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そのじゅうきゅう・免許ほしくてこともなし!






毎度毎度の三高2年D組。

番長がボコられお嬢や狐が凹み皆が遠い眼になるいつもの一連の流れが過ぎ去り、教室はホームルーム前の僅かな平穏に満たされていた。


そんな中、太平は己の席に腰掛け、なにやらぱらぱらと本に目を通している。一見何かの参考書かとも思われたが。


「ん、何読んでんだ?」


太平の行為に気付いた正義が興味を引かれたか問いかける。それに対して太平は本に視線を落としたまま応えた。


「ん~、バイクの免許取ろうと思ってさ」


手に持ち示したのは免許所得関連の参考書じみた本。太平の言葉に教室内でぴくりと反応したものが幾人か。そのことに気付かず「おう」と嬉しそうに正義は反応した。


「バイクの魅力に目覚めたのか。うん良いぞバイクは。おすすめはやはりリッターバイクだが」

「いきなり限定解除は無理だろうが。まずは中型からだ」


三高ではバイク通学こそ禁止されているが、免許の取得自体は禁止されていないと言う割りにユルい校風だ。実際何割かの生徒がすでに免許を持っているらしい。

そして、当然ながら正義も免許持ちであった。しかも仕事の関係もあって特例でいきなり限定解除である。

なおかつ彼は、仕事以前に根っからのバイク好きであった。


「中型か……知り合いにもヤマハのセローいぢって乗ってる人いたなあ。250より下なら車検もないし、いぢり放題だからその選択もありか」

「なんでいぢる事前提にしてんだよ」


なんというかいぢると書いて魔改造と読む的なエアーを感じた太平は眉を寄せた。


「べつにいぢったりはせんわい。ふつーに乗らせろ、ふつーに」

「え~、そこが楽しいんじゃねえか。コンパクトハイパワーとか、オーバースペックとかいう言葉に心牽かれないか?」

「お前が普段バイクに対してどういうスタンスか、よーく分かった」


なんだかわくわくしている正義にげんなりと返す太平。自分が得意な話題になると眼の色を変える人間は多いが、正義も多分に漏れずそういうタイプであったようだ。

まあ手を入れるつもりはないが、参考になる意見は聞けるかも知れないと太平は正義に向き直った。


「ところでマサ、お前さんがお奨めするのはどこのバイクよ」


その問いに、食いついてきたなという感じで正義は目を輝かせて応える。


「どのメーカーというわけじゃないけど、ビッグスクーターは奨めないなあ。あれ意外とでかくてじゃまで、あと手を入れるところがほとんど無い。つまらん」(注 正義の偏見が入っています。っていうかこの先偏見だらけ)

「そ、そうなのか」

「スクーターなら125、小型までだな。原付よりもスピード出るしビッグスクーターほどでかくないから取り回しも楽だし。それよりでかくて中型ならオフロードかデュアルパーパス、いわゆるオフ車を奨めるぜ」

「オフロードはわかるけど、でゅあるぱーぱす? ってのはなんだよ」

「オンでもオフでも走れるタイプ、まあ外観はオフロードとほぼ変わらないから同じカテゴリーでいいと思う。その他にもオフ車にロードタイヤ履かせたモタードってのもある。町中ならモタードでも十分だけど、だったら普通のネイキッドとかでもいいじゃん、って俺は思う」


水を得た魚のようである。免許を取ろうとしてるだけあって多少の知識はある太平だったが、ここぞとばかりに喋りまくる正義の姿に多少引き気味であった。


そして、バイクに熱い思いを抱いているのは正義だけじゃ無かったらしく。


「そんでメーカーだが……」

「ホンダね。基本はCB。オフだったらCRM。お奨めは最近出たデュアルミッション搭載のNM4ね。大型になるけど、格好良いし」


いきなりにゅん、と現れて口を挟むのは赤坂 綾火。 なんか妙な迫力をもって真剣な表情で、説法を行う僧侶のように太平へと語る。


「ホンダよ、ホンダに乗るのよ。いいわねホンダだからね」

「ちょっと待った」


ぐるぐる目で太平を洗脳するかのごとき語りを続けていた綾火だったが、突然の物言いが入る。

口を挟んだのは桜田門 風音。目立たないキャラを貫いてきたはずの彼女が、ここに来ていきなりの参戦であった。

彼女はどう見ても綾火と同じ気配を漂わせて、熱く語り出す。


「バイクと言ったらヤマハよヤマハ。基本はセロー。バイクの基本が全て詰まっていると言っても過言ではないわ。そして目指すはV-MAX。正にキングオブキング、バイクの皇と言っても過言ではない究極の存在は至高の悦楽を与えるでしょう。あ、最近出たMT-9も格好良いけど」

「ちょっと風音、あんたプライベートじゃ天下君に関わり合いになりたくないんじゃなかったの?」


いいとこだったのに何割り込んでくるんじゃこのダボがと顔に書いてある綾火に、おどれの好きにさせるわけないやろがと顔に書いてある風音が応える。


「バイクの話なら別よ。それにリーダーだって」

「そうっす、二人とも間違ってるっす」


またしてもにゅん、と現れる影。

第三の女、緑山 未地であった。

彼女もまた、狂信者の気配を漂わせながらぐるぐる目で語り始めた。


「スズキに決まってるっすよ常識的に考えて。中古だったらジェベルかTW、新車ならグラストラッカーかバンバンが乗りやすくてお奨めっすよ。そして究極至高はなんと言っても隼! 最速を乗りこなしてこそのバイク乗りっしょ!」

「日本のどこで最速出すってのよいらないでしょあのスペック」

「そーよなんか全体的に安っこいし」

「何言ってるんすかホンダなんか手を入れるところがないから面白くないしヤマハだってV-MAX航続距離短くて重くて扱いにくいじゃねっすか!」

「むしろ完成した芸術品なのよホンダは文句ある!?」

「言ったわねいっちゃならんことを言ったわね!? 戦争かコラ!」

「なんすかやるならやるっすか表出るっすか!」


一触即発。なんだかよく分からない争いに、免許もってないクラスメイト達はどん引きであった。


と、そこに一石が投じられる。

ばしん、と響く音。開かれていた本が強く閉じられた音だ。


それが響いたのはいきり立つ三人の背後。「「「あ゛!?」」」とか言いながらぎぎんと音の下法を睨み付ければ、そこには自分の席に腰掛けたままの目黒 光の姿が。

彼女は本を閉じた姿勢のまま、淡々と口を開く。


「単なる己の嗜好を押しつけ、あまつさえ意見の食い違い程度で争うなどと、スーパーヒーローの風上にも置けない行動ですね~」


語尾こそいつもの通り間延びしていたが、漂わせる気配には異様な迫力があった。

光の眼鏡が、ぎらりと輝く。


「他人に奨めるのであれば、本当によいものじゃないといけないと思いますよ~。例えばBMWのR1200GSとかF800GSとか~」

「なんでいきなり国産じゃない方向いくのよ格好いいけど!」

「でかくて背ェ高くて足届かないじゃない格好良いけど!」

「しかもやたらと高いっすよ金銭的に格好良いけど!」

「左様! 日本人ならやはり国産! 特にカワサキは最高にござろう! ここはやはりNinjya! 最近は中型しかござらんがその性能はお墨付き! あ、新型のZ1000もいかつくてお奨めですぞ」


どこからともなく現れてにゅんと割り込んできたのは、覆面忍者リア充男子高校生篠備賀 透。

なのだが、なんだか周囲の視線が冷たい。


「……けっ、忍者だからNinjyaとか安易なネタを。これだからカワサキは」

「Z1000ってなんか趣味悪いヘビ柄シートとかあったわよね正気なのこれだからカワサキは」

「なんであんなに緑押しなんすか他の色売れないんすかこれだからカワサキは」

「大体他のクラスからわざわざ出てくるとかどんだけひまなんですか~、これだからカワサキは~」

「満場一致でディスられもうした!?」


やさぐれた雰囲気で難癖のようなことを言う四人。なんでそんなにカワサキが嫌いか。

そしてさらに乱入者が。


「ハーレーやね。あの無骨さ、力強さ。まさしくパワーオブジャスティス! たまらんもんがあるとは思わん?」

「ヘルズエンジェルって洒落のつもりです? やっぱりここは美しさと力強さを兼ね備えたドカティなのです!」

「ウラルだよ天下君! 一見サイドカーに見えてその実地上のあらゆる所を走破するパワートライク! 今一番熱いマシンだ!」


次々と現れる悪魔とか天使とかマッドサイエンティストとか。

太平は溜息。集ったはいいがまた不毛な言い合いを始めた狂信者あほどもをよそに、彼は正義に話を振る。


「でマサよ、お前さんのお奨めはなによ」

「いやその、まず自分が気に入ることが大切で、メーカーに拘る必要はないって言いたかったんだけど……」

「……お前さんが今乗ってんのは」

「……クラウザー・ドマーニ」

「なんだそのデスメタル歌ってそうな名前」


ちなみにどう見ても特撮メカにしか見えないサイドカー一体成形型マシンである。一度見たら絶対に忘れられないデザインだがマイナーすぎて普通の人はまず知らない。興味のある人はググってみよう。

それはそれとして、だ。


「好みで熱くなるのはいいんだが、なんでこんなにいがみ合うんだよ」

「あー、なんかすんません。とりあえずすんません」


喧々囂々と言葉の刃を交わすあほどもに呆れている太平。もしかして自分が原因なんだろうかなどと思いながらとりあえず謝っとく正義。


背後でホームルームの開始を告げる鐘が奏でられている。

そして。密かにぎらりと目に光を宿すものがいた。












で、話は飛んで近場の自動車教習所。

早速免許取得に通い出した太平だが、思わぬ乱入者が現れていた。


「待ちかねましたわよ、天下 太平!」

「さあ、妾の魅力に酔いしれるのかしらん!」


手続きを終えた太平の前にずはっと現れたのは、鯉ヶ滝 恋と九尾 玉藻。揃って体のラインが露わになるぴちぴちライダースーツを纏ってびしすとポーズを決める。

そこで互いの存在に気付いた。


「あ゛? なんですの猿真似ですの!? 良い度胸ですわやるならやりますわよ!?」

「そっちこそ盗人猛々しいのかしらん! 知的財産の侵害なのかしらん訴えて勝つかしらん!」


ごりごりと額をこすり合わせていがみ合う二人。表情はともかくスタイルがよく分かる格好で互いのおっぱいが押しつけあっていてかなり眼福な光景である。

もっともやってる場所が悪かった。


「受付前でなにさらしとるんじゃこのカスどもがあ!」


突如現れた厳つい教官に揃ってしばき倒される二人であった。


んで。画面は変わって講習教室。

当然ながら、教習所に通い始めていきなり教習車に乗れるわけではない。まずは基本を叩き込む座学である。

至極真剣な表情で最前列に居座る太平。折角気合い入れてきたのにと周囲から完全に浮いている格好で不満げな顔をしている恋と玉藻。さほど広くない教室でそこだけなんか空気が違っていた。

微妙な空気の中、座学講習が始まるわけだが。


「さて、これから最初の基礎講習を始めるんですが……」


にこやかな顔で講習を受け持った、先程の教官とは別の厳つい顔をした教官が話し出す。彼は話ながらゆっくりと視線を教室内に巡らせていた。


「座学だからと言って疎かにしてはいけないと言うことを、まず心得てください。居眠りをしたり、おしゃべりをしたり、携帯をいじっているような人は……」


そこから一瞬にして、教官は劇画調の表情となる。


「死ぬがよい」


ぼ、と言う音と続いてどが、という音。教官が目にも留まらぬ速度で手に持っていたマジックペンを投擲し、それが教室後方でへらへらと携帯をいじっていたチャラい兄ちゃんに直撃したのだ。


吹っ飛び壁に叩き付けられた挙げ句白目を剥いてびっくんびっくんいってる兄ちゃんの姿に凍る教室。教官はごごごごご、とかいう世紀末的な効果音を背負いながら厳かに言う。


「……昨今の交通事情は生き馬の目を抜く地獄。油断をすれば即座に死であると心得よ」


いや間違ってはいない、間違ってはいないがなんか違くね? そう思いながらも雰囲気に押され背筋を正すしかない受講生達。


こうして講義はとても緊迫した様相で進み、滞りなく終わった。

なおチャラい兄ちゃんは最後まで意識を取り戻さなかった上に講義の単位を落とされた。


それはともかくしばらく座学が続いた後にやっと実技である。


「お前らああああああ! バイクの免許が欲しいかああああああ!」


実技を受け持つ教官であるが、これがまた熱かった。暑苦しかった。

唖然としてる受講生達ははあ、とかなんとか薄い反応をするしかない。それに対して教官は益々いきり立つ。


「もっと熱くなれよおおおおお! 免許が欲しいんだろおおおお!」

「「「「「は、はあ……」」」」」

「そうじゃないもっと元気よく!」

「「「「「は、はい!」」」」」

「もっと熱く猛々しく!」

「「「「「「はいっ!」」」」」

「それじゃあバイクの免許が欲しいかあああああああ!!」

「「「「「欲しいですっ!!」」」」」

「はい死んだ! 君今死んだよ!」


言うが早いか教官は、受講生の中でやる気なさげな反応をしていた女にいきなり跳び蹴りを食らわせる。

縦回転して吹っ飛び地面に叩き付けられた女にびしすと指さして、吠えた。


「君には情熱と真剣みが足らないっ! そんなことで阿鼻叫喚の地獄絵図である公道で生き残れると思ってんの!? ちょっとそこに正座っ!」


白目剥いてるねえちゃんを無理矢理正座させて、また自らも正座し説教を開始する教官。

実技講習はどうなるんだろう。残った受講生達は疑問に思いながらも、なにか色々と諦めた。


そして、この教習所こんなんばっかりだった。











「シミュレーターだからといって甘く見るな。油断すると……」

どぐわっしゃん!

「……ぶん殴りギミックで交通事故並みの衝撃が襲いくることになっている。そういうわけで白目向いて泡吹いている場合じゃない、とっとと起きろ」






「いや~ん、重くて起こせな~い(くねくね)」

「じゃあ死ね」

「……え?」

「あざとく肌を露出した格好であまつさえ基本的な講習もまともに受ける気がないのであれば死ね。色気で事故がどうにかなるとでも思っているのか死ね」

「」

「あと鏡見ろ正直似合ってない通り越して痛いわ死ね」

「「「「「(ひ、酷ェ……)」」」」」






「路地から急に飛び出してくる人間に対応するのは難しい。……しかし! 最初からその存在をすべて感知できたならば! 事故の可能性は格段に減る! ……というわけで気配を察知する訓練を行おうか。早速この箱の中に入っているものを……」

「どういう理屈ですかそしてなんの訓練ですか」

「口答えするでないっ!」

「あべしっ!?」






「さてそれでは一本橋に挑んで貰おうか」

「教官何で一本橋の周囲が池になってるんですか。そして何でキシャーとか言ってる生き物がうようよしてるんですか」

「何大丈夫だ。多分死なない」

「多分てなんすか多分て」






ずどがしゃーん!


「教習コースで飛び出てくるのが子供の人形だけだと思ったか、甘いわ!」

「……いや普通の道路でもでっかいボクシンググローブは飛び出してこないと思う」

「正に強襲コースってかやかましいわ」






「立て! そんなことで鈴鹿の星が目指せるとでも思ったか! このイ●ポ野郎ガッツを見せろ!」

「……め、目指してないし私女……」

「ああ゛!? 聞こえないぞタマ落としたか!」

「……最初からついてないのに~……」











数日後。

教室にて、お嬢と狐は机に突っ伏し、完全にグロッキーな様相であった。


「……な……なんですのあの教習所……ストロングスタイルにもほどがありますわ……」

「……ふあ~みこ~んうお~ずがで~るぞ~……こ~いつ~はど~えら~いし~みゅれ~しょ~ん……」


何があったんだろう。気にはなるが絶対に聞きたくないクラスメイト達。だがしかし、太平の方はぴんぴんしていた。むしろ血色もよく実に上機嫌であった。


「な、なあ、あの二人と同じ教習所に通ってんだろ? なんで平気なの」


恐る恐る問うてくる正義に、太平は満足げな表情で応えた。


「ん? 実に実戦的ないい教習所だからな。オレとしては大満足なんだが」

「じ、実戦的?」


実戦(・・)的なて。しかも太平が(・・・)言うレベルて。正義を含むクラスメイトは戦慄を覚えた。

全く気にしていない太平は、うんうん頷きながら上機嫌で話している。


「バイクに限らず公道で走ると言うことはすなわち命がけ、それを身をもって教え込む素晴らしい教育方針。教習所とはかくあるべきだな」


それは教習所じゃなくて別の何かだ。誰もが思ったが口にする勇気のあるものはいなかった。

まあその、それにしても。


「あの二人との差が激しすぎない?」


思わず呟くように漏れ出た正義の声。それに太平はふん、と鼻を鳴らす。


「教官の言うことをよく聞き理解して、ちゃんと真面目にやれば別に危ないことなんかないわい。だというのにあの二人と来たら……」


突っ伏す二人を見やる太平の目は、非常にあきれ果てたと言わんばかりのものであった。


「何をトチ狂ったんだか知らんが、常にいがみ合って講習中にも競い合おうとしてヒートアップした挙げ句暴走して酷い目に遭うか教官にしばき倒されるかして、あのざまだ」


自業自得であった。そしてその光景が明確に目に浮かぶクラスメイト達。

多分太平の前で格好つけようとかそんな感じであったのだろう。だがいい加減無駄だと言うことが理解できないものなのだろうか。太平にとって彼女たちが何をしようと、いや存在そのものが『どうでもいい』のだから。


不憫な。女子達はそっと涙をぬぐうそぶりをする。あまりの太平の素っ気なさぶりに彼女らは同情することしかりだが、相手は太平なので食って掛かるわけにも行かない。それに彼女に対して一途で他の女に目もくれないというのは、女性から見れば理想の彼氏としての一面があるのでむやみに非難することも躊躇われる。だが恋と玉藻に手を出すなとも言いにくく(言ったところで聞きそうにない)結局は生暖かく見守るしかなかった。


まあそれはそれとして。


「このまま順調にいけば、遅くとも再来週には免許が取れるな。あいつらは知らんが」


太平はごく普通の日程で免許が取得できそうである。まじめにやってりゃそうだわなと、納得する正義。そして。


「ホンダよ、ホンダに乗るのよ」

「ヤマハに決めなさい、いいわね?」

「スズキっす、間違いないっす」

「BMW~、BMWをよろしくお願いします~」

「か……」

「「「「カワサキは黙ってろ」」」」

「ハーレーにしとき、な?」

「ドカティを忘れないでくださいなのです」

「ウラルしときたまえ、悪いことは言わない」

「ここはビモーターで」

「トライアンフという言葉に響きが美しいと」

「タイガーにしときましょうタイガーに」

「ハスクバーナもバイクを作っているんだ」


こいつらは相変わらずだった。そしてなんか増えていた。

またも醜い言い争いを始める狂信者ども。その様子を太平と共にあきれ果てたという顔で眺める正義であったが、その一方で妙な物足りなさを感じていた。


「(はて……なーんか誰か足らないような気がするんだが……)」


それがなんだったか思い出す直前で、がらりと教室の戸が開いた。

現れたのは。


「み……水……」


ずたぼろのひからびたミイラのような何か。ふるふる震えながら床をはいずり手を虚空へ伸ばすその姿に一般人は悲鳴を上げて後ずさり、逸般人はそれぞれ迎撃せんと反応しようとした。

それを手で制したのは太平。何をと誰かが言う前に、すたすたミイラもどきの元へと歩み寄り、その首根っこを掴んで持ち上げる。

そしてこう言った。


「ここ何日か姿を見ないと思っていたら、なにしてんだまひと(・・・)

「「「「「……ええェ!?」」」」」


よく見れば確かに、ずたぼろで痩せこけたそれは皇 まひとその人であった。それを確認した正義は引きつった表情となる。


「そ、そういやなんかずーっと静かだなあって思っていたら……」


常にオプション的な扱いでくっついてるものだとばかり思っていたので、まさか単独で行動しているとは思いもよらなかった。って一体どこで何をしてくればそんな様相になる。

勿論聞いてみた。


「たいへーちゃんが免許取るっていうから……僕も取ろうかなって……先に取ってびっくりさせようと思って合宿に……」

「どこに合宿行ってきたらそうなる」

「ギアナ……折角だから赤い扉を選んで……窓に、窓に……ああ、時が見える……」

「だからどこに行ってなんの免許を取ろうとした」


かっくりと力尽きたまひとの首根っこ掴んでぶんぶか揺する太平。いや本当にどこ行って何してきたんだろう。ツッコミたいのはやまやまであったが深く聞くと怖いことになりそうなので、正義以下クラスメイトはそっとしておくことにした。


またも背後で虚しく鐘の音が響いている。











とかなんとか色々あったが結局太平はあっさりと免許を取り、ちょっと遅れてお嬢と狐の二人も何とか取得することが出来た。


出来たのだが。


「……なんでまたあの二人未だに意気消沈してんの」


訝しげな表情で問う正義。彼の視線の先には、今日も今日とて机に突っ伏しているお嬢と狐。

免許取って教習所卒業したんだからもう力尽きるようなことはないはずなのだが。それになんだか妙に雰囲気が暗い。

正義の問いに、太平は首をかしげて応えた。


「さあ……免許取ってからこっちずっとあれだ。さっぱり分からん」


元々彼女らにそんな興味もないし、大して気にもしていない太平である。勿論事情を尋ねるようなこともしないだろうから当然と言えば当然な回答だった。

そりゃそうだけどさあと微妙に同情する正義だが、下手に首を突っこんでやぶ蛇になるのは御免被る。取り敢えずは話を変えることにした。


「ところで、何でまた急に免許取る気になったんだ?」


それに対する太平の答えは。


「ああ、前から興味があったんだが、うちの彼女も興味もって免許取る事にしたんでな、同時期に取ってそのうちツーリングデートにでも行こうかと。まあ教習所は別だったんだが」

「……なるほど」


分かった、分かりすぎるほどわかった。あの二人が生ける屍となっている理由が。

多分あの二人、免許取ると同時に一緒にバイクを見に行こうとかツーリングに行こうとか誘いに行ったに違いない。そこで太平が全力で惚気たのだろう。それで完膚無きまでに叩きのめされたのだ。

不憫すぎる。正義は、そしてこっそり話を聞いていた周囲の女子は、そっと涙をぬぐった。

まあどうせしばらくしたら性懲りもなく立ち直るのであろうが。


それはそれとして、だ。

太平は周囲の微妙な反応など意にも介さず話を続けている。


「そんで今度知り合いの人がバイク屋紹介してくれるってんで彼女と一緒に見に行こうと思っている……から余計なこと(・・・・・)すんなよお前ら(・・・・・・・)


言う太平の背後でぎぎくんと反応する何人か。手にはそれぞれが贔屓にするバイクメーカーのパンフレット。何をしようとしていたかは言うまでもない。


まったく、バイクくらい好きなのを選ばせてやれよと正義は思う。詰まるところバイクというものは趣味のものであると彼は考える。それぞれこだわりがあるのは当然だが、それを人に押しつけるのはよろしくない。相手もまた、こだわりを持つのだから。


とまあそんな小難しいことは置いといて。

なんとなく、正義は太平に聞いてみる。


「よさげなもの置いてるのか? その店」

「写真で見せて貰っただけだが、びーとごうらむってのとかだっくえくすてんだーってのが格好良かったな。あとらいどあーまーとかがーらんどってのも良かった。全部メーカー分からないけど」

「どういう店だか滅茶苦茶気になるラインナップなんですけど!?」


好き者ってレベルじゃなさそうである。まあその、太平には合ってるのかも知れないけど。

これ以上聞くと何かとてつもない泥沼に踏み込みそうな気がすると、悪寒を覚えた正義は矛先を変え、先程から会話に参加していないまひとへと声をかけた。


「そ、そういや皇も免許取ったんだよな? なんか目星つけてんのかよ」


しかしまひとは周囲の状況そっちのけでなにやら考え込んでいる最中である。何かぶつぶつ呟いているその声に耳を傾けてみれば。


「……やっぱりスタイリッシュにZかEX-S、いや速度と汎用性を考えればV2という線もありかな。けどGの潜在能力とパワーも捨てがたい……」


本当にどこに行ってなんの免許を取ってきたこいつ。気にはなったが問うてはいけないと、なんか本能というか自身の奥底から目一杯警鐘が鳴らされていた。それに逆らう気力など正義にあるはずもない。


正義はがっくりと肩を落とした。免許一つでなんでこうも気力ががりがりと削られていくのだろうか。

だから彼がこう零したのも無理はあるまい。


「バイクでこれなら自動車の免許取りたいって言い出したら……」


ぎゅぴん、と教室内でいくつもの目が光った。


「ホンダよ今度こそホンダ」

「トヨタね絶対に」

「いや間違いなくスズキっすよ」

「だからBMWですってば~」

「ダイハツにござろう」

「フォードにきまっとるやん」

「ルノーにしとくのです!」

「ラーダニーヴァ以外にはありえないな!」

「いやここはミツオカで」

「メガーヌですな」

「マセラティでしょう」

「ベンツを、ベンツを忘れているぞ」


鼻息荒く訴えてくる狂信者どあほうども。

免許狂想曲は、まだまだ終わりそうにない。


それ以前に自動車免許まだ取れないと思うのだがどーよ。











「ふふふ……バイクって本来自転車を意味するのよ。……だれかロードバイク仲間いないかなー……」


↑自転車派。












飲酒運転と無免許は殺人罪を適用すべきだと思うんだ。

この二つに関してはもっと容赦を無くしても良い過激にファイヤー緋松です。


今回はわりと趣味に走りました。つってもあまり走り過ぎると皆様完全に置いてきぼりになるのでマイルドな感じになっております。

実際教習所とかもっと厳しくても良いと思うんですが。何しろ命がかかっていることですし。まあ客来て貰わないと儲けになりませんから分かるんですけどね。世知辛い。


なおいきなり中免から取れるのかとか、そのあたりはフィクションですんでご容赦を。


ちゅうことで今回はこんなモンで。さらば~い。

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