そのにじゅうなな・夏の風物詩でこともなし!
「お~ば~け~だ~ぞ~」
バイトの帰り、人気のない夜道で太平は出会った。
半透明で周りに火の玉が浮かんで足下が消えててふわふわ飛んでいる存在に。
ぶっちゃけ幽霊だった。
「え、え~っと……おばけですよ~、怖いですよ~?」
無反応な太平に対しておろおろしながら怖いぞアピールをしてるようだが、全然怖くない。まあ分かり切った話だが、取り敢えず殴るという様式美が発動したわけで。
「そういうわけで、こいつどうしよう?」
翌日、太平はいつもの愉快な仲間たちの前に、首根っこ掴んだそいつを突き出す。
見た目はおかっぱ頭の、整った容姿をした少年。情けない表情で「ど、どうも」とへこへこ頭を下げるそいつは、いっちゃなんだが半透明で足がぼやけてなかったらとても幽霊には見えなかった。
だがそんなんでも覿面に反応したのが一人。精霊戦隊リーダー綾火は一瞬の硬直の後、脱兎のごとくその場を飛び出し教室の端っこで机の下に潜り込み、ぶるぶると震えだした。
「あくりょうたいさんあくりょうたいさんおんきりきりばさらふんだったおんきりきりばさらだっふんだかみよこのふじょうなるものにだめだかみやくにたたねえとにかくえいめんはれるやおーそれみーよ!」
「し…新鮮な反応だ。こういうのを、こういうのを待ってたんですよ……」
綾火の様子を見て、なんか感動した趣で涙を流す幽霊。それを見て首根っこ掴んだままの太平は、ぼそりと呟いた。
「満足したか……じゃあもう思い残すことはないな」
「いやちょっとまってちょっとまってください! 成仏するのは問題ないですけどなんか不穏な空気が流れてるんですが!?」
太平の態度に泡を食った様子でツッコミ入れる幽霊。その様子によく事態は分からないがとか思いながら正義が恐る恐る尋ねる。
「ちなみにどんな風に成仏させるつもりだ?」
「成仏するまで殴る」
「「「「「やめてさしあげて!?」」」」」
正義だけじゃなくみんなが止めに入った。さもありなん。
ともかく事情が分からないとどうしようもない。皆は幽霊から話を聞くことにした。
「え~っと、どこから話したらいいものか……」
悩みながらぽつりぽつりと話す幽霊。本人曰く生前の記憶はなく、気がついたら幽霊になっていた、らしい。しかし随分長いこと他人から認識されず、色々努力した成果かやっと最近認識されるようになったようだ。
が、そうなできるようになってはたと気付いた。あれ、認識されるようになったはいいけれど、やることねえんじゃね? と。
何しろ幽霊である。学校もなければ試験もなんにもない。もちろん仕事だってない。途端に目的が失われ途方に暮れたが、取り敢えず幽霊らしい行動でもしてれば何とかなるかと気楽に考えた挙げ句の行動があれだったわけだ。まったくもってノープランだが別に誰が困るというわけではない――
「なまんだぶなまんだむなまんだぶ……」
まあごく一部に困ってるというか必要以上に怯えてる人物がいるわけだが、実害はないのでひとまずよしとしよう。
ともかく全然怖くないおどかしやってたら太平と出会っちまったわけだ。太平としては放っておいてもよかったのだが。
「こののんきというか考え知らずな様子からすると、おかしな相手にとっつかまって影響受けた挙げ句悪霊にでもなりかねん。その前に何とかしといたほうがオレ的には平穏だと思うんだが」
「「「「「ああまあ確かに」」」」」
いやまあそうなんですけどと、ひきつった笑顔を見せる幽霊の様子を見て、皆納得した。こいつ確かに騙されかねん。
かといって具体的にどうしたものだか。当然だが幽霊に知り合いなどいないし、ましてや相談など受けたこともない。何とかするノウハウがあるはずもなかった。
が、そんな中でも前向きな人間はいるもので。
「ふむ、興味深い話だ。そう言った類のものと言えば強い怨念などを持っているからこそ現世に縛られるものなのだが、そういった感情は最低でも表層上は見受けられない。……記憶がなくなっていることが関係しているのかも知れんね」
いつのまにやらアイアンな男のスーツを纏い調査機器類をうにょうにょ蠢かしながらぎぬらと目を光らせる博士。最早いつものことなので誰も気にしてない。
「では早速解剖を……」
「「「「「やめてさしあげて!」」」」」
「なぜかね!? 最早死んでいるのだからこれ以上死にようがないではないか!」
「そう言う問題じゃないってか、先生幽霊の解剖とかできるの?」
「皇君、何事もチャレンジ精神だよ」
「やったことはないんだ」
ともかく何とか博士を留める。のんきな幽霊も流石に危機感を覚えたのか、あわわと戦いて太平を盾にするかのようにその後ろに隠れていた。
と、そこに。
「「話は聞かせてもらったァ!」」
突如教室の扉をしぱたーんと開けて新たなる乱入者が現れる。
そいつらは人間ですらなかった。
「三高表七不思議が一、【夜中に校庭を走り回る二宮君】!」
びしすとポーズを決める着物姿の銅像。
「三高表七不思議が二、【トイレの花子ちゃん】!」
銅像と対照的なポーズを決める、半透明で小学生くらいの女の子。
皆が唖然とする中、太平がぼそりと呟く。
「昼間っから出てくんなよ」
問題はそこじゃない。皆は漠然とそう思ったが、誰かが口を開く前に動く者がいた。
「きいいいいいいえああああああああああ!!」
完全に錯乱した綾火だった。彼女は己が潜んでいた机の脚を持って振り回し、銅像の少年をめった打ちにし始める。恐怖のあまりの暴走だ。
「ちょ、まっ、ぶべらっ!」
「わ~! 止めて止めて~!」
タコ殴りにされる銅像。泡を食って綾火を止めにかかる精霊戦隊。
で。
縛り上げられ教室の隅に転がされた綾火を尻目に、太平を筆頭とする面々は自称七不思議という二人(?)を詰問し始めた。
「え~、なんかこう、凄く歪んでしまったような気がしますがそれはさておいて」
首の角度が45度くらい傾いた銅像が語り出す。話を聞いてみればなんのことはない。
「へ? 自分をスカウト? ですか?」
「そう、伝統ある学校の七不思議、その一角に是非とも加わって頂きたく」
「今時フリーの浮遊霊という希有な存在、その力を貸して頂きたいのです」
きょとんとする幽霊に、熱心な勧誘をかける二人。七不思議ってこういう感じで増えていくモンだったか? 誰もがそう疑問を抱いたが実情を知っているわけでもないので黙ってる。
ともかくどうやら三高の七不思議は数が足りていないらしい。
「そう、三高表七不思議は今のところ四名、この私二宮、そして花子。あと勝手に鳴る音楽室のピアノがおりますが、彼は自力で移動できませんので席を外しております」
そこから銅像はずは、っとある人物を指し示した。
「そしてリアルお狐様九尾 玉藻嬢。以上の四名で構成されているわけですが……」
「まってちょっとまって、勝手に変な集団に妾加えないで」
「はて? 転入のおりに書かれた書類の中に、ちゃんと契約書がございましたが。表七不思議に参加するという主旨の。ほれ署名もこの通りちゃんといただいておりますれば」
「何その手の込んだ詐欺!?」
意外な事実が判明したがそれはさておき。
「まあそういうわけでして、我々表七不思議は人材不足なわけなのです。ですので是非とも加わって頂けたらありがたいかと。今参加して頂けるなら近場の遊園地で幽霊屋敷のバイトが出来る特典がございまして」
「それ特典か? ……まあそれはいいけど、一つ聞いて良いか?」
「は、なんなりと」
太平は銅像にこんな問いを放つ。
「さっきから『表』七不思議とか言ってるが、まさか裏七不思議とかあるわけ?」
「は、裏というのも生やさしい、真なる七不思議がこの三高には存在しております。彼らに比べれば我々など路傍の石にも等しい存在……」
なんか妙に雰囲気を出して言う銅像の態度に、そんなすごいのがうちの学校にいるんだと、ちょっと疑心暗鬼な太平たち。
それに構わず銅像は語り出す。
「まずは一年に混じって天真爛漫に振る舞う、天空より下り来る天使!」
「「「「「あ」」」」」
そういやそうだった。あんなぽけぽけしたようなんでも一応天使だったわ。太平たちはその事実を思い出す。となると次は。
「そして三年に潜む漆黒の堕天使、悪魔!」
「「「「「…………」」」」」
やっぱりか。なんだかこの先の展開が読めたような気がして、げんなりする一同。
「生徒会を牛耳る精霊王! 教師を隠れ蓑に学園の裏でほくそ笑む邪神! 保健室に宿る神! それらの背後に身を潜める美しき魔王!」
「……魔王とかいたんだ?」
「ま、まあこんだけ色々集まってたらどっかにいるんじゃない?」
首を捻る正義に、あははと引きつった笑顔で言うまひと。そうしてからてめえらよけいなこと言うんじゃねえよと密かに二人(?)に対しガン飛ばすのを忘れない。
それを知ってか知らずか、ノリノリの銅像はまたずは、とポーズを決めて宣う。
「そして! 七不思議全ての頂点に位置するのが、理不尽高校生天下 太平殿! 世にあまねく存在するいかなる七不思議も、貴方様には勝てますまい!」
「「「「「あ、確かに」」」」」
「こらまて勝手にオレを加えるなそしてみんな納得すんな」
人外どもと同列に扱われて憤慨する太平だが、その人外どもを片っ端からしばき倒しておいて何を今更。不思議というか理不尽の塊の癖に。
と、なぜか玉藻が感激したという趣できらきらとした目を太平に向ける。
「表裏とは言え同じ七不思議として加えられるなんて……これはきっと運命なのかしらん」
もう一緒だったらなんでも良いらしい。そんでこの言葉に変な方向で火がつく人間もいたり。
「ちょっとそこな銅像、今すぐ七不思議に参加する契約書を出しなさい」
ずい、と座った目で迫る恋。その迫力に腰を引かせながら銅像が応える。
「いえその、あなたでは特に七不思議に参加できる要素がないのではないかと……」
「なぜですの!? 何かあれば執事を召還する令嬢など十分な七不思議要素ではなくて!?」
「それはなんか七不思議と違うような気がしますが」
必死で食い下がる。そこまで必死になることなのだろうかもういっしょやったら何でもええんかいと、生暖かい目で見守るみんな。それをよそに花子は幽霊と話を詰めていた。
「そうですね、配置としては空き教室とか。美術室でこっそり彫像を動かしてみるというのもありです」
「なるほど、うまいこと場所が重ならないようにするのがキモなんですね」
幽霊の方も大分乗り気である。これは放っておいても話が纏まるだろうと見ていたのだが。
「「ちょおおっとまったああああああ!!」」
再びしぱたーんと教室の扉が開けられる。現れたのは女性二人。
彼女らはびしばしっとポーズを決めると、それぞれ声高らかに名乗りを上げた。
「市街中央道の星、【ターボばあちゃん】!」
青白い顔なのになんかやたらと元気そうな婆さん。
「峠の神秘、【崖っぷちに佇む女幽霊】!」
ワンピースに前髪垂らしたロングヘアの女。
二人はポーズを決めたまま声を唱和させる。
「「我等! 【華牡市心霊スポット三人衆】……予定!」」
「だから昼間っからでてくんなっつーの」
またもやズレた太平のツッコミが飛ぶがそれどころではない。
「「「「心霊スポットとかあったんだ!?」」」」」
一同改めて驚く。
その言葉に老婆――自称ターボばあちゃんは、がっくりと肩を落として応えた。
「ええありましたじゃ。……やはりこう、そちらの真七不思議に比べればテンプレで地味ですからの~」
「うふふ、なんか親近感湧くわね。……って、そっちの私とキャラ被ってるお姉さんは峠に出没するみたいだけど、この間(※前話)皆散々峠に関わってたのに姿見せなかったじゃない?」
ここぞとばかりに台詞を確保した水樹が、ワンピース幽霊に問いかけるが、問われた方は慌てず騒がずすぴ、と人差し指を立てて普通に応えた。
「ああ、私あのときギャラリーに混じってノリノリで野次馬ってましたんで」
それでいいのか怨霊系。
ともかく新たに現れた彼女らの目的は何か。まあ大体言うまでもなく予想がつくとは思いますが。
「そもそもそちらの新人さんは市内を徘徊していた浮遊霊。つまりは我々の仲間と言うこと! 学校という限定された空間ない自由で! 豊かで! 救われた時間を享受することができますじゃ!」
気勢をあげて力説するばあさん。つまりこいつらもスカウトするために現れたわけだ。
ばあさんの尻馬に乗ったか、女幽霊の方も積極的に推してくる。
「大体そっちのほう表とか真とか数余ってるじゃない。一人くらいこっちによこしてくれても罰は当たらないと思うわよ?」
「オカルト現象に当たるんでしょうか、バチ」
「最低でも余計な面倒を起こせば天下君に殴られるとは思うが」
いつも通り無表情に近い風紀副委員長の言葉に、なんか色々と諦めた表情の風紀委員長が応える。
そうこうしている間にも、なんだか七不思議派と心霊スポット派の争いはテンション上がってきていた。
「そもターボ婆さんと言えば都市伝説のはず! 心霊スポットに当たらないのでは!?」
「だってワシ怨霊じゃもーん。霊のやることだったら心霊現象になるんじゃもーん」
「あー、居直ったあ!」
「お嬢ちゃん、こういう言葉を知ってる? ……世の中言ったモン勝ちなのよ!」
「ふん、結婚もしてないようなお子様に言われたくないわね」
「「結婚してるんだ!?」」
「あ、妻です。婚姻届出せないんで内縁ですけど」
「意外なカップリング……ええい職場結婚とか手近ですませよって!」
「そうよこちとら出会いもないってのに! 美少年くらいよこしやがりなさい!」
「それとこれとは話が別! つーかそう言う意味でも狙ってたのかあんたらは!」
「人を飢えた獣のように。老後にちょっとした潤いが欲しいだけぢゃろが!」
「大体向こうも死後なんだから法的にも問題はないわよ!」
「「どこの法だっ!?」」
なんだか醜いというかぐだぐだである。ぽかんと見やるギャラリーの中でやれやれと肩をすくめる太平。その隣で幽霊の少年はしょんぼりと肩を落とした。
「結局自分、どうしたらいいんでしょうね……」
主体性のない奴だ思う。記憶がないというのも大分影響を与えているのだろうが、そんくらい自分で決めろやと太平は呆れ気味だ。
ともあれこのままにしておいてもなかなか話は纏まらないだろう。どうしたものだろう、取り敢えず殴るかと太平の思考が剣呑な方向にシフトし始めたあたりで、博士が口を挟んだ。
「ふむ、埒があかんね。であるならば、はっきりと白黒つけたらどうかね」
三高校庭グランド。
話を聞きつけたギャラリーが遠巻きにする中、トラックコースにて雌雄をつけんとするのは二人(?)
三高表七不思議筆頭(自称)、二宮銅像。
華牡市心霊スポット代表(自称)、ターボばあちゃん。
それぞれ着物の裾をまくり上げたすきがけした両名は、必要があるのか分からないが準備運動を行いつつ、場を仕切っている博士の言葉に耳を傾けている。
「勝負は400メートルトラック三週、1200走で行ってもらう。短距離だとデータが取りにくい……げふん、早々にケリがついてしまうからね。そちらももの足りなかろう」
「ふ、愚問ですじゃ」
「相手にとって不足無し」
共に不敵な笑みを浮かべる超常現象ども。片や夜の華牡市街道にて最速を自負するばばあ。片や夜な夜な校庭を疾走しトラックコースでなら世界記録保持者とも渡り合えると豪語する銅像。
ある意味(悪)夢の対戦。ギャラリーはそれなりに盛り上がっているようだった。
「おばあさまー、無理しない程度にがんばってくださーい」
「あなたー、がんばってー」
ポンポン持って控えめに応援する女幽霊と、全身を使って飛び跳ねながら応援してる人妻幼女怪奇現象。
「さあさあこのスペシャルマッチに勝利するのは果たしてどちらか! みなさまどんどん張った張った!」
「ふむ、ワシはターボばあちゃんに10口いっとこうかの」
「我は二宮君ですね。一応学校の仲間と言うことで」
「ほなうちはばあちゃんのほうやな、どっちかつーと迷惑系やからこっちの管轄やろ」
「うーん、うーん、天使が賭け事するのはどうかと思うですがしかし、お小遣い苦しいのは事実……」
他人事とばかりに賭け事に興じる七不思議(真)。
「と言うわけで始まりました怪奇現象対決。実況は私風紀副委員長、解説は風紀委員長でお送り致します」
「天下君の言いぐさじゃないが、真っ昼間からやることかねこれ」
なんでか実況やってる凸凹カップル。
「これで屋台とか出てたら完璧だね」
「売り子くらいは出てかねんがな」
うちの学校も大概お祭り好きな連中が集まってるよなと、ギャラリーの端で鼻を鳴らす太平である。
その視線の先で、ついに戦いの火ぶたが斬って落とされようとしていた。
「位置について、よおうい!」
スターターを買って出た陸上部員がピストルを天に向かって振り上げる。
グリッドにて低く本格的に構える二人。ぎしぎしと足下の器具が軋み、そして。
ぱあんと銃声が鳴り響くと同時に、電光のごとき速度で駆け出した。
まず先を取ったのはターボばあちゃん。直線で二宮銅像を引き離しカーブへとさしかかる。
「ふひょひょひょひょ、学校という狭い世界しか知らぬものが、世間の荒波に揉まれたこの婆に勝てると思うてか! そう、お主に足らないのは情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さそしてなによりもっ! ……なにい!?」
調子に乗っていたばばあであったが、カーブにて間を詰められる。その時の二宮の姿は。
人体構造を完全に無視して、上半身をぐんにゃりとカーブの内側に曲げた格好であった。
「ふはははは! こちとら年がら年中校内を駆け回りこのグラウンドの全てを把握していると言っても過言ではないわ! その上で人体というものに縛られた貴様らには出来ぬこの慣性制御ムーブメント! 容易くやらせるものかよ!」
「「「「「超キモい!!」」」」」
どこぞの未来から来た液体金属の殺人マシンみたいな奴である。まあ銅像が動く時点で色々とおかしいのだが。
ともかく追いすがられた婆さんは、己の力を振り絞る。
「うなれ! ツインカム16バルブに匹敵する我が心臓!」
きゅいいいん、とホントにターボファンが高回転するような音が響いて婆さんはさらなる加速を得る。
「なんの! ウェイトパージ!」
ばがん、と音を立てて背負っていた荷物が剥がれ落ち、二宮銅像もさらなる加速を得る。
二人の戦いは、激しさを増していった。
「限界を超えてくれるわ! ニトロブースト!」
「見よ! 自在可変による空力対応形態!」
「奥義を見せてくれる! スーパーチャージレッドパワー!」
「負けぬ! リミッター解除! オーバードライヴっ!」
何かほざくたびに加速をし続ける。そしてそれはついに。
「!? あ、あれはっ!」
「水蒸気雲。部分的にではあるが、音速を超えたか」
白い雲を引き始めた二人の様子に驚きの声を上げる副委員長。そして冷静に――しかしその目はなんか色々と諦めていた――解説する委員長。
音の壁に挑む域まで至った二人はあっという間にグランド三周を走り抜き、ゴールへと向かう。
最後の直線。凄まじい速度の二人は完全に並んでいる。ばばあか、銅像か。時間が引き延ばされたような感覚の中、ギャラリーが固唾を呑んで見守り、ゴールテープが粉々に吹き飛んでちぎれる。そして。
「ぬおおおおおお!?とま、とま、止まらぬ!?」
「あぶあぶあぶあぶどいてとめてぎゃあああああ!?」
そのままスピードを落とさず駆け抜け、校舎へと突撃した。
衝撃。そして爆発。
もうもうと煙が上がる事故現場を、一同ぽかんと見やるしかなかった。
太平がぽつりと言葉を零す。
「……早く駆けることは出来ても、急ブレーキかけることは出来なかったんだな……」
やっぱりしょうもないオチであった。
ややあって、唖然としていた女幽霊と花子が、泡を食った様子で悲鳴のごとき声を上げた。
「「きゅ、救急車ーーー!!」」
その声に金縛りが解かれたか、慌てて動き出すものたち。状況を収集しようとするものやパニックになるものなどが入り交じって大騒ぎである。
そんな中でも、まひとと太平はいつも通りだった。
「怪奇現象に救急車っているのかな?」
「さあな」
二人は肩をすくめるしかなかった。
しばらく後。
「……で、この責任は取ってくれるのだろうね?」
己の席に座った校長が、肘をつき口の前で手を組んだ指令ポーズで眼前に並んだ連中を睨め付ける。
額には青筋。そして怒りの意志がオーラとなって炎のごとく揺らめいていた。
睨み付けられているのは今回の騒動の中心である怪奇現象四人。約二名ほど包帯巻いたり松葉杖ついたりしているが、ほぼ直立不動で背中に汗を流している。代表してか二宮銅像がおずおずと言葉を発した。
「いえその、今回のことは不幸な事故でして……」
「そんなことは聞いていない、責任を取るのかと聞いている。っていうか取れ」
けんもほろろどころではない。完全に命令形であった。有無を言わさぬ様子に気圧されるが、なんとか踏ん張って問い返す。
「え、えっと、具体的にどのようにすれば……」
「弁償」
ストレートかつにべもない。
「で、ですがその……我々は揃って無職でして……」
「あ゛?」
「「「「すみませんなんでもございません」」」」
お手本のようなふつくしい土下座が四つ炸裂した。
まあこのような感じでちっとも怖くないオカルトティックな騒動はうやむやのうちに終結することとなる。
この後しばらく華牡市のあちこちでバイトにいそしむ怪奇現象が目撃されることとなるが……。
75日も待たずにみんな気にしなくなった。
そして、件の幽霊がどうなったのかというと。
「よく考えたらべつに学校七不思議と心霊スポット兼ね備えちゃいかんという法はないわけですし」
三高を拠点に近所をふらふらする地縛霊にクラスチェンジしましたとさ。
まあこの辺であれば、わざわざ無害な地縛霊を駆除しようとするような輩は出てこないから安全ではある。むしろ町おこしとかに利用されかねないが、そこはそれ適当に頑張ってもらおう。
それはそれとして。
「結局記憶も戻ってないけどいいのか?」
太平の問いに幽霊は。
「まあ特に困ってませんし、ぼちぼちやってきますよ」
とのんきな様子である。そんな彼に対して、まひとは何の気なしに聞いてみる。
「最初に記憶がある時点でどこらへんに居たのか、そのあたりから探っていったりしたら?」
「う~ん、なんか手がかりありますかね? 気がついたら千代田区の大手町あたりにいたんですけど」
その言葉に太平とまひとはぴたりと動きを止める。
そしてぎぎぎと顔を見合わせた。
「大手町って確か……下手に話題にしたりすると祟られる人のお墓かなんかなかったけ?」
「……まさかな……」
ちらりと幽霊の方を見る。小首をかしげるその様子からは、怨霊だとかそう言う気配は全く感じられない。
この話題は深く掘り下げないでおこう。二人はそう心に誓った。
「どうしましょう~、綾火さんが自室に引きこもっちゃって出てこないんですけど~」
↑今回唯一の人的被害。
酷くいい加減な宅配業者もあったもんだ。
それはエコじゃねえ手抜きだと訴えたい緋松です(謎)
そろそろ夏場なんで怪談話の一つでも……と考えた末に、これ。平常運転ですいません。緋松は幽霊とかあまり怖がらない人間なので、怪談話は苦手、と言うことにしておいて下さい。生きてる人間の方がよっぽど怖いし面倒くさいと思うのですがどーよ。
まあ世の中には綾火みたくそのような類を異様に怖がる人もいます。怪奇なんぞよりよっぽどとんでもなくて面倒くさい連中が在中しているというのになにを今更と思わんでもないですが、まあ適当にがんばれ。(←無責任)
それでは今回はこのあたりで。
むしむしとする気候ですが、皆様お体には十分お気をつけて下さい。




