある女。
ことラーメンに対して、彼女には妥協というものが一切無い。
「しかし勿体ない話だねえ。お金払うなら食べてくればよかったのに」
「外食というものは、接客も味のうちですよ~。それにラーメンをフランス料理か何かと勘違いしたような輩のものを頂くのは、ぶっちゃけゲロムカつきますので~。まさしく金払ってでも御免被ったというわけで~」
ラーメンというのは自由であるべき、とかいう主張をぶちまける光の持論は正直理解できるものではない。それこそもうちょっと気楽に食べるものじゃなかったか? と綾火は内心首を捻るしかない。
「あの店に比べれば、駅前商店街の端っこにあるお店のほうが万倍はマシですよ~。値段の割には美味しいし、店長さんは細かいこと言わないし」
「そういやあったねえあのあたり。」
彼女らの会話は、なんとなしに周囲の生徒たちに聞かれていた。そのほとんどがふうんと聞き流し、興味を引かれたものも今度駅前商店街に行ってみるかとその程度であった。
それだけで終わっていれば、単に調子に乗った新規の店が傾いていくだけだったのだが。
勿論話はおかしな方向に転がっていく。
件の店のルール表、「まずはスープからご賞味ください」の項目が、黒々と塗りつぶされていた。
もっとも店長は取り下げる気がなかったのだが、例の少女の行動以降客からラーメンを取り上げようとすると、揃いも揃って「あ゛?」とか言いながらガンつけられるようになって店員たちがビビり出してしまったから、致し方なく取り下げたのだ。
「くそ、段階を踏むという礼節の分からぬ野蛮人どもが……」
厨房でぶつぶつ呟きながらもラーメンを作る手は止めない。客足は多少鈍ったが、その味を求めてまだ客はそこそこ訪れていた。
そしてまた一つ、丼がテーブルに置かれる。客は箸を取りテーブルの上を見回してから、店員に問いかける。
「すいません、コショウはありませんか?」
その問いに、店員は済ました顔で答える。
「当店ではラーメンそのものの味だけを楽しんで頂くために、コショウなどの邪道な調味料の類は一切ございません」
その答えに客は眉を顰め。
「あっそ」
からんと箸を放り出し、客は財布から千円札を取り出してテーブルに叩き付けた。
「つりはいらねえ。じゃましたな」
吐き捨てるように言い放ち、客は肩を怒らせて店から出て行く。「ちょ、お客さん!」という店員の制止に耳を貸さず、彼は出口でこう零した。
「何が天下取れるラーメン屋だ。駅前商店街の店のがなんぼかマシじゃねえか」
他の客はああまたかといった様子で我関せずだ。確かに最近この店ではこういう客が増えた。まあルールを一つ削っただけで店側は相変わらず上から目線だし、味がよくなかったら速攻で潰れていてもおかしくはなかった。逆に言えば態度さえ改めていれば素晴らしい店になると思うのだが、店長たちは全くそれに気付いた様子もない。
そして客が去るときに言い捨てた台詞。あのようなことを言う人間も結構いる。己の味が最高峰だと自負している店長にとって、聞き逃せない言葉であった。勿論味の問題じゃないのだが、彼にはそれが分からない。
ぎり、と噛みしめられる店長の歯。彼は一方的なライバル心を抱きつつあった。
「……どーしてこうなるんだ?」
忙しく厨房の中で働きながら、駅前商店街ラーメン屋の親父は内心首を捻っていた。
駅向こうに新しいラーメン屋ができてから暫く暇してじっくりとラーメンの研究に打ち込んでいた親父であったが、なぜかここに来て急激に客が増え、てんてこ舞いの忙しさとなっていた。
親父は知らなかったが、新しいラーメン屋ががたがたと評判を落としているのに加え、店を去る人間がことごとく親父の所を比較対象として上げるため、口コミで勝手に評価が上がったようだ。
良い迷惑だが親父としてはそれどころではない。ともかく客を捌くので手一杯と言った様子だった。
「全く、この店で行列に並ぶ羽目になるたあ思わなかったぜ」
「明日は槍でも降ってくるんじゃない?」
「てめえら他人事だと思ってのんきにしやがって」
やっとの事で空いたカウンターに、太平とまひとが座る。見知った顔だがむしろ親父は心底迷惑そうだ。
「行列が出来るほど客来てるって分かってんなら、遠慮して寄らないくらいの気ィ効かせろやバカ野郎ども」
「客に対してなんて暴言だ」
「普通は商売繁盛で喜ぶものだと思うんだけど」
「俺ァ忙しいのは嫌れえなんだよ。文句あるなら手伝いやがれやこんちくしょう」
「バイト代でるならやる」
「かわいい制服用意してくれるんならやる」
「ちっ、一の奴どういう教育してやがる。……まあいい、制服はともかく銭はだしてやっから、それ食ったらマジ手伝えや」
「お、言ってみるもんだな。んじゃ失礼してちょっと待ってておくんなせえ」
にっと笑って箸を割り、頂きますと手を合わせてからまひとと二人ラーメンを啜る。と、そのタイミングで、しぱたーんと店の戸が乱暴に開けられた。
「ここの店主はどこだあ!」
咆吼するように問いただしてくるのは、新店舗の店長。店員たちを背後に控えさせ、仁王立ちで店内を睨め付けている。
しかし。
「バカ野郎客と店の邪魔だ!」
怒号と共に飛来したお玉がその顔面にめり込んだ。
「で、何のようだ貴様ら」
取り敢えず太平とまひとの手を借りて一通り客を捌いた後、入り口脇で正座させていた店長たちを店内に引き入れ、テーブル越しに尋問を開始する親父。
鼻っ柱にガーゼを貼り付けた店長は、酷い扱いを受けたせいもあり完全に喧嘩腰で対応する。
「決まっている! 俺はあんたにラーメン勝負を申し込みに来た!」
「嫌だよバカ野郎面倒クセェ」
ずびしと突きつけられる指をものともせず即座に断る親父。
けんもほろろな親父の態度にぐ、と息を飲む店長だが、彼も遊びに来たつもりはない。ぎりっと歯を食いしばって唸るようにこう言う。
「……逃げるのか」
「は? 寝言言ってんじゃねえぞテメェ。こちとらただでさえテメェがヘマこいたせいで客が増えて面倒になったってのに、何が悲しゅうてテメェのお願い聞いてやらにゃならんのだ。自助努力が足りねえのを人のせいにすんなやバカ野郎」
仕事中太平たちに事情を聞いた親父は機嫌が斜めに過ぎた。当然ながら店長たちに対する好感度はマイナス方面に振っている。
口調こそ乱暴なもののまったくもっての正論に、ぐぎぎと呻く店長。そも勝負を挑んで勝ったところで彼の店に客が戻ってくる保証などないし、勝敗を決するルールやなんやかんや面倒くさいあたりはどうするつもりなのか。多分勢いだけでそのあたりはあまり考えていないんじゃないかと、端から見ている太平は思っている。
「ともかくそんなあほらしい話なんざ受ける気はねえ。帰れ帰れ」
しっしっと犬でも追い払うように手を振る親父の態度に、ぎりりと歯を食いしばって顔を赤くする店長。だが暴れ出すほどには理性が飛んでなかったようで、深呼吸を数回繰り返して己を押さえつける。
そうしてから、彼は唸るように言う。
「……ならあんたのラーメンを一杯食わせてくれ。それで納得できたらもう何も言わん」
「……ふん、まあいいさ。ちと待ってろ」
いまだ上から目線気味の店主の言葉に鼻を鳴らし、親父は腰を上げて厨房へと向かう。
ちゃっちゃと手際よくラーメンを作る親父の様子を、じっと観察する店長。何が、どこが違うのか。それを見極めんとしているかのようだ。
だからラーメン自体の問題ではないのだが、彼にはそれが分からない。
「(洗練された動き……確かにかなりの経験を積んではいるようだ)」
何一つ見逃さぬように見つめてくる視線を心底うぜェとか考えながらラーメンを仕上げ、店長たちの前に出す。
見てくれはごく普通の醤油ベースのラーメン。と言うより。
「(俺のラーメンと、ほぼ同じ構成だと……?)」
スープの選択、上に乗っている具材、それらは店主が作るラーメンとほぼ同じものだ。もちろんオーソドックスな醤油ラーメンを作ろうと思ったらそうなるだろうという話なだけだが、店長は不快感を覚えた。喧嘩を売られているようにしか感じていない。
歯を磨り潰さんとするかのように歯噛み続けていたが、やがて意を決したかのようにレンゲを手にする。それにスープを満たし、口に運ぶ。
果たして。
「……む」
さっぱりとした、しかし軽すぎない味。
不味くは、ない。むしろ美味い方だと言えよう。
しかし絶品と言うほどのものではない。
続いて麺。
「……ふん」
どうということのない、ありきたりな業務用の麺。
しかしスープにはよく合う。むしろ拘った手打ち麺などを使えば、スープの味が負けてしまうだろう。これはこれで正解ではある。
しかしそれは決定打となるほどのものではない。
「……」
具材。もやし、メンマ、ネギ。
普通だ。あまりにも普通だった。自己主張は全くなく、ただ添え物として存在しているだけの具材。
ラーメン本体の邪魔はしないが、しかし花を添える役割もしていない。
最早完全に無言となった店長は、チャーシューを口にする。
しっかり味が乗り、柔らかい。
手間暇かけてはいるようだが、やはり絶品にはほど遠い。しかし強い自己主張をしないこのチャーシューは、このラーメンによく合っている。
スープと麺。それに加え具材とチャーシュー。全てを合わせた絶妙なバランスの上でこのラーメンは成り立っていた。
だが。
「(……分からん)」
思案しながら麺を啜る。
気付けばスープまで飲み干す完食である。そのことに店長は軽い衝撃を受けた。
考え込んでいたとはいえ一心不乱に食したという証拠だ。正直に言おう、確かに美味いラーメンではあったのだ。
しかし、贔屓目をさしおいても自分が作るものより上だとは決して言えない。いやそれは予想していたことなのだが。
「(なぜだ。なぜこれに人が集る?)」
自分の店に通うのを止めるのは良い。だがこの界隈なら他にもラーメン屋はあるのだ。そちらに分散せずにこの店だけに集中するのは一体……。そう思いながら顔を上げて――
目が点になった。
目に入ったのは壁に掛かるメニュー。問題はその下の値段である。
ぶっちゃけ店長が出すラーメンの半額以下だった。つーかちょっとお高いカップ麺に毛が生えた程度の値段だった。
「な……ば、ばかな。あの値段で、この味だと……!?」
普通なら採算が取れるはずはない。それどころかどれほど客が入っても、むしろ作れば作るほど赤字になるのではないか。それほどのものだ。
狼狽える店長と手下どもの姿に呆れた目線を向け、親父はぷかあと煙草を吹かした。
「そりゃおめえ、俺ァ出来るだけ安い材料で出来るだけ安くラーメンを作り上げるっていう道楽やってんだ。別に売れなくったっていいんだよ一人でも食ってくれる人間がいりゃァ」
ある意味傲慢な台詞である。横柄で上から目線だが、それでも真摯にラーメンを作るという行為に没頭してきた店長からすれば噴飯ものの話であった。
「ふざけるな! 多くの人間に評価されてこその作品だろうが! そのような半端な気持ちであるならば店など構える必要など……」
ぎゃぎゃーと親父に食って掛かる店長。勝負する価値もないだろうと諦めさせる気満々であった親父は当てが外れ、やれやれと頭を振る。
仕方がないから彼は『切り札』を切った。
「そんじゃお前さんの店、来月で契約打ち切りな」
「……え?」
「いやお前さんの店入ってるビル、俺の持ち物だし」
「はいい!?」
たまにどうしてこの店潰れないのか、といった風情の個人商店などあるが、ああいうのは多くが他の収入源を持っているからこそ成り立っている。例えば不動産とか。
例に漏れずこの親父、多くの土地建物の所有者であり、実は働かなくても食べていける類の人間であった。本当に趣味だけで店やっているのである。
それを知った店長は流石に青ざめた。そして。
「「「「「なにとぞ、なにとぞご容赦を! お許し下さい!」」」」」
店員たちと共に土下座敢行で平謝りとあいなった。
へこへこ頭を地面に打ち付ける店長に対し、親父は呆れた目線を向ける。
「てめぇの立場が分かったんならとっとと帰れや。そんで二度とくだらねえこと考えるんじゃねえぞ」
その様子を見て、なんか不満そうなまひとと隣でうんうん頷く太平が言葉を交わす。
「ラーメンと関係ないところで決着ついちゃったよ」
「やはり金の力は偉大だと言うことだ」
身も蓋もない結論であった。
この後、件の店長は二度と余所に喧嘩をふっかけるような真似はしなくなったが……。
店内での横柄な態度はあまり変わらなかったため、店は半年で潰れた。
親父はいまだ、細々と店を続けている。
「おっちゃんおっちゃん! 今度はチャイナ服作ってみたんだけどどう? どう?」
「なんで看板娘ポジに収まってやがるかこの男の娘は」
引っ越し先が色々めんどい。
まあ慣れれば何とかなると思うんですが、多分慣れるまでが大変緋松です。
わりとラーメン屋巡りが好きな自分がグルメ漫画的なものを書こうとしたら、こうなりました。悪のりしすぎて危うくビームとかでそうになりましたが何とか自制しましてこのように。結果主人公がほぼ出番ありませんがしかし私は謝らない。
ともかく何が言いたいかというとマナー意外のことを客に注文付ける店は長生きできないぞと、そう言うことを主張したいわけです。(適当)宮沢賢治も言っている間違いない。
まあそう言う感じで今回はこのぐらいにしておこうと思います。でわ。
るねっさーんす。




