そのさんじゅういち・第三回恋愛(?)相談でこともなし!
始まりは、超珍しく科学準備室に校長が訪れた所から始まる。
「松戸君、見合いをしてみないかね?」
「はあ。…………………………はあ!?」
その言葉が出るまで適当に校長の話を聞き流していた博士は、しばしの硬直の後目を剥いて素っ頓狂な声を上げた。
そして居住まいを正し、至極真面目な表情で問いかける。
「校長、本気ですか? ……いや正気ですか?」
「うん俄に信じがたいのは分かるが色々と失礼だな君は」
まあまともな反応は期待していなかったがと、校長は苦笑を浮かべつつ話を続けた。
「私の知り合いに君の話をしたらな、丁度良い感じのお嬢さんがいて会わせてみたいとのことだ」
「一体どういう風に話を通したのか非常に気になりますが。詐欺ですか」
「当たり障り無いことを伝えたのが詐欺というのであればそうだな。まあ会うだけ会ってみたまえ。上手くいくことなど期待はしていない、適当に話して飯でも食って帰ればいいさ」
「はあ、まあそういうことであれば」
気乗りしないが、断る理由もないので話を受ける様子の博士。
彼はただひたすらにやる気なさげ……に見えた。
「どおおおしよおおお! ねェどおおおしたらいいのおおおおお!?」
「OKまず涙と鼻水と唾を拭いて落ち着きましょうか」
恥も外聞もなく縋り付いてくる博士の様子に、太平はげんなりと言葉を発した。
科学準備室に呼び出され何の話かと思っていたらいきなりこれだ。全くわけが分からないが、普段のマッドサイエンティストぶりからは想像も出来ないような狼狽えようである。何かろくでもないことが起こっているに違いない。そう思って博士を宥め話を聞いてみたならば。
「…………お見合い、すか」
「そおなのよおおおお! 突然のことで気も動転するってモンでしょおおおお!」
なぜかオカマ調で、くきぃとハンカチを噛む博士。太平の頭の周りにはクエスチョンマークが一杯だ。
「色々言いたいことはありますが、なんでお見合いでそこまで動転するし」
「ふ、この松戸 博士、自慢ではないがこの四十年近く女性とまともに話したことなど自分の母親以外皆無だわ!」
「ホント自慢じゃねえな」
「そういうわけなんで助けてえええええ! 奇人変人の色気沙汰を纏め上げた『恋愛マイスター』天下君のお力ぞえをおおおおおお!!」
「なんかまた変な肩書き増えてるよオレ」
要するに、うまく見合いをする自信が全くないわけだ。見合い自体の成否はこの際どうでも良い、問題は緊張のあまりなにかやらかして関係者たちに迷惑をかけるどころでは済まない事態になることだと、博士は訴える。
「あ、以外に気を遣ってるんですね」
「いくら私が天才とは言え、世の中一人で生きているわけではないからな。むしろ私のように突出した人間こそ周囲に気を配るべきであろう。ある意味視野が狭くなる分余計にな」
そう言えば自分を調べるに当たっても随分と気を回していた、それに思い当たって太平は納得する。
まあそれはいいのだが。
「相談されといてなんですが、オレ見合いのことなんかこれっぽっちも分かりませんぜ?」
そりゃそうだ。普通高校生くらいで見合いに詳しくなるわけがない。もちろん博士もそんなことは欠片も期待してないわけで。
「せめてこう、女性との会話の仕方で注意するべき点とかさあ、その辺の機微とかコツとか伝授して欲しいのよおおおおお!」
「だからなぜに一々オカマキャラに成り下がるんすか」
なにかどっと疲れる太平であった。
とにもかくにも。
仕方がないので請われるままに、太平は女性と対峙するとき留意すべき所を伝授することとなった。
レッスン1・まず格好
「普通にスーツでいいんじゃねえですか? ちゃんとしたのがないんであれば、紳士服屋行って見合いなんですけどって言って店員に選んでもらえばいいと思いますよ?」
「そんな適当でいいものなのかね?」
眉を顰める博士に、太平は人差し指を立てわりと真剣な表情で言う。
「服や装飾品ってのは、その人間が一目で分かるんですよ。なんだかんだ言って人間見た目です。で、素人目線で張り切ると絶対失敗しますからプロに丸投げしましょう」
「ぶっちゃけたね!?」
「今更取り繕ってもしかたないっしょ。ともかくまずは見た目を整えることです。つっても無理して高いものを揃えたところで、着慣れてないことが丸分かりだから逆効果じゃないでしょうかね。先生も学会とかそんなんあるっしょ、そのあたりで着ていくものを参考にするが無難じゃないでしょうか」
「む、むう。そのあたりならなんとかなるか……」
「あと大事なのは清潔感ですね。身綺麗なのは当然ですけど、食事や会話なんかも結構そう言った目線で見られますんで、がっついたり落ち着きがなかったりすると下品に思われます。基本的なマナーを守り落ち着いてスローペース、そして無駄な動きをしない。これだけで大分違うように見えますよ」
「いきなり超難しいような気がするんだが!?」
「先生なら催眠とかかけられるマッシーンあたり造れるでしょ。そこんところで努力して下さい」
「ま、まあ特訓するよりは楽だがいいのかそれで」
「要は結果です。手段は問いません」
身も蓋もなかった。
レッスン2・目線
「チラ見はガン見」
「いや意味が分からない」
「無遠慮で無神経な視線は絶対バレます特に胸」
「そ、そうなのか。……ヤバくね私」
「オレも男だから気持ちはよく分かります。矯正するのは大変ですが、マッシーンでなんとかしてください」
「君は私を青色狸ロボットと勘違いしてないかね!? いややるけど」
「似たようなモンでしょうが。それはさておいて、ともかく相手を不快にさせないことが重要です」
太平は立ち上がり、傍らのホワイトボードにかかかっとペンを走らせる。
「視野は広く、全体を見るように。この際じろじろなめ回すように見るのは厳禁です。ただ服装やアクセサリー、髪型などは気に留めておくように」
「ふむふむ」
「会話をするときは視線を集中させます。ただし真正面から視線を合わせるのはやめておいたほうが良いでしょう。そう言うのを嫌う人もいますから。胸元に視線を置くと言う人もいますが、これは下手をすると胸の方に視線がいくので要注意。無難なのは眉間か喉元。唇や鼻なんかの顔パーツに向けるのもダメです。そう言った部分に内心コンプレックスを持っている人は、凄く気にしますから」
「面倒くさいな」
「全般的に女性関係って面倒くさいです。が、それは当然当たり前。それを忌避してたら女の子とはつきあえません。むしろその面倒さを楽しむくらいでないと」
「達観してるなあ。……さすがは『純愛ダイナマイツ』天下君」
「だからなんすかその肩書きは」
レッスン3・会話
「基本は意見の交換ではなく同調です」
「む、自分の意見を言ってはだめなのかね?」
「封殺して下さい、そんなもの相手は望んでいません。必要なのは『この人は私の話を聞いてくれている』という安心感です。自分の意見を言うなど以ての外。ましてや否定的なことを言おうものならばその場で全てが終わると心得てください」
「なにそのブラック企業社員もびっくりなイエスマンっぷり!? それ完全に尻に敷かれる前提じゃね!?」
「男ってのは基本頭悪くて我が儘でガキですから、気を遣いすぎるくらいの意識で丁度良いんです。人道的にアカン域に達していない限りはイエスマンに徹するべきかと」
普段の太平からは全く想像できないような意見に、博士は絶句する。ってか女性と付き合うのってそんな苦行なのか、とてつもなく不安が増した。
「そして自分語りも厳禁。自分のことは尋ねられてから応えましょう。そして情報は小出しに出来るだけ短く。調子に乗ってぺらぺら一方的に喋ってたらどん引きされること請け合いです」
「キャラ殺しか!? 私のアイデンティティまるっつぶれではないか!」
「それがヤバいって自覚があったからオレに相談してんでしょうが。ここが我慢のしどころです。ってかどうせ普段思いっきりやってんだから見合いの間くらい耐えやがりください」
「ぐぐぐぐぐ、ここにきて最大の難関が……」
砕けよとばかりに歯を食いしばる博士。その両目の端からつう、と流れるものがあった。
「って血涙ながすほどのことかい!」
「あなたにはわからないのよおおおおお、己のキャラを潰されることの意味がああああぁ!」
「だからオカマ化する意味がどこに」
不安はさらに増した。
結局。
「全然全くさっぱり自信なんかつかないんですけれどおおおおお!?」
「むしろオレが何言ってもつかないでしょうそんなモン。諦めて潔く人格矯正マッシーンとかつくりやがってください」
「……そだね」
しょぼーんと肩を落とす博士。完全にいつもの調子を失い意気消沈しているようだ。
「そこまで己のキャラを貫き通せないことが辛いんすか」
「いやそこじゃないよ」
ふむと顎に手を当てる太平にびしすとツッコミを入れる博士。そこんとこも個人的には問題だが、やらかし対策が己の発明品(予定)しかないというのは心許ない。いつもなら過剰なまでの自信を持つのだが、見合いなどと言う自分には一生縁がないと思っていた未知へと挑むに当たって尻込みしている。マッドサイエンティストも所詮は人の子だったと言うことか。
まあこれで事態が打開できるとは思えないけど、そう考えながら太平は一つ助言をすることにした。
「確認しておきたいんですけれど、先生は別に見合いを成功させたい――結婚したいわけじゃないんですね?」
「ん? うむ、全くそう言うことは考えていないな。別世界のことだとしか思えん」
「だったら最低限の礼儀を守る程度に止めておくくらいでいいんじゃねえですかねもう」
「ぶん投げた!?」
もう鼻をほじるような雰囲気で、太平は投げやり感を装い言う。
「最初から成功させる気がないんだったら肩肘張らなくていいっしょ。別に失敗したからって死ぬわけじゃなし、恥かかせないことにだけ集中してたら十分でしょ」
「いやまああそうなんだけど、そうだけど! それで万が一上手くいったりしたらどーすんのかね!?」
「ないから」
「え?」
「そんなんで上手くいくとかないから」
「あっはい」
表情を無くし真顔で断言する太平に、博士は頷くしかなかった。
こうして、取り敢えずの心得を叩き込まれた博士は、付け焼き刃をもって見合いに挑む。
しかし、事態は彼らの予想を斜め上に超えていくのであった。
某ホテル。
売りである純和風の庭園が望める一室に、博士の姿はあった。
「ははははは。校長先生、本日はよろしくお願いします」
「誰ーーーー!?」
校長がそう言う声を上げるのもやむかたない。何しろ普段ぼさぼさ頭で無精髭、着るものなど無頓着な博士が、身綺麗にし髪型を整え誂えたかのようなスーツを身を纏っている。しかも普段のむやみやたらと振りまいているマッドな気配がなりを潜め、爽やか好青年な雰囲気を醸し出していた。一瞬別人かと思ってしまうのも致し方なかろう。
そんな彼らの様子を、太平は別室から観察していた。
どうやって? モニター越しにである。
「ご用がありましたら、内線でお呼び下さい。では」
丁寧に一礼し退出するホテルのコンシェルジュを唖然として見送る太平。
「いやまあどうにか見守れねえかと言ったのはオレだけど、どうしてこうなった?」
額に人差し指を当てる彼の後ろでは。
「おー、良い角度良い角度。これなら映像はばっちりだね」
「マイクの感度も良好。ボクの力を媒介すれば心の声すら拾ってくれる勢いさ」
「おのれ羨ましい妬ましい……」
モニターの様子を見て親指を立てるまひと。別に自分が仕掛けをしたわけでもないのに大威張りで胸を張る成螺。怨念むき出しの表情でハンカチを噛む望。
別に太平が博士の見合い話のことを漏らしたわけではない。まひとと成螺がどこからともかく話を嗅ぎ付け、様子が気になる太平を焚き付けて見合いの見物と相成ったのである。なぜか関係ないのに望までそれに参加しているわけだが。
「こちとら見合いどころか浮いた話の欠片もねーし周りはむっさいおっさんばかりだし心は摩耗して胃薬がお友達だしなんであんなのに話があってあたしにはないのよ理不尽だわ不公平だわおのれ許すまじ……」
「なんでこの人連れてきたの。ねえなんでこの人連れてきたの」
「こ、断れなかったんだようなんか怖いし」
邪神弱。
とにもかくにも、遠くからこっそり見てみようと訪れたらどういうわけだかホテル側が協力的で、あれよあれよと言う間に部屋が準備され、監視用の機器がさくっと用意された。
一体全体どうなっているのか。見合い部屋が目にはいる喫茶コーナーで一から借りたカードを見せたこととはなんの関係もないと思いたい。
まあこそこそあやしい挙動とかしなくていいのは助かるかと、色々棚上げにして太平は事の推移をモニター越しに見守る。
爽やかな笑顔を浮かべる博士と、思いっきり不気味がっている校長が席についてしばらくの後。
「お待たせしました。お連れ様がおいでです」
ホテルの係員に率いられ、現れる相手。まずは校長と似たり寄ったりの中年男性とその奥さんらしき二人。そして――
「「!?」」
その人物が入室してきた途端、博士と校長は硬直する。
有り体に言えば、美人の類であろう。誂えたようなスーツの上から見る限りは、スタイルも悪くなさそうだ。
ただ、目つきが異様なまでに悪かった。
それはもう5、6人はやっちまってんじゃねえかってくらいの眼光である。整った容姿は、その迫力をさらに倍増する効果をもたらすものでしかなかった。
その女性を伴った夫婦は笑顔。しかし僅かに引きつった顔と流れる一筋の汗が、ああやっぱりなとと言う感情を雄弁に表している。
それでも表面上は取り繕って、旦那の方が口を開いた。
「お久しぶりです底埜先生、そして松戸さんでしたな? 初めまして、私は友永と申します。こちらは家内、そして……」
「……お初にお目にかかります。【大野 美由紀】と申します」
促されて挨拶する女性――美由紀。口調と言葉こそ普通だが、ハスキーなその声はやたらとドスがきいていて迫力あるものだ。どうにも脅迫されているようにしか聞こえない。
「め、めちゃくちゃ不満げじゃないあの人?」
「向こうから話を持ってきたと言うことだったが……本人は不本意なのかも知れないな」
モニターを見ていたまひとと太平が眉を顰める。相手が乗り気でないのであればこの話、すぐにでも終わるのではないかと思うが。
「ぐひひひひざまあかんかん世の中そんなに上手くいくようには出来ていないのよばーかばーか」
「なんかいやなこと……たくさんあるのは分かるけど、その言動はどうなの」
酷く醜い笑顔で毒を吐く望とどん引きしてる成螺はおいといて、見合いは微妙な空気のまま進んでいるようだ。
自己紹介を終え、仲介者である校長とご夫婦を交えての会話。一見問題なく進んでいるように見えるけれど。
「(どうしよう会話がはずまない!?)」
爽やかな笑顔の下で、博士は内心焦りまくっていた。
会話は校長とご夫妻が中心となり当事者二人を促す形で行われている。強制的に好青年な面の皮を焼き付けた博士は当たり障りのない反応をしているが、相手(美由紀)の反応が芳しくない。
いや、彼女は口数少なくも博士と同じように当たり障りのない反応をしているのだが、その目とその声がどうにも迫力ありすぎて圧迫面接を受けているようにしか感じない。自然と博士は気圧されつつあった。
「(こ、この私がプレッシャーを受けている!? バカな、相手は素人だぞ!?)」
博士の方も大分テンパりつつある。普段であれば傍若無人なノリで相手をどん引きさせるのは自分であったはず。しかし見合いという未知なる状況と、難攻不落というのも生ぬるい相手の前にはその傲慢も砂上の楼閣に等しい。博士はそれを身に染みて実感していた。
いやあんたいつも通りじゃないし第一いつも通りにしたら速攻で見合い潰れるじゃん、という事実は指摘しないであげて欲しいがそれはそれとして。
ともかくテンパりつつある博士は、見合いの成否などどうでも良いから恥かかない程度に乗り切るという本来の目的すら忘れつつある。超常的な天才ではあっても、結局彼もまた人間であったと言うことだ。おのれの専門分野でもなんでもないところでは無力である。
別に追いつめられているわけでもないのに行き詰まる空気。それが打開されたのは、ご夫婦の動きだった。
「それではそろそろ若い者同士でゆるりと、と言うことでどでしょうか。ねえ?」
「ええあなた。年寄りがいつまでも同席していては話も進まないでしょう」
打開ではなくむしろ閉塞の方向だった。
待ってちょっと待ってと止めるわけにもいかない。そしてちゃっかりと校長が便乗し、「そうですな、我々は暫く席を外しましょうか」と腰を上げる。
「(あんた逃げる気か!? 逃げる気なんだな!?)」
「(いや我々邪魔だから! 気を遣ってるだけだから!)」
一瞬でアイコンタクトが交わされるが、もちろん校長が留まるわけもない。
さっさと仲介者が退席してしまえば、残されるのは気まずい空気の中に男女が二人。もう博士はどうすればいいのか分からない。付け焼き刃は所詮付け焼き刃、彼のメッキは剥がれつつあった。
ともかく会話だ、会話をしなければ。この状況でまだ足掻こうとする博士は以外と根性があるのかも知れない。
「はは、少し困りましたね。私は(普通の)会話が得意ではないもので。……何か飲み物でも頼みましょうか」
なんとか好青年の皮は維持しつつ、博士は美由紀に話しかける。その返事は、ぎぎんとした鋭い眼光。
ぶっちゃけ怖いどころじゃない。完全に殺る気にしか見えなかった。
そして美由紀は、真っ向から博士にガンつけたまま口を開く。
「……そうですね。ではビールを」
「(おいいいいいい、いきなりそーくるかあああああ!?)」
別に酒が御法度というわけではないが、このような状況で頼むものでもない。むしろ呑みたいのはこっちのほうだこんちくしょーとか思いながらも、博士はウェイターを呼んで紅茶とビールを頼む。
程なくして注文したものが運ばれてくる。目の前に置かれたビールジョッキ。美由紀はその取っ手をがっ、と掴み。
一気に中身を喉に流し込んだ。
「!?」
流石に目を丸くする博士を余所に、ごっごっごっとビールを煽る美由紀。中ジョッキを一気に飲み干し、だん、とテーブルに叩き付ける。
「(げ、激怒してらっしゃる!?)」
その態度、その目つきからはそうとしか考えられない。俯きがちで上目遣いになると、眼光がさらなる鋭さと迫力を増す。
彼女は睨め付けたまま、ドスのきいた声を発する。
「す……」
「す?」
思わず問い返した博士。そんな彼の眼前に、突如空を裂く音と共に美由紀の拳が突き出される。
中指と人差し指の間に親指が挟まれた感じで。
「すけべしようや、なあ!」
吠えるように叩き付けられた言葉。博士はどんがらがっしゃんと椅子ごとコケた。
まひとと望がどんがらがっしゃんとコケる。
「おやおや」とにやにやしながら事の推移を見守る成螺。太平は慌てず騒がず携帯を取りだし、ある人物に電話をかける。
「貴様か」
「なにが!?」
電話向こうの風紀副委員長は困惑するしかなかった。
「すみません本当に……」
顔を真っ赤にして縮こまる美由紀。
しばしの後、立ち直った博士に対し彼女は土下座せんばかりに頭を下げていた。
かなり素を取り戻した博士が「一致全体どういうことかね!?」と問うてみれば、アルコールで少々口が滑らかになったのか、美由紀はぽつぽつと語り出す。
大野 美由紀。アラサーである彼女は現在まで男性とお付き合いしたことなど皆無である。
勿論原因はその目つきとドスの効きまくった声である。かてて加えてちょっと引っ込み思案な性格で、家族や親類、一部の友人知人以外からは怖い人間だと誤解されまくっていた。当然人は近づかないし異性なら言うまでもない。下手をすれば話しかけようとしただけで逃げられる始末。
そんな彼女も何とか就職し懸命に働いているうちに気がつけばアラサー。周りはどんどこ結婚していくし彼女にも人並みの願望は出てくる。が、当然ながら今更彼氏作ろうったって簡単にいくわけがない。職場や知人の男性にはなんとか理解を得ることが出来てはいたが、それでも美由紀の相手をしようとする剛の者はいなかったし、大体が既婚か彼女付きだ。自ら進んで婚活に勤しもうとする質でもないし、どうしたらいいのかと困惑している最中、今回の話が降って湧いたわけである。
美由紀は話に乗った。それは良い。だが男慣れしていないどころではない彼女は、見合いという未知の状況にごっつい緊張していた。緊張しすぎてろくに寝られなかったくらいだ。
で、アレである。寝不足のため目つきの悪さはさらに倍増。内心テンパっているためか声も普段より低く、より迫力を増してる感じであった。これではいけないどうにかしなければ、ぐるぐると考えまくった末にほとんど自棄で酒の力に頼ると言うことを思いついてしまった。
しまっちゃったわけだ。
「結局あれだな、お互い同じような状況であったわけだ」
「いやホント、重ね重ね申し訳なく……」
「気に病むことはあるまいよ。一歩間違えれば私もやらかしていた可能性が高いというか、多分早いか遅いかの違いであったろうさ」
うむうむ頷きながら縮こまる美由紀を宥める博士。すっかりいつもの調子を取り戻してはいたが、突っ走らない程度に理性は残っていた。流石にここで暴走しない程度には空気が読めているようだ。
そんな彼の態度に対し、美由紀は顔を上げて――
「ありがとう、ございます。貴方のような人が見合い相手でよかった」
微笑んだ。
それは今までのイメージを覆すような、柔らかい表情。朴念仁と言うより狂ってる博士をして、思わずどきりとするほどの破壊力を誇っていた。
んで、そのまま彼女はゆっくりと傾ぎ、ぱたりと床に倒れた。
しん、と沈黙が暫し続き、その後。
「何事かああああ!? め、メディーック! メディーーーーク!!」
泡を食った博士の声が、ホテル中に響き渡った。
で、結局どうなったのかと言えば。
「いや~驚いたが何ともなくてよかった。気が動転していると頭が回らなくなるものだね」
科学準備室で朗らかに報告する博士。一部始終を見ていたとは言えず、太平は曖昧な表情で「そーすか」と返すしかなかった。
あの後、救急搬送されそうになった美由紀だが、寝不足+緊張から解き放たれた安堵感+アルコールで意識を飛ばしただけだったらしく、すぐに意識を取り戻して平謝った。そして何事かと飛び込んできた校長とご夫婦を巻き込んでてんやわんやの挙げ句、お見合いはなあなあで終わる。
が、どさくさに紛れてちゃっかり美由紀とのアドレスを交換している博士であった。
「まああれだ、お友達からと言う奴だな。初めてにしてはなかなかやるではないか私!」
「うんまあ、調子に乗らなきゃいいんじゃねっすかね」
はっはっはっはと胸張って宣う博士に、投げやりに返す太平。あれが上手くいったかどうか非常に疑問が残るところであるが、本人が満足しているのだから良いのだろう、多分。
「(ってか上手く行かなくても良いとか考えてたのすっかり忘れてんだろうなあ……)」
なんだか舞い上がっている博士の様子を、生暖かい目で見守る太平。
多分これは成就する可能性は低いんじゃないか、この人絶対調子に乗るし。そう感じさせる空気であったが……。
誰が予測したであろうか、このお付き合いが予想を超え延々と続くことになると。
博士の年貢の収め時は意外と近い……かも知れない。
「くちおしやうらめしやばるばるばるばる……」
「ああ! なんか望君が目覚めちゃいけない力に目覚めつつある!?」
なんで有給使って仕事場いかなきゃならないのさふぁっきん。
世の中こんな事ばかりじゃなかったはずなのにああ全くその通りだよこんちくしょー緋松です。
もう一月も終わりですが今年初の太平君です。多分皆さんあまり経験したことはないんじゃ無かろうかと思われるお見合いの話。良いのか学園ものにこんなの。
まああれです、一応経験したことはあるんですが、緊張しかしませんなあんなの。緋松は食った飯のことしか覚えていません。だから結婚できてねえんだよ分かってるよ。(逆ギレ)
とにもかくにも、松戸先生が上手くいくかどうかは全く未定。しかし上手くいったらいったで書いてる本人がむかつくおのれぱるぱる。
ぢゃそういうことで、今回はこの辺で。
今更ですけれど今年もよろしゅうに。




