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『愛されていた』

作者: ミオ
掲載日:2026/08/28

俺は、ずっと妻に愛されていないと思っていた。


結婚して何年か経った頃から、妻は俺に素直な言葉をかけなくなった。


「おかえり」


その一言さえ、どこかよそよそしかった。


何かを頼まれても、


「普通、それくらいやるでしょ」


と返される。


俺が仕事で疲れて帰ってきても、


「遅かったんだね」


「連絡くらいできるでしょ?」


そんな言葉ばかりだった。


俺は、妻から嫌われていると思った。


それなら俺も、妻に優しくする理由なんてない。


帰宅も遅かった俺は、寝室には行かず、


リビングのソファーで寝るようになった。


そうやって、少しずつ夫婦の間に壁を作った。




そして俺は、外に女を作った。


一時的なものだった。


そう思っていた。


けれど、その女といる時間が徐々に増えた。


家に帰る回数が減っていった。


帰っても、妻と同じ寝室に入ることはなくなっていた。


いつしか俺の寝場所は、リビングのソファーに。


妻は何も言わなかった。


俺も何も言わなかった。


だから俺は、


「もう俺たちは終わっている」


そう思っていた。


妻も同じ気持ちなのだと思っていた。


でも、あのとき妻は、何を考えていたのだろうか?


俺がソファーで寝る夜。


妻は、隣の寝室で一人だった。


俺は自分が拒絶されていると思っていた。


もしかしたら、妻のほうがずっと寂しかったのかもしれない。


それでも俺は、外の女との関係を何年も続けた。


妻にバレたあとも、すぐには終わらなかった。


妻は離婚したくないと言った。


俺は、それが理解できなかった。


「どうして?」


何度もそう思った。


俺のことを愛しているようには見えなかった。


愛しているなら、もっと違う言葉をくれればよかった。


もっと俺を必要としてくれればよかった。


もっと素直になってくれればよかった。


でも、妻は最後まで何も言わなかった。


結局、俺は離婚を選んだ。


妻は泣いた。


けれど、それでも妻は俺に言わなかった。


「愛してる」


その一言を。


離婚して、俺は家を出た。


妻がその後、俺が昔、


「ここには絶対に住みたくない」


と言っていた地域へ引っ越したことを後から知った。


俺には、それが少し不思議だった。


俺との思い出から逃げたかったのかもしれない。


あるいは、俺のいない場所で新しい人生を始めたかったのかもしれない。


俺はもう、自分の人生をゆっくりと進めていた。


愛し愛されたい人に出会って、


再婚することになった。


俺は新しい家庭を作った。


その話が、元妻の耳にも入ったらしい。


彼女にも、今は彼氏がいると聞いた。


俺は、


「それならよかった」


と思った。


俺だけが前に進んだわけじゃない。


彼女にも、新しい人生がある。


そう思っていた。


けれど彼女は、俺の再婚を知ってから、ひどく落ち込んだらしく、


彼氏の家の近所に引っ越していった。


新しい恋をしていたのに。


それでも俺を忘れられていなかったのか?


その話を聞いたとき、俺はしばらく何も言えなかった。


あの人は、まだ俺を好きだったのか。


じゃあ、どうして何も言わなかったんだろう。


どうして、あの頃に言ってくれなかったんだろう。


「あなたが好き」


「離れたくない」


「愛してる」


たったそれだけでよかったのに。


いや。


今になって、そんなことを言う資格は俺にはない。


何年も浮気をしていたのは俺。


家に帰らなかったのも俺。


ソファーで寝る生活を選んだのも俺。


妻を傷つけ続けたのも俺。


だから、彼女が言えなかったことを責めることなんてできない。


俺だって、彼女に向き合うことを、とっくの昔にやめていた。


妻が強がっていたことにも全く気づかなかった。


不満の言葉の裏側にあった寂しさにも。


彼女が本当は、


「もっと私を見て」


と言っていたのかもしれないことも。


俺たちは、二人とも不器用だった。


俺は愛されていないと思い込み、


彼女は愛していると言えなかった。


そして、そのすれ違いの隙間に、別の女が入った。


それだけだった。


今、俺には新しく選んだ人との新しい人生がある。


もう戻ることはできない。




それでも、ときどき思う。


もしあの頃、


妻が俺の袖をつかんで、


「愛してる、行かないで」


と言っていたら。


もし俺が、


「お前は俺のこと、どう思ってるの?」


と聞いていたら。


何かが変わっていたのだろうか。


答えは、もう分からない。


ただ一つだけ分かることがある。


あの人は、俺を愛していなかったのではなかった。


俺には、それが分からなかっただけだ。


そして彼女もまた、


俺に愛していると伝えることができなかった。


だから俺たちの結婚生活は終わった。


愛がなかったからではなく、


愛があったことを、二人とも最後まで確かめられないまま。


今でも、ときどき思い出す。


あの家の寝室。


妻が一人で眠っていた部屋。


俺が背を向けて眠っていたソファー。


あの頃の俺は、


「俺たちはもう終わっている」


と思っていた。


けれど本当は、


終わっていたのではなく、


終わらせるしかないところまで、


二人で何年もかけて歩いてしまったのかもしれない。


そして今、


俺の隣には別の女がいる。


彼女の隣にも、別の男がいる。


もう、互いの人生に戻ることはない。




俺の浮気がわかり、やり直すことを決めた後、


彼女が、


俺に言った言葉。


「やっぱり私たち、あわないよね」


俺にとっては離婚を決めた言葉だったが、


不器用な彼女にとって、


それは、


それでも私はあなたを選ぶ、という決意表明だったのかもしれない。

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