そのいち・いつもの光景こともなし!
小鳥がさえずる音。東から差し込む柔らかな日差し。それを感じ取って、少年の意志はゆっくりと覚醒した。
むうとか唸りながら起きあがる少年。ぼさぼさの頭をぼりぼりと掻きながらぼんやりとした視線で部屋を見回す。
いつもと変わらない部屋。いつもと変わらない朝日。こんもりと盛り上がった布団。
…………………………。
「!?」
自分以外の何者かが布団の中にいる! そう気付いた少年は、がばりと布団を捲り上げた。そこで現れたのは――
「ふあ……ん、おはよ♪」
黒髪ロングの、ブレザーを纏った小柄な美少女……に見える人物。
可愛らしい笑顔を見せるその人物に対して少年は。
「え?」
がし、と顔面を鷲掴みにし――
「どおおおおおおおおりゃあああああああ!!」
思いっきり部屋の壁に向かって投げつけた。
静謐な朝に、衝撃と轟音が響き渡る。
「ううううう、酷いよ酷いよ愛がないよ」
ぐすぐす言いながらテーブルに突っ伏してる黒髪ロング。それに対して対面に居座っている少年は不愛想にこういった。
「野郎に愛なんぞないわい」
そう、ちゃっかり女子の制服まで着込んでるこの人物の名は【皇 まひと】。れっきとした男の子である。
少年の言葉にまひとはがぱりと身を起こして、半泣きの表情で少年に食って掛かった。
「あー差別だ差別だ! 最近は男の娘って言って市民権を得てるのに表現の自由を認めないのはいけないと思います!」
その主張に、少年はは、っと鼻で笑って心底小馬鹿にした様子で言う。
「同じ可愛いんならち●こ生えてないほうがいいわい。大体可愛い子にち●こ生やして興奮するってのは最早変態の領域じゃねえか」
色々な方面に喧嘩を売りまくる危険な発言であった。ってか朝からち●こち●こ言うな。
ともかく非情とも思える少年の言葉に、まひとは泣きながらキッチンに向かって訴えかけた。
「うええええおばさまあ、いぢめが発生してるよう!」
必死の訴えが耳に届いたのか、キッチンからひょこっと顔を出す人物がいる。
「あらら、だめよあんまりまひと君泣かせちゃ」
別に異様に若いわけでもなんでもない、どこにでもいるような普通の主婦だった。名を【天下 夢想】。なんか名前負けしてるようなとご近所でも評判の女性である。
で、そんなどこにでもいるような主婦に見える夢想さんは、にこにこしたまま次のような言葉を吐いた。
「折角の金蔓げふん、親御さんから預かってる大切な居候なんだから、仲良くしてあげなさい。表向きだけでも」
「少しはオブラートに包みましょうよおばさま!?」
ずがしゃんとショックを受けた表情でまひとは言うが、夢想さんはにこにこ笑ってこう返すだけだ。
「だって男同士とか実際見ると正直キモいわよ? 特にうちのは見ての通り平々凡々とした顔つきなんだから」
「……半分はかあさんの遺伝子の仕事なんだが」
「あら、じゃあとうさんの遺伝子がよっぽど頑張ったのね」
「旦那と息子いっぺんにディスりやがったぞこの母親」
「ってか自分は自信満々なんだ」
少年とまひとが同時に呆れたような表情になる。と、そこでリビングに新たな人影が現れた。
「うぃ、おはよ~」
眠そうな顔をしたセーラー服姿の小柄な少女。ツインテールの髪を揺らしながらとてとてと歩き、少年のとなりに腰を下ろす。
その少女に対し、まひとが真剣な表情で語り掛ける。
「おはよう。ところで両親の遺伝子と生まれてくる子供の容姿との相互関係についてどう想う?」
「そんな話してなかったろうが」
少年がツッコミを入れ、そして少女は一瞬小首を傾げてからこう言う。
「わたしはお兄ちゃん格好良いと思うよ?」
「一瞬で理解した!? 兄弟愛!?」
「いや聞こえてたし」
マイペースに受け答えするこの少女は【天下 恵】。少年の妹にしてはなかなか可愛らしい容姿を持ち、学校の成績もかなりよろしい天下家自慢の娘さんである。
多少ブラコン気味の所があるが、それも十分許容範囲だろうと言うことで男子からの人気も相応に高いらしいが、今のところ彼氏はいない。
「なんか余計な個人情報まで流されたような気がする」
「うん地の文にツッコミいれちゃダメだからね? ……ところでボクはどうかな? 可愛い? ねえ可愛い?」
くねりとポーズを決めてうふんと恵に問い掛けるまひと。少年が格好良いと言われたので対抗意識でも燃やしているのだろうか。無意味に。
恵は眠そうな顔のまま、どうでもよさげに言う。
「ん~、可愛いんじゃない?」
「いやっほう恵ちゃん愛してる結婚して!」
「56億7千万年経ってもイヤ」
「即答!?」
がびびんと再びショックを受けるまひと。色よい返事がもらえるとでも思っていたのだろうか、常識的に考えれば分かりそうなものだが。
まあそもそも常識的に考えられる人間が女装して日常を過ごすはずもないのだがそれはそれとして、ずるずるとテーブルに崩れ落ちるまひとにやれやればかだなあと呆れた目を向ける兄妹。似たような言動を毎日毎日繰り返して、少しも学習しないのは脳になにやら欠陥があるのではないだろうかと、揃って酷いことを考えている。
その時、リビングに新たな人影が現れた。
「グッモーニンマイラブリーファミリー! 今日も爽快かね、爽快かね!?」
「無理矢理キャラを作ろうとするなよとうさん」
ずは、と両手を広げて唱うように宣うメガネのお父さんに対して冷静にツッコミを入れる少年。
【天下 一】。すこしお調子者の天下家家長である。少年のツッコミに対しては、なぜか自信満々な態度で答えを返す。
「何を言う、こういう業界では主役でなくとも目立ったものが勝ちなのだよ! 多少の無茶程度はやってのけなければむしろどんと来いと言うぐらいの気概がなければな!」
これ以上ないというくらいにドヤ顔。そんな父に少年はぼそりとツッコミを入れた。
「メタってまで主張してるところ悪いけど、とうさんあんまり出番無いから。ファミリーものじゃないし」
ぱきりと瞬時に石化する一。哀れではあるがそう言うことなので諦めて欲しい。
「はいはい朝っぱらからつまらないこといってないで、ごはんにしますよ。ほらあなたも固まってないで。せっかく格好良いのに台無しですよ?」
「うむそうだな! 男は常にダンディでなければならないと我が恩師も言っていることだしな!」
これまた瞬時に立ち直りはっはっはと笑いながら席に着く一。チョロい。
とにもかくにも家族とおまけが揃い、料理が並べられ最後に夢想さんが席に着き、そろって頂きますと手が合わされ朝食が始まる。
これが天下家における、いつもの朝の光景であった。
住宅街から少し離れた市街地。
再開発が進む地方都市の例に漏れず、新たな建物が次から次へと建築されているその区画に、一つの高層マンションがある。
その一角、住宅地から市街地までを見回せる部屋に、一人の女性の姿があった。
「【高見 望】です。本日より特対の監視任務に就きます、よろしく」
直立不動で見本のような敬礼をするスーツ姿の女性――望。気合いの入った様相であるが、部屋の中で待ち構えていた人物はやる気なさげな態度で応える。
「あーようこそ内閣調査室特殊監視支所へ。ま、あがってあがって」
よれよれのスーツに無精髭。どう見てもくたびれたサラリーマンにしか見えないその男――支所長は、軽い態度で望を招き入れる。さすがは歴戦の諜報員、どう見ても一般人にしか見えないわと妙に納得してから望は部屋に足を踏み入れた。
本来であれば住居としての空間であるはずのそこは、モニターやパソコンが所狭しと並べられ、窓際には望遠用の長大なレンズがつけられたカメラが砲列のように並んでいる。そしてそれらの間でくたびれた様子の所員達が黙々と作業を続けていた。
何かを厳重に監視するための布陣。しかしそれに関わるメンバーの空気は厭世観に満ちた、気迫のないものだ。
「(それほどの激務、ということかしら?)」
微かに眉を顰める望。その彼女に支所長はへらへらとした調子で語り掛けた。
「ま、気楽にいこうや。目標の警戒度は高いけど、はっきりいやあ閑職に近い。ともかくまずは慣れるところから……」
そう語っていたところで、部屋のインターホンが鳴った。支所長は「あ、わりちょっと待って」と望に告げてから玄関の方に向かう。
そのまま暫し歓談の声が続いて、ややあってから鍋といくつかの容器を抱えた支所長がほくほく顔で戻ってくる。
「いやあ上の階の公安さんとはす向かいの防諜の人からお裾分けを貰っちゃったよ。後でみんなで頂こう」
「「「「「う~っす」」」」」
「ちょっと待って下さい」
和気藹々と言葉を交わす所員と支所長に対し、さすがに望はツッコミを入れた。
「ん? どした?」
「いえどしたじゃなくて、なんで公安や防諜がここに!? それになんでそんなにフレンドリーなんですか!?」
「いやあっちも対象の監視に来てるに決まってるでしょ? それにこの程度で驚いてちゃ身が保たないって」
はっはっはとか力無く笑いながら、支所長は続けて言う。
「なにせお隣のジャックさんなんかMI6だし、下の階のクラウスさんはNATO諜報部だよ? 他にもCIAとかFBIとかロシア諜報部とか、ここには諜報関係の人がたんまりと居座ってるんだから」
「いやおかしいでしょうそれは!?」
声を荒げて望はツッコむが、支所長は肩を竦めるだけだ。
「最初はみんなそう言うんだけどね、そのうちそんな事どうでもよくなる。賭けてもいい」
「そんな事って! こんな状況が罷り通るような要因が特対にあるというのですか!?」
望の言葉に支所長はへらりと笑った。その目の中に、疲れ果て、何もかもを諦めた色があることに気付くには……望は若すぎた。
「なに見ていれば分かるさ。見てればね」
華牡市立第三高校。共学の普通校ではあるが、そこに集う人間はなんというか……濃い。
どれくらい濃いかというと。
「今日こそ貴様との決着うぉ、つける時だァ!」
「やっちまってくだせえ親分!」
「さすがっす輝いてるっす兄貴!」
今時自称番長などと名乗っている人間とその腰巾着がいたりするくらいには、濃い。
最早何年前のものか、ずたぼろの長ランにドカン。シャツを着ずに鳩尾の辺りまでさらしを巻いて頭にはこれまたずたぼろの学生帽。そしてご丁寧に下駄履き。2メートルを超えるであろう身体には良く似合う格好であったが、場違い感がはんぱなかった。
校門前で己を待ち受けていたその男に対し、少年は――
「ほんじゃしっかりやれよ恵」
「あい~、お兄ちゃんも居眠りとかしちゃダメだよ?」
完全に無視を決め込んで近隣の中学校へ向かう妹を見送っていたりする。
びき、と番長の額に血管が浮く。しかし俺は番長俺はビックなどとぶつぶつ呟いて精神の安定を図り、やや引きつってはいたが野太い笑みを浮かべて再び話し掛ける。
「ふ、家族との今生の別れは済んだかァ? もう後顧の憂いはないだろォう、さあケリつけようぜェ」
「で、お前やっぱり女子の格好のままなのな」
「校則には男子が女子の制服を着てはいけないとは書いてありません」
「常識的に考えれば着ようとするヤツがいないからだろう」
やはり完全無視。少年はまひとと喋りながらすたすたと校舎へと向かう。
ここで元々沸点の低い番長の怒りが一気に頂点に達した。
「スカしてんじゃァねえぞごらァあ!!」
地響きを立てる勢いで踏み込み、少年に殴りかかる番長。
その拳は狙い違わず、少年の後頭部へ吸い込まれるように叩き込まれた。
ご、という打撃音。岩をも砕く拳を受けた少年は前のめりになり――
それだけだった。
しん、と時間が止まったような沈黙。そして。
びぎり。
前のめりの姿勢で留まった少年のこめかみ辺りから、確かにそのような音が響いた。
次の瞬間、最早物理衝撃波と化した轟音が響く。
振り返りながら番長を殴る。少年が取ったのはただそれだけの、実にシンプルな行動だった。
ただそれだけの行動が、誰にも認識できなかったが。
番長は吹っ飛ぶ。そりゃもうもの凄い勢いで。
具体的には縦横に複雑に回転しながら天空に舞い上がる程度に。
見上げるほど高く宙を舞ってから落下。そして校舎の正面玄関より離れた雑木林のあたりに墜落。地響きを鳴らしながら地面にめり込んだ。
「づっ……ぐお……」
並の人間なら意識を失うでは済まない衝撃に何とか耐えたらしい。番長は呻きながらうつ伏せの姿勢から起きあがろうとする。
その頭を誰かがごすんと踏み付けつけ再び地面に縫いつけた。
もちろん踏み付けたのは少年。無表情だが額に青筋を貼り付け、無慈悲に番長の頭部へと足を振り下ろし続ける。
がっ、ごっ、どっ、と鈍い音が響き渡り、番長は地面にクレーターを穿ちながらめりこみ続ける。そこでやっと、腰巾着どもが駆け寄ってきた。
「んなななななにしてやがりくさりますですかべらんめえこんちくしょう!?」
「も、もう止めるっす! 兄貴のHPはとっくにゼロっす!」
掴みかかって少年を止めようとした二人の腰巾着だが、無造作に伸びた少年の両手が正面から二人の頭を鷲掴みにする。
そして少年は二人に抵抗を許さず、これまた無造作に二つの頭を正面でぶつけ合う。
ぐちゃ、とかごぎり、とかやたらと生々しくてヤバげな音を響かせてから、二人の身体は諸共番長の上へ被さるように沈む。そのまま少年は無慈悲にがすがすと踏み続けた。
ややあって、半ば以上地面に埋まりびっくんびっくんする以外の反応を見せなくなった三人を確認し、少年は振り返ってまひとに向かって言う。
「おい、スコップとロープと使い古しのロッカーと竹筒、用務員室から借りてきてくれや」
「……一応確認しておくけど、何する気?」
「こいつら縛り上げて纏めてロッカーに放り込んで竹筒刺して埋める」
迷いなく、どきっぱりと答えが返ってきた。本気と書いてマジで殺る気だ。
「失敬な。即身仏にしてやるだけだっつーの」
「どっちみち死んじゃうよ!?」
「はっはっは、ばっかだなあ。……2、3日生きててくれりゃあ傷害罪で済むじゃねえか」
「いやなんないから! 殺意ばりばりって判断されちゃうから!」
「ちっ、最近は煩ェなあ。……しょうがねえ、慰謝料だけ貰ってくか。金目のモン漁るの手伝え。あとズボンとパンツ没収な」
「手加減してこのえげつなさってのが凄いよなあ……」
ど外道であった。だがしかし、次々と登校してくる生徒達も教師達もほぼ無反応で、あってもまたかという程度の顔をされるくらいでしかない。
そう、この程度のことはすでに日常の光景でしかないのであった。
「……………………あの~……………………」
「うん言いたいことは分かる」
早速監視カメラからの映像を見せられていた望が、色々と言いたげな顔で何を問うたらいいのか迷いつつ言葉を発し、支所長はただ頷いて応えた。
どこからツッコんだらいいのだろうかこれは、望が言いたいことを纏めるとこうなる。さもありなん、どう考えても常識的な光景ではなかった。
しかし、現実は無情である。支所長は肩を竦めつつこう宣う。
「まだまだ、この程度は序の口だよ?」
「やっと現れましたわね!!」
教室に到着した少年達を待ち構えていたのは、なんていうか……お嬢様だった。
己のスタイルに合わせて最高級の素材で仕立て直した制服。金髪縦ロール。どこに出しても恥ずかしくない金にものを言わせたお嬢様にしか見えないその少女は、ずは、と見得を切りながら少年に語り掛ける。
「さあ、今日こそあなたに刻んでご覧に入れますわ! この……」
ばっ!
「鯉!」
ばっ!
「ヶ!」
ばばっ!
「滝!」
ずばあっ!
「恋の名をっ!」
ずばしいっ!
名乗りながら次々とポーズを取る少女――【鯉ヶ滝 恋】。彼女が指差すその先には。
誰もいない。
「そういやお前ちゃんと課題やってきたか?」
「もちのろんでございましてよ。……見る?」
「やってきたわい」
「ガンスルーですの!?」
完全無視して己の席に向かう少年に慌てて向き直る恋。
「ちょっとどういうつもりですの!? わたくしが、このわ・た・く・し・が! 恐れ多くも自ら声を掛けているというのにその態度は!」
柳眉を逆立てて食って掛かる恋に対して、少年はゆっくりと振り返り半眼の視線を向ける。
で、ただ一言だけ言った。
「ウザい」
ずぶしゃあっ!
恋の胸に、見えない何かがクリティカルで深々と突き刺さる。
そして彼女はゆっくりと床に崩れ落ち跪いて両手をついた。
「こ、このわたくしの、至極の朝の挨拶を、ウザいと……ウザいなどとっ……なんという屈辱…………っ!」
「どう聞いても朝の挨拶じゃなかったような……」
力無く笑いながら控えめなツッコミをまひとが入れる。そのまひとに、打ち拉がれていた恋がいきなりぎぎんと射殺すようの視線を向けた。
「ひゃい!?」
ビビりながら少年の背後に隠れるまひと。恋はゆらりと立ち上がる。その身体からなんか禍々しいオーラが放たれているように見えるのは気のせいであろうか?
「ふふふふふ……見事な、見事な攻撃でしたわ。……ですがこの鯉ヶ滝 恋、この程度で倒れるなどと、見くびって貰っては困りますの!」
思いっきり精神的なダメージを喰らっていたような気がするのは気のせいなのですわと、己を奮い立たせて再び少年と相見えようとする恋。
少年の方はいやもう面倒くせえよこの女と言いたげな態度だ。
「いやもう面倒くせえよこの女」
「オブラートにすら包みませんでしたわ!?」
どストレートな少年の言葉にがびんとショックを受ける恋。少年は己の席で肘を突き顎を手に載せた姿勢で、冷たい目のまま言葉を紡ぐ。
「大体朝の挨拶はおはようで十分だろうが。なんでいきなり不気味な踊りをくるくる踊り出してんだよ。脳に致命的な欠陥でもあるのかお前は」
「ふぐわっ!」
ぐさぐさと言葉の刃が再び恋の心に突き刺さる。自分ではめちゃくちゃ格好良いと思ってやってるのだから余計にダメージが加算していた。
おおおおおと戦慄きながら再び床に沈む恋。それを冷たく見下ろしながらふ、勝ったと勝利に浸る少年。
朝から実に酷い絵柄だった。
「あ、あのさあ、もうちょっと優しく扱ってあげてもいいんじゃない?」
おずおずと言うまひとの言葉に、少年はふんと鼻を鳴らして応える。
「わけのわからん難癖をつけてくるヤツは叩き潰すに限る。それがオレの流儀だ」
「難癖じゃないと思うんだけどなあ……」
まひとの小さな呟きは、もちろん少年の耳には届かなかった。
「……………………あの~……………………(汗)」
「うん言わなくて良いから」
「いえでもあの子、鯉ヶ滝って…………もしかしてやんごとなきお家の令嬢じゃあ……」
「だから言わなくて良いから」
引きつった顔で問い掛ける望の言葉に、これまた引きつった顔で応える支所長。
鯉ヶ滝家。日本でも指折りの名家であり資産家である。当然ながらその子女が公立高校に通うなどと言う事態はあり得るはずがない。
はずがないのだが。
「本人がごり押ししたんだってさー」
「通るんですかそれ!?」
「通ったからああなってるんじゃない。……これで済むと思わないでよ?」
「おはよう。……その、この間は済まなかったな」
「おはよう。まったくだ、ちゃんとしてくれ」
打ち拉がれた恋が己の席でorzり出したところで少年に声を掛けてきた人物。
一言で言えばイケメン。細身だが袖や胸元から覗く身体は鍛えあげられているのが見て取れる。本来ならば意志の強そうな面構えなのだろうが、いまはもの凄く居心地悪そうな表情をしていた。
【織臥 正義】。またの名をジャスティオンという、先祖代々続く由緒正しい正義の味方の後継者である。
最初はその事実をひた隠しにしようとしていた彼であったが、紆余曲折(主に少年とのあれやこれや)があって結局カミングアウトし、いまでは少年のツレと化しているわけである。
ま、それはそれとして。
「分け前の方は振り込んでおいた。確認しとけ」
「いやちゃんと報酬貰ってるからそれはいらないと何度も……」
「金はあって困るモンじゃない。稼げるときには稼いどいたほうがいいぞ?」
その稼ぎ方が問題なのですが、とは口には出せない正義。正義の味方とはいえ彼も慈善事業でやっているわけではない。彼の立場はいわば公的機関の下請けであり、もちろんそれなりに貰うものは貰っている。しかしだからといってなんかあっちゃあ悪党から金を巻き上げる少年の行動が容認できるかと言えば、それとこれとは話が別だと言わざるを得ない。
だが少年曰く。
「あ? 不法滞在とかしてる宇宙人や悪の組織や●●人や●●人なんぞに人権はないだろう?」
これを本気で言っているのだから始末に負えない。事実正式に日本を訪れたわけでもないそれらの存在には戸籍も法的保証もないわけだがそうじゃないだろう。が。
「(基本的にこの人巻き込まれるだけだからなあ……)」
正義は心の中で深く溜息を吐く。そう、暴言暴論暴走が多いこの少年であるが、基本的になにもなければ少々口の悪い人畜無害な一般人にすぎない。自ら率先して悪事を行うどころか、むしろどちらと言えば成績も素行も良い方で優等生気味だったりする。
問題はなぜかしょっちゅう大事に巻き込まれ、その都度すべてを力業だけで叩き潰しついでに金品を巻き上げる所だ。はっきり言って体力も並よりちょっと上くらいしかなく特殊な技能も能力も持っていないはずなのだが、一度ネジが外れるとそんな事は関係ねえとばかりに一切合切を無視して暴走を開始する。
そうなるともう何者にも止められない。諸事情により何度か少年と対峙する羽目になった事があるが、保って3秒がいいところだった。それどころか彼と対峙して5秒以上保った存在を正義は知らない。
「(いや、5人合わせてってんならコイツら10秒近く保ったか……)おはよう赤坂。おそかったな?」
「おは~。……呼び出し食らったからってほいほい余所の受け持ちんとこ行くなって、協会のお偉いさんに絞られてたんよ」
ぞろぞろと教室に入ってくる4人。先頭から【赤坂 綾火】、【緑山 未地】、【桜田門 風音】、【目黒 光】。
何を隠そう彼女らは、チーム形式の正義の味方――戦隊、マナレンジャーである。
ちなみに後もう一人、【青木ヶ原 水樹】というメンバーがいるのだが彼女はと言うと。
「ふふふなんで私だけ他のクラスなのかしら。そうよね23区じゃないものね……」(どよ~ん)
ということらしい。
それはさておき例に漏れず彼女らも少年と色々あって、相対したり叩きのめされたり服従したりしたわけだ。実の所出来ればもう少年とは関わり合いになりたくはないのだが、担当地区や予算などの関係で転校とかは困難で、おまけに少年はなんかあっちゃあ巻き込まれ全てをご破算にしてくれる。
もうアレか、天災と思って諦めるしかないのかと、彼女らは悟りの領域に入り始めていた。
「(まあその、気を使ってるのか儲けた分は山分けにしてくれるけど……)と、ところで鯉ヶ滝のお嬢さんはどしたん? またなんかえらく落ち込んでるけど」
考えたら陰鬱になりそうなので話題を変えようと、綾火はあえて少年に話題を振るが。
「いつもの通り突っかかってくるんで撃退した」
「……あ、あのさあ、ツンデレって言葉、知ってる?」
「素直じゃないというか捻くれた物言いをする場合によっては暴力すら振るう、好意をなにかとはき違えた人格破綻者のことか?」
ざくざくっ! (恋はなんかすごいダメージを受けた)
「(うわやべ)い、いやあの、そういう女の子なんてどうかなとか。ほら、可愛くないかな?」
「どこがだ? 最低でもオレの好みじゃない」
ずぶしゅうっ! (恋は精神的に致命的なダメージを受けた)
「(あああああああ)そ、そこはその、素直になれない女の子の心情を酌む気とか……」
「好意を持っとらん相手にやられたらただひたすらに鬱陶しいだけだろうが」
ずがしゃんっ! (恋の心は粉々に砕け散った)
「朝から何をわけのわからんことを。別にお前がオレに好意を持っているわけでもなかろうに」
「いやそのあははははは」
大失敗だった。己の席でびっくんびっくん痙攣している恋に対して心の中で手を合わす。本来であれば少しはフォローになるかなと思ってやったわけだが、この男全く気付きゃしねえ。つーかどんだけツンデレに悪意を持ってるんだ。
綾火は内心憤りかけるが、周囲の仲間と正義は諦めろとばかりに揃って首を振る。確かに何言っても無駄だよなあと、綾火はまた一つなにかを諦めた。
「ともかく女心には敏感になっておいた方がよくね? もてるよ?」
「間に合ってるわい」
言ったところでけんもほろろ。どうしたらよい物だろうこの男。いやどうしようもないということはいやと言うほど分かっているのだけれども。
何もかも忘れて遠くに行きたいなあ。遠い目で虚空を見詰める綾火の態度に頷く周囲と訝しげな顔になる少年。
これも少年達の、いつもの光景である。
「……………………あの~!?」
「聞くな以上」
「対特殊犯罪下請け業務って、秘匿義務がありませんでしたか!? なんであんなにフルオープンなんです!?」
「だから聞くなと言うに」
目が点どころか目玉がどっか飛んでいきそうな雰囲気の望をやる気なさげな態度でたしなめる支所長。しかしさすがに堪えきれなくなったか、望はエキサイトしたまま言い募る。
「大体なんで特対の近くに彼らが集ってるんですか! 普通はもう少しバラけるものですし要注意人物とは距離を置かれるはずでしょう!」
「うんまあ普通はそうだね。まあ色々と偶然とか諸事情とかかさなってこうなっちゃったわけなんだけど……じつはまだまだなのさ。なにしろ彼の周りには他に……」
そこで一旦言葉を切った支所長は、ふはあと深く息を吐きつつ言った。
「天使と悪魔と精霊と魔王と神と邪神がいるから」
「………………………………は?」
「いやマジで」
振り返りながら言う支所長の顔には相変わらず力はなかった。が、その瞳だけは真剣な色を宿している。
どうやら本当らしい。最低でも支所長はそう確信している。望は雰囲気に呑まれ、ごくりと唾を飲み込んだ。
「一体……一体彼は、なんだというのです?」
暫しの沈黙の後、やっとのことで絞り出すようにそれだけを口にする望。
支所長はへらりと、枯れ果てたような笑みで応える。
「そうだね、彼は――」
少年の名は【天下 太平】。
おそらくは史上最凶最悪の、一般人である。
「あ、君明日から、あの学校に教師として潜入してもらうから」
「………………はい?」
おいーっす、みなさん元気ですかー?
仕事でへろへろの筆者でございます。
とりあえず主人公の周辺と日常ですが、ひどいなあ色々とw
こんな男いたら周りの女子から総スカン食うんじゃないかと思いますが。
ま、コレからもっと酷くなっていくんですがね! 大丈夫なのか色々な方面からおしかりは来ないのか!?
筆者はこれでもフェミニストのつもりです。
とにもかくにも今回はこのようなところで。
でわでわ次回。
 




