そのにじゅうご・アイドル対決でこともなし!
きらびやかなステージの上、舞い踊る乙女たち。
笑顔で歌い踊るのは、最近流行りのアイドルグループ【シンデレラ☆スター】。看板番組を持つくらいには人気がある存在だった。
一曲歌い終わり、番組はエンディングへと向かう。観客席からの拍手を受け、手を振って愛嬌を振りまくメンバーの中央、リーダーの少女が満面の笑顔で朗らかに言う。
「みなさーん、今日の【シンデレラ☆スター・チャレンジクラブ】楽しんでもらえましたかー!?」
メンバーが様々なことに挑戦し、そのVTRをおもしろおかしく流し合間に自分たちやゲストの歌を入れるこの番組。なかなか人気があり視聴率も高かった。
歓声と口笛が会場を満たす。その様子を見回して満足げに頷くリーダー。
「毎度ありがとうございまーす! それでですねえ、次回の予告なんですが……」
ここでリーダーは、正面のカメラにむかってずはっ、と指を指しポーズを決める。
「なんと久々の突発緊急企画! 巷で噂のMMORPG【ソードダンスオンライン】に殴り込み! かの有名な謎の美少女吟遊詩人メグちゃんに挑戦だあ! 期待しておまちくださりやがれ!」
うおおおおお! と怒号のように沸き立つ観客。
そして。
「え? なにそれ聞いてない」
テレビを見ながら家族とご飯食べてた恵は、唖然と言葉を零した。
「どういうことだか説明して頂けるのでしょうね」
額にお怒りマークを貼り付けたトライアングルEX社代表取締役社長藤岡は、目の前で土下座するTV局関係者に向かって問うた。
「申し訳ありません! ですが、ですがなにとぞこの件お引き受けして頂きたく曲げてお願い申し上げます!」
最前で床に額をたたきつけつつ訴えるのは、シンデレラ☆スター・チャレンジクラブの総合プロデューサー。
件の番組で時折行われる突発緊急企画。これはいわゆる『アポなし』で行われるものであり、今回のように当事者にとっては寝耳に水といったことはしょっちゅうある。とんでもなく無礼で迷惑な企画なのだが、非常に人気の高い目玉企画であり、視聴率的にも美味しいので無礼は承知と続けられていた。
その企画を無理矢理押し通してきたのが、総合プロデューサーを筆頭にした番組責任者たちの土下座行脚である。彼らとて飯の種だから必死だし、失敗すると下手すりゃ首が飛ぶ事にもなりかねないのだから真剣みが違う。
藤岡とて普通に企画を通してくれるのであればやぶさかではない。が、なんの準備もなく突撃されればそりゃ怒る。まあ大概皆同じ反応なのだが、それを口説き落としてきた手腕は伊達ではない。プロデューサーは全身全霊で藤岡に訴えかけていた。
「……というわけでして、確かに急な話ではありますが、そちらにとっても利益のあることだと理解して頂きたい。これだけのことをするからには、それ相応のメリットがあるからこそなのです」
「……なるほど、確かに宣伝効果は目を見張るものがある」
プロデューサーたちが持ち込んだデータに目を通し、得心する藤岡。このあほな企画が続いてきたのにはそれだけの理由がある。とんでもない宣伝効果があるのだ。何しろ今をときめく人気アイドルグループが、一生懸命仕事を手伝ったりスポーツをやりこんだりするのである。そりゃあ注目度は高かろう。農家で野菜作りを手伝えば翌日スーパーでその野菜の売り切れが続出。スポーツをすればそれ関係のグッズが用品店から消え、会社見学をすればその会社の株がぐんと値上がりする。落ち目のTV業界ではあるが、未だその影響力は馬鹿に出来ないと言うことだ。
そして宣伝費が不要どころがギャラが頂けるというのも美味しい。まあ会社の収益に比べれば迷惑料程度の些細なものだが、広告を打つことを考えれば十分お得と言えよう。
ふうむと藤岡は考え込む。突発的な話でなければ確かに美味しい、美味しすぎる。しかしゲームの中のことだからとはいえ、いやだからこそ色々手順を踏まなければならないことも多いわけで。
悩んだ挙げ句に彼が取った行動は――
「天下さ~ん、どうしよう?」
最近すっかり会社の影のボスになってる夢想に声をかけることだった。
時間は少々戻って番組終了後の控え室。
「いやー楽しみだねえ今回の企画!」
満足げな笑顔で言うのは頭のサイドにつけたリボンがトレードマークのシンデレラ☆スターリーダー、【天城 春奈】。ちょっとドジでおばか……脳天気な彼女は、今回の企画もすんなり通ると思っているようだった。
そんな彼女に咎めるような声がかかる。
「まだ相手の了承を得たわけじゃないのよ春奈、気を抜くのは早いわ」
ロングヘアーのクール系メンバー【鵲 千代】。普段から春奈に対するツッコミ役である。
「でもプロデューサーさんが出張って通らなかったことなかったよね。今回もなんだかんだ言って許可もぎ取ってくるんじゃないかと思うんだけど」
「う~ん、でも今回は難しいんじゃない? あのトライアングルEXだぜ?」
すこし荒い口調で言うのは、ボーイッシュなショートカットのメンバー【菊竹 ひろみ】。男性っぽいキャラ作りでどちらかと言えば女性ファンの方が多い。
この三人によってシンデレラ☆スターは構成されている。まあ大体は考え無しにつっぱしる春奈を他の二人がフォローするスタンスで成り立っているのだがそれはさておいて。
春奈は今回の企画に凄く前向きな様子だが、他の二人はどうにも気乗りしていないようであった。
「そりゃ興味はあるけどさあ、なんか人のショバ荒らすような気がするじゃん?」
「そうよね、なんというかこっちとあっちじゃ住み分けされてるんだから、わざわざちょっかい出さなくてもって気がするわ」
向こうは活動をゲーム内に限定し、こちらの領域を踏み荒らさないように留意しているのだ。それをわざわざこちらから殴り込みをかけるような真似をしないでも、そう二人は思うのだ。
実際は某主人公の適当な思いつきからそんなことになっているとは、さすがに想像もつかない。
二人の言葉に、春奈はう~んと唸りながら応えた。
「でもさあ、これからは私たちもあちらと言うかネットを含めた色々な方向で顔を売っていったほうが良いんじゃないかなあ。いつまでもTVのお仕事があるとは限らないんだし。この業界油断してると賞味期限早いよ?」
たまに彼女はこうやって鋭いことを言うときがある。それは知性から来るものではなく、生来からの勝負勘のようなものが働くからのようだ。それにシンデレラ☆スターというか所属事務所そのものが助けられたことは一度や二度ではない。
そういえば声優や吹き替えとか、WEBラジオとか積極的にやってたわねこの子と、二人はちょっと感心した。本能的にファン層の拡大を図っていたのだろう。そういう意味では確かに、今回のことは良い機会である。
「それに! 今回もしかしたらあわよくば生メグちゃんとあえるかも知れないんだよ!? そんで生のサインとかもらえたりしたら超感謝感激雨霰じゃない! 家宝いや国宝ものだよ!!」
「おい芸能人、おい」
「なんでそこまでミーハーかなこの子……」
目をきらきらさせて力説する春奈に、頭抱える二人。
やっぱりこの子、ただのおばかなのかも知れない。その疑念が頭から去ることなどなかった。
まあ結局の所。
「急な話だから驚いたけど、ちゃんと事情を説明してスケジュール調整してくれたから、私はオッケーですよ」
という恵のゴーサインが下り、企画は動き出す。突発の企画と言うこともあるが一度動き出せば早かった。あっという間にセッティングが行われる。
しかしまあ、番組の予告では対決と言ったものの。
「実際バトらせるわけにはいかないからねえ。色々考えないと」
藤岡以下社員一同は頭を悩ませる。
直接的な勝負では話にならないことは明らかだ。何しろ恵――メグはまがりなりにも最高難易度のダンジョンをクリアした形になっており、そのレベル、能力値はカンスト状態であった。初心者なんぞもはや指先一つでダウンさせることすら可能だ。
かといってただ合同ライブなどを行うのはなんとも味がない。どうしたものかと頭を悩ませる社員たちであったが。
「ひとまずこういう感じで考えていたのですが」
番組スタッフはさすがにプロであった。すでにいくつかのアイディアを発案し用意していた。それに目を通した藤岡たちも確かに面白そうだと感じる。が。
「……時間的な余裕があるかなあ?」
まったくなにもなしでイベントは出来ない。メグがライブとか行うためのセットはいくつもあるが、今回のようなイベントは想定していない。データの変更や新規のオブジェクトなど必要なものはいくつもあった。
そこでこの男である。
「ふはははは! 無茶振り大歓迎! レッドオクトーバーに乗ったつもりで任せたまえ!」
呼ばれて飛び出て現れたのは、マッドサイエンティストにして高校教師にしてトライアングルEXバイト、松戸 博士。それは最初から沈んでんじゃねえかよというツッコミなど飛びようがない説得力と納得力である。
あっという間に構築される舞台。その手腕は試しに実際ゲームにダイブしてみた番組スタッフが舌を巻くほどのものであった。
これならいける。そう確信した社員たちと番組スタッフ(というか主に博士)は突貫工事で準備を整え、ついに撮影当日となる。
「「「よろしくおねがいしま~す」」」
「こちらこそ、よろしくおねがいしま~す」
スタッフが見守る中、シンデレラ☆スターとメグの初顔合わせが行われた。とは言ってもゲーム内のことだ、ネット会議のような状況とはまた違う妙な違和感というか不思議な感じがしている三人娘である。
「……っていうかせっかく生メグちゃんとあえると思ってたのにい~」
かなり本気でがっかりしてる春奈をまあまあと慰める二人。それをみたメグは、ちょっと困った笑みを浮かべる。
「あはははは、その、中の人は企業秘密と言うことで。そんなたいしたモンじゃないですし」
「むむ、ご謙遜だね。全国どころか海外でも大人気だってのに」
「ご、ごく一部ですよう」
新機軸のゲームとそのハードがベースになっているとあって、海外でも目敏いユーザーが即座に手を出しプレイを行っている。それに動画もかなり出回っているし世界規模(ただしごく一部)でメグの人気は鰻登りと言っていい。そういう意味では確かにシンデレラ☆スターどころか日本のいかなるアイドルの先を行ってはいる。
「とは言っても私半分素人ですし、実力で芸能界を生き抜いてきた皆さんの方が凄いと思いますですはい」
あわあわしながら必死で訴えるメグ。なにこのかわいい生き物と、ときめきとも戦慄とも思える感覚を覚える千代とひろみ。
そして。
「何を言っているの! 運だろうが実力だろうがのし上がるチャンスがあり、それを掴んでアイドルへの道を駆け上ったのは間違いなくメグちゃん自身! いわば天啓、正しく天運! それは表立って威張ることではないかも知れないけれど、胸に誇りとして抱いておくべき事なのよ!」
「は、はあ」
なぜかメグの肩を掴んで力説する春奈。多分本人としては褒めているか励ましているかしているつもりなのだろう。けどノリと勢いで言葉を発しているためか電波にしか聞こえない。メグは戸惑うしかなかった。
そこににゅんと現れる博士。
「すばらしい! なんという生命力溢れたバイタリティ! さすがは生き馬の目を抜く芸能界で戦い抜いてきた猛者! この松戸 博士、感服し脱帽したぞ!」
どこになんの琴線が引っかかったのかやたらと春奈を持ち上げる博士。それに即応するノリのいい春奈。
「おお、分かりますか! この薄汚れた世の中にたった一つの真実があるとすれば、それは愛に他ならない! 愛に生き、愛を振りまくのが我等が宿命! この天城 春奈、その道にどこまでも邁進していく所存!」
「……ふっ、なかなかやるな」
「……そちらこそ」
が、と力強く握手する馬鹿二人。なんだかよく分からないが、友情が構築された瞬間であった。
その様子をぽかんと見ていたメグが、唖然と言葉を零す。
「すごい、一発ではかせと意気投合するなんて……さすがは芸能人……」
「一緒にしないでお願い一緒にしないで」
「その子時々芸能人の文字から能の字が抜けるだけだから」
半眼でぱたぱた手を振る千代とひろみはもう慣れたものであった。
とにもかくにも、打ち合わせは和気藹々と順調に進み、いよいよロケが始まる運びとなる。
「みなさーん、こんにちわー!」
「「「「「こんちゃーっすメグたあああああん!!」」」」」
まず会場に現れたのはメグ。この日のためにユーザーに募集をかけたら、あっという間に地平まで埋め尽くさんとせんばかりの人数が集まった。リアルでは真似できない反応の早さである。
無数の人垣を前に、メグはかしこまった態度で語る。
「突発的なこのイベントにお集まり頂き、このメグ感謝感激。なればそれに応え、このイベント全力で盛り上げていくことをお約束しましょう」
す、と淑女のように一礼すれば、会場は地鳴りのようにわき上がる。それを確認して、メグは即座にいつも通りの態度に改めた。
「とまあ堅苦しいのはここまでにして! なんと本当にきて下さりやがりましたよほんまモンのアイドルが! 前代未聞の殴り込みをかけてきた勇気あるものたち、その名はっ! シンデレラ☆スター! 皆さん盛大な拍手でもってお出迎えちゃって下さい!」
メグが現れたときと全く同じレベルの歓声が上がる中、現れる三人の乙女たち。愛想よく手を振りながらステージの中央へと歩み――
そのまま春奈だけが反対側の裾へ向かってフェイドアウトしようとする。
「「こらこらこらこらこら!」」
残りの二人が慌てて引きずり込む。ステージのど真ん中に連れてこられた春奈は、してやったりという表情でガッツポーズ。
「よし! これで掴みはOK!」
「だから芸能人の文字から能の字取るのやめーや!」
「またお笑い番組からオファーふえるじゃないか」
一連の流れにどっと沸く会場。彼女らが人気なのは、こういったコミカルなことをてらいもなくやってのける部分も大きい。主に春奈が基点ではあるが、彼女は本質的にエンターティナーとしての素質があるようだ。残りの二人もそれを理解して乗っている所がある。(半分以上は本気で呆れていたりもするけど)
そしてメグとのトークが始まるが、そんな中で千代は冷静に状況を観察している。
「(観客はこのゲームのユーザーばかり。だからアウェー感が半端ないことになるかと思っていたけれど……思ってた以上にというか、全力で好意的ね)」
どういうからくりかしらと内心頭を捻る千代だが、別に大した種があるわけではない。
何しろこの場に集っているのは訓練された紳士どもだ。メグが了承し迎え入れた相手を無下にするはずもない。何よりメグが盛り上げると約束し頭を下げたのだ。その心意気に応えずしてなにがSDOユーザーか。
彼らは心底紳士であった。
それに元々ユーザーの中でもシンデレラ☆スターの好感度は高い。
彼女らは今をときめくアイドルでありながら、番組内においてガチで体を張る。そして常に全力で手抜きをしない。いかな無茶振りにも全身全霊で立ち向かう彼女らに心打たれるものは少なくなかった。
いかなる状況でも明るく前向きな春奈。体力勝負に置いて他の追随を許さず、困難を打ち砕くガッツを見せるひろみ。そして実は歌唱力以外はすっとこ不器用だが一生懸命な千代。この三人の活躍は、番組スタッフの尽力もあるがたしかに面白く、思わず応援したくなるようなものだ。
実際に番組に寄せられた意見やツイッターなどのコメントによると。
「はるなんの明るさに毎度救われる」
「以外と根性あるぞこの女。見直した」
「なぜそこでコケるしw」
「やめろはるなん! そんな見え見えのボタンを押すんじゃない!」
「ひろ兄が格好良すぎて濡れる」
「すげえ米俵担ぎやがった」
「もう体力関係はひろ兄だけでいいんじゃないかな」
「完全に男扱いな件」
「がんばれ、がんばるんだちーたん」
「こんな企画をここまで真面目に行う人間がいたであろうか」
「作業中の真剣な表情から、上手くいったときのぱああと満面の笑顔になるところがたまらん」
「これでスタイルよかったら完全生命体爆誕」
などなど、概ね好意的なものしかない。全方面から好かれるアイドル、その影響は重度の紳士であるSDOユーザーとて変わりなかった。むしろ我等が女神とのコラボと言う奇跡、全力で応援せねばという流れである。アウェー感など生じるはずもない。
そういう理由で生じている和気藹々とした空気の中、番組は進行していく。
「それではっ! 本日のメインイベント、カラオケ勝負だっ! 今日この日のために用意されたのが、こちらっ!」
メグが勢いよく傍らのシートを引っぺがす。その下から現れたのは。
「チャレンジクラブ番組スタッフ完全監修、ドクターマツド謹製! ワンダフリャカラオケ採点マッスィーンだぁっ!」
「ワンダフリャカラオケ採点マッスィーンですって!?」
「知ってるの春奈!?」
「いんや適当にノリ合わせただけ」
「能戻せ能を」
とまあそういうやりとりの後、勝負の主旨が告げられる。
「互いに三曲ずつ持ち歌を指定、それを相手が歌うということね?」
「その通り! これならば公平性も保てその上でサービス要素も満点! ……って番組スタッフが太鼓判を押してました」
「ふむ……だけどいいのかな? この勝負、我々が有利は揺るがないよ?」
春奈は自信ありげに悪役じみた笑みを浮かべる。そしてずはっ、とポーズを決めた。
「こちらには天才的歌唱力の持ち主、現代の歌姫、鵲 千代! ……と歌唱力普通のおまけふたりの三人体制。果たして勝てるかな?」
それに対して、メグもびしすとポーズを決める。
「だがしかし! そちらの曲はどれもカラオケ定番のメジャー曲であるのに対し、こちらは著作権フリーのマイナー曲が数曲! そう簡単に歌いきることが出来ると思って!?」
二人の行動に、「はるなん無駄にかっこいー!」「メグたんがんばれー!」と会場もやんややんやと大盛り上がりだ。
ボルテージは絶頂。そんな中でついにメインイベントが火蓋を切った。
絶好調の盛り上がりを見せる会場を、彼方から監視するものがある。
「さて、お嬢さんに恨みはないんだが……」
会場を遠巻きに囲む森林の一角、大木の枝の上に位置し周囲に溶け込むような迷彩服を纏った男。
彼はネットワーク専門のエージェントである。とは言ってもハッキングなどの非合法な手段を使うのではなく、正規の手段でアクセスする方法をたぐり寄せ、内部にて目的を果たす手筈を整えるタイプだ。
今回も偽名こそ使いいくつものサーバーを経てだが正規の手段でゲームに潜り込み、内部の課金にて必要なスキル、資材を整え、準備を行っていた。元々このイベントが目的ではなかったが、渡りに船というものだ。最大限に利用させてもらおう。そう考えている。
課金にて限界までレベルを上げた錬金術のスキルにて作り出したのは、長大な狙撃用ライフルと一発の弾丸。
その弾丸はダメージを与えるためのものではなく、ゲーム内の特殊スキルと魔術を重複発動させ、対象の防御装備を全て破壊する。平たく言えば目標を『脱がす』弾丸である。
「全裸エクスプロシップ弾。これの前ではお前(の服)は水風船も同じ」
格好良さげに言いながら、弾丸を装填。
「(服が)爆裂する!」
びたりと構える。
スコープの先には、全力で歌うメグの姿。
一呼吸。
揺るがぬ銃身から、魔弾は放たれた。
会場の観客たち。その何人かは凶弾の存在を察知した。
だが間に合わない。いくらレベルが高くスキルがあろうとも、この密集した状態で動けるはずもない。
突然の危機。だが誰も、それに欠片も動揺しなかった。
一曲歌い終わり、満足げな笑みを浮かべるメグに向かって魔弾は突き進み――
がいん、と『何か』に打ち返された。(一瞬後に彼方でなんか「くぺえ」とか言う悲鳴と殴り返され落下したような音が響いた)
それは大きすぎた。
大きく図太く重く、そして大雑把すぎた。
それはまさに石柱だった。
突如会場の上から降り立ち、それを豪快に振るった人物。
鬼を模したような全身鎧と兜。石柱のような棍棒を肩に担ぎ油断なく彼方を警戒するその人物を、ユーザーは、いや、我々は知っている!
それはメグの、いやこのゲームの守護神。メグのマネージャーにしてファンクラブ会員No0。メグ親衛隊総司令。最難関ダンジョン、タワーをへし折った男。
プレイヤーネーム、たいへー。通称――
「あ、兄鬼……」
「兄鬼が降臨なされた……っ!」
最早メグ以上の伝説の降臨。そのことに観客たちはざわめく。たいへーはばさりとマントを翻し、朗々と告げる。
「お楽しみの所お騒がせし、誠に済まないと思う! だがこのイベントに水を差そうとした不埒ものは無力化した。気を取り直しこれ以降も楽しんで欲しい!」
言ってる間にゲームスタッフが下手人のログアウトを停止させ、ゲーム内外での身柄確保に動いている。いくつのサーバーを経ようがそんなモン博士の前で役に立つはずもないし。その上で他に似たような不埒者が居ないか調べ上げている最中だ。いたならばたいへーが直々に片を付けに行く。風前の灯火どころじゃなかった。
ともかく威風堂々としたたいへーの態度に、ざわめきが指向性を持つ。
「さすがは兄鬼! 即座に事件解決とは」
「正しく守護神! 明らかに英雄!」
「そこにしびれる憧れるっ!」
「「「「「兄鬼っ! 兄鬼っ! 兄鬼っ! 兄鬼っ! 兄鬼っ! 兄鬼っ! 兄鬼っ! 」」」」」
たちまちわき起こるシュプレヒコール。たいへーはそれに片手をあげただけで応え、どん、と地を蹴り宙に舞う。そのまま会場施設を足がかりに悠々と跳ね飛び、会場の外に消えた。
先程までとは別な意味でわき上がる会場。その様子を見てうんうん頷くメグ。
「さっすがおにいちゃん、アクシデントを一瞬にして盛り上がり要素にしちゃったよ」
そしてがっくり膝と両手をつく春奈。
「……おいしいところを持って行かれた……っ! 芸人としてのプライドが……っ!」
「ついに能の字完全に消し去りやがったわねこの女」
「むしろプライド投げ捨ててんじゃねえか」
とにもかくにも。
こんな感じでアクシデントこそあったものの、イベントはこの上ない盛り上がりを見せ、最後までテンションを維持したまま突っ走った。
このイベントを放送した番組は歴史に残るような高視聴率をマーク。それを補う形でトライアングルEX社から上げられた動画もとんでもないアクセス数を叩き出し、企画は大成功に終わる。
そんで。
一体全体何者がイベントを妨害しようとしたのかと言えば。
「失敗しましたか。期待はしていませんでしたが」
「やはり相手のホームで勝負をかけるのは無謀だな」
「しかし警告はしておかないといけないでしょう。音楽界の秩序が乱れる」
会議室らしいところで言葉を交わしているのはとある組織の重鎮たち。日本音●著作●協●、通称ジャ●ラッ●である。
なんでそんな連中がメグ――恵を襲わせたのかと言えば、彼女の歌の売り込み方に原因があった。
簡単に言えばジャ●ラッ●通してないのである。そもそも彼女の歌は基本的にゲーム内でのダウンロード販売のみで、しかも著作権フリーにしてあるためジャ●ラッ●通す必要がない。
で、恵自身も会社の方も、歌自体はあくまでおまけでマイナーどころでしかないと思っている。しかし実の所、ユーザーの地道な啓蒙活動やネットでの口コミが広まって、徐々に人気を上げつつある。それに彼らは危機感を抱いたのだ。
ぶっちゃけ俺らにも美味しいところをしゃぶらせろと、そういうことである。汚いさすがジャ●ラッ●汚い。
ともかくこのままでは示しがつかないと、彼らはそう判断した。ゆえにゲーム内での妨害行為である。お前たちのホームでも我々の力は及ぶのだぞと、そう示したかったのだ。
だが計略は失敗に終わった。早急に次の手を打たねばならない。彼らは再び策略を巡らさんとする。
だが、言うまでもないが相手が悪かった。
ノック、そして返事を待たずに開け放たれるドア。
「よう」
兄鬼、降臨。
突然のイベントは終わりを告げ、日常が戻ってくる。
まあトライアングルEX社のほうでは色々と大変なようだが、取り敢えず太平たちにはあまり影響がない。
とか思っていたんだけど。
「なんと間を置かずに次なる突発緊急企画! 今度はSDOが守護神、伝説のプレイヤー兄鬼ことたいへー師匠に挑戦だぁ!!」
「なにそれ聞いてない」
テレビを見ながら家族とご飯食べてた太平は、唖然と言葉を零した。
祭りはまだ、終わらない。
「「「「「オファーが、オファーの海で溺れ死ぬゥ!!」」」」」
↑修羅場続きっぱなしのトライアングルEX社。
ライトニングゼータキット化ヤッター!
あとヤモトサンカワイイ緋松です。
なんか久々に思える恵話。……って思ってたら前回一年くらい前かよ!? 遅筆なのは分かっていますがちょっと凹む事実。もちっとがんばりましょう俺。
ともかく思いっきりどっかのアイマスをパク……げふんリスペクトしたキャラが出てまいりましたが、彼女らはどちらかと言えばT●KI●枠。そのうちアイドルが副業とか言い出しかねない存在です。ダッシュ好きなんすよ、ええ。まあ多分再登場はない……と思います。
あ、あと今更ですが緋松の小説は基本的にPCかスマホでごらんになることをお奨めしています。携帯で見るとルビの部分が(……)と言う具合になって非常に見にくいようですので。
それでは今回はこの辺で。
ぐっばいさよならさいちんあでぃおすまた合う日まで。




