ぷろろーぐでこともなし!
世に悪の種は尽きぬ。
人の世の栄衰に関わりなくいつの時代も裏はあり、闇はある。そこに潜み悪事を働く邪なるものは、いついかなる時にも存在するものだ。
だが……それを駆逐し世に光をもたらさんとする者もまた、いついかなる時代にも存在する。
正義の味方。鍛えあげた肉体と精神。様々な特殊能力。それらを駆使して悪を滅ぼし正義を示す者達。
今日もまた、そんなヒーローたちが悪を追い詰めんとしていた。
「皇帝プリーザ! 今日こそ貴様の最後だ!」
「皇帝プリーザ! 土下座しないと激しくお仕置きしちゃうわよ!」
威厳と威圧感に満ちた広い部屋。そこに左右の大扉を蹴破って飛び込んでくる影。
メタリックな蒼い輝きを放つ鎧を纏い、マントを翻す仮面の戦士が見得を切って名乗りを上げる。
「絶・対・正・義! 【ジャスティオン】!」
色とりどりのカラフルな衣装に身を包んだ少女達。それぞれがポーズを決め、一斉に名乗りを上げる。
「「「「「精霊戦隊! 【マナレンジャー】!」」」」」
そこでやっと、お互いがお互いの存在に気付いた。
「ちょ、ここ俺の担当だぜ!?」
「え? 呼び出し食らったからてっきりウチらに出番回ってきたんかと」
いきなりフランクに言葉を交わす鎧――ジャスティオンと、マナレンジャーとやらのリーダーっぽい赤いの。どうやら顔見知りらしい。
困惑する二種のヒーローたち。それを前に悠々と玉座に座った存在――外宇宙より飛来した悪の皇帝プリーザは、くくくと笑い声を漏らしてから嘲笑い見下す表情で言葉を紡ぐ。
「ようこそ、我が招待に応じてくれて痛み入ります。……申し訳ありませんが歓迎の準備はまだ整っていないのですよ。あなた方が予想外に早くお着きになられたので、ね」
プリーザの言葉に、ジャスティオンはマスクの内側で眉をひそめる。
準備が整っていない、ということはまだ戦える状況にないということなのだろう。ならばこの余裕は何だ。
確かにプリーザは驚異的な強さを誇る。だが二種のヒーローを相手取り圧倒することができるのか。いや、できるかもしれないが……それでもこの落ち着きようは何かおかしい。もしかしてなんらかの策略でも巡らせているのだろうか。
疑念の視線を向ければ、おそらくそれを予想していたのだろう帝王プリーザはにやりと嫌らしい笑みを浮かべる。
「くくく、さすがは我が部下たちに辛酸をなめさせ続けた男。察しはいいようですね」
「……ご託はいい、貴様何をした!」
びしりと突きつけられる指先をものともせず、プリーザは悠々と言葉を紡ぐ。それは勝利を確信した余裕からくる態度だ。
「なに、この戦いに興を添えようと思いましてね。あなた方のお友達をこの場にご招待しているのですよ。……もうそろそろ、お見えになるようでしょう」
「「「「「「!!」」」」」」
プリーザの言葉に目を見開く戦士たち。その顔が見たかったとばかりに笑みを深めるプリーザ。
が、その後の反応は、王の予測を裏切るものだった。
人質を取られて激昂するか動揺するか、そういう行動を取るかと思っていた正義の戦士達は。
なんか一斉にざあっと青ざめた。
動揺するにしてもちょっと反応が過剰というか動揺と言うよりは背中に氷柱を入れられたような反応というか。ともかく何かがどこかおかしい。
つか露骨にビビってるって言わんかコレ? そんな疑問をプリーザが浮かべるより先に、ジャスティオンが震える声で恐る恐る問い掛けてきた。
「え~っとプリーザさん? もしかしてそのお友達とか言うのは、ちょおっとヤンキー入った自称一般人とか宣ってる高校二年生の男子なのでしょうか?」
微妙に具体的な問い掛けに、プリーザは記憶を掘り起こし頷いた。
「ええ、確かにあなた方の同級生だったはずですが、なにかもんだ……」
プリーザが言い終わる前に戦士達は動く。目にも止まらぬ速度で――
一斉に出口に殺到し、そこで詰まった。
「ちょ、てめ、俺が先だ俺は逃げるぞ!」
「ふざけんなウチらだって関わり合いになりたくないっての!」
じたばたじたばた。慌てすぎてこんがらがってる連中の様子をぽかんと眺めるしかないプリーザ。こんな反応はさすがに予想外だった。
彼らの動きを抑えるために用意しようとした人質。彼らの共通の知り合いでありかつ一般人という条件に適合した人物だったのだが、そんな人物に対しなぜここまで怯え逃げ出そうとするのか。全く理解が及ばない。
この自分に対してすらひるみもしない戦士達がなぜ、プリーザの疑問が形になるその前に。
轟音が、アジトを揺らした。
「「「「「「きたああああああ!!」」」」」」
「!?」
恐怖の叫びを上げる戦士達。その間にも立て続けに轟音は響き、徐々に玉座の間へと近付いてくる。
そして。
豪快な破砕音を伴って、壁をぶち抜き何かが凄い速度で飛んでくる。それは次々と反対側の壁に刺さったりめり込んだりした。よく見ればそれは――
「トトリアさん!? サーポンさん!? 特選隊のみなさん!!??」
ずたぼろになったプリーザの部下達。確かにプリーザとは天と地ほども戦闘能力に開きがあるが、それでも地球人の戦力なら一国を相手取っても余裕の強者達だ。それがこうもあっさりと伸されるなど俄には損じがたい。
と、そこでなぜかBGMが流れ出す。
「ちょ、な、なんですかこのパイプオルガンとバスドラムで重低音がバリバリ効いた絶望感漂う音楽は!?」
具体的にはラスボス的な気配濃厚な感じ。本来であればプリーザが背にする筈であろうそれを背後に、破砕跡からゆっくりと現れる影。
中肉中背。何の変哲もない学生服の首元だけはだけたどこにでもいるような少年。しかしてその手はぼっこっんぼっこんにされた巨漢の足首を掴み、血糊を床に塗り立てながらずるずると引きずっていた。
その表情は憤怒。ふしゅううと排気音のような呼気。目元を暗い影が覆い、気のせいか眼窩のあたりにびうんと紅い光が点っているようにも見える。
「(あ、あれェ? 一般人? 一般人ですよね!?)」
なんかヤバい気配がばりばり漂うその少年は、ぎゅるりと首を動かしてプリーザに視線を合わせた。
そして地獄の底から響くような声で言う。
「きィさァまァかこのぼんくらどもをけしかけてきたのは。ちょおそこ動くな」
「ひィ!?」
その様相に思わず声を漏らすプリーザ。彼に少年の意識が向いている隙にと思ったのか、正義の戦士(笑)たちはこっそりこの場から逃れようとするが。
「マサァ! あと五匹! 逃げんな出入り口固めとけェ!」
「「「「「「イエッサー!!」」」」」」
振り返りもしない少年の怒声に対し一斉に直立不動で敬礼し、わたわたと出入り口や破壊跡を抑えようとする。
そうこうしている間にもプリーザは息を整え、気迫に飲み込まれそうな己を叱咤する。
「(このプリーザが、地球人ごときに!)」
ぎ、と奥歯を噛み、腹に力を込める。そして王は余裕のある態度を装って椅子に体重をかけた。
「ふ、我が部下を倒した手腕は見事と言っておきましょう。……ですがどこまで私に迫れますかね? 私の戦闘力は、53万です。……さてあなたはどれほどですか?」
言いながらプリーザは耳元から片目を覆う機械のスイッチを入れる。その機械は相手の生命力などからその戦闘能力を数値化し表示するものだ。それが少年の姿を捉えその能力を測定する。
ぷぴ。
プリーザはなんか色々吹いた。
「え? あ、あれ? こ、故障ですか故障ですよね?」
焦りながら機械のスイッチをかちかち押しつつ調子を確かめる。そこで一瞬視線が逸れた。
次に正面を向いたプリーザが目にしたのは、もの凄い勢いで巨漢を棍棒のように振り回しつつ眼前に迫る少年の姿だった。
「オラいつまで寝てんだよ起きろや」
がごんと奔る衝撃と痛み。プリーザは呻きながら意識を取り戻した。
瞼を開ければ眼前に鬼の形相。己をしこたまボコりまくった少年は、まだまだ虫の居所が悪いままだった。片手でプリーザを吊し上げ凄んでいる。
「ご、ごめ゛ん゛な゛ざい゛、も゛う゛ゆ゛る゛じでぐだざい゛……」
恐怖に引きつりぼこぼこに腫れ上がった顔を涙と鼻水でぐしょぐしょにして許しを請うプリーザ。宇宙の皇帝が形無しどころのさわぎじゃなかった。
まあここで普通の相手であれば許すか許さないかの二択で、少年の形相からすれば許さないの方なのだろう。
が、少年は斜め上の方向に最悪であった。
少年はぎらりと歯を剥き出し、悪鬼羅刹のような笑顔でこう言う。
「あ゛あ゛? 許して欲しいのかよ。だったら金目のモン出せや」
「……え゛?」
「あン? 聞こえなかったのか? 金! 現金! マネー!! なけりゃ換金可能な貴金属類あるいは金券証券等をだせっつってんだよ!」
「え゛!? ちょっ!!??」
予想外の展開に狼狽えまくるプリーザ。どこの世界に悪の組織のアジトに殴り込んできて壊滅状態に追い込んだ挙げ句金品をせびる男子高校生がいるというのか。
もちろんそんな一般常識なんぞ知ったこっちゃないと言わんばかりの勢いで、少年はプリーザに凄んだ。
「慰謝料ってモンを知ってるか? それを要求するってこったよ。貴様がかけてくれた迷惑を有り金全部でチャラにしてやろうってんだ、オレの優しさに五体倒置で感謝しつつとっとと金出せ」
完全にヤクザの難癖である。
もはや涙や鼻水だけでなく色々な液体を垂れ流しながら、プリーザはふるふると力無く首を振りながら訴える。
「あ、ありませんようお金なんか。侵略してるときに金目のものとか持ってくるはずないじゃないですか……」
「あ゛ん? ……マサァ!」
忌々しげに顔をゆがめて振り向きもせず背中に声をかける少年。見れば玉座の間は荒らされるだけ荒らされ、壁は剥がされるわ床はめくられるわえらい有様であった。
そんな中、べりべりと天井を剥ぎつつジャスティオンが答える。
「いやマジないってば。そもそも持ってくるんなら金庫とか用意するだろ?」
なんか割りと慣れているような反応であった。彼だけではない、五匹も部屋の備品や装飾品を漁りながら「これいけそうかな?」「見た目だけ」などと会話を交わしつつ目利きを行っているようだ。
「あ、あなた達は何をやっているのですか! それでも正義の戦士なのですか!?」
そんな様子に自身の状況を忘れて声を張り上げるプリーザ。それを聞いたジャスティオンは居住まいを正し、ふ、と格好つけてから――
「俺らがコイツに逆らえるわけねえだろおおお!!」
少年を指して半泣きになりながら吠えた。魂の叫びだった。もちろん後ろでは五匹がうんうん頷いて同意している。
仮にも正義を名乗る連中をしてコレか。もの凄い絶望感がプリーザを襲う。神も仏もありはしない、あったとしても目の前の少年は平気でぶちのめすんじゃ無かろうか。心がぽっきりと折れたプリーザはがっくりと脱力する。
でも、まだ終わっていなかったりして。
「ちっ、しゃあねえな。……オイコラ宇宙人」
「は、はひい」
忌々しげに舌打ちしてから、少年は再びプリーザに凄む。もはやミリグラム単位も抵抗する気の無くなったプリーザは恐る恐る応えるのだが。
「ちょお本拠地とか実家とか、何でもいいから金あるところに連絡とれや」
「……はい?」
またぞろ予想外の言葉が少年の口から飛び出し、目を点にする。
プリーザの反応に、少年は苛立った声で言いつのった。
「だから金あるところにもってこいって連絡しろつってんだよ。帝王とかほざいてんだからそれなりにあんだろうが」
「いやちょっとちょっとちょっとおお!!??」
そこまでして金をむしり取ることに固持するか、つーかそれは人質を取って身代金を要求するとか言わないだろうか。などと色々な考えが巡るが。
「(そ、そうです! 実家に連絡を取ればパパと兄上が……って、ダメだああさっきの計測が正しいのであればコレには絶対勝てないい!! ってか勝てるビジョンが思い浮かばない! でも言っても信じてもらえないだろうしウチの家族プライド高いから認めようとしないだろうし! いっかあああああん! 宇宙の帝王一族滅亡の危機じゃないですかあああ!!)」
プライドの高い家族がこの状況を知れば、間違いなく地球に殴り込みを駆けてくるに違いない。そうなればこの少年は間違いなく家族をぼてくりこかすであろう。確証など何もない、ただ確信だけがあった。
なんとかしなければ、なんとかしなければと思考がぐるぐる巡るが結局は。
「お、お願いします。実家に連絡を取るのはどうか……お金以外なら、なんでもしますから……」
泣いて許しを請うしかなかった。
再びぐじゅぐじゅになってなんだったら靴もなめますぶひいと鳴いてご覧に入れますなどと宣うプリーザの様子に、少年は深々とため息を吐く。
「しゃあねえな。そんなら……」
「許して頂けるのですか!?」
少年の言葉にプリーザの顔がぱあっと明るくなるが、もちろん世の中そんなに甘くない。
少年はプリーザの反応を無視してズボンのポケットから携帯を取り出すと、どこかに電話をかけた。
しばらくのコール音。ややあって相手が通話にでる。
「あ、モっさんすか? はいお久しぶりで。……ええちょっと、生きの良い宇宙人とっつかまえましたんで、解剖用にいかがかな、と」
ぶはっとプリーザは吹いた。が、もちろん少年は気にしない。
「ええ、いつも通り6:4で。……あ、はい、それでいいっす。毎度あり。……ああ、ジェイさんとケイさん来るんすか、分かりました、よろしく言っておきます。それじゃあ、また」
手際よく交渉を終わらせ電話を切る。そして少年は先ほどの形相からうってかわって爽やかな笑みを浮かべ、プリーザに言った。
「さ、逝こうか」
「どこにーー!!??」
プリーザの叫びはもちろん聞いてもらえない。そのまま少年はプリーザの首根っこをひっつかみ、ずるずると引きずっていく。
「いやああああああ許して助けて死にたくないいいいいい!!!」
「ははははは、貴様さっき何でもするって言ったじゃないか。……オレのために死ね」
「のおおおおおおおお!!!!」
そして彼らは出口へと消えていく。残された正義の戦士達に出来たのは――
ただ、冥福を祈ってやることだけだった。
こうしてまた、一つの悪が討ち果たされた。
正義の味方……なんぞより、もっと恐ろしい何かの手によって。
初めての人もそうでない人もようこそ。緋松 節でございます。
と言うわけで始まりました新連載。
つっても更新不定期なんだろうがな!
それはそれとしてはじっこのほうで細々とやっていきたいと思ってますので、お暇でしたら見てやって頂けるとありがたいです。
……まともな話を期待しないでね?