そのさんじゅうに・魔法少女でこともなし!
夜の帳が街を覆う。
満天の星空と街灯りが等分に視界に映る。天と地の狭間を思わせるその光景を望むのは、建設中のビルが頂点に位置するクレーンの先。
そこに立つのはローブのようなものを纏った人物。裾が風にはためき、フードの下で形の良い唇が言葉を紡ぐ。
「これが……人間の世界」
鈴を鳴らしたような声。それに応えるのは肩口でもぞりと動く影。
「そうだね。やはり直接見ると違うものじゃないかな?」
その影は、兎か栗鼠を思わせる小動物っぽいシルエットを持った何か。人後を操っている時点でまともなものではないと知れるが、ローブの人物はそれを当然のものとして受け入れているようであった。
「さて、まずはどうするのかな姫――」
「【らん】」
「――おっとらんちゃん。『魔法の国』みたいにはいかないよ?」
らん、と呼ばれたローブの人物は、口元にふっと笑みを浮かべる。
「知れたこと。まずは飛び込んでみるのみよ」
その言葉を体現するかのように、ローブをはためかせて『彼女』はクレーンの先から跳んだ。
さて、いつもの通りいつものごとくバイト帰りの太平である。
今日も疲れたとこきこき首周りを鳴らしながら街灯の元てくてく歩いていると。
「お待ちなさい!」
突如響く声。ああなんだまたかと言った様子で半眼を声の方向に向ける太平。
その声の主は、街灯の上に立っていた。風にはためくローブの下、凛とした声が響き渡る。
「不運奇運に厄介ごと、貴方のお悩み魔るっと纏めて魔るっと解決! 誰が呼んだか人呼んで……」
ばさっとローブが取り払われる。
現れたのは、ピンク系を中心とした派手なカラーリングに、ひらひらリボンがあちこちにあしらわれたやたらとファンシーなミニドレス姿の少女。
サイドだけ纏めた変形ツインテールを風になびかせ、少女はびしばしっとポーズを決めて宣う。
「魔法世界のプリンセス! 【マジカル・ランチャー】! 天下万人のお悩みを、まとめてどかんと吹っ飛ばしちゃうゾ♪」
そしてずはっと持っているステッキで指し示す方向には……誰もいない。
本来その先にいるはずの太平はと言えば、「やーれやれ、またあんなのが出る季節になったかあ……」等と言いつつさっくりと帰路についていた。
「いや待って待ってちょっと待って」
「んだよ鬱陶しいわ帰れ」
慌てて街灯から飛び降りてがしっと太平の肩を掴んで止めようとする少女――ランチャーだが、首だけ振り返った太平にガンつけられて心底ビビる。
しかし結構根性があるのか、腰が引けながらも太平に訴えかけた。
「先っちょだけ! 先っちょだけでいいから話を聞いて! お兄さんちょっと周りが凄く面倒なことになってるんじゃないの!?」
その言葉に太平の足が止まる。再び肩口だけで振り返り胡乱げな視線を向ける太平に、必死で言葉をかけるランチャー。
「その面倒を! このランチャーめがずびずばっと解決してご覧に入れますから! 騙されたと思って一度だけ! 一度だけお試しの機会をおおおおお!」
泣き落としにかかるランチャーを冷たい目で見下ろして、太平はぽつりと聞いた。
「で、いくらかかんの」
その言葉に思わずぽかんとした表情を見せるランチャー。ややあってはっと我を取り戻し、全力で首を振って否定する。
「いやいやいやいやお金とか取りませんから! 完全無料! 実質0円ですし!」
「つまり代わりに何か別のものを取るということか。魂か」
「取らない取らないそんなもの本当に取りませんそれどころかなにも要りませんってば! ほんのちょーっと、一分間で良いから試してもらえれば! あ、なんだったら洗剤とかチケットとか付けます!」
「……ちなみになんのチケットだ」
「私に助けてもらえる優先権10枚綴りです!」
「全般的にマジいらねえ帰る」
「あああああああそんなご無体なあああああ!」
脇目もふらずに帰路を急ごうとする太平の足下に縋り付いてずるずる引きずられていくランチャー。
で。
「ともかく貴様何者だ。応えないとこの人けしかける」
「うんいきなりやってきて何事なのかね? いやいいけどさ」
本来であれば宿直室で夜勤をこなしているべきなのに、科学準備室に籠もって何やら怪しい実験を繰り返している博士の元を、太平は訪れていた。
もちろん拳骨喰らわせて目を回しているランチャーを引き連れてである。
よく途中で公僕に捕まらなかったものだが今更だ。博士は何かを色々と棚上げして白目を剥いているランチャーに拳のびんたをかまして気付け――のつもりだろうが、逆に意識を取り戻すことはないのでは無かろうか――をしている太平を宥めた。
「ともかく落ち着きたまえ、それでは目覚めるものも目覚めなかろう。ちょっとこれを嗅がせてみるといい」
博士が差し出してきた小瓶を受け取った太平はその蓋を開けると、躊躇無くランチャーの鼻元へ持っていく。
反応は覿面で。
「え゛ン゛っ!」
奇声を上げてびびくんと仰け反り、床に倒れてじったんばったん藻掻きはじめたランチャー。よし気付けはOKと太平は気にもしない。
「こういう適切な対処が出来るから先生のとこ連れてきたんすよ。それに魔法少女の解剖とか興味あるっしょ?」
「む、確かにあるが一応本人の許可をだなあ……」
「許可するかああああああ!」
意識を取り戻したランチャーは、即座に二人に対して食って掛かる。そうしてからびしすと博士に指を突きつけた。
「さてはあなたがこのお兄さんに厄介ごとを持ち込んでいる『困ったさん』ね!」
「え? なにそれ?」
「そうと決まれば問答無用! 一撃爆砕でばっちりお悩み解決よ!」
「嫌な予感しかしない台詞吐きやがったよこの子。この様子じゃ絶対聞かないね話」
「さあ【ボム君】カモン!」
「ちょ、残業中に呼び出すのはやめて」
人の話を聞いてないランチャーが指をぱちんと鳴らすと、虚空から何かがころんと転がり出てくる。
それはメガネをかけたリスとネコを掛け合わせたような生物。転がった拍子でずれたメガネを前足で押し上げ、タブレット端末らしきものを振り回しながら抗議しはじめた。
「だから営業時間外の飛び込み仕事は止めてってば! 事務処理とか大変なんだから!」
「そんなこと言ってるから業績伸びないんだよ? それよりも仕事仕事! お客さん待たせちゃってるんだから」
「ってお客さん!? こ、これは失礼を、わたくし魔法の国魔法少女派遣事業部第四百七十二課の【ボム太郎】と申します。あ、これ名刺です」
「「これはご丁寧に」」
唖然と生物――ボム太郎が差し出してくる名刺を受け取る太平と博士。色々とおかしな事態に離れている彼らをして、予想外の反応であったと言っても良い。どちらかと言えばボム太郎の対応はまともな部類に入るのだが。
「「(まともな対応をするのが謎生物の方とかどういうこと)」」
なんか妙な理不尽さを感じる二人だった。
それはそれとして、ぺこぺこ頭を下げるボム太郎の頭をランチャーは後ろからはたいた。
「何のんきに挨拶してるわけ! ほらそっちの、いかにもマッドサイエンティストっぽい人調べるから『困ったさんカウンター』出して!」
「あ? いやまあいいけどさあ」
ボム太郎は渋々といった感じで、どこからともかくなにか妙な機器を取り出す。パラボナアンテナとモニターがくっついてさらにグリップを取り付けたようなそれを受け取り、ランチャーは博士へ向ける。
「ちょっと待てなにかねそれは」
「説明しましょう! 困ったさんカウンターとは、他人に迷惑をかけ周囲の空気をアカン方向に持っていくダメダメちゃん度を測定する機器! 魔法少女とはそのダメダメな人物、通称困ったさんが起こす問題の根本を解決、あるいは本人を矯正することによって世界を正していく役割を持った存在なのです!」
「……つまり私は他人に迷惑をかけ周囲の空気をアカン方向に持っていくダメダメな困ったちゃんに見えるのかね……」
ドヤ顔で解説するボム太郎の言葉にがっくりと肩を落とす博士。まあ色々と本人にも自覚はあった。直す気など欠片もなかったが。
そうこうしているうちに、ちん、とトースターでパンが焼き上がるような音が響いて。
「さあ今こそあなたの罪を数え……あれ?」
困ったちゃんカウンターのモニターを見たランチャーの顔が疑問に歪む。あれおかしいなとか言いながらカウンターを振ったりぺしぺし叩いたりし始める。
「ちょ、らんちゃんどしたの!?」
「ボム君ちょっとこれ見てよ。壊れちゃった?」
問いかけるボム太郎に、カウンターを見せるランチャー。気になった太平と博士も後ろからそっと覗き込む。
「……ほとんどメーター動いてないが、これ迷惑なレベルなのか?」
「いやそんなはずが!? あっれェ!?」
太平の問いに疑問符を浮かべながら困惑した様子で返しつつ、ランチャーはばしばしとカウンターを叩き続けている。
当然と言えば当然だ。博士は世にも珍しい『ほぼ無害なマッドサイエンティスト』である。外観的にはアレだが、実際はあまり他人に迷惑をかける質ではない。まあやらかすときには相当でかいことやらかすのだが、普段は言動はともかくわりと穏やかだ。
そうとは知らず焦るランチャーに、こいつやっぱりダメなんじゃねと生暖かい視線を向ける太平。奇人変人には慣れているのでこの程度のぽんこつぶりにも動じない。早々にお引き取り願おうと考える程度だった。
「結局役に立ちそうもねえじゃんかよ。だから帰れと言うたに」
「いやちょっと待ってちょっと待ってちょっと待ってお兄さん! これは何かの間違いというか器具の故障という可能性もあるわけでして! ボム君! 新品を、新品のカウンター出して!」
「今だしたのも新品だよ! ってか今更だけど外観だけで困ったさんだと決めつけるのはどうかと思う!」
「そうか~、外観は確実に困ったちゃんに見えるのか~……」
ぎゃいぎゃい言い合うランチャーとボム太郎。そして落ち込む博士。
仕方がねえ取り敢えずまた殴って追い出すかと、実力行使に及ぼうとする太平だったが。
「もーたいへーちゃん、遅いと思ってたらこんな所で油売って」
そこにひょいと現れるまひと。どうにも帰りの遅い太平を心配したのか、迎えに行くのを買って出たらしい。
その彼が現れた途端、焦りのあまりかランチャーは矛先をまひとに向けた。
「そうか! 本物の困ったさんはあなたね! さあおとなしくその命天に返し……」
わめき散らしながらカウンターをまひとに向けて、スイッチを押した。
爆発が、科学準備室を吹き飛ばす。
翌日。
「まったく、酷い目にあったぜ」
「いやそれ僕の台詞」
太平とまひとはいつものごとく登校している。
普段と違うのは太平がいつも通りなのに対しまひとは頬に絆創膏を貼っているところだ。よく見れば襟元あたりや袖から見える手首にも包帯や湿布らしきものが見える。
昨晩突然起こったカウンターの爆発はランチャーとボム太郎を纏めて吹っ飛ばしただけに留まらず、科学準備室内にも飛び火した。
科学準備室である。しかも博士のヤサである。火気厳禁どころの話じゃないのは言うまでもなかった。
結果巻き込まれたまひとは咄嗟にガードしたものの、かすり傷程度とは言え怪我する羽目になった。ちなみに咄嗟に伏せた太平は無傷。お手製の完全防災白衣を纏っていた博士も無傷。
「……超納得いかないんだけど」
まがりなりにも魔皇である自分がダメージ受けてんのに、なんでこの人たちは平気なのか。改めて世の理不尽さを感じるまひとであった。
と、何やら校門の前が騒がしい。
「あ~うん、何となく状況は分かった」
これまでの経験で何が起こっているか大体予想がついた太平は、頭痛を堪えるようにこめかみへ人差し指を当てた。正直回れ右して帰りたかったが、放置しておけば余計面倒なことになりそうな予感がひしひしとする。溜息を吐き、まひとを伴って太平は歩を進めた。
果たして生徒たちが遠巻きに見守る中、校門の門柱を背に太平を待っていたのは。
「ふふふふふ、待っていたわよお兄さん!」
壮絶な笑みを浮かべたランチャー。体のあちこちに包帯を巻いて、頭はアフロ。
彼女は人混みの中から目敏く太平を発見すると、よたよたしながらも駆け寄りテンションを上げた状態で挑むように言いかかる。
「たかだか一度や二度の失敗で、このランチャーが諦めると思って!? この世に困ったさんがいる限り、マジカルランチャーは倒れないっ!」
びしすとポーズを決める。太平は苦虫を噛み潰したかのような表情だ。
そして。
「つまり魔法の国に流れてくるダメダメな悪い雰囲気ってのは、こちらで言う光化学スモッグのようなものでして。それが蔓延せぬよう、その要因となるこちらの問題を解決すべく派遣されるのが魔法少女。その諸々の管理監督を行うのが我々なのですよ」
「なかなかそちらも大変そうねえ」
端っこの方で愚痴るように説明する包帯だらけのボム太郎と、それに深く同調しうんうん頷いて話を聞いている望。苦労人同士で気があったらしい。
ランチャーを放っておいていいのかという問題があるが、相手は太平だ。まあなんとかするんでしょうと望は高を括っている。
案の定面倒くさくなったのか、勝手なことを言いつのるランチャーに対してごきりと首を鳴らし肩を回し出す。殴る気だ。だれもがそう感じ実際太平が行動に移そうとしたその時。
「なになに面白そうなことしてるじゃない。ボクも混ぜて」
ひょい、と顔を出したのは神々の問題児こと成螺。背後から突然現れたその存在に、ランチャーはびびくんとネコのように飛び上がって反応した。
「びびびびっくりした!? なに! なんなのおばさん!」
びし。
なんか空気が凍ってひび割れたような音が響いた。
やべ。その場に集っていた野次馬のほぼ全てがそう思った。今のは禁句どころじゃない、口にするのも憚られるような事実だ。
笑顔のまま凍っていた成螺。ややあってその額にびきりと青筋が立つ。太平は半眼になって顔を顰めた。
「意外な所で沸点低いなおい」
「別にキレてないよ? ボクキレさせたら大したモンだようん」
「だったらその垂れ流しにしてるおぞましい空気何とかしろや」
「って言うか実年齢おば……妙齢どころじゃないよね?」
「うわあああん! だれがおっぱいおばけだあああああ!!」
「「言ってねえよ」」
太平とまひとのツッコミが堪えたのか、ついには両手をぶんぶか振り回しながら泣き出す成螺。威厳も凄みもなんにもないが、おぞましく邪悪な気配は垂れ流しのままだ。三高生徒――特に2-Dの面子は慣れているのでせいぜいどん引く程度であったが。
だがランチャーはそうではない。成螺が放つ邪悪でおぞましい空気に戦慄し猛った。
「この気配! そうか、あなたが真の困ったさんね! 世界をも冒涜しあざ笑う邪悪にして混沌の権化、人類、いえ世界そのものを脅かす存在と見たわ!」
偶然ではあるが、ランチャーの言葉は確かに正鵠を射ている。射ているのだが。
「なんだろう、この合ってるのに間違ってるがっかりなぽんこつ感」
太平の言葉が、その場のほぼ全員の心境を表現していた。
生ぬるい空気の中、ランチャーは目にも止まらぬ速さで懐から困ったさんカウンターを引き抜き、ぐすぐす言ってる成螺に向けてボタンを押した。
無論、大爆発。
彼女はボム太郎(&おまけの望)と共に天高く吹っ飛ばされた。
「くっ……一体なにがどうなって……」
意識を取り戻したランチャーがまず目にしたのは、白い天井。
鼻を突く消毒液の匂いが保健室であると主張しているが、そんなことはどうでも良いとばかりにベッドから身を起こそうとする。が。
「あだだだだ!?」
全身に痛みが走りのたうち回る。今の彼女は満身創痍。無論髪の毛はアフロ。まともに起きあがるのも難しい。
ちなみにカーテンを隔てた隣のベッドで、どっかの女教師スパイが包帯の塊になってうんうん唸っているがそれはそれとして。
ともかくランチャーは身もだえしながら自問する。なぜこうなったのかと。
マジカル・ランチャー。彼女は別の世界、魔法の国の王族出身――一応姫君の立場である。別な世界と言ってもこちらとはなんだか綿密な関係があるという緻密かつガバガバでふわっふわな設定があり、互いに影響を与えていた。魔法の国はその性質上、精神的な空気や雰囲気が環境や世界のありようにすら物理的に関わってくる。そしてこちら側で発生する悪い空気や雰囲気も魔法の国に悪影響を与えていた。それに対処すべく生まれた魔法少女という存在だが、王族の女性たちは必ずその役目を負う義務がある。これは国民に対するアピールやなんやかんやの事情があるが、ランチャーもその例に漏れず魔法少女としての技能を身につけ、こちらの世界に舞い降りた。
彼女には責任感と義務感があった。王族に生まれたからではない、元からそう言う質だったのだろう。多少思いこみが激しく突っ走り気味であほの子な部分はあるが、その情熱と才能は本物であった。また相棒であるボム太郎もお役人かつ苦労人気質ではあるが、彼女をよくサポートしていた。そのまま行けば少々の問題や騒動は起きるかも知れないが、有能な魔法少女として活躍したことだろう。
最初に絡んだのが太平でなければの話だが。
そんなことなど知りようもないランチャーは、どこに落ち度があったのか分からない。勿論落ち度があるわけじゃない。強いて言うなら運が悪かった。この話じゃなかったらあるいは活躍できたのかも知れないが、そんな仮定は無意味であろう。彼女はただただ無駄に足掻くしかない。
ぎ、と歯噛みしながら身を起こそうとする。役目を果たし、世界を守ろうとする意志だけを支えにして。
彼女の頭の中は二つの脅威で占められている。まひとと成螺だ。
あの爆発が偶然に起こったものだとは思えない。ランチャーはなにも当てずっぽうにあの二人へとカウンターを向けたのではなかった。元の資質も高く魔法少女として鍛え上げられたセンス、それらに支えられた勘が本能的に二人を脅威として認めたのだ。
であるならば、あの爆発は奴らが仕掛けたものかも。自然彼女はそういう発想に至る。自分が相手を脅威と気付いたのと同様に、相手もこちらの存在に気付けば何らかの手を打ったとしてもおかしくない。カウンターに細工し爆発させてダメージを負わせると同時に、自分たちの脅威がいかほどのものかを隠蔽する。そのような狙いだと見当を付けていた。
実際の所は単にカウンターがまひとと成螺のダメダメちゃん度――なにしろ魔皇と邪神だ。つーかそれ以前の問題だが――に耐えきれずオーバーフローし自壊したドラゴンでボールな理由が原因であった。本来ならば裏とか隠しとかのボス級であるこいつらを才能あるとは言え新人のランチャーがどうにか出来るはずもない。確実に負けの決まっているイベントバトルよりも酷い実情に気づけない彼女が、何とか起きあがろうとしたその時。
「む? これ無理をしてはいかんぞい。せめて体の痛みが引くまでは横になっとらんか」
備え付けのカーテンを開けてひょい、と顔を出したのは保険医神。
この時彼が犯したミスがあるとすれば、ランチャーを押し止めるため中途半端に威厳あるオーラを纏っていたことだろう。萎縮されて怯えられるのも困るが、さりとて軽くみられていうことを聞かないのも問題だと、適当なさじ加減で威圧感を放ってみたのだが。
「(っ! この人も! でもあの二人ほどじゃない)」
ランチャーのミスは、己の勘を信じすぎたこと。そしてある意味律儀だったこと。
現れた神にも脅威を感じ取り、その上でちゃんとそのダメダメ度を測定し記録しなければと考えたのが徒となった。そりゃまあ魔法少女はある意味公務員で、そういった測定や記録はきちんとしなければならないという事情はある。が、何も出会い頭にやる必要はどこにもなかった。目星を付けた相手に対し後でこっそり測定してもよかったのだ。
そんでもって神の脅威度を低く見積もったのもまずかった。あの二人ほどじゃなければ抜き打ちでの測定も出来るだろうと、そう見たのだ。
居合いのように引き抜かれたカウンターのボタンが押される。
言うまでもなく保健室は吹っ飛んだ。
「ぐぐぐ……おのれ、おのれェ……」
「らんちゃんそれまるっきり悪役的なエアーだから。今怨念を滾らせている場合じゃないから」
日が傾きオレンジ色が町並みを染める中、松葉杖をついた巨大アフロのランチャーがよたよたと人気のない通りを行く。その傍らで共に歩むボム太郎も満身創痍だ。
彼は保健室での爆発に巻き込まれていないようであったが。
「なんでぼくが病院手配してる間に怪我が増えてんの。それにあのお兄さん放ってどこいくのさ」
説明台詞ありがとう。それはともかくボム太郎の問いに、ランチャーはよたよたしつつも何とか答えた。
「くっ……せ、戦略的撤退よ! ここは一端引いて体勢を立て直すべきだわ!」
もっともらしいことを言って誤魔化しているが、要するに逃げたのだ。そりゃ彼女からしてみれば相手の力を計ろうとしたところで吹っ飛ばされているんだからたまらない。それ以前の問題で色々と失態があるのだが、そこまで彼女は気付いていなかった。
とはいえ彼女もここで引き下がるつもりは毛頭ない。あのような邪悪で姑息な連中(ランチャー視点)を放っておけば、悪い空気は充満し魔法の国は多大なる悪影響を受けるだろう。それを許すわけにはいかない。
今は届かないかも知れないが、いずれ必ず。再戦(?)を誓いランチャーは暫く雌伏せんと……。
「お待ちなさい!」
突如かけられた声が、その歩みを止めた。
振り返れば夕日をバックに腕組みし、威風堂々と立つ女のシルエット。その女は朗々と言葉を紡ぐ。
「天下 太平に近づかんとする不埒な輩。例え天が許しても、このわたくしが許しませんわ! さあ、刮目して傾聴なさい! この……」
ばっ!
「鯉!」
以下略。
「またカット!? またカットですの!? 筆者はなにかわたくしに恨みがありまして!?」
だから尺を取るなと。まあんなこたぁどうでもいい。
それはさておき突然現れた女――恋は、気を取り直してびしすとランチャーに指を突きつけた。
「ともかく! 天下 太平に近づきたいのであれば、まずはこのわたくしを倒してからになさい! 魔法の国だかなんだか知りませんけれど、そんなものがこのわたくしに通用するなどと思うのであれば!」
ずはっとポーズを決めながら宣う恋。その身からは常人とは思えぬ覇気が放たれている。最初は唖然としていたランチャーだが、やがてその目は訝しげに細められた。
「……ボム君、カウンターで彼女のダメダメちゃん度計ってくれる?」
「へ? ぼくがやるの? いやいいけどさ」
流石にここまで来ればランチャーも用心深くなる。彼女の勘はばりばりと恋の困ったさん的なエアーを感じ取っていたが、これまでがこれまでだ。直接カウンターを扱うのは危険だと判断した。
ボム君、あなたの勇姿は忘れないとか思いながら近くの電柱にこっそり身を隠す。魔法少女とは思えないほどの姑息さであった。背後がそんなことになっているとはつゆ知らず、ボム太郎は素直にカウンターを恋に向け、ボタンを押した。
さすればぎゅいんぎゅいんと反応するカウンター。「こ、これは」と戦くボム太郎の背後からそおっと覗き込むランチャー。
「ダメダメちゃん度53万!? ばかな、人間の限界を遙かに超えているだと!?」
よく分からないが信じられないような数値であったようだ。しかし。
「っしゃァコラキタァああああ!!」
ランチャーは拳を高々と掲げ咆吼した。ボム太郎だけでなく恋も唖然とした顔になるが彼女は一向に構わず気勢を上げる。
「これよ! こーゆーのを待っていたのよ! まともでなおかつ程良いダメダメちゃんぶり! こういう人間の問題を解決し矯正し爆砕することこそが魔法少女の本位! 天はまだ我を見捨てていなかったあ!」
「え~あの~、らんちゃんさん? 53万とか洒落にならない困ったさんっぷりなんですが?」
「だまらっしゃい! いきなりカウンターが爆発するような邪悪の権化どもにくらべればマシじゃああああ!」
心なしか青ざめているボム太郎を一喝し、ぎぎんと視線を恋に向けるランチャー。その顔は陰り、口元は三日月に歪んでいた。
くくくという忍び笑いと共に、彼女はわきわきと両手を蠢かせる。
「さあ、このマジカル・ランチャーがあなたをこの世のものとは思えぬ愉悦と快楽と堕落と煉獄の果てへと誘い導きますですよこんちくしょう覚悟しやがってください」
あまりの不気味さに、流石の恋もたじろいだ。
「ちょ、なんですの!? なんですのこの人ぉ!?」
恋の悲鳴じみた声が、虚しく夕暮れに響いた。
で、どうなったのかと言えば。
「ふははははは、甘いですよお嬢様!」
「ええいもうなんですのこの子!」
朝っぱらからどががががと拳を交錯させるランチャーと恋。
あの後、強引に鯉ヶ滝家へと押しかけたランチャーは、家人を説得し恋の専属メイドという地位を手に入れていた。
「この方を真っ当な道に戻して見せます!」と力説する彼女の様子に押し切られたか恋の更生を期待したか、家長である大はランチャーを受け入れ恋に押しつけた。あるいは毒を盛って毒を制する心境だったのかも知れない。
そんな経緯でメイドと化したランチャーは、ことあるごとに突飛な行動を取ろうとする恋を、これまた突飛な行動か鉄拳制裁で制しようとする。結果、単に騒動が増えただけだった。
「ぐはははは、この私が魔法のお手伝いさん! 超王道をひた走ることとなろうとは!」
「……王道だっけ?」
「おりゃまた魔法少女ってのは取り敢えずボコりあうモンだとばかり思っていたが。……あ、だったらいいのかこれで? いや本当に良いのか?」
哄笑を上げながら拳を交わすランチャーの姿を、最早完全に他人事の様子で眺めるまひとと太平。まあ自分たちに被害が及ばなければいっかと、何か色々棚上げしている。
その傍らで。
「どーしてこーなった? いやマジどうしてこうなった?」
小動物なナマモノがしきりに首を捻っているが、世の中そんなモンだ。どうせこの光景もすぐに日常のものと化するのだ、とっとと諦めたほうが良い。
「ちぃーさなことからこつこつとぉ!」
ランチャーの咆吼とともに、真空飛び膝蹴りが放たれる。
「……あれでボクらに傷負わせるとか、魔法の国ってけっこうヤバいんじゃ?」
(↑爆発に巻き込まれてちょっぴり怪我した邪神)
「うむむむむ、ちょっと関係見直そうかのお……」
(↑以下同文でかすり傷の神)
皆様健康ですか自分はもうダメかもしれません。
儂が死んだらその死を三年間は隠せ意味など無いが緋松です。
諸事情により大分筆の速度が落ちてしまいましたが申し訳ない。大分遅れての更新となりました。
でまあ今回は魔法少女もののつもりだったんですが……いえね、昭和時代の魔法少女を現代に放り込んで、ジェネレーションギャップに戸惑わせるってのが目的だったんですよ最初は。
ごらんのありさまだよ。
やはりガバガバでふわっふわな物語作りは舵が取れないと言うことが証明されたわけです。所詮息抜きかつノリと勢いだけの話に多くを期待するなと言うことでしょう。(無責任)
そんなこんなで、今回はこのあたりで失礼をば。
うんご~ろ。
 




