貴族編
帰って来ると言って、帰って来なかった村人だった夫。
貴族に生まれ変わった私は、同じ貴族と結婚しました。
また魔王のいる時代だったらしいですが、村人の時と同様、あまり実感がありません。
魔物は冒険者や騎士が倒すもので、私たちには関係ありませんでした。領民に被害が出た報告や街道に現れた噂を耳にするくらいでした。
そんなある日、夫が勇者に選ばれました。村人だった夫は魔物を狩ることもありましたが、今の夫は剣すら握ったことがありません。そんな夫が、です。
不安はありましたが、勇者は勇者です。
村人でも勇者になれました。貴族でも勇者に・・・やはり、なれそうには思えません。
それでも送り出すしかありません。
ただ一つ気になったのは、夫を見る王女様の目。
また王女様に夫を盗られるのでしょうか?
王女だから勇者の妻に相応しい。
そんな理屈で?
これまで見向きもされなかった群集の一人にすぎなかった夫が、勇者に選ばれただけで恋慕う対象になる理由はそれしか思いつきませんでした。
「必ず帰って来る」
私は夫が帰る家と領地を守っていました。
王女様に見初められるのは、貴族にとって貴重な機会です。
多少の情はあっても、幼馴染で家族のように育った村人だった夫とは距離があります。
家の為だけの結婚。王族と結婚できるなら、子どもが産めないことを理由に別れることもできます。
血が濃くなる、と婚約した何年も前からわかっていた事実を振りかざして結婚を白紙にすることだってできます。
高位貴族は王族と高位貴族同士でしか結婚しません。何故なら、高位貴族と下位貴族では求められる能力が違いすぎるから。
侍女が身に付けるマナーが使用人のマナーでしかないように、下位貴族のマナーは自国だけのローカルルールで上書きされた国際共通マナー。高位貴族は正式な国際共通のマナーだけでなく、場合によっては他国のマナーにも身に付ける必要があります。
その上、持参金と実家と婚家の共同事業まで関わってきます。
高位貴族の生活がおくれるだけの持参金を持った商家の令嬢なら、必死に高位貴族のマナーを身に付けて、実家の力も使って高位貴族の夫人になることも可能です。ですが、必ずしも高位貴族の夫人になれるとは限りません。
高位貴族と結婚するには、実家が伯爵位以上の爵位を与えられなければなりません。
しかし、商家はそれが非常に難しいです。
商家だから爵位なんか与えない、のではなく、高位貴族の務めが果たす能力がない、と見なされているのです。高位貴族の務めが果たせなければ、国にいくら寄付をしようと、伯爵にはなれません。
高位貴族は務めを果たす為に結婚します。それは権力目当てだったり、相手の家との共同事業であったり、支援金目当てだったりします。すべては貴族の務めを果たす為。
王族との結婚などは、王家との繋がりを作る重要で貴重な機会。高位貴族にとっては喉から手が出るほど欲しい機会です。
夫が魔王を倒した場合、この家に連なるすべての者が私との離縁を諸手を挙げて賛成するでしょう。
留守を守った賢夫人であろうと、王家との繋がりの前には意味がありません。
魔王が倒されたとの報せが王都を駆け巡る頃、私は秘密裏に離縁され、実家に戻されました。王女様との結婚に邪魔になる存在はあらかじめ、排除しておく為でした。
戻って来る夫と一言も話すことなく、離縁された私は誰を恨めばいいかわかりませんでした。勇者に選ばれた夫を好きになった王女様?
王家との縁組を喜んだ婚家?
私よりも王女様を選んだ夫?
夫を勇者に選んだ運命?
答えが出る前に、私は殺されました。村人だった時と同じように。
勇者の前妻は生きているだけでも邪魔者だったようです。




