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そのにじゅうさん・すぱい大作戦でこともなし!




「な、なんでよおおおお!?」


高見 望は諜報員である。

彼女がその道を選んだのは成り行きと言うしかない。才能を示し、薦められるまま道を選んだ結果がこれだ。そこにドラマチックな出来事など一切ない。

諜報員と言っても結局やってることは探偵や興信所と大して変わらないものだ。映画のような派手なスパイ活劇など存在するはずはない。……と思っていたのだが。


「だからどーして私は銃撃戦なんかに巻き込まれているんでしょうかねえ!?」


マンションの部屋を改装した支所のデスクを盾に、望は半泣きになって訴える。

報告書を提出しに来たら銃撃戦が始まった。何を言っているか分からないだろうがそうなってるんだから仕方がない。しかも支所の人間だけでなく近隣の各国各種諜報員もいりまじりで、誰が誰と戦っているのか敵か味方かさえもはっきりしない。

下手に反撃することもままならなかった。一体全体どうしてこうなったと、頭を抱えるしかない望である。


と、彼女の横に転がり込んできた影が一つ。


「いやはやこりゃ参ったね」


大して参った風でもなく、頭を掻きながら言うのは支所長。へらへら笑いながらまるで緊張感というものがなかった。

その態度に望は噛み付くような表情で言いがかる。


「参ったねじゃありません! 一体全体なにがどうなってるんですか説明を!」


望の剣幕に肩をすくめ、支所長は軽薄な態度のまま応える。


「うん、実はさっきちょっとした会議のついでに近隣の諜報関係代表を集めてお茶してたんだけど……」


このマンションにて太平の監視を行っている諜報組織は、現場レベルでの協力関係にあると言っていい。だから会議とか飲み会とか結構頻繁にやっているので、そこはおかしいところではない。

ではその会議やお茶で何か致命的な対立が……とか考えていた望であるが。


「そこできのこかたけのこか論争が始まってね~、あれよあれよという間にこんな事に」


びし、と固まる望。きのこたけのこが隠語でないと理解し状況をゆっくりと把握して、解凍した彼女はふるふると震えだし。


「あほかあんたらはあああああああ!!」


高層マンション全体が震えるような大絶叫をかました。











「このままだと人間が腐っていきます! それでいいんですか!」


大絶叫の後、銃撃戦を行っていた連中を千切っては投げ千切っては投げして制圧した望は、関係者全員を集めて正座説教をかましていた。

その様相を見て、支所長は正座し身を縮めながらもこう言う。


「高見君、特対(太平)に似てきたなあ……」

「誰のせいですか誰の!!」


ふしゅううと呼気を吐きながら、片手で支所長の胸ぐらを掴み持ち上げぶんぶか揺する。


「あんたらには諜報員としてのプライドとか誇りとかないんですか! くだらないことでこんな騒動起こして!」

「わわわわ、ちょ、落ち着きなさいって」


ひとしきりぶんぶか揺すられてから解放される支所長。荒く息を吐く望が落ち着いたところを見計らって再び声をかけた。


「で、本音は?」

「人が現場で胃と正気度削る思いしてんのに何遊んでやがるかこのぼんくらどもが」


歯に衣着せぬ辛らつな言葉だった。


「ともかく! ろくでもない仕事だからって遊びほうけて良いわけがないでしょうが! 今までやってきた仕事や任務を思い出して下さい、そこではきちんとした……って何底なしに落ち込んでるですかジャックさんにクラウスさん!」

「あ~、その二人過去の仕事結構トラウマってるから……」


ずうんと落ち込んで壁に向かい体育座りしているMI6とNATO諜報部の長髪美形二人組。過去の仕事も結構あほらしいものだった二人は、おれらの人生こんなんばっかかよとマジで凹んでいるようであった。

まあそれはそれとして。


「で、つまるところどうしてほしいのさ」

「少しは真面目に苦労しろと、そういうことです。ここで腐ってやさぐれるのは本懐ではないでしょう?」

「……とは言われてもねえ……」


実際、真面目に仕事をする気自体はあるのだここの諜報員ども。

問題は太平の監視以外にまともな仕事がない、と言うことだ。


なにしろこの界隈というか自分たちの活動範囲内で、諜報関係の大仕事など起こらない。いや起こるけど意味はない(・・・・・・・・・・)。集ってる連中の中には明確に敵対関係であるはずのものたちもいるのだが、太平の無茶苦茶ぶりにあてられたかなあなあの関係になって、事が起これば協力し合うくらいになってるので対立など起こらないし、大体大事件になるとまず間違いなく太平が絡むので、何もしなくとも勝手に解決してくれる。基本見てるだけの簡単な仕事でしかなかった。

かといって総出で太平の周囲を張るわけにもいかないだろうし、勝手に抜け出して余所に出張るわけにもいかない。正直言って飼い殺しに近いのだ。そりゃ暇ももてあましてつまらないこともするし人間も腐る。

それに目を離せば何をしでかすか、といったある種の恐怖もある。実際某大統領とか某市国の元トップとか関わってくるだけで十分おなか一杯だ。見てるだけでも胃に悪いが見てなきゃ何が起こるやら。


結局。


「……どうしたらいいんだろう」

「そこは努力と根性で!」

「つまるところ君も具体案ないんじゃないか」


まあそれはそうだろう。あったらとうの昔に何とかしてる。

んで、結局どうしたのかというと。











「なんかその系の緊張感溢れる事件とか起こしませんか?」

「なんでボクに言ってくるかなあ?」


机に肘をつき口元の前で両手を組んだ司令官ポーズの望が、成螺に向かって無理難題をふっかけている。

もちろん普段の望ならこんなことはしない。彼女はなんというか……疲れていた。主に精神的な意味で。その上であのらんちき騒ぎだ、精神も病むというもの。

……大分前からヤバげな感じであったがそれはそれとして、突然んなこと言われたって成螺にも用意というものがある。それに彼女は裏でこそこそ壮大な計画を進行させるのは得意(けど大概邪魔されて頓挫する)だが、重要そうに見えて実は重要じゃない事件を起こすなんてスーパーヒロイン番組の悪役じみた真似は不得意だ。かてて加えてこの町じゃ、下手な事件を起こすと太平が絡んでくる。酷い目に遭うこと請け合いであった。


「(……それはそれでいいかも知れないなあ)」


太平に酷い目に遭わされることを想像して頬を赤らめながらぐへへといやらしい笑みを浮かべる成螺。もう色々と手遅れな上に最低だ。


「ふん……役に立ちませんね無駄にでかい乳してるくせに」

「おっぱい関係なくない!? っていうかやさぐれすぎだよ!?」

「そりゃあーた、やさぐれもするでしょうよ。この際悪魔に魂を売っても良い心境ですよあたしゃ」

「魂を売ってくれると聞いてっ!」


突然しぱたーんと会議室の扉を開けて乱入してくるのはルーシー。別に聞き耳を立てていたわけでもなかろうに、正に地獄耳という奴であろうか。

そんなルーシーに対し、望は瞬間移動したかのような動きで彼女の前に立ち、その両肩をがっ、と掴む。

狂気渦巻くぐるぐるの瞳に覗き込まれ、ルーシーはひっ、と息を飲んだ。


「売りますよ。売りますから今この状況を劇的に改変してみて下さい。さあ!」

「え、いやあのちょっと、ウチにも出来ることと出来へん事が……」

「ん? 今なんでもするって言ったよね?」

「言うてへん! 欠片も言うてへん!」

「なんですか何が不服なんですかなんだったら支所うちの人間の魂なんぼか追加しますよ大盤振る舞いのセールですよさあ!」

「た、たすけてー!」


もう狂ってるどころじゃない望の行動に悲鳴を上げるルーシー。その様子に成螺は溜息を吐いて立ち上がると。


「てい」


手刀を首筋に叩き込んで望の意識を刈り取った。

白目を剥いてくたりと床に崩れ落ちる望。ルーシーは安堵の溜息を吐く。


「た、助かりましたわ」

「いやホント、お疲れ様。……しかしこの子どうしよう?」


困り果てる邪神と堕天使。本来であれば狂気に溺れたり闇に墜ちたりする人間は大歓迎なはずの二人であるが、今この状態の望と関わるのはなんかやだ。こう、何かが伝染うつりそうだし。

揃ってう~んと考えた末の結論は。


「……保健室にでも放り込もう」

「さいでんな」


余所に丸投げするしかなかった。


「ほんならちょお(美佳)に連絡入れて持っていってもらいますわ」

「自分で持っていかないんだ。いや人のこと言えないけど」

「うちらがあんまあのハゲと直接顔合わせるのはヤバいと思いまして」

「下手したら最終戦争ハルマゲドンだしねえ」

「……なにが怖いかって、そうなったら確実に天下君大暴れですしな。そんでうちら絶対巻き込まれますし」

「…………そうなったらそうなったで新たな快楽が」

「あきまへん! あきまへんで!? これフリちゃいますえ!?」


まあそんなこんなで色々あって。

高見 望は保健室に放り込まれた。











「なんとかしろ」

「いやぢゃい」


保健室で意識を取り戻して神の姿を確認した途端これである。間髪入れずすげなく断った神は、まこと正しい反応だと言わざるを得ない。

ぐろんぐろんの澱んだ目と全身からにじみ出るヤバげなオーラ。こりゃ相当きとるのおと、後頭部にでっかい汗を流す神だった。


仕方がないので、なんとか前向きなことを提案しようと知恵を絞ってみる。


「そもそもそれ、精神的なストレスからぢゃろうが。辞表は受け取ってもらえんと言うのであれば、休暇でも取ってどこかでかけるなりなんなりしたほうがよいぞ?」

「………………あ」

「休暇とか頭になかったんかい」


そりゃ仕事が仕事でも有給くらいはある。それに思い当たらないというのはワーカーホリックなのか色々毒されてそこまで気が回らなかったのか。

ともかくぽかんと間抜け顔を曝していた望だが、その顔が徐々に俯きやがて。


「……ふ、ふふふ……そうよ休暇取ればよかったんじゃないのよ。なんでこんな簡単なことに気付かなかったのかしら。正しく神の思し召しという奴ねふははははは!」


ますます怪しいオーラをまき散らし最終的には哄笑しはじめた。

神はどん引きしながら「早まったかのお……」と早くも自分の発言を後悔している。


げ~っはっはっはという不気味な笑い声は、いつ果てるともなく保健室から響いていた。











「というわけで先生来週丸々お休みとっちゃいますから皆さん適当に過ごして下さい」


ひゃっほうと浮き足だった様子の望が上機嫌で生徒たちに告げる。ここ最近は疲れ切った顔をしているか壁に向かってぶつぶつ言ってるかで、いつかノイローゼになるんじゃないかと心配されていた副担任がこれだ。異常事態になれてる生徒たちも何が起こったと戸惑う。

どうしたもんだろうと顔を見合わせる生徒たち。その中の一人、クラス委員長を務めている人物が恐る恐る問いかけた。


「あ、あの~、先生がお休みの間、授業はどうなるんでしょうか?」

「ん? 自習にしますから心おきなく羽を伸ばして下さい。でも課題を出しときますからサボっちゃダメだゾ♪」


誰よこのひと。キャラ崩壊してんじゃん。口に出さないが皆一斉にそう思った。


「……いよ~なまでに浮かれてるねせんせ」

「宝くじでも当たったんじゃねえか?」


じと目になったまひとがひそひそと言って、太平はどうでもよさげに返す。気にならないと言えば嘘になるが、今の望はなんか関わりたくない。何かが伝染りそうだし。

まあ確かに、難色を示す支所と職員室の面々を片端から説き伏せて(ただし物理)休暇を勝ち取ったとか知ったら引く。別にそれが知れ渡ってるわけではないが、異様な雰囲気は普段とは別なベクトルで狂気をはらんでいるように思え近寄りがたい。


関わり合いにならなければいいかと、太平たちはそう判断した。


「浮かれ騒いで怪我とかしなきゃいいんだけどね」

「そこまで間抜けじゃあるまいよ。いい大人なんだから」

「いい大人だからこそ余計に気をつけなきゃと思うけど。……まあそれはそれとして来週と言えばたいへーちゃん……」


浮かれ果てている副担任と、どん引きだったり冷静だったりする生徒たち。

非常に温度差があったが、この時点では特に問題など起きなかった。


まあ担任とか保険医とか先輩とかがとても疲れた顔をしていたが、些細なことである。











「おっやすみおっやすみしょっぴんぐにすいーつおまけにおんせーん♪」


炊事洗濯掃除で家中をぴかぴかに磨き上げてから数日家でごろごろすると言う贅沢を堪能した後、望は町に繰り出していた。


うきうきと小声で歌いながら闊歩する。普段のスーツ姿ではない、私服である。しかもスカートだ。

描写はされなかったが彼女はいつもスーツでスラックスである。仕事上動きやすいからという配慮だが、彼女だって女性だ。たまにはおしゃれの一つもしたい。

そんなわけでショッピングである。しばらくはぶらぶら色々見て回って楽しもう。久しぶりに服を買ってみるのも良い、靴やアクセなんかも見たいなあ。浮かれた心でどう楽しもうかと、そればかりを考える。


その前に。


「銀行銀行、お金がなくっちゃ楽しめないしね~」


軍資金を調達するため、銀行へと向かう。高給取りであるがなかなか使う機会のなかった望の貯蓄預金はとんでもない額になっている。少々使い込んだところで問題はない。

よーしおねえちゃん散財しちゃうぞーと、上機嫌で銀行の自動ドアを通る。


「金を出せ!!」


修羅場だった。


覆面を被り猟銃やナイフを構えた男が数人。あわてふためきパニックになる銀行内。鳴り響く非常ベル。

どう見ても銀行強盗ですありがとうございました。


ぽかんとその光景を見ていた望だが、彼女はそのままくるりと背を向ける。


「おじゃましました~、ごゆっくり~」

「あ、こりゃどうも……って逃がすわきゃねえだろうが!」

「ですよねー!」


後頭部に銃口が突きつけられた感覚を覚え、泣き笑いになる望。あれよあれよという間に人質の仲間入りであった。


「逃走用の車を用意しろ! それと食料もだ!」


強盗の一人が受話器に向かってがなり立て、残りの連中は油断なく店内や外を警戒している。かなり手慣れている様子だが、なんか時代錯誤なように見えるのは気のせいだろうか。


「(っていうか今時こんなテンプレの銀行強盗とか)」


半ば呆れている望。職員や他の客と共に一カ所で纏まられ管理されているこの状況。実に理不尽としか言いようがなかった。

恐怖は、ない。そりゃ三高の現状に比べれば銀行強盗なんぞ屁ですらない。望はただただ憂鬱なだけであった。


「(はあああ~、折角楽しみにしていたのに……)」


溜息。ついてないどころじゃない。こんな時代錯誤の頭のおかしい連中のせいで折角の休暇が台無しじゃないの。何今更銀行強盗とか馬鹿じゃないの? 馬鹿じゃないの? 大事なことだからもう一回言うけど馬鹿じゃないの? 真っ当な手段で稼ぐことも出来ない甲斐性なしのゴミ屑風情に邪魔されるとか、もう最悪……」


しん、と銀行内が静まりかえっている。そこでやっと、自分が思っていたこと(・・・・・・・・・・)を口にしていた(・・・・・・・)ことに気付く。


「あア!? 言ってくれんじゃねえかこのアマぁ!」


びき、びきぃとお怒りマークを貼り付けた強盗の一人がショットガンを突きつける。ああこりゃマズったなあと、なんだか危機感のない様子でぼんやりと考える望。


その脳裏には、なぜだか清らかな青空が浮かび上がる。その上空からするするとゴンドラが降りてきた。

ゴンドラに乗っていたのは神々しい気配を纏う、どっかの主人公っぽい人物。その人物は慈悲深き笑みを湛えてこう宣った。


「ボコればいいんじゃね?」

「っしゃァオラァ!!」


どごおん、と轟音が轟き銀行が揺れる。次いでどがぼごがきめしゃぽきぐしゃというどう考えても人どつきまわしていますという音と、地震のような震動が響く。銀行を包囲していた警官たちと野次馬は、思わず顔を見合わせた。

そんな中。


「たしゅ、たしゅけて……」


ぼろぼろになって原形を留めぬほどに顔を腫らした強盗の一味らしい男が、今にも力尽きそうな様子で出入り口からはい出ようとしてきた。


しかし。


がっ、と背後の闇で何かが獲物を捕らえた気配。暗がりの中、赤い燐光を放つ瞳。


「ひ、ひぇいやあああああああああああああ!!」


絶叫を響かせて、男はずるずると銀行内の暗がりに引きずり込まれていった。そして再開するドラムのような打撃音。


ぽかんと呆気にとられる警官たち。だが銀行の中でなにか予想外のことが起こっているとさすがに気付き、はたと我を取り戻す。


「と、突入ー!!」


雪崩のように銀行に突入する警官隊。

事件は一部に甚大な被害を発生させつつも、わりとあっさり解決した。











「まったく、初日からとんでもないケチがついたわ」


ぷりぷりと不機嫌さを隠そうともせず――しかしちょっとすっきりしたような気配を放ちながら――町を歩く望。昨日はあの後、容疑者として(・・・・・・)拘束された。本人納得いってなかったがあの惨状を見れば誰だってそう思う。まあ誤解はすぐ解け、職場が職場だったのもあり色々コネやなんやでさくりと解放されたのだが、半日ほど拘束されたおかげでショッピングの楽しみも時間も半減であった。

まあケチはついたが仕方がない。運が悪かったのだと無理矢理自分を納得させる。あんなことは早々起こるものじゃないし狙って出くわすものでもない。最初に厄をはらったと思えばいい、休みはまだあるのだからと気を取り直していた。


そういうわけで、今度は食べ歩きである。めぼしい店にはすでにチェックを入れ、予約も完璧だ。運動がてらウィンドウショッピングを楽しみつつ食い倒れる気満々だった。

まずはスイーツ、そしてランチ。さらにスイーツ三昧で、締めはディナーだ。最早覚悟は完了、体脂肪計でもなんでもかかってこんかいといった心意気だ。

そして意気揚々と最初の店に向かう。目指すのは紅茶とケーキが評判の喫茶店。特に特製のケーキと紅茶のセットは事前予約も抽選制でなかなか口にすることも出来ない。今回たまたま抽選に当たった望は最初からクライマックス状態であった。


たどり着けば店の前には行列。まあ特製ケーキセット以外も人気の店なのでそれは分かる。が、なにやら様子がおかしい。

店の入り口付近、そこでなにやら騒ぎが起こっている。ぺこぺこ頭を下げる店員、そしてそれに向かってがなり立てている複数の人影。


なんというか、品のない連中であった。小さい子供を連れたりベビーカーを手にしているところからどうも主婦らしき集団であったが、格好が下品な方向に派手で化粧もケバい。そして子供にも微妙な髪型や格好をさせているように見えた。

何をしているのかと聞き耳を立ててみたらば。


「ですから特製ケーキセットは、予約の上抽選に当選した方のみにご提供させて頂いておりますので、予約のない方には……」

「なにいってんのよ! うちら遠いところから折角食べに来てあげたのよ!? 快く出すのが常識ってモンじゃない!」

「そおよこっちは子育てで大変な主婦なんだから、そこんとこ考えなさいよねえ、気の利かない」

「どうせキャンセルとか出るんでしょ? その分をこっちに回してくれればいいのよ」

「ままーアレ食べたいー」

「ほらー、うちのきゃろらいんちゃんもこう言ってるしー、とっとと店に入れるしー」


聞いているだけで頭が痛くなって来るような難癖である。要するにこいつら予約もなんもなしで店に訪れ行列を無視して特製ケーキセットを食べるつもりらしい。図々しいにもほどがあった。

行列に並んでいる客は一様にしかめっ面。関わり合いになりたくないので黙ってはいるが、迷惑だと思っているのは間違いない。店の方も対応している店員以外はママ(笑)どもを無視して淡々と順に行列の客を迎え入れていた。


しかし段々とママ集団はエスカレートしていく。


「なんでよ! ウチらお客よ! 神様よ!? 喜んで迎え入れるのがスジってモンでしょ!」

「なにアンタ独身? 主婦の苦労ってものが分かってない小娘が生意気~」

「ごつーこーのみなさーん! この店はお客の入店を拒むひどいところですよー」

「ぴぎゃーーーーー!!」

「ちょっとどうしてくれんのきゃろらいんちゃん泣いちゃったしー! これは慰謝料ものだしー!」


いらっ。行列の上にそのような気配が一気にわき起こった。そりゃあ折角楽しみにしてたのに水を差されるようなことになったのだから誰だって苛つく。例に漏れず望もだ。


どうしてくれようこの状況。そんな気持ちを隠そうとしない彼女の脳裏に、またもや清らかな青空が広がる。

そして再びするすると下りてくるゴンドラ。それに乗る神々しい気配を纏ったどっかの主人公っぽい人物は、爽やかな笑顔で親指を立て――


それをぐりんと下に向け、こう宣った。


「ヤっちゃえ♪」

「いえっさー!!」


休日の歓楽街で、凄惨な打撃音が響き渡った。











「……二日続けてケチがつくとか、お払いにでも行った方がいいのかしら?」


ぶつぶつ言いながら――でもやっぱりどっかすっきりした様子で――駅の改札を通り抜ける望。

あの後、警察に連行された望であったが、件の自称主婦どもは以前からあちこちの店で強請る集りを繰り返していた常連で警察からマークされていたという事情があり、また望自身の職場のコネもあってあっさりと解放された。しかしスイーツやランチの予約はいくつかキャンセルしなければならない羽目になり、楽しみは半減されてしまった。

さすがに仕方がないではすませられなけれど、半分自業自得なこともあって文句のつけようもない。あるとすればあのママ集団だが、いまから留置所に殴り込んで再びボコりまくるわけにもいかないし。

腹ただしい部分もあるが諦めるしかない。まだ休みは残っているのだと気を取り直して、最後の目的地である温泉街へと赴いたのだ。


そこは有名というわけではないが、知る人ぞ知る秘湯と言った風情で、落ち着いた雰囲気を持つ隠れた名所であった。娯楽施設などは少ないが、温泉をのんびり楽しむにはうってつけと言っていいだろう。

土日にまたぎゆっくりしてリフレッシュを……そう考えていた望であるが。


「なんでこうなるのよおおおおおお!!」


はい、あっさりとその目論見は砕け散りましたわけで。


「おら死ねやあああああ!」

タマとったらああああ!」


交わされる怒号。飛び交う銃弾。望は銃撃戦のまっただ中に放り込まれていた。


まあタネというほどのものではないが、この温泉街では最近地元のヤクザと余所から流入してきたヤクザとの対立が激しさを増してきていたのだ。

で、双方共に昭和のヤクザ映画レベルで脳の進化が止まっていたものだから、なんというか古くさい衝突を何度か起こし、緊張が高まっていた。で、挙げ句がこの銃撃戦だ。本人たちはノリノリであるが周りとしてはたまったモンじゃない。かてて加えてここには近場に交番くらいしかなく、警察の本格的な介入は時間がかかる。結果住人たちは引きこもってじっと耐えるしかなかった。


「どうなってんのよあたしの休暇あああああ!」


物陰で銃弾を避けながら悲鳴を上げる望。最早ここまで来ると呪いか何かとしか思えない。生きて帰れたら絶対お払い行ってやるうううう! と、決意を新たにする望であったが、そんな彼女に。


「あれ、先生何してんの」


かけられる声がある。


見やればそこには、飛び交う銃弾をものともせずボッコボコにしたヤクザを引きずったライダージャケットを羽織る男の姿。

勿論天下 太平その人だ。さてなぜこやつがここにいるのかと言えば、土日をまたいでバイクでツーリングしており、たまたま宿泊地として選んだのがこの温泉地であったのだ。だがしかし、ついた途端に銃撃戦である。取り敢えず難癖つけてきた手近なヤクザをボコってはみたが、さてどうしようと考えたところで望を見つけたのだった。


太平の存在に気付いた望は、きょとんとした顔で目を瞬かせ――


次の瞬間には太平の眼前に立ち、鬼気迫る表情でがっしと両肩を掴んだ。


「さあ今度は一体どんな天啓を与えてくれるのかしらやっぱり愛で空が墜ちてくる感じ?邪魔する奴は指先一つでイナフ的な今は悪魔が微笑む時代なのよねそうなのね!?さあどんな世紀末で救世主なバイオレンスワンダーランドを見せてくれるというのねえ!?」

「は、はあ?」


瞳がぐるぐると渦巻き狂気をはらんだ笑顔らしき表情で一方的に言いまくる望の様子に面食らう太平。よくは分からないがなにやら意見を求められているというのは分かる。太平は眉を寄せ、周りの状況を確認し、親指で後方の騒動を指して言った。


「……取り敢えずあいつらボコってから考えるということで」

「ヒャッハァあああああああ! そいつを待ってたのよおおおおおお!!」


咆吼するように言い残して電光の速度で銃撃戦に飛び込む望。そして彼女は片っ端からヤクザをしばき回し始めた。

その様子を唖然として見ていた太平だが、やがて溜息を吐き、頭を掻きながら歩き出す。


「……まあ、いっか」


さっさと温泉入って休もう。阿鼻叫喚の地獄絵図を背後に、太平は宿へと向かった。


その日、温泉街を牛耳っていたヤクザとそこにちょっかいをかけようとしていた新興ヤクザ双方が壊滅した。

ついでに新興ヤクザの黒幕であり温泉街を狙っていたリゾート開発企業とその後ろ盾である政治家がなんか酷い目にあったようだが、真相は闇の中である。











「そういうわけで休みが半分は台無しだったわ! 腹立つわよねみんなもそう思わない!?」


授業前の雑談で望がぷりぷりと怒った風を装い自身を襲った災難について話していた。

生徒たちは戸惑っている。確かに話を聞いていれば不幸とか不運とかそういったレベルじゃない。呪われていると言って過言じゃないひどさであった。


だがしかし、それならばなぜに――


「「「「「(なんでやたらとすっきりした顔してんのこの人!?)」」」」」


確かに態度は怒ってる風であったが、その雰囲気、何よりその顔は実に満足げで上機嫌という感じであった。今の話と状況でなんでそうなるのかがさっぱり分からない。

と、唯一の目撃者である太平が、ぼそりと小声でこう零した。


「……しこたま人ぶん殴ったからストレス解消されたんじゃね?」


そんなお前じゃあるまいし。皆そう言おうと思ったが言えなかった。前々から危うい兆候はあったが、いままではぎりぎりの所で踏みとどまっていた感じだった。あまりの理不尽にやらかしてしまったとしても不思議ではない。


もしかして、クラスの面子は同じ事を考える。


「「「「「(先生がああなった原因というか、感染源こいつじゃないか?)」」」」」


怖い発想であった。もしそうだとすれば、ストレスなどがたまったときは自分たちもああなるかも知れない。

機嫌良く不満をぶちまけるという器用なことをやってる望の様子を見て、ああはなるまい、いやしかしなったらなったで色々と吹っ切れるかも。いやいやいかんだろうとクラスメイトは悩む。


この後、密やかに流布した『天下 太平伝染説』は色々なところを阿鼻叫喚の地獄に叩き込んだり論争を起こしたり困惑を招いたりしたが、事実だとしてもどうにもならないのでみんな諦めた。


人間というものは実に無力だという見本である。

……なんか違うような気がするが。











「HAHAHAHHAHA、別にそうだとしても私の大統領スピリッツに揺るぎはない!」

「まあ、神の思し召しっちゅうやつちゃうん」


↑この人らは元から。













フルクロスが画面で動くだと!? Sガンダムに次いでの快挙じゃないかヒャッハー! モニター前で狂喜乱舞する緋松です。


スパイの休日というか望さん覚醒偏。久々に出番があったと思ったらこの有り様だよ。恐らくいかなる諜報組織も叶わないスーパーエージェントが爆誕してしまいましたが、コントロールが出来ないと思います。支所とか地味にピンチ。


しかし太平伝染とか我ながら恐ろしいことを思いついて……って、よく考えてみたらデスゲーム(黒幕が)の時と同じ事なんじゃね? なんだいつもの大惨事じゃないか。(おい)


ってなところで今回は終了。次回もまたよろしゅうに。


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