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そのじゅうご・湯けむりサスペンスでこともなし!


商売とはすなわち戦争である。

生き馬の目を抜くような情勢の中、商売人たちはあれやこれやと策を練り、売り込み合戦に明け暮れる。

天下家の近所にある商店街でも、今日も今日とて壮絶なる戦いが繰り広げられていた。

……やあまあ単に普通に商売しているだけなんですが。


とにもかくにも、その日は半期に一度の大感謝セールとやらで商店街はにぎわっていた。

セールと言えば福引きである。そのお約束を外すことなくここでも様々な景品をだしに福引きが行われている。

がらがらと回される機械が、ころんと銀色の玉を吐き出した。


「おめでとーございます! 二等、家族揃って温泉旅行、大当たり!」

「あら」


八等のキッチンペーパー狙いだったのにいいのかしらこれと、小首をかしげる天下 夢想さんであった。











で、迎えた連休。

天下家御一行(+おまけのまひと)は早速二泊三日の温泉旅行に出陣していた。


「空は澄み青空! 以下略らんらららんらへいっ! 実に絶好調だね!」


レンタカーのハンドルを握りハイテンションで上機嫌な父、一が芝居がかった調子で言う。このキャラクターを貫く気かいや違う。まあ高級温泉宿にただで宿泊できるのだからテンションも上がるだろうが。太平と恵はやや呆れた感じで生暖かい視線を向けていた。まひとはにこにこ笑っているだけで何を考えているか分からない。大人しいのが微妙に不気味だ。

そんな中一と助手席の夢想は、上機嫌なまま会話を交わしていた。


「しかし夢想さん、よくやってくれた! 家族旅行自体は時々やっているが今回はただというのがすばらしい! 高級宿をじっくりと堪能しようじゃないか!」

「我ながらちょっとびっくりしちゃったけどね。うわさでは露天風呂も絶景だっていうし、ご飯も美味しそうだし楽しみよね。ただだし」

「(そんなにただが嬉しいのか……)」

「(まあ普段はいけないような良いお宿らしいけど……)」

「ちょっと残念なのはレンタカーだというところだが。……うーむ、ゴリアテがあればなあ」

「あたしもガーベラがあればねえ……」

「ちょっとまて。なんか今不穏な単語が出てこなかったか!?」

「ん? 昔乗っていた車のことだが」

「ん? 昔乗ってたバイクのことだけど」


とかなんとか和気藹々と会話を交わしつつ、車は海岸線の道を進み、海辺の温泉旅館へとたどり着く。

近くに海水浴場があるその宿は夏場は海水浴客でにぎわい、その他の季節も四季折々の景色や料理を楽しむ客でそれなりに繁盛していた。

微かに香る温泉独特の臭いを感じ、車から降りた太平はふむと頷く。


「いいところじゃないか。これは飯も期待できるな」


そだね~と暢気な様子で応える恵とまひと。で、一と夢想は。


「うーむ、このグレードか。……確かに内装はいいんだが」

「これならもう一つランク落としてその分チューンに回した方がいいわよねえ」

「よその車見てなに談義しとるかそこの夫婦」


宿の駐車場に止まっていた高級車を前に真剣な表情でなにやら語り合ってる両親に呆れたような声を投げかけてから、宿に足を踏み入れた。

「「「「「いらっしゃいませー」」」」」と愛想良く、女将と仲居が出迎える。少し季節はずれのため、客の数はそれほど多くない。(だからこそ福引きの景品になったのであろう)いくつかのグループの姿が見て取れるだけだ。


その中の一つが、なにやらフロントでもめている。


「だから、こいつ本当に小学生なんですってば」

「ほんとうなんですよう、信じて下さいよう」

「いや幾ら何でもその背丈で小学生というのは無理が……」


中年の男性と、それより背の高い青年がフロントマンに必死で訴えている。その二人を見て、恵が小首をかしげた。


「ん? あの人たち、どっかで見たような……」


う~んと考えている彼女の横で、まひとがぽんと手を打った。


「思い出した。あの人ら【寝たふり探偵・長宗我部ちょうそかべ 大五郎だいごろう】と【見た目は大人中身は子供の小学生探偵・土煎どいる 乱歩らんぽ】だ」


時々新聞の端をにぎわせている一部では有名人。彼らが訪れる先には常に波乱の満ちた事件が待ちかまえていると言う。

太平は興味なさげにふーんと気のない返事を返した。


「どーでも良いが、早くすませてくれねえかなあ。オレらチェックインできねえじゃん」

「相変わらず有名人とか気にしないねえ」

「そりゃ大統領とか法王様とかと知り合いだったら大したことないでしょ」


おにーちゃんだもんねたいへーちゃんだもんねと頷き合う二人を見てなんか貶められているような気がする太平だが、自業自得である。

と、フロントでもめている二人に近づく者がいた。


「ああ、その子本当に小学生ですから。保証します」

「あなたは」


振り向いた中年男性――大五郎が目を見開く。

そこにいたのは、大五郎と同じくらいか少し年上の男性。少しだらしなさそうな感じがするが不潔さのようなものはなく、品の良さも感じさせる人物。その男は穏やかな表情で懐からあるものを取りだした。

警察手帳だ。


「本庁の警部補、【新畑あらはた 喜三郎きさぶろう】と申します。こちらの探偵さんたちとは顔見知りでして。……いや~、それにしても奇遇ですねえ長宗我部さん」

「ええ、全く。私はいただいたクーポンの期限が近くて、家内もおりませんので娘や近所の子供をつれてちょいと骨休めといったところですな。新畑さんは?」

「ちょっとこちらのほうに出張が入りましてねえ。適当に宿を探しまして……」

「新畑さーん!」


二人の会話に割ってはいるように声がかかる。声をかけてきたのは浴衣姿で頭部がちょっと寂しい、うだつあがらなそうな男。ほこほこと湯気を纏い満面の笑みで新畑に語りかけた。


「いやあ前々から調べて無理して予約したかいがあったですよ! もう露天風呂の絶景さと言ったら! 新畑さんも楽しみにしていたんだから……」


新畑はみなまで言わせず男の首根っこをひっつかんで抱え込み、頭髪を毟り始めた。


「【大泉】、なんでお前はそう空気が読めないかね本当に!」

「いたいいたいやめてくださいよ新畑さん! 毛が、毛があ!」


大五郎と乱歩はなんだかなあと苦笑い。そこへさらなる声がかかった。


「あれ? 長宗我部さんと新畑警部補?」

「兄ちゃんも来てたんだ!」


目を丸くして驚いた声を上げる乱歩。声をかけてきたのは襟元の髪を伸ばして束ねている太平たちと同年代くらいの少年。

それを見て太平たちはひそひそと言葉を交わす。


「またなんか増えたぞ」

「増えたて人を虫みたく……あの人も探偵だよね? 確か金田一……」

「かねだはじめとかいうオチか?」

「んにゃ、【金田かねだ にのまえ】」

「斬新な方向にきたなおい」


少年――ややこしいので金田と呼称するが、ともかく彼はどうしようとか言った表情で、仕方なさげに話す。


「まさかこんな所……というかなんでこんなおあつらえ向きな」

「いや兄ちゃんだってきてるじゃん」

「彼女がさ? 部活の合宿でさ? どーしてもって言うからさ?」

「そこでホイホイついて行くのが問題だと思うが」

「そーなんですけどね? しかしこの面子……」

「何か起こるといわんばかりのシチュエーションだねえ」


揃って溜息を吐く探偵たちと警部補。まあそれはいいのだが。


「ところで一体オレたちはいつまで待てば良いんでしょうかね?」

「「「「「あ、すんませんホントすんません」」」」」


ちょっと額に青筋浮かべた太平が凄み、全員へこへこしながらフロント前から退く。

そんなこんなでチェックインを無事に済ませた天下家御一行。では早速部屋にと荷物を持って移動しようとしたその時である。


「がはははは! ええよええよなんでも買うちゃる」

「いや~んパパ素敵ィ~」


非常に下品な声と共に、ロビーの階段上から降りてくるものがいた。

でっぷりと肥えたいかにも成金ですといった様相のおっさんと、くねくねとしなと言うよりは未開の民族の呪いの踊りじみた動きをしてるケバいねーちゃん。

うわあとどん引きにより開くロビーの空間に足を踏み入れた空気読めないどころではない二人は、下品な態度と笑いのまま大浴場のほうへと歩を進める。


「ほんならでっかい風呂のほうでわがままなからだ堪能させてもらおうかのお」

「いや~んパパのえっちィ~」

「おう女将、銭払うたるから大浴場空けろや」

「……申し訳ございません、当宿ではそのようなサービスは行っておりませんので」


慇懃ながらも額にぶっといお怒りマークを浮かべて対応する女将。仲居も同様の様子であった。

おっさんはたとまち「ああん?」とか言って顔を歪めると、難癖をつけるつもりか続けて口を開こうとしたそこに声がかかる。


「ん? おお、業突さんじゃないかね!」


それは誰あろう、天下家家長天下 一。彼はにこやかに笑いながらおっさんに近づく。おっさんは一の姿を確認して――


ざあ、っと青ざめた。


「え? や? あの、てててて、天下さん!? なしてこげなところにおられるとですか!?」

対する一は相も変わらずテンション高く。

「家族旅行というやつでしてね! そちらは奥さんとご旅行ですかな?」

「いやまあそのようなものでありますですはい!」

「? パパどうしちゃったのお?」


くねくね女が不思議そうにおっさんを見上げるが、おっさんはそれどころではないらしく青い顔で脂汗を流しながらぎぎぎとぎこちなく動く。


「かかかか、帰ろう部屋に帰るぞ。そそそれではここら辺で失礼いたす所存にござる」

「うむ、良き休暇を!」


がっちんがっちんとロボットみたいな動きで階段を上っていくおっさんを、「ちょっとパパ!?」とか焦りながら女が追いかける。

それを見送って、一は首を捻った。


「はて? 体調でも崩したのかね彼は」

「いやそれ以前に父さんあのおっちゃんに何した?」

「うむ、仕事上の関係で彼の会社の帳簿を確かめさせてもらうことがあってね。色々と不備があった(・・・・・・・・・)から一から十まで全部指摘してあげたんだが……」

「もの凄い弱み握ってねえかそれ?」


多分一は根っからの好意でやったのだろう。ただその好意でざくりと弱いところを刺して抉っただけだ。

まだ何か言いたそうな太平だったが、まあオレが酷い目にあったわけじゃないしと即座にさじを投げた。

まあとにもかくにも、チェックインは終わったのだ。いつまでもフロント前でうろうろする必要もない。太平たちは仲居の案内に従い部屋へと向かう。


広々とした和室。窓からは大海原広がる絶景。

その窓から早速身を乗り出し、恵は歓声を上げる。


「うっひゃあ~、ぜっけいー! きゃっほー!!」

「テンション上げるのはかまわんが、落ちるなよ? ……なるほど、良い景色だ」


恵の隣からひょいと顔を出して景色を眺める太平。いつもの不愛想な様相ではなく機嫌が良いのか僅かに微笑んでさえいた。

普段もこうならもっとモテるんだろうけど。身内のひいき目もあろうが恵は心底そう思う。まあ環境が環境なので滅多にこういう表情は見られない。こういった状況や彼女と一緒にいるときくらいか。


「レアものが見られるのは家族の特権です」

「何拝んでんだお前は」


なむなむと両手を合わせて拝む恵を怪訝な表情で見る太平。そんな彼らに背後から声がかかった。


「では私たちは早速温泉に行くが、皆どうするかね?」


タオル類や着替えの浴衣などを小脇に抱えた完全装備の一が言う。勿論太平たちは行くと応えて自分たちの分を用意し始める。


「よし、準備は出来たね? では早速堪能しにいこうではないか!」

「「「「「おー!」」」」」


元気よく応え、風呂に向かおうとする天下家御一行だったが。


「貴様はそっちじゃない」

「あう!?」


夢想や恵の後をついて女風呂に向かおうとするまひとの首根っこを掴む太平。今日も可愛い格好で忘れがちになるがまひとは男性である。一応。

しかしまあ敵も然る者というか、まひとはくるりと振り返ると、満面の笑みで太平に言う。


「じゃあ僕男風呂入っていいんだ?」

「む……」


それはそれで色々と問題だった。最低でも存分に視姦されてしまうであろう事は想像に難くない。

珍しくまひとに追い込まれている太平。いっそ縛り上げて吊しておくかと物騒な事を考え始めた彼の背後から、にゅうんと仲居が現れ「お客様」と声をかけてきた。


「うわびっくりした!? な、なんすか?」

「はい、当宿ではジェンダーフリーな方にもご満足頂けるよう配慮いたしておりまして、釜の湯、鍋の湯、薔薇の湯、百合の湯などどちら方面のご趣味にも対応した浴場を用意いたしております。そちらのお客様にもきっとご満足頂ける湯があるかと」

「まじすか」


需要があるのかそれ。後頭部に汗を流す太平であったが、まひとは「詳しく」と即座に飛びついた。

……放っておこう。太平はまひとのことを頭の中から追い出してそそくさと浴場へと向かった。


で。


「……堪能した」


風呂の描写(特に女性)があると思ったか? 残念だったな! ……ではなくて。

浴衣姿でほこほこ湯気を上げるまひとは、上気した顔で満足げに座椅子の背もたれに体重をかけた。


看板通り、いやそれ以上の温泉であった。湯あたりも何のその勢いで天下家御一行は堪能しまくり、夕食直前まで温泉を楽しんだ。

特にまひとはなんかもう今死んでもいい的な感じで満足しきっている。何があったのかは一切が不明だ。


まひとほどではないが、太平たちもご満悦な様子である。が、これで終わりではない。

目の前の御膳に並ぶは、近隣の港で朝方水揚げされたばかりの豊富な海の幸。

テンションは上がらざるを得ない。


「うまっ! おいしいよこのちっちゃいあわびの醤油焼き!」

「それはトコブシといってアワビの親戚だ。小さいが味はアワビに負けてないだろう」

「ぼ、ボラってこんなに美味しかったっけ?」

「良いボラは美味いぞ? 刺身もよしフライもよし、みそ汁も良いな」

「うむ、良い地酒だ! 夢想さんも一献どうかね」

「あら、いただきますわ」


あまりの美味に舌鼓。箸も進むというものだ。

たまにはこう言うのもいい。皮がぱりぱりに焼けた鯛の身を崩し、ご飯と共に頬張る。美味美味と噛みしめながら太平は確かな幸せを感じ取っていた。


「「「「しかしあんなことが起ころうとは、夢にも思わなかったのです」」」」

「揃って縁起でもない事を言うな」











「な、うおおおおおお!?」


ほんとに起こった。











第一発見者は、早番で仕事を始めようとしていた仲居さんだった。


ロビーの階段下、大の字になって倒れていたのは昨日の業突とかいうおっさん。

見事なまでに死んでいた。これ以上ないってくらいに死んでいた。


即座に呼ばれる警察と救急車。たちまちロビーには立ち入り禁止のテープが貼られ鑑識が状況を調べ出す。

そして、やつらが動いた。


「ふむ、やはり事件が起こりましたな」

「おっちゃん、首突っこむのやめておこうよ~」

「犯人はこの宿の中にいる!」


ばばんと現場に現れる探偵たち。それに対する地元警察の反応であるが。


がちゃん。


「はい逮捕逮捕」

「「「ちょっとまてええええええ!!」」」


いきなり手錠をかけられて連行されそうになる探偵たちが、悲鳴のような抗議の声を上げた。

が、地元警察の目はすごく醒めて冷たいものである。


「うるせえ行く先々で事件が起こる死神どもが。お前らが現れたってだけでぴりぴりしてたってのに案の定だ。因果関係はっきりさせて檻ん中ぶちこんでやるから覚悟しやがれ」

「いきなり原因あつかいですとお!?」

「だから言ったじゃんおっちゃん!」

「ちょ、新畑警部補もいるじゃないですか彼は良いんですか身贔屓だああああ!」

「……そりゃ私は事件起こってから呼ばれる側ですから。仕事ですから」


押っ取り刀で現れて、取り敢えず探偵たちを解放するようにと地元の警官たちを説得する新畑。

そりゃ短期間にいくつもの殺人事件の現場に居合わせたら疑いをもたれるどころでは済まない。新畑も気持ちは嫌ってほど分かる。分かるが探偵たちが原因でなかったこともよ~く分かっているわけで。


「ともかくあなた達も大人しくしておいて下さい。まだ事件か事故かも判別できてないんですから」


釘を刺しておく。まだ何も分かっていないのに彼らを介入させるのは悪手だ。介入させるのであれば、それこそ捜査が行き詰まった時である。

まあ自身がいる以上彼らの出番は無いと言っても過言ではないと、自身だか自慢だか分からない確信をもって地元の警察に協力しようと――


したところで、なにやら玄関が騒がしくなった。


仲居や女将が何者かを押し止めているようであった。彼女らはしばらく頑張っていたが、その防壁は力及ばず吹き飛ばされる。比喩抜きで。


「一体どういう事ざますか! 出張に行っていたはずの宅の主人がこんなところで亡くなっているとは! 責任者はどこざます!」

「どういうこったよごらあ! 責任者出せやごるあ!」

「お、奥様にぼっちゃま、落ち着いてくださいませ」


でっぷりと太ったケバいおばさんと、派手なスーツで身を包んだ針金のような細っこいちんぴら。そして二人を止めようとしているが全く役に立っていない眼鏡に三つ編みのメイドがずかずかと宿に入り込んでくる。

入ってきて早々ロビーのど真ん中に仁王立ちになり、おばさんは大音声でがなりたてた。


「さあ、宅の主人を殺した泥棒猫はどこざますか! さっさと出さないとひどいざますよ!」

「泥棒猫はどこだごらあ! さっさと出せやごるああ!」

「奥様~、ぼっちゃま~」


がちゃん。


「はい逮捕逮捕」

「「「ちょっとまてえええええ!!」」」


問答無用に手錠をかけられて、悲鳴のような抗議の声を上げる三人。お巡りさんたちは非常に冷たかった。っていうか殺気立っていた。


「このクソ忙しいときになんだてめえら、あ゛あ゛!?」

「捜査妨害か? 公務執行妨害か? やるならやンぞ表出ろ」

「ただでさえ死神どもの処置に頭悩ませてるってのにこのたわけどもが。適度に罪捏造して何年かぶちこまれてみっかコラ」


状況が許せばバラして魚の餌にしちゃると言わんばかりのお巡りさんたちに凄まれ、おばさんらはガクブルと震えるしかなかった。いいのか日本の警察これで。


ともかく別の意味で暴行傷害事件が起こりそうであったが、新畑の必死の説得もありまずは落ち着いて事情聴取をしようということになり、宿泊客たちおよび関係者は個別に話を聞かれることとなった。

無論、太平も例外ではない。


「というわけでまあ、一応お話を聞かせて頂いたという形で」

「なんかぞんざいですね?」

「あなたに関しては色々と聞いていますので」


本当に形だけの事情聴取ですと名実共に示している新畑は、訝しげな顔をしている太平にすまして応えた。

ああそういやこの人本庁の警部補さんだったよなあと納得する太平。認めたくないことだが色々やらかした彼はあらゆる意味で警察関係からも注目の的だ。新畑くらいの人間になれば一度や二度耳にすることもあるだろう。

後はもう雑談である。しかしまあ状況が状況だ、自然と話は事件のほうへと流れていく。


「それで、どういう状況だったんですか」

「うん、被害者の人は階段下に倒れていて、頭部を強く打って死亡。体内からはかなりのアルコール反応。周囲には階下の自販機で購入したらしい缶ビールやつまみやらが散乱してたようですねえ」

「……それ部屋で呑んでて酔っぱらって、下に追加の酒とつまみ買いに行って階段で足踏み外しただけじゃあ?」

「普通に考えるとそうなんですけどね~、長年こう言うのに携わってると、とんでもない裏事情があったりするわけでして。……特に探偵が絡むと」


あ~、と何とも言えない声を上げ、再び納得する太平。事故や自殺に見せかけるためだけにやたらめったら凝ったトリックを仕掛けることはよくあることだ。まあそんな場合でも所詮奔は素人仕事、あっさり看破されるのがほとんどである。探偵が凄いのではなく事件を起こす奴があほなだけという話もあった。

今回の場合、動機がある人間は山ほどいるし幾らでも疑えるような要因もあった。殺人事件ではないと言う保証はどこにもない。事件であるという保証もないが。


「まあともかく、邪魔にならない程度であれば自由に行動してくれて構いませんよ」

「いいのかなあそれ……」


それ以前に事件のことをぽんぽん話していいのかどうかと思うが、太平に対しては話そうが話すまいが色々な意味で無意味だろう。

どことなく腑に落ちない太平であったがいつまでも新畑の相手をしている場合でもない。首をかしげながらも取り敢えず部屋に戻ろうとする。


と、なにやら騒がしい声が廊下の先、曲がり角の向こうから響いてきた。

何事かと思ってひょいと廊下の曲がり角から覗いてみれば。


「おまえが殺したんざます! そうに決まってるざます!」

「おまえが殺したんだろうがごるあ! そうに決まってんだろうがごるあ!」

「ふざけないでよ! あんたらがパパに散々酷いことしたのは知ってるんだからね! そっちこそアリバイとかあるの!?」

「奥様~、ぼっちゃま~止めましょうよ~」


おばさんと息子らしいちんぴらと、ケバいねーちゃんが言い合いをしている。メイドが必死に止めようとしているが、相変わらず役に立っていない。

ひどくヒートアップしている三人の様子に、これは別の事件が起こりかねないなと思った太平は人を呼びに行こうとするが。


がちゃん。


「はい逮捕逮捕」

「「「「だからまてええええええええ!!」」」」」


どこからともなく現れたお巡りさんたちに手錠をうたれ、全員連行されていった。実に問答無用である。

やはり警察はかなり気が立っているようだ。下手なことをすればとばっちりはこっちにも来る。太平はこっそりと大人しく部屋に向かった。











そんで、事情聴取の状況であるが。


「目標額まで貯まったら妊娠したって適当言って手切れ金もらって悠々自適な生活をもくろんでたのに~!」


おいおい泣きながら色々とぶっちゃけるケバねえちゃん。話を聞いてまずこいつはシロだろうなと捜査員たちは思った。

彼女に業突に対する愛情の類はない。だが今死んでもらったら困るのだ。お金もらえなくなるし。

殺すメリットよりもデメリットのほうが上回り、しかも感情的なもつれがあった可能性は薄い。経歴的にも裏はなさそうだし、容疑者から除外しても良いだろう。


「犯人はあの女ざます! 早く逮捕して死刑にするざます!」


おばさんががなり立てる。ああ、こいつもシロだなと捜査員たちは思った。

感情的で身勝手。突発的に犯罪を犯すことはするだろうが計画的に犯罪は行えないタイプだ。行ったとしてもきっと穴だらけで、事故を装うなんて事は出来ないだろう。

この行動が演技である可能性もあるが、警察に目をつけられる危険性を犯してまでやることではない。それはそれであほだ。

早々に、おばさんも容疑者から除外された。


「すっぞごらあ! ざっけんなごらあ!」


ちんぴらががなりたてる。シロだなと捜査員たちは頷き合った。

威勢だけはいいが話の中身が何もない。よく見れば周囲の捜査員に怯えてかかたかたと震えている。後ろ盾がなければ虚勢を張るしかないタイプだ。

自分でものを考えない、行動しない。多分親が金や物を与えるだけでまともな育児をしてこなかったのだろう。とてもじゃないが事故に見せかけた計画的な犯行を考えられるような人間ではなかった。当然容疑者から外される。


「あ~、正直もうやってらんねえって感じですよ。もらうモンもらったらとっととやめるつもりだったんですが」


ぶはあっと煙草の煙を吐き出しながら言うのはメイド。どうやらこのやさぐれた感じが本性らしい。

これもまたシロだろう。先のケバねーちゃんと同じく殺人を犯すメリットが全くない。職場の環境はある意味最悪に近いが、仕事だと割り切っているようだし適度に手を抜いたりしてストレスを溜めないようにしている。無論契約期限が切れたら速攻ケツまくる気満々であった。そんな人間が危険を冒して雇い主を殺害するであろうか。まずない。

こうして、彼女も容疑者から外された。


つまりこの宿に集った関係者は全員容疑者ではないと目されているわけで。


「ついに我々の出番というわけだな!」

「誰も呼んでないと思うよおっちゃん」

「けどここで活躍しないと俺らの立場って物が」


ばばんと……現れるわけにも行かず(殺気だったお巡りさんが怖いから)捜査現場を横目で見ながら、探偵たちはこそこそと話している。

大五郎はばんばんと乱歩の肩を叩き、気楽な調子で言う。


「なあにお前はいつも通りさの観察眼と勘で細かいところに気付いてくれりゃあそれでいい、後は俺がなんとかするさ」


乱歩はただでかいだけの小学生ではない。事件が起こった時、彼は重箱の隅をつつくような観察眼と4Kテレビも真っ青な精密な記憶力、そして天啓のごとき勘で事件の重要な手がかりをいち早く手に入れる。それを元に深く考え込んで事件の全容を見出すのが大五郎。思考のさいに居眠りをぶっこいてるようにも見えるその様子から、寝たふり探偵などとあだ名されているわけだ。


「ふ、出遅れるわけにはいかないな。じっちゃんの名にかけて!」

「……兄ちゃんのおじいさんって何してたのさ」

「田舎で現役農家をやってるけどなにか」

「推理関係ねえじゃねえか」


金田 一とはこういう人間である。まああその、探偵としての能力は確かなので、うん、その、問題はないかと思われ。


ともかくだ、三人寄れば何とやら。一見事故にしか見えないこの事件を見事解決して汚名返上してくれると勢い込む。

大五郎と金田は。


「新畑のおじさんもいるし、ぼくらが出しゃばるのは止めておこうよ~」


でかい躰を縮こまらせ、乱歩は気弱に訴える。探偵としての素質はピカイチな乱歩だが、メンタリティはそこらの小学生と大差ない。正直殺人事件なんぞに関わりたくはなかったし人に押しつけられるものなら押しつけたい。短期間で色々と事件に巻き込まれる状況なんぞ代われるものならば代わって欲しかった。


「何を言ってるか! 死神扱いまでされて黙っているわけにも行かないだろうが! 事務所の評判もあるし」

「その通り! 今こそ汚名返上名誉挽回して、名探偵ここにありと知らしめる時! ばばんと事件解決してやろうじゃないか!」


聞く耳を持たない二人。大体行った先で事件に巻き込まれて成り行きで解決したという流れがほとんどだが、それなりに矜持はあるらしい。

渋い顔をする乱歩を半ば引きずるようにして、いざいかんとばかりに踏み出した大五郎と金田であったが。


「あ、もう大体解決しましたよ?」

「「「へ?」」」


ひょっこり現れた新畑にさくっと言われ、ぴたりと動きを止める。

ぎぎいっと向きを変えた二人は、瞬時に新畑へと詰め寄った。


「ど、どういうことなんですか新畑警部補!」

「まだ捜査は始まったばっかりでしょう!?」

「早いときには数時間で解決しちゃう人たちが言う台詞じゃないでしょうに」


新畑はやれやれと頭を振った。


「世の中には防犯カメラというもの(・・・・・・・・・・)がありましてね(・・・・・・・)?」

「「あ」」

「ばっちりと映ってましたよ、酔っぱらった被害者が足滑らせて階段から落ちる一切合切が。これ以上ないってくらいの事故でしたねえ」


どう考えても文句のつけようのない事故としか判断されない状況だった。だが探偵たちは諦めない。

必死の形相で食い下がる。


「で、泥酔していたって事はあの愛人がしこたま呑ませて事故を誘発したって事じゃ……」

「むしろあの愛人の人がやけ酒に付き合わされて先にダウンしたようですね。部屋の空き缶器を調べたらあの人のほうが多く呑んでますしアルコール検査もばっちりです。大体酒に酔わせたからといって上手いこと階段で足を滑らせるように狙うのは無理でしょう」

「そこはそれ! 前もって階段になんか塗っとくとか!」

「だから監視カメラがありますから。それに階段に変な細工をされるような仕事はしていないと仲居さんたちが証言してます。鑑識の調べでも何も出てきませんでしたしね」

「奥さんらは!? やたらと出張るのが早かったけど!?」

「前々から愛人関係で怪しまれていたようですからねえ、いつでも飛び出せるよう準備していたみたいで。その上出先で亡くなったなんて話なら矢も楯もたまらず飛んでくるでしょうよ」

「そんじゃ! えーと、えーと」

「宿関係者もその他被害者関係も全くのシロ。裏もありませんしアリバイもそれなりに」


まったくもって、どうやっても状況は覆せないと悟る大五郎と金田。

がっくりと崩れ落ち両手両膝をついてうなだれる。


「何の活躍もなく解決するとか……」

「俺たちは一体何のために……」

「いや休暇と合宿の付き添いだよね本来の目的」

「そもそも行く先々でいっつも事件が起こるのがおかしいんですよねえ」


乱歩と新畑にとどめを刺されてますますorzる二人。

そして。


がちゃん。


現れる地元警察。かけられる手錠。


「そういうわけで逮捕逮捕」

「「「なんでだあああああ!!」」」

「いやあの、なんの罪状ですかねえ?」

「……凶器準備集合罪?」

「「「どういう意味だああああああ!?」」」


あまりの扱いに、探偵たちは叫ぶしかなかった。


こうして、事故に見せかけた殺人のように見せかけてやっぱり事故だったという一連の騒動はぐっだぐだに終わる。


なおこの後、件の旅館は『死神探偵が訪れたのに猟奇殺人事件が起きなかった奇跡の宿!』という名目でツアーなどを売り込み大層繁盛したという強かぶりを見せつけたそうな。











色々あったがその後は平穏に過ぎ、天下家御一行は宿を後にした。


「いやあ、一時はどうなるかと思ったが。……業突さんは気の毒だった」

「本当に。あなた、葬儀のほうは?」

「仕事でもプライベートでもそれほど多く関わったわけではないから会社のほうと個人的な弔電を送るくらいだね。あまり深く関わらないほうが良いとあの警部補さんから言われたこともあるし……」


運転席で言葉を交わす両親。まひとはなんか専用湯で色々と堪能したらしく満足げにくかーっと寝てるし、恵は「あんな事がなければ楽しかったのに……」と少々不満げだ。


事故は仕方がねえよなあと思う太平だったが、ふとあることに気付く。


「(あのおっさん、やけ酒してたって話だが、何でやけ酒してたんだ?)」


浮気旅行の最中にやけ酒する事態……と考えてたら、一つ思い当たる要因がある。

ロビー、フロント前の出来事。あの時彼は、一の登場に心底ビビっていた。多分もの凄く弱みを握られていると思っていたのだろうが。


「(……もしかして父さんの存在に怯えてやけ酒してたのか!? つまり間接的な原因は父さんって事!?)」


そのことに気がついた太平は後頭部にだらだらと汗を流す。

しかし今更何が出来るでもなく気付いたからといってどうなる物でもないわけで。


結局太平は、気がつかなかったことにして、そっと心に蓋をした。











「「「「さあ~、ねむりなさ……」」」」

「なんでよりにもよってその歌チョイスかっ!?」











お前が歌うんかいっ!

懐かしいネタですが覚えている人はいるのでしょうか緋松です。


今回は推理ものを蹂躙。主人公毛ほども働かない、探偵の存在に意味がない、そもそも殺人事件じゃない、というひっどい有り様でした。

この展開は最近の推理漫画色々と無理がありすぎという私的な感情がこもっていると言うことは否めないと言わざるを得ないということがなきにしもあらず。(どういうことか)緋松はコロンボ警部が好きですがなにか。


ともかく今回はこんなもので。最近筆の進みが良いのでこのペースを保てたらなあと思いますが、緋松のことですので信用も信頼も安心も出来ないと思います。期待しないでお待ち下さい。


でわでわ~。



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