そのにじゅういち・第二回恋愛相談でこともなし!
「相談に乗って頂きたいのですが」
にゅん、と突然現れてそんなことを宣う相手に、太平はうんざりと対応する。
「突然人んちの窓から顔を出して何言ってんだあんたは」
そう、太平の自室の窓から顔を出したのは、小柄で眼鏡をかけた無表情の美少女――風紀委員会副委員長であった。
奇人変人には慣れっこになっているので最早驚きもしないが、それにしても意外な来客である。用事もないのにこの女が絡んでくるとは思えないのだが。
逆に言うと、なにやら用事があるから絡んできたと言うことだが。
「だから相談に乗って頂きたいと言っているじゃないですか」
「人の心を読むなや」
そもそも何で自分に相談なのか、太平にはさっぱり理解できない。自慢じゃないが他人に対する思いやりなど欠片もないと自負している。相談には向かないタイプでは無かろうかというのが太平の自己判断であった。
「そう思っているのは多分自分だけだと思いますよ?」
「だから心を読むなと……大体なんの相談なんだよ」
「そんな……私の口からはとても」
「口に出して言えないようなこと相談しに来たんかい」
わざとらしく頬を赤らめて言う副委員長の姿に溜息。出来れば関わりたくない太平は、嫌味たらしくこう言う。
「異性に相談しようとする人間って、大概地雷だよな」
「ふふふ、しかしこの状況を彼女さんが知ったらどう思うでしょうか?」
「オレがこの状況を記録してないとでも思ったか」
沈黙が、場を満たす。
ややあって副委員長は汗をぬぐう仕草をしながら反応する。
「くっ、さすがは『純愛フォートレス』天下 太平、ガードは堅いか……」
「何その二つ名初耳」
「ですが私も『赤裸々一番星』と呼ばれた女、容易く引き下がるわけには参りません」
「誰が呼んだんだ誰が」
そこで副委員長は真顔になる。元々無表情に近いので分かりにくいが。
「まあ冗談はここまでにしておいて、相談したいことがあるというのはマジです」
「だからなんでオレか」
「そりゃ『実績』がありますから。他に相談できる人がいないというのもありますが」
「実績が何かは分からんが、相談できる人がいないってのは普段の行いが悪いからだろうよ」
「……我が生き様、孤高の道行き。後悔などありません」
「だったら目ェ逸らすなや」
「いえ別に友達がいないわけじゃありませんよ? ただ相談したらここぞとばかりに弱みにつけ込んで何をされるか……」
「やっぱ自業自得じゃねえか」
「まあそれは置いておきましょう、話が進みません」
誰のせいだと言いたいところをぐっと堪える太平。口に出したらそれこそ話が進まないと言うことくらいは理解している。
「ともかく貴方しか適任者がいないのが現状なのです。色々思うところはあるでしょうけど、それでもお願いしたいと。些少ながら報酬も用意しました」
「報酬?」
「学食Aランチ一週間分の食券を」
む、と太平は考え込む。学食のランチはすぐ売り切れるが、例外的にAランチは一番高くなかなか手が出せない。そしてとても豪華で美味い、らしい。それが確実に、しかも一週間食べられるというのは結構魅力だ。しばらく考え込んだ後、太平は口を開く。
「……とりあえず話を聞くだけ聞いてやる。今か?」
「いえ、出来れば後日お願いします。こちらも色々とネタを仕込み……こほん、用意があるので」
「今の一瞬で受ける気がすこんと無くなったんだが」
「ヤダナージョウダンデスヨ」
「棒読みはやめい」
「本当に冗談です。では用意が調ったらまた連絡させて頂きますので。失礼」
言うだけ言って、副委員長はすっと姿を消す。
なんか疲れた。凄く疲れた。数分程度のやりとりにどっかりと体力を奪われた太平は、深々と椅子に座り直した。
無かったことにできねえかなあと虚しい考えに浸るが、ふと『あること』に気付いて眉を寄せる。
「…………ここ、二階だったよな?」
もちろん窓の下は家の外壁で、手がかりになるようなものはない。
太平は、深く考えるのをやめた。
で、後日であるが。
「なんでこんな場所なのか小一時間ほど問いただして良いか?」
「目立たずかつ真っ当な人間であれば誰も近づかないような場所でなおかつ私のテリトリーとなるとこんな場所しかないんです。察して下さい」
眉間に深いしわを刻んだ太平に、無表情だがなんとなく疲れた様子で応える副委員長。そんな二人がいる場所は、科学準備室。
松戸 博士の巣である。
そりゃあ普通の人間は近づこうとは思わない。
「ふむ、なかなかに慧眼だね。まあこんなものしかないがゆっくりしていきたまえ」
なにやら実験の途中らしい博士が、二人にコーヒーを差し出してくる。ただしビーカーだが。
気分的にこれはどーよと思いながら、そっとビーカーを脇の机に置く。同じようにビーカーを置いてから、副委員長は口火を切った。
「さて、相談したいことと言うのはほかでもありません。うちの委員長のことなんですが」
「とどめを刺す、ってんなら手は貸せんぞ?」
「なぜそうなりますか」
「え? 命狙ってんじゃないのか? どう考えても寿命縮まってんだろうよ」
至極本気の顔で言う太平。そりゃ確かにあのツッコミぶりは体に悪いだろうが発想が飛躍しすぎだった。
案の定副委員長は、むっとした雰囲気を纏って反論する。
「命狙うんだったらもうちょっと効率の良い方法を考えます。まあツッコミやらせすぎて死ぬなんてこれまでにない斬新な殺害法ですから完全犯罪になるかもですが。……なにが悲しゅうて惚れた相手を謀殺しなきゃならないんですか」
「…………………………………………え?」
びき、と太平の動きが凍った。今この女、なんて言った?
しばしの硬直の後、太平は頭を振りながら落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせつつ口を開く。
「やれやれ、どうも疲れているようだ。幻聴まで聞こえてくるとはな」
「私風紀副委員長は風紀委員長に惚れていますぞっこんです愛してますラブ注入です真実と書いて大マジです」
「……………………………………………………」
太平は大きく息を吐く。そして、深刻な表情で至極真面目に語りかけた。
「いいか、落ち着いてよく聞け。あんたは今重大な精神疾患を煩っている可能性がある。まずはカウンセラーに相談を……」
「人が真面目に言ってるのにどういう言いざまですか」
「いやどう考えても真っ当な言動じゃないだろう。明らかにおかしい」
「ちゃんとそれなりに好意は匂わしていたはずです」
「いぢって楽しい相手です、と言ってるようにしか見えなかったが」
「くっ、複雑な乙女心を悪いように取ってくれますね……」
どういう乙女心があったらあの言動が取れるのであろうか。太平には分からないが無論筆者にも分からない。
半眼になった太平は、苦虫を数匹纏めて噛んだような口調で言う。
「……OK、百万歩ぐらい譲ってそれが真実だったとしよう。だがあんたの行動は確実に逆効果だ」
「なん……だと……?」
「好きな相手をいぢめてしまう。しかしそれで思いが通じるなんてのは、小学生でもねえだろうが」
「そ、そんな! こんな美少女が相手なんですよ!?」
「美少女だろうがイケメンだろうがよほど特殊な趣味じゃなきゃ喜ばんわい」
どきっぱりとぶった切る太平の言いざまに激昂しかける副委員長だが、その直前で急にしおしおと力をなくす。
そしてなんだかどんよりと暗い雰囲気を漂わせて、がっくりと肩を落とした。
「……うすうす、気付いてはいたんです。なんかこう、通じてないな~って。進展が見られないな~って……」
あの状況で進展するのは漫才で天下を取るという意志だけではなかろうか。そう思った太平だが、さすがに空気を読んで黙っている。
似たような危機感を、副委員長も抱いていたようで。
「このままではコンビとしての進展はあっても恋愛関係には移行しないのではないか、そういう気がひしひしとしてきたわけです。そこで、かの奇人変人篠備賀君のデートを見事成功に導いた天下君の力をお借りしたいと思い、ご足労願ったわけなんですよ」
お前が奇人変人言うな、と喉元まで出かかった言葉を飲み込む。周りはこんな人間ばっかりだ、どうせ言っても聞きゃしないと、完全に自分のことは棚に上げて太平は溜息を吐く。
まあともかく、恋愛相談であることは分かった。別に何か特別なことをやったわけではないが透に協力したことは間違いない。それに他の連中はこういった相談事に関しては欠片も役に立ちはしないだろう。
理解はした。納得は出来ないが。太平は自分の膝に肘をついて頬を支えると、ふうむと鼻を鳴らす。
「で、オレにどうしてほしいわけよ」
その問いに、副委員長は目に見えて狼狽えだした。
「それはその、参考になるご意見とか、恋愛成就の秘訣とか、委員長を振り向かせるにはどうすればいいかとか、そのあたりを伝授して頂けたりしてくださるとありがたいかなーって……」
どうやら計画性はゼロだったらしい。わりとしっかりして見えるのに実際ノリと勢いだけで生きているのだろうこの女。しかもいざとなったらへたれだ。やれやれしょうがねえなあとか思いながら、太平は意見を述べた。
「普通に真正面から好きですって言えばいいじゃん」
それを聞いた瞬間、副委員長がびしりと凍った。
そしてしばらくの後、がたがたと震え出す。
「い、いきなり最高難易度を!? 貴方は鬼畜ですか!?」
「別に難しいことは何一つ言ってねえだろうが」
太平にはそう言ったことで二の足を踏むと言うことがない。告白なんぞふられるか受け入れられるかのどっちかしかないし、死ぬわけじゃないのだから恐れるほどのことはないと、そう考えている。そう言う意味では凄まじく男前であった。
が、普通の人間はなかなかそうはいかない。いや副委員長は普通の人間とは言い難くだいぶおかしいが、それでもそう言った感性は人並みに近いものだった。でなきゃとうの昔に告白してたことだろう。
そうでなくても太平は容赦ない。
「普段あんだけ下ネタぶちかましてるくせに告白できねえってこたあねえだろうが。むしろ惚れた相手の前で下ネタぶちかますほうがよっぽど難易度高いわ」
「い、いえですね? そう言ったことと告白は別物でしてね? いわば普段使ってる領域と恋愛の領域は周波数が違う的なアレなわけでして……」
「そうやって言い訳してっから二の足踏むんじゃねえのか?」
「そうかもしれませんけどそうかもしれませんけど」
でもでもだってと普段と違って躊躇しまくりの副委員長。本人至極真剣なんだろうが、太平はだんだん苛ついてきた。目の届かないところでうじうじするのはいくらでもやってくれていいが、直接関わるとかなりムカつく。
太平はいきなり立ち上がると――
すこかーん、と副委員長の頭に拳骨を落とした。
「ええい! うだうだ言ってて状況の打開が出来るか! とっとと委員長のとこ行って当たって砕けてこいやあ!」
「いきなりご無体な事言い出しましたよこの人!? ってか砕けるの前提!?」
「はっ、最初から砕けることが分かっていたら恐れるものはなにもねえだろうが! 行ってこい! そして死んでこい!」
「戦争末期的な思考ですよそれは!? それができるなら最初から悩んでません!」
「じゃあなにか、お前さんそうやってうだうだ悩んでる間に委員長に彼女が出来てしまっても良いというのか?」
その言葉に再びびしりと固まる副委員長。
彼女の脳裏に、誰か知らない女に告白されてOKする委員長の姿とか、誰か知らない女ときゃっきゃうふふと戯れる委員長の姿とか、誰か知らない女と●●●して×××する委員長の姿がよぎる。
瞬間的に、沸騰した。
副委員長はがばりと立ち上がると、天に向かって咆吼する。
「許せますかあああああそんなことがあああああ!!」
そしてここぞとばかりに煽る太平。
「ならばどうする! 逃げるのか諦めるのか!?」
「ぜっっったいにノウ!」
「ならば往け! いって己の思いをぶちかましてこいや!」
「特攻乙女赤裸々一番星! 突貫します!」
そしてそのまま彼女は、ロケットでも装備したかのような勢いでずどどどどと科学準備室を飛び出していく。ノリと勢いで生きているだけあって乗せるとチョロかった。
一応煽った責任があるだろうなと考えて、太平は様子見に後を追うことにする。「おじゃましましたー」と博士に声をかければ、実験に集中しているらしい彼は背中を向けたまま片手を上げるだけで応えた。
そのまま実験を続けている博士だが、その口元は微かに笑みを形作っていた。
「……若いねえ」
「ふうん、そんな事があったんだ」
太平の話を聞き、まひとは得心して頷く。
太平がなにやらさりげなく姿を消したので探し出し何事かと問うてみたら、彼はあっさりと事情を説明した。
無論巻き込む気満々である。
そんなわけで、二人して副委員長を追跡してみたのだが。
「おおおおおおおお話があります!」
「うんそれはさっきも聞いたけど、一体なにかな?」
校舎裏に呼び出すというよくあるシチュエーション。並の人間ならもしかしたらと考えるところだが、生憎やっているのはあの副委員長である。委員長はめちゃめちゃ警戒していた。
しかし勢いよく飛び出したはいいが、やはり肝心なところでへたれているようで、真っ赤な顔でテンパっている。
そのまましばし時間は流れ、委員長が訝しげな顔になり太平が苛つきだしたそのあたりで、やっと副委員長は口を開いた。
「す……」
「す?」
「す…………」
「す?」
「す………………っ!」
「す?」
「す!!」
「だからなんなのかねもう」
間抜けなやりとりの後ついに副委員長は。
人差し指と中指で親指を挟んだ拳を突き出し、こう宣った。
「すけべしようや、なあ」
虚しく風が吹き抜ける。
何とも言い難い沈黙の後、委員長は溜息を吐いて額に人差し指を当てた。
「また唐突にわけの分からないことを。……なんのつもりかは分からないけれど、適当なところにしときたまえよ。あと拙いことがあったらちゃんと報告するように」
どうやらなにかやらかそうとしているように思われたようだ。普段が普段なのでこれは仕方がないかと思われる。
やれやれと言いたげな態度で背を向け去っていく委員長。拳を突き出した体勢のまま固まっていた副委員長は、しばらくしてからぷるぷる震えだして――
「告白したのにダメじゃないですかああああああ!!」
すっごい勢いで校舎の影で見守っていた太平たちのもとに駆け寄り食って掛かった。
「あれのどこが告白だっ!」
勿論太平ははたき倒した。
暗闇の中、ぽつりと灯りが灯る。
「恋は疫病なり」
「愛は死病なり」
「慈しみは幻想」
「むつまじさは猛毒」
「「「「「この世の全てのリア充に、災いあれ!」」」」」
全ての明かりが灯され、『リア充死すべし慈悲はない』と書かれた掛け軸を背に、額に議長と書かれた三角頭巾を被った人物が、重々しく宣言した。
「これより第483回みなしごの会定例会議を始める」
あいかわらずのみなしごの会である。こんな事をやっている間になにか努力すべき事があると思うのだが、そんな健全な思考を持っていたら最初からこんな事はしていない。彼らはいつも通り無駄に情熱を傾けて垂れ流していた。
「ついにあの女が動いたか……」
議長が苦々しく言う。
「赤裸々一番星。数多の英傑たちを煙に巻き、我らを謀った怨敵。自らの欲望を叶えんとせんがため、天下 太平に助力を乞うたか。牝狐め……」
えらい扱いである。あの女単なる頭の良いあんぽんたんなのだが。
ともかく今回は副委員長が彼らのターゲットらしい。無駄に高い能力と、無駄に多い人員を駆使し、彼らは副委員長に制裁という名の嫌がらせを行うことを決意していた。
しかし当然ながら問題になるのは太平の存在、そして。
「我々は女性を直接攻撃するわけにはいかん。人として、紳士として、それは許されざる一線だ」
妙なところで紳士ぶる彼らの信念、女性には手を出さないというそのマイルールが直接的な行動を阻む。いやそんなところで今更紳士ぶっても色々と手遅れだろうよと思うのだが、彼らは至極真剣であった。
「……であるならば、やはり」
「委員長を狙うしかあるまい」
「副委員長は天下 太平の庇護下にあるが、風紀委員長にはその手は及んでいまい」
「どのみち奴も知性派イケメン、いずれは我等が敵となる定め」
「リア充は早めに潰しておかねばな」
身勝手な怨念と、それが籠もった含み笑いが広がっていく。
えらいとばっちりが、風紀委員長の身に降りかかろうとしていた。
「しかし最近の彼女はおかしいね。いや前からおかしいのはおかしいのだけれど」
クラスメイトとの会話の中で、風紀委員長がふと零した。
話題にしているのは勿論副委員長のこと。元から妙ちきりんな言動には定評のある彼女だが、ここ数日は輪をかけて変だった。
目に見えて落ち着きが無いというか狼狽えているというか、ともかく言動が不穏に過ぎる。しかも時々頭にたんこぶが生じていることがあった。一体何が起こっているのか、委員長にはさっぱり理解が出来ていない。
こいつも結構鈍いんじゃないだろうか。クラスメイトは揃ってそう思っていた。確かに副委員長はアレでナニな人物であるが、一応委員長に好意を抱いているのは分かる人間には分かる。
やっとの事でそれを自覚したか覚悟を決めたか焚き付けられたかだろうと、容易く推測できた。知らぬは本人ばかりなり、だ。
分からない人間にとっては奇行の延長にしか見えないわけだがそれはさておき、一体彼女は何を企んでいるんだと委員長は首を捻る。彼の中で副委員長は何か裏でこそこそやってそれが上手くいっていない、としか捉えられていなかった。
しかし、まあ悪事や事件ではなさそうだがと高を括っている部分もある。悪ふざけは過ぎるが、そういったあまりにも後ろ暗いことはしないと言うくらいの信用はあった。
「ともかく、さっさと終わらせて欲しいものだよ」
「「「「「(あんたが気付けばすぐにでも終わるんだけどな)」」」」」
ツッコミてえ。クラスメイトの心は一つになった。だが彼らにも、そっとしておきたいという心遣いはある。巻き込まれたくないとも言うが。
さてそんな様子であるから、訝しがりながらも委員長は普段通りだ。
だからこんな襲撃があるなどと予想することなどできはしなかった。
「「「「「ふんっ! やっ! 我等! みなしごの会鉄人十三人衆っ!!」」」」」
委員会の仕事に向かっていたらいきなり現れ、目の前でポーズを決めるマッチョハゲ全身金粉馬鹿野郎どもの姿に、唖然とするしかない委員長。当然ながらこんな連中に絡まれる心当たりなどない。
そんな委員長の様子など眼中にない様子で、いきり立った野郎どもの先端にいる男が告げる。
「リア充は許されない! やっちまえええええええ!!」
その声を合図に、野郎どもは一斉に襲いかかった。
で。
「一体なんのつもりかね君たちは!」
肩で息をしながら、委員長は廊下で伸びている馬鹿野郎どもを詰問していた。
風紀委員長。実は合気道と日本拳法、居合術の段持ちという猛者だった。太平ほど非常識ではないが、普通のラノべだったら十分主人公を張れる実力はある。
野郎どもの一人が、身動きもままならない様子ながらも憎々しげに委員長を見上げながら言う。
「おのれ……優等生でなおかつイケメン、さらに文武両道を地でいくとは……どこまでリア充か貴様……っ!」
「顔はともかく後は努力と継続だ。それはそれとしていきなり人に襲いかかった理由を聞かせて貰おうか」
「自覚もないとは愚かな……我等がそう簡単に口を割るとあたあたあだだ!?」
「合気道や日本拳法の技にはね、相手に外傷を与えないで苦痛を感じさせるものがあるんだ。……一通り試してみるかい?」
野郎どもは、さくりとゲロった。
「す、す……スカンジナビア半島!」
「うん、その、そうだね地理の勉強は大切だよねあはははは」
最早数えるのも馬鹿馬鹿しくなった何度目かの告白であるが、どうも今回は様子が違う。
素っ頓狂な事を言い出す副委員長。そして挙動不審に返す委員長。その様子をこっそり覗いていた太平とまひとは、思わず顔を見合わせる。
「どうなってんのアレ」
「明らかに何かあったよね」
ずっと二人を監視しているわけではないので委員長に何が起こったのかは分からない。が、普段冷静な彼がああも挙動不審になるのだ、何かあったのは間違いあるまい。
う~むと考え込む太平に、まひとが小首をかしげながら言う。
「委員長が副委員長の気持ちに気付いた、とか?」
そんなばかなことが、と言いかけた太平だが、即座に自分の考えを否定して唸る。
「いや……ありえる、のか?」
告白とはとても言えないアプローチだが、あれだけやってりゃ何かあると感づくかもしれない。それに委員長が他の人間に相談したりして、そこからそういう結論に至った可能性もある。
委員長が感づけば終わりかと思ったが……疑念が確信に至らせないのか、彼も戸惑っているようだ。これは下手をすると長期化するかも知れない。かといってこれ以上手出しをするのはなあと、考え込む太平。
状況は進む。言うべき事を言えずにいたたまれなくなってテンパってる副委員長。何を言うべきか分からない委員長。ただその光景を見ていたら実に青春の一幕である。しかしそんな雰囲気を認めない、空気を読めない連中がいた。
「「「「「まさかのときの、リア充弾劾裁判っ!」」」」」
突然現れた、真っ赤な三角頭巾とローブ姿のあほうども。突然のことに驚く副委員長と眉を顰める委員長を余所に、奴らはいつも通りのネタを披露する。
「我等の武器は三つ!」
「努力!」
「友情!」
「え、え~っと……」
「……二つ!」
こほんと咳払いして、あほうどもは孔雀の羽やローストチキンなどの得物を取り出す。
「「「「「開廷! 前略中略省略判決私刑っ!」」」」」
そのまま有無を言わさず襲いかかって……まとめて委員長に吹っ飛ばされた。
「まったく、色々と立て込んでいるのにこの変人どもは……」
ぎらりと光を反射する眼鏡を指で押し上げる委員長。どうやらかなりお怒りのようである。はっきりと分かる怒気に、さすがのあほうどもも引いた。
ざり、と一歩一歩足を進める。それだけで投げ飛ばされ尻餅をついたあほうどもは後ずさる。
「ただでさえこちらは考えが煮詰まってイライラしているんだ。少しきつめにお灸を据えようと思うがどうかね? ん?」
「いや待て、話し合おう。話し合えば人類は分かり合える」
「ならば試しに話してみるが良い。手加減は抜きだ、存分にとことん心ゆくまで語り合おうじゃないか」
「え、あ、あの~話し合いですよね? なんかそれにしては纏ってるエアーが黒々殺伐としていらっしゃるのですが!?」
「はっはっは、気のせいだろう。……まずは正座だ人として礼節が大事だからねうん聞こえなかったかい正座だと言っている」
あまりのプレッシャーに逆らう気力もなく、あほうどもは地面に正座して背筋を伸ばさざるを得ない。それに膝をつき合わせて「まずは君たちはだなあ……」と説教を開始する委員長。
その脳裏で、背後の物陰で太平に「逃げんなこのへたれが」とチョップを受けてる副委員長のことは――
取り敢えず棚上げにされていた。
そして。
「もしかしてだけど、僕は副委員長に好意を寄せられているのだろうか?」
至極真剣な顔で「相談がある」と太平に頭を下げ、図書館の端っこに席を設けた委員長は、開口一番深刻な声色でそう問いかけた。
そうだというのは簡単だった。が、さすがの太平も躊躇う。副委員長はたしかにアレでナニでおまけにへたれだが、その想いを勝手に知らしめていいとは思えなかった。下手なことして厄介なことになっても困るし。さりとて。
「(どうすべえ)」
どう誤魔化すべきか。いや誤魔化して良いものなのか。正直これ以上話がこじれるのは勘弁である。しかしここで黙っていても解決しないことは確かで。
一瞬の迷いの後、太平は。
「……オレにはよく分からんが……何か心当たりでもあるのか?」
疑問を委員長に投げ返す方向でいく事にした。これで自覚が出れば動きも変わってくるだろう、そうにらんでのことだ。
果たして委員長はこう返す。
「まあちょっとした伝手でね、そのようなことを小耳に挟んだんだ。僕としてはどうも、いまいち信用ならなかったんだが、もし最近の彼女の行動がそういう思考からのものであれば納得できる部分もある」
「なんか奥歯にものが詰まったような言い方だな」
「だって天下君、こう言ってはなんだが……副委員長だぞ?」
もの凄く納得した。やはり普段の行いは大切だと言うことだ。
副委員長はへたれてビビってる。委員長はそんな彼女を疑いの眼差しで見ている。であるならば。
「……一度とことん話してみた方が、いいかもな」
「しかし最近の彼女はどうも逃げ癖がついているようでね……」
「なるほど、ならば任せて貰おうか」
異様に頼もしい太平の言葉。しかし嫌な予感がするのはなぜだろう。
そこはかとない不安を、委員長は感じていた。
翌日。
「ちょっと待て天下君! これはなんだこれは!」
委員長が悲鳴のような非難の声を上げる。さもありなん、今の彼は縛り上げられてなぜか正義と透にえっほえっほと担がれているのだから。
そんな彼に太平はしれっと応えた。
「逃亡防止だ」
「いや逃げないから! しかもなにこの淫猥な縛り方!?」
ヒント・亀。
ともかく委員長の必死の主張は黙殺され、そのまま担ぎ込まれたのは体育倉庫。その前で待ちかまえていたまひとが、「いらっしゃいませ~」とか言いながらがらりと扉を開ける。
そいやァと放り込まれる委員長。べちんと床に倒れ込んだところをなんとか身を起こしてみれば。
「モガーーーー!!」
やっぱり亀系で縛られて猿ぐつわかまされている副委員長の姿が。委員長が放り込まれたのを見てじったんばったんもがいているが、結びはしっかりしているらしく縄はがっちり食い込んでほどけない。
「一体何のつもりだ! こんな拉致監禁のような真似を……」
「真似じゃなくて拉致監禁だよ」
ばっさりと返す太平に、さらに言いつのろうとしていた委員長は「へ?」と目を点にする。太平はなんの迷いもない目で、どきっぱりと言い放つ。
「これぐらいせんとお前ら進展しないだろうが。ケリがつくまで出さねえから、そのつもりでな」
「ちょ、ちょっと待ちたまえこんな縛られた状況でどうしろとそれに副委員長話せる状況じゃないだろうあー!ちょ、閉めるな……」
がらがらぴしゃんがちん。容赦なく施錠を終えた太平は、良い仕事をしたとばかりに笑顔を見せる。
「こんだけやりゃあ、さすがのやつらも必死こくだろう。……手伝いありがとな。約束通りAランチ食券をお裾分けしちゃる」
「それはありがたく。……しかしこれでいいのでありましょうか?」
「気にしないほうがいいぜ? 俺はもう諦めた」
手伝わされた透と正義が何か言葉を交わしているが、当然ながら太平は気にしなかった。
そんな太平にまひとが問いかける。
「で、これからどうするの?」
「んな事ァ決まってんだろ?」
獣が牙を剥くような笑み。
そんで。
「くっ、赤裸々一番星め、あのような手を打つとは……」
こっそりと物陰から倉庫の様子を伺っているみなしごの会メンバーは臍をかんでいた。
倉庫の扉の前には、腕を組んで仁王立ちした太平の姿。
ごごごごごだとかどどどどどだとかいう効果音を背負ったその姿を見れば、手出しなんぞできようはずもない。
まあ副委員長が望んであのような状況になったのではなく太平がやらかしたのであるが、そんなことみなしごどもに分かるはずもなく。
「おのれ……おのれ……」
「どこまでも妬ましい……」
「コノウラミハラサデオクモノカ……」
ハンカチ噛んできーとか呻いたり藁人形を木の幹に打ち付けたりノートに恨み言を綴ったりしてるみなしごたち。まあそれくらいしかできることがなかったんだが。
そして無情に時は過ぎる。
結局その後どうなったかと言えば。
「やはり男性の魅力は腹筋と背筋だと思います」
「唐突に何を言ってるのかね君は!?」
この二人、なんというか相変わらずであった。見た目は。
あの後半日ほど放置しておいたら何とか自力で縄を解いたらしく、いい加減出せと揃って訴えてきた。(太平もわりと素直に出した)その時にはお互い意味ありげにちらちらと視線を交わしていたので、それなりに進展があったかと思われたのだが。
やっぱり彼女はへんてこで、彼はそれに振り回されているように見える。そんな二人の様子を見かけて、まひとは肩をすくめた。
「結局僕ら、骨折り損のくたびれもうけってヤツ?」
応える太平は、器用に片方の眉だけ上げて顎をしゃくる。
「いんや、そうでもなさそうだ」
それに促され、よくよく二人の会話を聞いてみたらば。
「やれやれ、こんな会話で本当に君は楽しいのかね?」
「どんな会話でも楽しいですよ? 大好きな人とのものならば」
「……凄まじくこっぱずかしいのだがねそう言う台詞は」
「私も顔から火が出そうになるくらい恥ずかしいです。おあいこですね」
「……好きにしたまえ」
「勿論、全力で」
心なしか、ほわんとした空気が漂っているようであった。なるほど全くの無駄ではなかったようだと、まひとは得心する。
「あとはあいつら次第だろ。ま、あの様子なら上手いこといくんじゃねえか?」
「ひとまずはめでたしめでたし、ってことか」
色々あったが、とりあえずは収まるように収まったようである。
珍しく酷くないオチに、満足げな笑みを浮かべる太平であった。
ところでみなしごの会であるが。
「よくもやってくれよったわ。……だがこれで終わりと思うなよ」
またぞろ薄暗いところで集まって非モテを拗らせている。
頭巾の上にお怒りマークを貼り付けた議長は歯ぎしりしながら怨念を吐き出した。
「天下 太平とていつまでも関わってはおるまい。忘れたころに断罪の剣にて死よりもおぞましき終演を……」
と、そこに。
「あ、あの~議長。なんか我々宛にこのようなものが……」
会員の一人が差し出したのは、『みなしごの会御中』とだけ書かれた大型の封筒。それを受け取り、訝しげに開封して中身を確かめる議長であったが。
「な、こ、これは!?」
現れたのは、みなしごの会メンバーの詳細な個人情報が記された資料。そりゃもう本名住所メルアドから性癖に至るまで細大漏らさず記されていた。
なんでこんなものが!? と焦りながら資料を確かめると、その最後にこう記された紙が。
『ちょっとでも余計なことしたら、これ盛大にばらまく。天下 太平』
ずん、と沈み込む一同。『余計なこと』が何を意味するか、最早問うまでもない。
「あ……悪魔かあの男は……」
わなわなと震えながら、議長は呻くしかなかった。
こうして、みなしごの会は再びの敗北を喫した。
だがこの世にリア充が存在する限り彼らは不死鳥のごとく蘇る。
(適当に)がんばれみなしごの会!
(世間の風に)負けるなみなしごの会!
だいぶん自業自得だとは思うが、茨の道をひた走るのだ!
「篠備賀君が一晩で調べ上げてくれました」
「調べといてなんですが、鬼畜ですな天下殿」
御大とBF。同時に見られるのは凄いことなのではなかろうか。
この時代に生きていてよかったと思う緋松です。
さ、忘れられそうなキャラ救済企画にして恋愛もの、二重で第二弾でございます。
恵に次いで一部で人気の副委員長。いやこのキャラ楽だわ、出したら勝手に動いてくれるし。で、こんな感じになりましたがいかがでしょう。なおこのカップル名前がないのは仕様です。考えてない訳じゃございません。(おい)
あとみなしごの会、こいつらも楽ですな。まあ副委員長とかと違って一生報われることはないんでしょうが。(鬼)
と言うことで今回はこのような感じでした。
次回もお楽しみに。
それでは~。




