そのさんじゅう・すぽおつの秋でこともなし!
ぽおん、ぽぽおん、と花火が上がった。
空は晴天。雲一つ無いよい天気である。
「うわあ、日本晴れってやつだねえ」
天を仰ぎながら異様に似合っているブルマ体操着姿(ちなみに三高の女子体操着は短パンである)で言うまひと。その横で普通に体操着姿の太平が、顎に手を当てなにやら考え事をしていた。
「ん? どしたの?」
「ああ、なんか……この学校で、まともに行事が行われるの初めてじゃねえかと思ってな」
「メタっちゃ駄目」
そう、今日は三高で行われる体育祭の日であった。まるで筆者の思いつきで突然開催されたように思えるがそんなことはない、毎年ちゃんと行われている恒例行事だ。単に描写がなかっただけで根拠のない風評を広めるのはやめていただきたい。
「まあ筆者の言い訳はおいといて、と。どうせまたはちゃめちゃな事になるだろうから心構えをしておいてね」
「そんなことは言われる前から分かっていますが、それより一つ良いですか?」
職員たちが忙しく動く中、成螺と望も言葉を交わしている。望はじと目で成螺の姿を見て、辛辣に言葉を吐く。
「なんでブルマ体操服やねん」
他の職員が必死こいて無視していた事実を叩き付けやがった。確かに似合っているかも知れないがなんか色々間違っている成螺は、媚びたポーズを決めばちこーんとウィンクして宣う。
「てへ♪ エロいでしょ? これで生徒から教師まで男性陣を悩殺ぅ」
「エロいというかイタいわ。どこのイメクラかとっととやめれ」
「ちえー、もうちょっとみんな面白いリアクションしようよ吐くとか」
不満そうに唇を尖らせてから、成螺はその場でくるりと一回転。一瞬で普通のジャージ姿に変わる。
この程度じゃ誰も驚かない。望もさらりと無視して話を変える。
「それで、準備の方はちゃんと出来てますよね?」
「うんまあ、ボクはできてるけどさあ……なんでまたボクだけ点呼とか見回りとか地味な役目ばっかりなのさ」
「アンタに準備任せたらなに仕込まれるか分かったモンじゃないからに決まってるでしょうが。そもそも競技の発案だって」
「あれボクのせい!?」
どういう事かというと一月ほど前、体育祭の競技を決める職員会議にて提案された競技は。
・障害物競走
・障害物100メートル走
・障害物400メートルリレー
・障害物1500長距離
・障害物玉入れ
・障害物むかで競争
・障害物借り物競走
・障害物騎馬戦
・障害物棒倒し
・障害物組体操
・障害物障害物競走
「って全部障害物やないかいっ!」
悪魔が乗り移ったかのような勢い(冤罪や! byルーシー)でツッコミを入れる望に対して、教師全員が視線を逸らした。ぎん、と望が睨み付ければ、視線を逸らしたままの校長が脂汗を滝のように流しながら言う。
「や、だ、だってねえ、うちの学校だとほら、まともな競技じゃ生徒が満足しない可能性があるし。……で、ですよね十手府先生?」
その言葉を皮切りに、教師たちが口々に訴え始める。
「そ、そうですな。まず真っ当な高校生の体力と精神とはかけ離れた連中ばかりですからなあ。ねえ十手府先生?」
「マンネリ化も問題視されている昨今、何か一つ人目を引くようなものがないといかんし。そう思うでしょう十手府先生?」
「ここまで障害物押しなら話題にもなるでしょうし、マスコミ飛びついてうちの知名度も上がるかもです。さすが十手府先生!」
「まあ多少やりすぎという感は否めませんが、その心意気は買いましょう十手府先生」
「え? なんかみんなボクに責任なすりつけようとしてない!?」
まあその後もいつも通りぐだぐだだったわけで。
最終的にうやむやのまま、競技内容が変更されたりなんやかんやあって大分普通の体育祭に近くなったわけではあるが、結局教師たちがなんであんなに障害物押しだったのかは謎だ。
どうせこの変態邪神教師がなんかやったんだろうと望は疑いまくっていたが、実際成螺に心当たりはない。
「ボクが提案したのは障害物マラソン程度だもん!」
「それはそれで迷惑だわ主に学校の近所が」
とか何とかやってる間に、開幕の運びとなった。
「え~、みなさん、体に気をつけて頑張って下さい。以上」
やたらと短い校長の挨拶が終わる。まあ下手に長い話をしたらガチで暴動を起こしかねない連中ばかりなので気持ちは分かる。
さくっと開幕式が終わった後、生徒たちはそれぞれクラスごとに分けられた選手席の方へ移動。こういうイベントでもそれぞれ性格が出るもので、かったるそうにしているもの、それなりにやる気のあるもの、別に普通なものと色々だった。そんな中で、こういうイベントになるとやたら張り切る者がでてくるのは世の常で。
「この日を、この日を待っておりましたわ」
俯き、くっくっくっくと忍び笑いを漏らすのは誰あろう――
「そう、今日この日D組連合を勝利に導くのはこのわたくし!」
ばん!
「鯉!」
ばんっ!
「ヶ!」
ばんっ!!
「滝!」
ばばんっ!!
「恋! ですわあああああ!!」
ばばあああああああん!!!
派手な爆発(エフェクトではなく執事の手による本物)を背にゴージャスなポーズを決めるのは恋。姿こそ体操服だが、その服はきらきらと高級シルクの輝きを宿している。今更なので誰もツッコミ入れないが。
ともかく集った一年から三年までのD組メンバーを前に、彼女はびしばしポーズを決めながら唖然としている三年と一年……と、ああ平常運転だなあと遠い目をしている二年の前で、気勢を上げていた。
「どれだけこの時を待ち望んだことか! このわたくしの、もといD組の優秀さを世に知らしめる絶好の機会ですわ! さあ皆様、闘志を胸に今こそ立ち上がるのです! 必ずやわたくしが、皆様に勝利をもたらすと約束致しましょう!」
「……なんで三年じゃなくあの人が仕切ってるんすか先輩」
「ばっか目ェ合わすな伝染るぞなんとなく!」
恐怖とは別な意味で腰が引けてる三年と一年。こういう学年混合のイベントの場合大概は最上級生である三年が仕切るものだが、恋に逆らっちゃいけないエアーを感じて誰も止めようとはしない。
まあ仕切ってくれるんなら任せよう楽だし、と色々と何か諦めたD組連合。そんな空気を一切気にしない恋の頭の中はこんな感じだ。
「(くくくくく、これは天が与えたもうたチャンス! この体育祭でリーダーシップとわたくしの美しさを見せつけ、天下 太平の心を鷲掴みにして見せますわああああ!)」
手の甲を口元に当ておーっほっほっほっほっほと高笑い。当然ながら太平はいつものことと全く気にしていない。
「ま、適当に流すとするか。勝って金がもらえるわけじゃなし」
「いや折角のイベントなんだからもう少しやる気になろうぜ」
やる気の欠片もなさそうな太平の様子に、どちらかといえば楽しみにしてた正義が言う。なにしろこう言うときでもなければ活躍するところがない。それは精霊戦隊も同じで、彼女らもまたどちらかと言えば張り切っており、そしてクラスメイトも期待している。干されているとはいえ現役の正義の味方だ、運動能力に置いては他の追随を許さない……。
「おうおめえら! 天下 太平のいるD組だけにゃあ負けるわけにはいかねえぞ!」
追随を許さない……。
「天の星ほどの数の悪魔を従えしウチの実力、見せたるわ!」
「天使軍団長ミカ……もとい選流 美佳、押して参いるのです!」
許さない……。
「ふっふっふ、この篠備賀 透、MVPは頂きもうした! あらゆる競技から情報収集、裏工作までお任せあれ!」
…………。
「ああ、なんか大したことないような気がしてきた」
「期待できるのは天下の旦那だけか……」
周りを見回して、一気に沈静化するクラスメイト。そりゃ奇人変人もとい運動できそうな人間は他のクラスにもいる。頭数だけなら勝っているがそれだけでなんとかなるものやら。むしろ変態ぶりで言えば確実に上回られている。どういう手に出てくるか、予想もつかなかった。
「なんかどっかで変態扱いされてるような気がするんやけど!?」
「ひ、一括りとかひどいのですこっちも一種懸命やってるのです!」
外野の声はおいとくとして、ともかく微妙に不安な空気を漂わせながら体育祭はその火蓋を切って落とした。
もちろんこの話で嫌な予感の類が外れることはない。
準備運動のラジオ体操が終われば、いよいよ競技にはいる。まずは男子100メートル走。基本の競技であり別段何か問題が起きそうではないのだが。
「んじゃ、頑張ってみるね~」
代表選手の中にまひとが混ざっていると言う時点で、なにかえも知れぬ不安が漂っていた。
腕の筋を伸ばしているその姿はブルマ体操服。男子どころか女子の中にもいないその姿は奇異の目で見られている。もちろんそれを気にするまひとじゃない。
「ま、まひとたんハアハア」
「リアル男の娘キタコレ」
「我々の業界ではごほうびです」
一部別の視線で見てる連中もいるようだが、もちろんそれを気にするまひとじゃない。
わりと真面目に準備をしているまひと。と、そんな彼に声をかける者が居た。
「はっ、てめえと同じ走組か。丁度良い、決着をつけてやるぜ」
いかにもヤンキーと言った感じのリーゼント。まひとはしばらくそいつの姿をまじまじと見つめてから、こてんと可愛く首を傾けた。
「…………誰だっけ?」
「てめほとんど毎朝顔合わせてるってのに忘れてんじゃねえよ!」
そういわれてもさっぱり心当たりがない。はてなマークを頭上に浮かべまくって悩んでいるまひとに業を煮やしたか、イラついてるヤンキー小僧はヒステリックな声でわめくように言う。
「良い度胸じゃねえかカマ野郎! 天下 太平が隣にいねえてめえならものの数じゃねえ、兄貴がでるまでもなくこの【サブ】が叩きのめしてやらあ!」
「………………ああ! ばんちょーの腰巾着かあ!」
いつも番長と共にいる二人の片割れ。まひとはやっとの事で思い出した。あの三人完全にワンセット扱いで個体認識していなかったらしい。あリーゼントだったんだと今頃気付いたぐらいである。
完全に眼中にない様子にいきり立つヤンキー――サブだが、「落ち着けこうやってペースを乱すのがこいつらの常套手段だ飲まれるんじゃねえ」などと自分に言い聞かせてから、ずびしと指を突きつける。
「ともかくこの100メートル走はこのサブがもらったァ! てめえは俺の後塵でも拝んでるがいいぜ!」
根拠は分からないがともかく凄い自信だ。まひとは「ああ、うん。まあいいけどね」などと反応が薄い。
そうこうしている間に彼らの順番が回ってくる。低く構えながら、サブは内心ほくそ笑んでいた。
「(けっけっけ、こう見えて俺ァインターハイ短距離候補だったこともあるんだぜ! カマ野郎ごときに負けるかよ)」
どうやら根拠のない自信ではなかったようである。だったら無駄にヤンキーとかやってないで真面目に生きろよと思うのだが、この類は多分聞きゃしないだろう。
高まる緊張感。「位置について、よーい」と声を上げる係員。
ぱあんと、ピストルの音が響く。
ところで、すっかり忘れ去られているがまひとは人外枠である。
当然ながらその身体能力も人外なわけで。
どびゅん。
「「「「「は?」」」」」
サブだけでなく、ほぼ同時にスタートを切った同じグループの面子が唖然とした声を上げる。
正しく電光石火。冗談抜きで瞬きするような合間に、まひとはゴールテープを切っていた。サブ以下同グループの面子はおろか、係員や観客たる生徒たちもぽかんと間抜けな面を曝している。平然としているのは太平以下極限られた人間だけだった。
「相変わらず速えな。なに食ってりゃあんなんなるんだか」
大体お前と同じものだ。そんな太平の戯れ言はともかくとして、さくっとゴールしたまひとは1と書かれた旗を手に、くねくね尻を振り踊り狂いつつ小馬鹿にした様子でサブを挑発している。
「ねえどんな気持ち? カマ野郎に無様曝して負けたのはどんな気持ち?」
「あんなのに……あんなのに……っ!」
「こんな悔しい思いをしたのは初めてだ……っ!」
「屈辱……途方もない屈辱……っ!」
サブだけでなく同じ走者グループの面子も膝から崩れ落ちてむせび泣く。見苦しい絵柄であった。
いきなり酷い開幕だが、こんなのは序の口である。
大体みんな分かってるだろうけど、この後も阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
「ねえさま! 今日という今日は猛省させてあげるのです!」
「は、返り討ちにしたるわ!」
ついにこの二人が直接対決と相成る。
女子混合400メートル走。学年入り交じって行われるそれで偶然か神の采配か(え? ワシ知らんよ!? by神)美佳とルーシーが同じ走者グループとなった。本人たちもノリノリであるが、それより観客の方が大騒ぎだ。何しろこの二人、天使と悪魔であることを全く隠していない。性格はアレだがそのスペックは折り紙付きである。かてて加えて容姿も極上で、実は校内でもかなり人気が高くファンの派閥らしきものもある。いやがおうにも盛り上がろうというものだ。
「さあさあ注目の一戦、天使と悪魔の直接対決! オッズは今のところ五分五分だけど実際はどう転ぶか分からない、さあ張った張った!」
「いいかげん懲りてくれませんかねこの邪神」
一部別な意味で盛り上がっている所もあるようだがそれはさておいて。
スタート位置に並ぶ二人。いや他にも面子はいるのだがその圧倒的な存在感に気圧されている。構えを取り、闘志を高めていく。
「(スタートから……)」
「(全力でいく!)」
双方共にくわ、と目を見開き、轟々と闘志が溢れ出て炎のごときエフェクトが天をつく。他の面子は半泣きだ。
やや腰が引けながらも、係員がピストルを天に向ける。撃鉄が落とされ、少女たちは一斉に駆け出した。
ところで、400メートル走は直線だけで行われるわけではない。当然ながらカーブもあるわけで。
んでもって、わりとあほの子な二人はそのへんすぽーんと忘れて全力を出していたわけで。
「にょわわわわ曲がれないいいいいい!?」
「なにすんねんウチを巻き込むなあああああ!?」
コースアウト。そして激突大爆発。
不幸中の幸いは、巻き込まれた人間がいないことであった。
「校舎が……また修理費が……」
もうもうと噴煙を巻き上げる校舎を見つつ滝のような涙を流して嘆く校長の頭から、髪の毛が一本はらりと落ちた。
諸行無常。
気を取り直して次の競技である。
大玉転がし。直径2メートルほどの玉を転がして早さを競う競技であるが。
「見るからに事故起こりそうだよなあ」
眉を顰めて太平がぼやくように言う。確かに言われてみればあんなでかい玉、暴走したら大惨事である。
そして、安全策は無いに等しいと思われた。だがしかし。
「ふはははは! こんなこともあろうかと! こんなこともあろうかと!」
「……なんすか先生」
脇からにゅんと現れた博士が、したり顔で解説を始める。
「大事なことだからもう一回言うがこんなこともあろうかと! あの大玉にはこの私が開発した超軟性弾力樹脂を使用してある! たとえ全速でおこさまにぶつかってもふんわり柔らかく受け止める天使の羽のごとき新感覚! 只今特許出願中だ!」
「…………そーですか」
嫌な予感が増した。
が、それを口にすることなく、太平はただ溜息を吐いて肩を落とした。
「別に目立とうなんて思っちゃいませんが……折角ですから良いところ見せたいものですね」
「(よかった……まともな生徒ばっかりだ……)」
男女混合で行われる大玉転がし。その先陣を切るメンバーの中に勇気と風紀委員長の姿があった。
幸か不幸か、このグループの中に性格がアレでナニな人間はいないようだ。スペック的に勇気が突出しているような気がしないでもないが、そのくらいは許容範囲内だろう。委員長は安堵しスタートラインに並ぶ。
しかし悲劇は予想外の方向からやってきた。
ピストルが鳴らされ、選手たちは一斉に大玉を転がそうと思いっきり押し込んで――
ぶにょん。
そのままずっぽりめり込んだ。
「「「「「もがーーーー!?」」」」」
丸々上半身が大玉に埋まった形でじたばたもがく選手たち。その光景に周りの人間はしばし唖然としていたが。
「た、大変だー!!」
誰かが悲鳴を上げ、それで我を取り戻し、皆慌てて選手の救出にかかる。
「あ、あれ? なんでこうなった?」
「だいたいこんなことになるだろーとは思ってました」
腕を組んだまま首をかしげる博士に、さもありなんといった様子で言い放つ太平。
なお競技は大玉転がしから大玉救出競争に変更され、とどこおりなく終わった。
アクシデントはあったものの、それでも競技は続いていく。
「うふふふ、こういうのもたまには一興よねえ?」
「アタシ嫌な予感しかしないんだけど」
こんどは水樹と綾火が選手だ。もちろん水樹はD組ではないので今回ばかりは敵である。まあそれは構わないのだけれど、今までの流れからまたろくでもないことが起こるんじゃなかろうかと、綾火は思っていた。
もちろんその予感は当たる。
彼女らが挑むのはスプーン運び競争。スプーンの上にピンポン球などを乗せてゴールまで運ぶという競技である。ちょっと不器用な人間にとっては結構難易度の高い競技であるが、この学校のスタッフは、さらなる難関を用意していた。
「は? ひよこ?」
「なんでそんなハードルあげるのかしら」
非常識人枠と目されている彼女らに与えられたハンデ。それはピンポン球ではなくなぜかひよこをスプーンに乗せて運ぶというものであった。確かに運動能力は常人を超える彼女らであるが、別に器用さも常人以上というわけではない。むしろ綾火など大雑把な部分が多いのでどちらかといえば細かい作業は苦手である。
まあしかしここで逆らっても意味はない。完全に納得いかないまでもスプーンを受け取り、用意されたひよこが入っているというダンボール箱を開ける。
そこで待ちかまえていたのは。
「ぴぃよ」
やたらと渋い声で短く鳴き声を上げる、でっかい毛玉。
「「ってダチョウのひよこやないかい!!」」
スプーンを地面に叩き付けながら、綾火と水樹はそろってツッコミを入れた。そうしてから係員に食って掛かる。
「どういう嫌がらせよこれは! 事と次第によっちゃあ出るとこ出るわよ!?」
「ちょっと体育館の裏側でお話とか必要かしらうふふふ」
「わ、わたしのせいじゃありませんよう、近所でひよこを貸してくれるのがダチョウ牧場しかなかったって、学年主任が」
「ピンポイントすぎるわコネがっ!」
勿論その後もぐずったが、代案などあろうはずもないし時間もないので。
「「うおおおおおおお!!」」
「「ぴぃよ」」
二人はスプーン二刀流でなんとかひよこを保持し、死にものぐるいで走り抜いて1・2フィニッシュを決めた。
さらにその後。
「「ぴぃよ」」
「「……懐かれた……」」
頭の上にでっかいひよこを乗せた綾火と水樹の姿があったそうな。
なんだかんだあったが、大きな怪我人もなくプログラムは後半戦へと移る。
「ついに、ついに登場! 満を持して! このっ!」
ばっ!
「鯉っ!」
尺を取るので以下略。
「いきなりなんか華麗な登場シーンがごっそり削られたような気がしますわ!?」
がびびんとショックを受ける恋だが、いつもいつも優遇されると思っていたら大間違いだ。
それはそれとして恋が参加するのは、かりもの競争である。ただし普通とは毛色が違うようで。
「なるほど、『狩り』とかけたわけですわね」
気を取り直して呟く恋。
コースの途中、グランドの中に用意されたのは、ちょっとした動物園にも見える『借り物』の数々。ケージに入れられたり鎖で繋がれたりした様々な動物だ。まあ生徒や教師などからものを貸し借りするとあとで紛失などのトラブルがあるかも知れないので、これはこれでありなのかもと思うし、見ている分には面白い。むしろやる気になった恋はそう考えてスタートラインに並ぶ。
「ふ、ハンティングと言えば高貴なる者のたしなみ。ひと味違うと言うところを見せて差し上げますわ!」
構える。言うだけあってなかなか様になっていた。そしてスタート。他の追随を許さぬ速度で駆け抜け、折りたたみテーブルの上に用意された封筒をすぱんと手に取る。
中に入っていた紙に記されていたのは――
「さあ! わたくしに狩られる哀れな獲物は……」
ト●ロ。
一瞬ぴき、と硬直した恋は見間違いですわよねとか呟きつつ目元をこしこし擦ってからもう一度紙を覗き込むが、当然書かれている内容は変わらない。
まさかと思いつつそろ~りと動物たちの方を見やれば。
「ぶも~」
いるし。
しばし呆気にとられていた恋だが、そのうちぷるぷる震えだした。
そして。
「やってやりますわあああああああ!!」
やけになってカチ切れ、拳を振り上げト●ロに挑みかかった。
しばらく後。
「おほほほほほこのわたくしに楯突こうなどと一万年と二千年早いですわ! さあ皆さん、勝利者たるわたくしを褒め称えて下さいませ!」
満身創痍となった恋が、ぶちのめされたト●ロを引きずりながらゴールへたどり着く。鬼気迫るその姿はむしろどん引きであった。
当然ビリっけつである。
この事実を指摘された恋は地面に膝と両手をついてむせび泣くことになるが、まあ世の中そんなモンだ。今はただ泣くが良い。
なお、番長もこの競技に参加したが。
「さあ! 俺様の相手はどいつだァ……」
ショ●ス。
不定形のうねうねしたそれに一瞬ビビる番長であったが、果敢に挑みかかった。
結果。
「やったらあ……あああああ!? ちょ、まて触手とか絡むな俺様をどこへ連れて行く気だああああ!?」
「てけり・り」
ア゛ッーーーーーーーーーー!!
薄い本が厚くなりましたとさ。
ある意味盛り上がりまくっている体育祭。やけくそのように声を張り上げる生徒たちの前で行われるのは、本日の目玉。
障害物競走である。
「よっしゃあ! それがしの時代がやってきたむしろ時代がそれがしに追いついたァ! 今まで地味な活動でありもうしたが、今ここに! 篠備賀 透が名を刻む花舞台が!」
やたらとテンション上げている透を、周りの人間は冷めた目で見ている。
同じ競技に出るためその中に混じっていた正義は、聞き入れないだろうなあとか思いつつも一応知り合いだからと声をかける。
「篠備賀ちゃんよ、張り切ってるところ悪いが今までの流れからするとまたぞろろくでもない事が待ってると思うんだが」
「ふ、甘うござるな正義殿」
テンション高いまま、やたらと格好つけた様子で透は返す。
「ろくでもないことどんと来い! むしろ常人がついていけないレベルなればこそ我が有利! さあSAS●KEでも風雲な城でもかかってこられるがよかろう!」
自信満々というか完全に慢心していた。うんまあ、本人が良いならそれでいいやと、正義は色々なものを諦めた。
ふたを開けてみれば、コース自体はごく普通の障害物競走である。参加者一般人枠はほっと胸をなで下ろし、正義は訝しげな顔。透はありありと不満げであった。
「いかなることか! このようなただのコースでは単なる圧勝に終わるでは……」
「ああ、非常識枠の人らには、このようなハンデが用意されています」
流れるように係員が正義に何かを手渡す。
「え? ロープ?」
なんだと思いながらその先を見てみれば。
10個くらいの大型ダンプ用タイヤが繋がれてました。
「つまりこれ引けと言うことですね分かります」
なんもかんもを諦めた正義に次いで、透にも試練が言い渡される。
「篠備賀君にはこのようなハンデが用意されています」
指し示された先には。
手錠二つ、ロープ、鎖、重し、鋼鉄の処女、深さ2メートルほどのアクリル製水槽(満タン)。
「それで何をするつもりかあああああ!?」
「両手足に手錠をかけてロープで縛り上げた上で鋼鉄の処女に叩き込み鎖で縛って重しをつけて水槽に沈めてからのスタートとなるんですが」
「それハンデじゃない! 拷問以下のおぞましい何か!」
「え? 手品師でも脱出できるんですからニンジャなら楽勝ですよね?」
「種も仕掛けもあるようなイリュージョンと一緒にしないで頂きたい!」
「まったまたあ、ニンジャならこれくらいの無茶振りなんとかなるっしょ」
「あんたら忍者なんだと思ってるんだああああ!!」
ろくでもないことどんとこい、なんて言うからこんなことになる。
結局、透は棄権した。観客からのブーイングは凄いもので彼はしばらく肩身の狭い思いをすることになったが、命には代えられない。
なお正義はでかいタイヤ10個を引きずって見事一等を勝ち取り、ちょっとだけ株が上がった。
そしていよいよ最後の競技である。
棒倒し。男子のみが参加するそれは、普通であれば対戦方式で生徒たちが支えている棒を倒しあって先に倒した方が勝ちというものであるが。
「……なんでスコップが渡されるわけよ」
「もうこの時点でばりばり嫌な予感がするな」
手渡されたきんぞー印の剣スコップに眉を顰める太平たち参加選手。そんな彼らを余所に観客席では応援合戦が始まっていた。
「さあてここで妾の面目躍如! 傾国傾城の魅力、存分に見せつけてくれるのかしらん!」
「名誉挽回汚名返上! このわたくしの底力、見せつけて差し上げますわ!」
チアのコスを身に纏った玉藻と恋を筆頭に、女子たちがポンポンふりつつ応援のダンスを披露している。その中には綾火以下精霊戦隊の四人とまひとの姿もあった。
「あれ? なんかおかしいような」
幾人かが首をかしげるそんな場面を背後に、いよいよ選手たちは競技に挑まんとしているわけだが。
「おい、もしかしてこれって……」
目の前の光景に唖然とする選手たち。
高さ3メートルほどの砂山。そしてその頂点に立てられたなっがい物干し竿のような棒。
「ではそれぞれの組で30秒ずつ砂山の削り合いをやって、倒したところから負け抜けしていき残ったところの優勝ということで」
「「「「「確かに棒倒しだけどさあ!」」」」」
説明を聞いた選手たちが一斉にスコップを地面に叩き付ける。しかし係員はすましたもので。
「普通に棒倒ししたら競技じゃなくてバトル漫画になるからこれで、ということです」
言われてみればそれは確かに。しぶしぶながらも選手たちは納得し、スコップを拾い上げ、あらためて競技に挑む。
で、始まってみましたならば。
「そこもうちょっと、もうちょっといける!」
「無理無理無理! ヤバいってこれ以上!」
「このへんそーっと、そーっとやって!」
「倒れるなよ倒れるなよもうちょっと頑張って!」
「いいか押すなよ! 絶対押すなよ!?」
「ええいどいつもこいつも! ならば俺がやる!」
「どうぞどうぞ!」
怒号と悲鳴が選手観客の双方から聞こえる大騒ぎとなった。
さいしょはこんなモンと思っていた選手たちだが、やってみればこれが以外とハマる。いつの間にか彼らは必死こいて競技に集中していた。予想外の盛り上がりようである。
「いやこれって盛り上がってるというか心臓に悪い類のなんか別なアレだろ……ってわーわー! あぶあぶやめええええ!!」
太平の悲鳴が天に響き渡っていた。
結局、体育祭は盛況に終わり、接戦の末D組連合の優勝で幕を下ろした。
終わればあっけないものである。閉会式とかもなんらアクシデントが起こることなく、粛々と進みさくりと終わった。まあ余計なことを起こす気力が誰にもなっかったとも言うが。
なんやかんや後かたづけを終え、生徒たちは帰路につく。夕日が傾く中、太平とまひともまた家路をてくてくと歩いていた。
「たいへーちゃんどしたの? なんかまた難しい顔してるけど」
気に入ったのかツッコミ待ちか、いまだブルマ体操着姿のまひとの問いに、太平は眉を顰めたまま首をかしげつつ答えた。
「いや、体育祭な? たしかにこう、アレでナニで酷かったんだが……なんだろう、大したことねーやと感じてしまうオレがいる」
「え? うん、それは……」
戸惑いながらまひとが疑問に応えようとする前に、太平の携帯が鳴り響き黒塗りの高級セダンが眼前に急停車して垂直離着陸機と宇宙船が急降下してきた。
「シニョール! あの方が、あの方がああああ!!」
「天下さん! 御前が、御前があああああ!!」
「HAHAHAHAHA、ちょっと付き合ってもらおうか太平ボーイ!」
「その次はこっちな? ちいと火遊びが過ぎるお子様に、おしおきといこうぜ」
「ああ分かった分かった! だから順番だこのやろう!」
押し寄せる理不尽にうんざりしながらも立ち向かおうとする太平。その背中を見ながらまひとはぼそりと呟いた。
「普段の生活の方が、よっぽどアレでナニで酷いからじゃないかなあ……」
こうして、体育祭は(太平的には)平穏無事に終わりを告げた。
しかし、学校行事はこれで終わりではない。またぞろ斜め上方向に酷い内容で待ちかまえているのだ。
戦え太平、負けるな太平。
巻き込まれた一般生徒はかなり迷惑だが、気にせず明日に突き進むのだ!
「「「「「どうせ採用されるわけ無いと思ってシャレで障害物なんちゃら競技を提案したら、ネタ被っててワロタ」」」」」
by教師ども。
なんでHGHMでマークⅡ出てないし。
ネットで旧キットぽちるのもなんか悔しいなあ緋松です。
さて作中でも触れていますが、長いことやってて初めての学校行事です。でもやってることはいつも通りのぐだぐだ。普段の生活の方がよっぽど酷いというオチでございました。
実際こいつら本気で全力出させると単なる戦闘力インフレで始まって太平が制圧して終わりという、それこそいつも通りのオチになりかねませんので。どんだけ戦闘力を削るかってところで実行委員たちも苦労したんではなかろうかと。
さてさてそういうことで今回はこのあたりで幕とさせて頂きます。
良い夢見せてもらったぜあばよ。




