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そのじゅうろく・カードバトルでこともなし!




草木も眠る丑三つ時……と言うほどではないが深夜。

日が変わるにはまだしばらくかかる時間帯であるが、そんな中太平はのんびりと歩いていた。


バイト上がりである。飲み屋だか喫茶店だかよく分からない店で労働にいそしんだ後であった。太平に負けず劣らずの常識人かつ傍若無人な店長の下、個性的と言うには酷すぎる客どもをあしらい、多少の疲労感を感じている。


と、歩む先でなにやらきらりと光った。


「ん?」


近づき、地面に落ちていたそれを拾い上げる。きらきらと光を反射するそれはカードである。神々しくも勇ましい武装した女神らしき絵、その名と簡単な説明文、そして何らかの数値が書かれたそれに見覚えはなかったが、心当たりはあった。


「……トレーディングカードゲーム、ってやつのか? ふ~ん」


大して興味もない太平にとってはただの紙切れである。しかしコレクターや少ないこづかいでちまちまカードを買いそろえている子供にとっては、もしかしたら大したお宝なのかも知れない。ま、交番に届けるくらいならいいかとカードをポケットに放り込み歩き出す。


と、なにやら妙な雰囲気が漂いだし、太平は思わず足を止めてしまう。


「くくく……次なる所有者がこうも早くに見つかるとは、ついてるねェ」


妙な発音の声が響き、暗闇から歩み出る人影。

その人物は、なんというかこう……アレだった。


多分どっかの学生服……だと思われるが改造しすぎて原形を留めていない服。複雑な、一体どうやってセットしてるんだと問いただしたくなるような四方八方に鋭く伸びた髪型。そしてどうやったらそこまで歪むのっていう有り様になってる顔芸。

つまるところ太平にはこう見えた。


「変態かっ!」

「誰が変態だってんだァ!?」


抗議の声を上げる変態だが変態にしか見えないのだからしょうがない。まあ顔芸のせいで常にイってるようにしか見えないので怒ってるかどうかも定かではないのだが。

変態はその顔のまま、なにやら取りだしてがちゃりと腕に装着する。なんかメカメカしいそれは、どうやらカードを装着して使用する機器らしい。


「まあいいサ。神撃のカードに選ばれたってんなら、その力見せてもらうぜェ」


なんかわけの分からないことを言いつつ、変態はカードのデッキをじゃこんと腕の機器に装填する。


「さァバトルといこうかァ! てめえもカードバトラーなら、カードで語りあおうぜェ!」


もちろん太平はカードバトラーじゃないので、拳で語った。











「……てなことが夕べあってよ」

「結果はいつの通りだけど、なんだかよく分からん奴だなその変態」


翌日の教室。肩をすくめる太平と訝しげな顔をする正義が言葉を交わしている。

あの後肉塊になった変態とカードを近くの交番に預け、太平は帰宅した。奇人変人への対処は慣れている太平であるが、今回は輪をかけて分からん相手であった。カードバトラーとか言っていたが、要するにカードゲームのプレーヤーなのだろう。それが街角に突如現れて対戦を仕掛けてくるとか、何の冗談なのか。


「辻斬りならぬ辻ゲーマーってとこか? 大人しくカードゲーム屋行ってろっつーの」

「いや、最近は携帯ゲームでも町中で通信対戦ができるらしいし、そう考えるとおかしなことじゃない……のか?」


正直あまりそういったゲームに詳しくない二人にはさっぱりな話であった。

と、窓の外から風が吹き込み、太平は目を細める。


ひらりと、風に乗って何かが飛び込んできた。そしてそれはふわりと太平の机の上に舞い降りる。

きらきらと光を反射するそれは。


「……昨日のカード?」


変態と共に交番に預けたはずのカード。それがなぜか再び太平の手元に舞い戻ってきたのだ。

一体全体どういう事だと思う。手にとって眺めるがどう見てもただのカードだ、何かあやしいオーラが噴出しているとかそういったことはない。まあ太平も感知系の特殊能力なんぞ持っていないから実際の所は分からないのだが。


と、なにやら覚えのある怪しい気配が漂いはじめ、太平は眉を顰める。

突然、教室のドアが勢いよく開いた。


「ヒャッハアアアアアアアアアア! 見ィつけたずエエエエエエエエエ!」


奇声と共に現れたのは、やっぱり魔改造した制服を纏いモヒカンに近いこれまたセットが難しそうな刃物のごとき髪型をした、顔芸が酷い変質者。

唖然とする教室内を余所に、そいつは昨夜の奴と同じようにカード機器を腕に取り付け、ゲハハハと笑いながら太平を指す。


「神撃のカードォはァ! てめェなんぞにゃ勿体ねエエエエエエ! この俺さマが貰ってやっから感謝しなアアアアア! さア、バトールといこうずエエエエエエエ!」


太平は、ものも言わずにそいつをしこたまぶん殴った。


で。


「ずびばぜん゛ぢょう゛じの゛っでま゛じだ……」


ぼっこんぼっこんにされて縛り上げられた変質者が泣きながら謝罪してる。

その前に腕を組んで立つ太平は、冷たい目で見下ろしながら問う。


「で、なんでまた突然現れて喧嘩ふっかけてきやがったんだ貴様」

「そ、それ先に聞いて頂ければ……」

「どうせカードで語れとかわけの分からない事言い出すだろうが」

「いやその……はいその通りでございます」


否定しようとするが全く否定のしようがないので変質者はうなだれる。観念したかのように彼は事情を話し出した。

その話によれば。


「暗黒のゲームだあ?」


トレーディングカードゲーム【神撃の狂信】。神々の戦いをモチーフにしたそれは多くのプレイヤーを熱狂させた。

だが、あまりにもプレイヤー達の強い感情を向けられたためか、そのカードはいつしか超常の力を持つに至る。その中でもレアカード、【神撃のカード】と呼ばれる一部のカードは、使いこなせれば正しく神々の域に至るとさえ言われていた。

しかし神撃のカードは、まるで己の意識を持つかのように『所有者を選ぶ』。より力を持つ者の元に、より己の力を引き出せる者の元に。カードは現れる。

プレイヤー達はカードに力を示すため、表で裏で熾烈な戦いを繰り返していた。時には命すらかけて行われるその戦いは、いつしか暗黒のゲームと称されるようになる。

プレイヤー――カードバトラー達は戦う。己の力をカードに示すために。


「……それメーカーに踊らされてんじゃね?」


太平の感想は身も蓋もなかった。

変質者はあわあわと弁明する。


「いや本当にすっごい力持ってんすよ。俺が持ってるカードそれなりなんすけど、このなんてーか、かるーく世界征服できるような万能感があってテンション上がって。実際バトルじゃ負け知らずになりましたし」

「ぶっちゃけ調子にのせるだけじゃねそれ」


どちらにしろ、ろくな代物ではなさそうだ。ふうむと唸った後、太平はカードを手に取った。


「じゃ、やる」

「………………はい?」


差し出されたカード。変質者は何を言われているのか分からなかった。

何しろ神のごとき力を持つカードである。それをほいほいと他人に譲るとか考えられるはずもない。

が、相手は太平なわけで。


「そもそもカードゲームしねえしなオレ。持ってても意味ねえし持ってたら持ってたでお前みたいなのがぞろぞろ現れるし。正直邪魔だから引き取れ」

「は、はあ……」


完全に呆けている変質者に向かってカードを放る。

カードはくるくると回転しながら変質者の手元に向かうが、途中でぎゅいんとブーメランもかくやといった軌道で逆行し、ぺちんと太平の胸元に戻る。


「………………」

「………………」


鉛のような、沈黙。

黙ってカードを胸元から引き剥がし、再び放る太平だが。


くるくるぎゅいんぺちん。

くるくるぎゅいんぺちん。

くるくるぎゅいんぺちん。


「………………………………」

「………………………………」


がすがすがすがすがすがす!


「ああ! やめたげてよう!」


青筋立ててカードを床にたたきつけ、踏みつけまくる太平。変質者は半泣きになりながらそれを止めようとした。


ややあって。


ぜはーぜはーと荒い息を吐く太平。なんとか彼を止めた変質者とクラスメイトはほっと胸をなで下ろした。

が、しかし事態は予断を許さない。カードは未だ太平の手元にあり、太平の怒りは収まっていないのだから。

神のごとき力というのも眉唾物ではないと、クラスメイト達は感じ始めていた。何せ太平をここまでいらつかせる存在なんぞ滅多にない。それこそ神々ですら、だ。たかだかカードと侮ることはできなかった。

固唾を呑んで皆が見守る中、太平はへろへろになりながらも己から離れようとしないカードを忌々しげに見つめ、周囲に向かって問いかける。


「おい、誰かハサミかライター持ってねえか?」


そう聞いた途端びびびとカードが震える。まるで嫌がりむずがっているかのようだ。それを再び床にたたきつけ踏みにじりながら、太平は忌々しげに言う。


「たかだかカードのくせに鬱陶しい。細切れにして焼却処分にしてやらあこの燃えるゴミ風情が」


明らかに超常の反応をしてるカードに対してこれである。どれだけ凄かろうが価値があろうが太平にとっては迷惑以外の何者でもなかった。

そこに変質者が恐る恐る声をかけてくる。


「あ、あの~、そのカードは強者を求めているわけでして、であれば一回でもバトルして敗北すれば所有権が移るのですが……」

「で、手ェ抜いたりわざと負けたりしたら無効になんだろ?」

「え、えっと……多分」


ぎうんと睨め付けてくる太平の態度に、ビビりながらも答えを返す変質者。どっちにしろわざわざ一回負けるためだけのためにゲームを覚えたり金出したりするつもりなんぞない太平である。多分滅茶苦茶強いバトラーになるだろうに勿体ねえと思っても、口には出せない変質者。やめておけ、そいつはナチュラルボーンバランスブレイカーだ。

それはそれとして誰かが差し出したハサミをじょきじょきいわせる太平。カードは太平の足の下でじたばた暴れているが、最早その運命は風前の灯火であった。


と、その時。傍観者と化していたまひとが、う~んと唸ってから太平に声をかけた。


「たいへーちゃん、処分するのはいいんだけどさあ……そのカード、戻ってくるのが何とかなったらオークションとかで高く売れたりしない?」


ぴたり、と太平の動きが止まった。そしてさっきを上回る勢いでぎゅりんと向きを変え変質者を睨め付ける。


「いや確かに幾ら出しても喉から手が出るほど欲しいってやつァごまんといますけど!?」


変質者はもはやちびりそうであった。彼の返答を聞いた太平の口元が、ぬたりと三日月に歪む。

そうしてから足下のカードを手に取り、くくくと邪悪な笑い声を上げた。


「こんなゴミでも金になるんなら大切な資源だよなァ。精々高く売り飛ばしてやっから覚悟しやがれ」


完全に悪役である。怒りか恐怖か何らかを感じているのか、カードは小刻みにぶるぶる震えていた。

見かねたのかなんなのか、正義が恐る恐る声をかけた。


「あ、悪徳商人みたいになってるぞ? そんな金で苦労してるわけじゃないってか、色々あって結構もうけてんだからさあ……」

「ばっかおめえ、金が無くて困ることはあってもあって困ることなんざめったにないんだぞ? 第一今の世の中最終的には銭がもの言うんだよ」

「「「「「(主人公として最悪の部類の台詞だ!?)」」」」」


何言ってんだお前と言わんばかりの態度でどきっぱりと言い放つ太平に、クラスメイトと変質者は戦慄を覚えずにはいられなかった。

そんな空気の中唯一引いていないまひとが、にっこり笑って人差し指を立てる。


「じゃ、大体話も纏まったところで、専門家(・・・)のところにいこうか」











生徒会室。

話を聞いた聖霊は、一瞬やった出番があったとほくそ笑んでから興味深げに太平が持つカードを覗き込んだ。


「なるほど……確かに精霊――【付喪神】になりかけているようです」


長い年月大切に扱われていたり人々の強い思いが向けられた物は、存在の力が高まり強い力と意志を持つようになることがある。西洋で精霊化、東洋で付喪神と呼ばれるそれは滅多に起こることではない。

今回の場合、熱狂したバトラー(プレイヤー)たちが強い意志を込めたために起こったことだろう。聖霊はそう結論づけた。


「そこまで強い意志を込められるとは……カードゲームとやら、よほど業の深いもののようですね」

「うん、業が深いっちゃあ深いかな」


ちらりと変質者の方をみて言うまひと。ああいうテンションの人間を多量に産み出すというのは確かに業が深いのかも知れない。それはともかくとして。


「で、なんとかなりそうか?」


太平の問いに、うむむと考え込む聖霊。


「思念を払う……のはちょっと難しいですねえ、大分強くこびりついてますし、払えたとしても多くの念が向けられている状況ですのですぐさま元通りになるかと……」


しばらく考え込むが、やがて何かを思いついたのかぴこんと顔を上げる。


「そうです、本人(・・)を直接説得してもらいましょう」

「?」


何をする気だと思っていたら、聖霊は太平からカードを預かり「えい」と大して気合いも入れてないような声を出して、カードの中に(・・・・・・)手を突っこんだ(・・・・・・・)


唖然とする太平の目の前で、まるで魔法のように――というか確実にその類なんだろうけど、ともかくカードの中を「く、この、暴れないで下さい」とかなんとか言いながらまさぐる聖霊。


ややあって、すぽんと何かがカードの中から引っ張り出された。

それは。


「おのれ! 放さぬかこの無礼者が!」


聖霊に子猫のように首根っこを掴まれてじたばた暴れるのは、まごうことなき『ようぢょ』であった。

よく見ればその格好は大分デフォルメされているものの、カードに描かれている女神が纏っているのと同じ物だ。その銀髪のようぢょはじたばたと暴れながらわめき散らしている。


「貴様! 妾を何者と心得るか! さっさと平伏しこの非礼を詫びるがいい! 主様! 主様からもなにか……」


彼女は最後まで物を言うことが出来なかった。

ましり、と太平に顔面を掴まれたからである。


みりみりとヤバげな音を響かせて、太平は陰った眼窩に赤い光を宿らせふしゅうという呼気と共に言葉を吐く。


「……誰が貴様の主だって?」

「貴方様ではありませぬか痛い痛い痛ァ!? ちょ、痛いのですが主様!?」

「んなもんになった覚えはちっっっっともねえんだがなあ……まあ」


口元が三日月に歪む。


「痛みがあるってんなら拳骨は効くよなァ!!」


容赦なくボコった。


んで。


「うわあようぢょが酷いことに」

「鬼や……ほんまもんの鬼がおる……」


とてもまともにはお見せできない事態になっておりますので、モザイク入っております。


それはそれとしてさすがのまひとも変質者もどん引きだった。見た目だけとはいえようぢょを容赦なくフルボッコとか真っ当な神経の人間がやれることではない。

目の前に立ちふさがるのであれば老若男女全て敵(家族と彼女以外)。無論ようぢょすらも例外ではなかった。天下 太平。徹底した男である。


「(さすがにこれはどうかと思うけど言っても聞き入れてくれないんだろうなあ……)」


諦観した聖霊は遠い目で虚空を見やる。世の中の全てがみられると言うことは決して幸福なことではない。っていうか次から次へと目の前に現実が叩き付けられて心が麻痺しかかっていた。大丈夫か精霊王。

そんな空気を余所に、太平は無造作にようぢょの胸元を掴み引き上げる。モザイク向こうで「うう……」とかうめき声が上がるが、太平は全く容赦しない。がくがくゆさぶりながら完全にヤクザの様相で凄む。


「いらんつってんのに押し売りしてんじゃねえよこのガキが。おもちゃのカード風情が人様に迷惑かけんなや。……さて、大人しくなったところで」


ぽい、とようぢょを床に放る。その隣にカードをこれまた放ると、太平は携帯で写真を撮り始めた。


「なにしてんのたいへーちゃん」


まひとの問いに黙々と写真を撮りながら太平は応える。


「ん? オークション用の撮影。ようぢょ付きカードって示しとけばカードゲームする奴じゃなくとも飛びついてくるの多いだろ?」

「「「いや待った待った待った」」」


一斉にツッコミ入りました。誰だってそうする。おれだってそうする。

代表してかまひとが恐る恐る問うてきた。


「あ、あのさ、さすがにフルボッコにされたようぢょの写真とか、みんなどん引きすると思うんだけど?」


その問いに対し、太平はすっごい邪悪な笑顔で返す。


「はっはっは、『どん引きしない人間』に引き取って貰うんだよ。この際シリアルキラー的なヤバいの希望。世の中の酷いところがどういうところか身をもって味わうがいいさ」

「「「ほんまもんの悪魔かあんたあああ!?」」」


いやウチでもそんなことしいひんで!? とぶんぶか手と首を振って必死に否定する少女の幻影が浮かんだがそれはともかく。

太平は鼻で笑ってどきっぱりと宣う。


「こういった根拠もなくむやみやたらと偉そうな存在ヤツはとことんまで痛い目見ないと理解せん。まず最初にこれでもかってくらいっておかないと」

「とどめさしてるとどめさしてるよそれ」

「それで決着が付くんならそれでもいいと最近思い始めてる。幸いにして相手はカードだからせいぜいが器物破損ですむしな」

「うわあガチっすよこの人」

「ど、どんどん容赦ってものがなくなってきてますね……」


悪鬼羅刹も顔負けの言動に戦慄を覚えずにはいられない三人であった。


と、伸びていたはずのモザイク――カードの精霊ががばりと身を起こしモザイクを引っぺがす。頭に出来たでっかいたんこぶ(※注 この程度に表現は軟らかくなったようです)の痛みに涙しながらも、彼女は太平に食って掛かった。


「何をなさいますか主様! 貴方様に出会うためだけに幾星霜を渡り歩いてきたのですよ妾は! 妾のことがお嫌いですか!?」

「大嫌いだよこの馬鹿野郎。あんだけボコったのにまだ理解できないか戯けが」


斬って捨てる太平の言葉にがびびんとショックを受けるカード精霊。


彼女が自我を持ったのはいつのころだろう。気が付けば戦いにかり出されていた。気が付けば人々に求められていた。

より強く、より高みへ。それを望まれそれを求められ、いつしか己自身もふさわしい力を、使い手を求めていた。弱きものには目もくれず、ただひたすらに、己を使いこなすにふさわしい強者を。

その意識が傲慢な性格を形作ってしまったのだがまあそれはいい。ともかく彼女はやっと見つけたのだ、いかなる者をも寄せ付けない至高の強者を。

運命だと思った。この主と共にあればどこまでも高みに登っていけると思っていた。


が、まさかこんな扱いを受けるなどとは誰が思うか。


「妾の、妾の何が不満なのです!?」

「全部だ。基本形から最終形までな」


必死の訴えも、すげなく叩き折られる。

ここまで酷い扱いをされた経験など無いカード精霊は理解が追いつかない。なにしろ今まで関わってきたのは己を求める人間と持ち上げる人間だけだったのだ。自発的に主を求めて初めてがこれ。トラウマではすみそうにはないが、それでも己の本能に従い必死でアピールする以外の術を彼女は持たなかった。


例え全てが無駄だとしても。


「わ、妾を手中に収めれば、絶対的な力を持つことができます! まさしく神のごとき、高みに至ることができるのですよ!?」

「……ほう、試しに何が出来るか言ってみろ」

「カードをパックで購入するときレアカードを引く確率が大幅に上がります! あとバトル中に場に応じたカードを引く運命力さだめちからが上がるとか強力なコンボが発動できる可能性が上がるとかテンションがむやみやたらに上がって格好良い台詞を吐くようになるとか背後にオーラ的な演出が出るとか!」

「やっぱゲーム関係限定じゃねーか! しかも後半クソの役にも立たねえ!」


しぱたーんとゲーム精霊をはたき倒す太平。べちゃりと顔面から床に倒れ込んだゲーム精霊は、そのままぐずぐずと泣き出した。

気の毒ではあるがどうすることも出来ないなあと、聖霊は肩を落とした。

自分ほどではないが力のある精霊であれば口添えすることもやぶさかではないが、このカード精霊、生まれたばかりらしく大した力を持たない。そりゃカードゲームやる者にとっては喉から手が出るほどのものかもしれないが、ゲームに関わらない者にとってはへの役にも立たないことは明白だ。

ましてや相手は太平。そもそも興味が無く、人から無理矢理強要されれば絶対に反発してくる男だ。多分意地でもカードゲームに関わろうとはしないだろう。そんな状況でこの子を受け入れてやれなどと言えるものではなかった。無理強いすればこっちの身が危ないし。


しょんぼりする聖霊をよそに、太平は床に伏してぐずぐず泣くゲーム精霊を容赦なく踏みつけて、変質者と言葉を交わしていた。


「で、いきなりグロ画像は避けて普通にオークション出品しようと思うんだが、どこの掲示板とオークションサイトが売れ筋だ?」

「まあ普通に神撃関係を扱ってんならどこでもいけると思うですが……いいんすかその子ちゃんと説得しなくて」


その問いに、太平は再びの邪悪な笑み。


「さっきはたき倒した時に気付いた。どうやっても戻ってくるんだったら何回も売りに出せる(・・・・・・・・・)ってな。幸いこいつ大した力持ってないから文句あってもしばき倒せば済むし」

「訂正するっす。あんた悪魔じゃねえ、それ以上のおぞましい何かだ」

「そんなに褒めるな」

「容赦のなさに正比例して開き直りもレベルアップしてない?」


完全に売りに出す方向――しかもなんかえげつない企みも加えた方向へと向かう太平。

最早誰も彼の横暴を止めることは出来ない……と思われたのだが。


「話は聞かせて貰った!」


いきなりどばたーんと生徒会室のドアが開けられる。

現れたのは目つきの鋭い青年。やらとテンションの高いその男は、ずはっとポーズを決めて高らかに吠える。


「ふはははは私参上! スゴいぞ強いぞ格好いいぞおおおお!!」

「げ! 【海原】!」


凄く嫌そうな顔で吐き捨てる変質者。それを聞きとがめた太平が「知り合いか?」と問いかける。

変質者は律儀に応えた。


「あ、アイツ海原つって神撃を含むカードゲーム関係のアイテム作ったり専門のチェーン店を世界的に展開してる会社の社長かつトップクラスのカードバトラーなんすよ。金に物を言わせたレアカードのコレクションとパワープレイとかで強いけどやなヤツって評判で……」


このバトルギアもアイツんとこの製品なんすよねと腕に填めたままだった機器を示す変質者。だがすでに太平は聞いていない。

太平の視線は、不敵な笑顔で己を見据える海原の視線と真っ向からぶつかり合っていた。


ふ、と呼気を吐き、海原は上から目線を崩さずに言葉を放つ。


「良き運命力を持っているようだな。だが、神撃のカードを持つには未だ未熟。そのカードの力に振り回されるだろう。……どうだ、そのカード、この私が引き取ってやってもよいのだぞ?」


いつの間にかストンピングを抜け出したカード精霊は、「ひん」と半泣きのまま太平の足に隠れるようにしがみつく。それを完全に無視して太平はにやりと笑い問う。


「幾ら出す?」


その言葉にふん、と鼻で笑い、海原はぱちんと指を鳴らした。

彼の背後からす、と黒服の厳つい男が現れる。その手にはでっかいジュラルミン製のトランク。

太平の目の前でがちゃりと開かれるその中には、ぎっしりと札束が詰まっていた。


「即金で一億。足らないと言うのであればすぐ持ってこさせ……」

「よし売った」

「え?」


札束をざっと確認し間髪入れずカード精霊の首根っこ掴んで差し出す太平。海原の笑顔が凍り、間抜けな声が漏れる。

なんとも奇妙な沈黙の後、さっきまでのキャラが嘘だったかのように恐る恐ると海原が問うてきた。


「あ、あの~、流れ的にここ「だったらバトルで勝負よ!」って方向に向かっていくところじゃあ……」

「オレカードゲーマーじゃねえし」

「そ、そんな! 妾を捨てるというのですか主様!」

「人聞き悪いししつけえなガキ。何度も言うがいらねえから売るつってんだよ大人しくドナドナされてけ」


唖然とする海原を前に、カード精霊に凄む太平。そうしてからさわやかな笑みを浮かべ海原に語りかけた。


「あ、こいつ油断してっと逃げ出すから、なんか密閉できる入れ物いるぞ? 防弾ガラスか耐圧アクリルの分厚いヤツとかがいいんじゃねえか?」


本気で売りつける気満々であった。さすが現ナマの威力と言うべきなのであろうか。


「……絵面が完全に人身売買だよ……」

「すげえ納得いかねえ……」

「確かに精霊とか付喪神とか売っちゃいけないって法はありませんけどお……」


生徒会室の残り三人はどん引きしっぱなしである。しかしどれほど酷く見えようが太平は基本的に間違ったことは言ってない。かなり酷いが。とてつもなく酷いが。


しかし、意固地なってるのかなんなのか、カード精霊はしぶとかった。


「いやああああ! 妾いかないのおおお! 主様のところがいいのおおおおお!」


泣きわめきながらじたばたと手足を振り回して訴える。完全にだだっ子であった。

その気がある人間であれば、そうでなくとも心に訴える光景である。もちろん太平がそんなところをくみ取ってくれるはずもなく。


「てい」


一瞬の早業。ごぎゃりとやたらめったらヤバげな音が響き、カード精霊はぱたりと地に伏した。


「さ、今のうちだ。頑丈な密閉容器を早急に」

「あっはい」


太平に促され、海原はいいのかなあと思いながらも部下を急かした。あっという間に頑強な容器が用意され、そこにカード精霊放り込んでそそくさと姿を消す。

太平の気が変わってはいけないと思ったのかこれ以上関わり合いになりたくないと思ったのか、あっさりとした退場である。

札束を数えながら、太平はご満悦であった。


「オークション繰り返すよりは良いもうけになった。金払いの良い金持ちってのは気持ちの良いモンだ」


もうなんて言うか、主人公として色々ダメすぎる。それどころか真っ当な人間としてもかなりダメなほうだ。


寿司いくぞ寿司回らないヤツなと朗らかに言う太平の姿を見て、何も言えなくなるまひと達であった。

あとお寿司おいしかったです。











「だせえええええ! 妾をここからだせええええええ!!」


水族館で使われているような分厚いアクリル壁をようぢょがばしばしと叩き、背後では本体であるカードが縦横無尽に飛び回りどかどかと壁に体当たりを繰り返している。

そんな光景を、海原と部下の黒服は何とも言えない顔で見ていた。


「……もの凄く、罪悪感がわき上がる光景ですな」


わりと無感情である黒服をして思わず漏れ出る台詞。わりと冷酷である海原も頷いて応えた。


「確かにな。だが……」

「?」

「これを解放して万が一彼の元に戻ってみろ、今度は我が元に殴り込んでくるぞ。確実に」


ずうんと、空気が一気に重くなった。太平のことは改めて調べ直したが、まったくもって救いがない。敵対行為と判断されれば容赦なく殴り込んでくるだろう。そしてボッコボコにされるだろう。


絶対こいつ逃がすわけにはいかねえ。若干後悔しつつも、改めて思い直す二人であった。











「うっざい話だったが、最終的にもうけたからとんとんかな」


それなりに上機嫌で言い放つ太平。誰かこいつを何とかできないものか、無理だろうなあと周囲は諦めている。同じく上機嫌なのは寿司おごってもらったまひとだけだった。


なお同じように寿司をおごって貰った変質者は、カウンターで泣きながら「俺もうゲームやめるっす」と真人間になることを誓っていた。カードに金かけすぎてぴーぴーいってるフリーターだったらしい。これから真面目に働いて自分の金で寿司が食える生活を送ると寿司を頬張りながら宣言していた。是非とも頑張って欲しい。


それはさておき話を聞いた正義は、周囲よりはマシだが多少諦めを含んだ表情で言う。


「でもよ、今回のこと本当に終わりなのか? レアカードって(・・・・・・・)あれ一枚じゃ(・・・・・・)ないだろう(・・・・・)?」

「「「「「え?」」」」」


太平だけでなく、教室の全員がびきりと動きを止めた。

そして窓の外から風が吹き込む。


ふぃらふぃらと、太平の机の上に舞い降りてくるのは数枚のカード。


「「「「「…………………………」」」」」


場が完全に凍った。太平は能面のような無表情になる。


突然教室のドアから、窓から、天井から、ずばばばっと現れるものたち。全員が特徴的なとっきんとっきんの髪型で、びしすとポーズを決め太平に語りかけた。


「さあ、バトルの始まり……」

「かっとびんぐで……」

「人の心に澱む影を眩しく照らす光。人は俺を……」


もちろん太平は纏めて全員ぶん殴った。






戦いは、続く。

全てのカードバトラーをぶちのめすまでそれは終わらない。


戦え太平、負けるな太平。

話の主旨を根本からひっくり返しているような気がするが、気にせず拳を振るうのだ!











「カードゲーマーとその関係者を……この世から全て駆逐してやる!」


あたっくおぶたいへ~♪


「「「「「やめてマジやめてほんとうにやめて」」」」」








デュエル!(物理)

してないじゃん、カードバトルやってないじゃん! ツッコミ入る前にセルフでツッコんどきます緋松です。



最初はね、単にカードゲームで無双させたかったんですよ。しかしここで最大の問題が。


俺カードゲーム分からねえ。


なんでこれでカードゲーム物が書けると思ったんでしょうか。我ながら謎ですが書こうと思ったら書けるものですな。だからカードゲームしてねえって。


まあそんなこんなで今回はこのあたりで。また次回~。

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