君を追放した、愚かな私
「偽物の聖女など必要はない! 即刻、出て行くが良い!」
☆
私の名前は、ヘンダーソン=フォン=ゲータ・ニィガ。
この世界ジンナーにある大国、ゲータ・ニィガ王国の王太子である。
現在、この国は未曾有の危機を迎えていた。
魔族の大規模侵攻、魔物の活性化、そして、人体に有害なガス、瘴気の発生。
それら山積みの問題を解決するべく、私は王家に伝わる秘術、【聖女召喚の儀式】を行ったのだ。
聖女召喚によって、呼び出されるはずの聖女は……一人だけのはず、だった。
しかし、聖女は……二人いた。
一人は、明るい髪色(金髪)をし、小柄で、若い女だ。
胸も大きく、実に……私好みといえた。やはり女は胸が大きいに限る。
もう一人は……実に地味な女だった。
黒髪。背は高く、顔のパーツは、まあ整っている。
しかし目の下に大きな隈があった。
なにより、目が……死んだ魚のようだった。
この私が、異世界の王子が、目の前にいるというのに。
若い女のほうは「きゃー♡ 王子様だぁ~! かぁっこいー!」と私の望む反応をしてくれた。
しかし地味女は「はぁ……」と、なんとも微妙な反応。これもよろしくない。
そして、極めつけは、胸が大きくない。
私は直ぐに、気付いた。
この地味女は……オマケだろうと。
たまに、あるのだ。召喚に巻き込まれた一般人が、一緒に送られてくることが。
きっとこの地味女は巻き込まれた一般人で、若い私好みの女こそが聖女だろう。
私は通例にしたがい、呼び出した彼女……いちおう地味女にも、事情を説明してやった。
世界の危機を救うべく、聖女として君たちを呼び出したのだと。
「ふぇ~……。きらりんをですかぁ~?」
きらりん、というのが、若い聖女の名前みたいだ。なんとも愛らしい名前だ。
それに、親しみやすい名前だ。
「……乗鞍 澄子、よ」
地味女はスミコというらしい。
なんとも冷たい名前だ。それに……こっちの人間からすれば、あんまりなじみのない名前だ。
まさに、異世界人という名前。気に食わんな。それに……。
「へー……澄子オバサンも聖女なん~?」
……やはり、この地味女は年増のようだ。
若い女のほうがいいに決まってる。
やはり、年増女……スミコは巻き込まれた一般人、あるいは、偽物の聖女なのだろう。
が、まあどちらも本物という可能性もあった。
私は次に、彼女らのステータスを調べることにした。
本当に彼女らが聖女ならば、ステータスには、『聖女』と記載があるはずである。
まずは、きらりんのステータスを調べる。
~~~~~~
【名前】木曽川 煌海
【種族】人間
【レベル】100
【HP】1000
【MP】1000
【攻撃】100
【防御】100
【知性】100
【素早さ】100
【スキル】聖女
~~~~~~
おお、きちんと聖女の記載がある!
やはりきらりんこそが、本物の聖女だ!
もうこれで、確定したのだが……まあ一応、スミコのステータスも調べてやるか。
~~~~~~
【名前】乗鞍 澄子
【種族】人間
【レベル】1
【HP】100
【MP】100
【攻撃】10
【防御】10
【知性】10
【素早さ】10
【スキル】野外活動車
~~~~~~
フッ……! やはりだ! こいつは偽物だ。
ということで……。
「偽物の聖女など必要はない! 即刻、出て行くが良い!」
☆
しかし……これが、間違いだった。
「ヘンダーソン様……また苦情が来ております……」
私のもとに、部下がやってきて報告をする。
「……苦情、か。なんだ?」
「きらりん様が、また修行をサボっていると……」
きらりんは、とんでもない、めんどくさがりだった。
たしかに彼女の聖女の力は、素晴らしい。
魔物の侵入を防ぐ……結界。
瘴気を祓う……浄化。
そして怪我人を治す治癒。その三つの素晴らしい力を、彼女は持っている。
だが、持っているだけ、なのだ。
それを極めようとしない。
聖女としてのスペックは素晴らしいものがあるけれど、それを使ってレベルを上げないと、使い物にならない。
私はきらりんに、修行をするようにと言った。
だが……。
『修行なんていやーん。きらりんはぁ~、ちょーすごい聖女なんでしょ~。修行なんてしなくてもだーいじょうぶだいじょうぶ』
……と言って、彼女はレベルを上げようとしないのだ。
さらに……。
『あーんっ、他国の王子まじいけめーん! おーい、イケメンよーい! きらりん様の男になってもいーよー☆』
……社交パーティでも、きらりんは問題を起こしまくるのだ。
パーティで顔のいい男を見付けては声をかけ、自分の男になれと迫ってくる!
非常識にもほどがあった。彼女の振る舞いのせいで、諸外国からは非難を受けることになる……。
何度、国交が途絶えるかと、ひやひやしたものか……。その都度、頭を下げる私の身にもなって欲しい……!
……このように、聖女きらりんは、とても素晴らしい聖女としてのポテンシャルは秘めてはいた……。
が、性格に難ありどころか、難しか無かった。
「王太子殿下」
「今度は、なんだ……」
「実は北の果てで、すさまじい量の瘴気が発生してるとのことです」
「うむ……」
瘴気。人体に有害な毒ガスだ。吸うと一日も経たずに人が死ぬ。
瘴気は放っておくと空気を、大地を、そして水を……汚染していく。
瘴気をなんとかできるのは、浄化の力を持つ聖女だけ。
きらりんを、北の果てに連れていかねばならなかった。しかし……。
「やーだーーー! やだやだやだぁああああああああああああああああああ!」
馬車の中にて。
きらりんは、床に転がってジタバタと幼児のように手足を動かす。
「さむいのやーだー! 馬車さむいし、痛いし、ガタガタして車酔いするしぃいい! いきたくないよぉおおおお! やーーだーーーーーーーーーーーーーーーー!」
……あまりに、あまりに……幼いのだ。言動が。
「きらりん。耐えてくれ。人が……死ぬかもしれない一大事なのだ」
「しらねーーーしぃい! きらりんにとっては、こっちの世界の人間なんて、どうなろうが、どーでもいいぃい!」
……ああもうっ。なんて、言うことを聞かない女だ!
聖女とは、清廉潔白。困った人を放っておけない、素晴らしい人格の持ち主ではなかったのかっ!
なぜこんな、ガキみたいなわがままを言う、クソ女に、聖女の力を宿したのですか!
偉大なる創造神ノアール様……!
……私は、運命を呪った。しかし瘴気をなんとかできるのはきらりんだけだ。
だから、私は必死に、きらりんを説得し……北の果てへとやってきた。
北の果ての村。
そこは……もう見てられないほど、酷い状況だった。
森の木々は枯れ、大地には毒沼があちこちにできている。
人々は倒れ伏し、動けないでいる。
「きらりん……浄化を」
「え~……だる……」
……こ、このクソアマぁ……! この状況を見て、だるいだとぉ!?
よく言えたなッ!
「やれ! やるんだ!」
「ちょ……大声出さないでほしいんですけどぉ~……ったく、はいはい、わかりましたよぉ。きらりん様の、聖なるパワーで、解決解決ぅ~!」
きらりんが両手を前に突き出し、【浄化】スキルを発動させる。
弱々しい光が、彼女の手のひらに出現する。
光があたりを包み込む……。
だが……いくら待っても、毒ガスも、毒沼も、毒で苦しむ人達も……治らない。
「おいきらりん! 何をしてるんだ!」
「ぜええ……はああ……も、もぉお~……むりむり……」
「無理だと!? ふざけるな……!」
「ちょ、疲れただけだしぃ~……ちょっとやすんだらまたやるから……寝る……」
「あ、おい! まてこら!」
きらりんは勝手に馬車に戻ってしまった!
……浄化を放り出してだ。なんて女だ……!
しかも……。
「王太子様……ごほごほ……なんなのですかあれは!」
村人が、私に向かって、不満をぶちまけてきたのだ。
「あんなのをお呼びになるなんて!」
「どうかしてますよ!」
「あれを聖女に認定するなんて、国はよっぽど聖女不足なのですかっ?」
……なんで私がこんなこと言われなきゃいけないのだ……。
「ごほごほ……もうこの村はおしまいだ……」
「鉄馬車の聖女様がきてくだされば……」
……ん?
なんだ……。
「鉄馬車の聖女とはなんだ?」
「ご存じないのですか? 奇妙な鉄の馬車に乗り、ピンチになると颯爽と現れ、問題を解決なさる……素晴らしい聖女様がいると」
なんだとっ?
そんなのがいるのかっ!
しかし……聖女はきらりんしかいないはず……。
じゃあ、一体だれなんだ、その……鉄馬車の聖女とやらは!
そのときだった。
ブロロオオォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
「な、なんだこの音!?」
「鉄馬車の聖女様だ! 鉄馬車の聖女様がきてくださったぞぉお!」
……!?
いつの間にか、妙な箱……? のようなものが、高速で我らの前に現れたのだ!
な、なんだあの箱は……。
「あれが鉄馬車の聖女様のお乗りになる、鉄馬車ですぞ!」
あ、あれが馬車だというのか!?
あんな、箱形の、珍妙なものが……。
すると鉄馬車はゴトゴト……と動き出すと……。
ブシャァアアアアアアアアアアア!
なんと鉄馬車から、水が……発射されたのだ。
頭上へ向けて放たれた水は、きらきらと輝きながら、村に降り注ぐ……。
「!? 瘴気が……消えていく! 毒沼も……! それに……苦しんでいる民達も!?」
鉄馬車から発せられた水が、問題を……すべて解決してしまったのだ!
「すごい!」
「さすが鉄馬車の聖女様だ!」
「国の役立たず聖女と違って、こっちの聖女様はとっても凄い!」
い、一体誰だ!?
誰が……この鉄馬車を操ってるというのだっ。
「お、おい君……! いや、貴方様!」
私は鉄馬車の元へ向かう。
話をして、取り込めそうであったら、この鉄馬車の使い手を聖女にスカウトしようとしたのだ。
……きらりんは、正直期待外れだった。
この女を一から鍛えるより、この素晴らしい奇蹟の技を使える聖女を、スカウトした方が手っ取り早い。
「私はこの国の王太子、ヘンダーソンという。まずは国の危機を救ってくださったこと、感謝する。どうか、お顔を見せていただけないだろうか……」
すると、鉄馬車から一人の女が、降りてきた。
「って! お、おまえは……! す、スミコじゃあないか!?」
現れたのは、私が召喚して、偽物だと切り捨てた女……スミコだったのだっ!?
ま、まさか……私が捨てた女が、鉄馬車の聖女だったなんて!
「なんか用ですか……?」
スミコは、露骨に嫌そうな視線を私に向けてくる。
グッ……! だが……。
「スミコ……様。村を救ってくださり……ありがとうございます」
「……はぁ。で?」
「どうか、これからもお力を貸していただけないかと……」
「あ、無理。じゃ!」
「は!?」
スミコは鉄馬車に乗り込む。
「頼むスミコ! 開けてくれ! 私をそこに乗せてくれぇえええ!」
私は必死に窓ガラスを叩いた。
しかし……スミコはこっちを一瞥もしない。
まさか……防音なのか? 私の必死の懇願が、彼女には届いてさえいないというのか!?
スミコは優雅にハンドルを握ると、アクセルを踏んだ。
バシャアッ!
タイヤが泥水を跳ね上げる。
「ぶべっ!?」
泥だらけになる私。
遠ざかっていく、赤いテールランプ。
それは、二度と手に入らない「温もり」の象徴のようで……。
「あ、ああ……待ってくれぇえええええ!」
……残されたのは、私。
「いやぁ、さすが鉄馬車の聖女様。素晴らしいお方だ」
「それに引き換え……はぁ……」
「……期待外れの聖女と、愚かな王子」
プすすっ、と皆が私を愚弄する!
くそっ! くそっ! どうして……どうしてこうなった……!
くそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
☆
その後。
私は王位を剥奪され、国外追放された。
国民に危害を加えた(偽物を見抜けなかったせいで)という理由らしい。
また、きらりんは「聖女を騙る詐欺師」として投獄され、鉱山で一生魔石掘りの刑に処された。
……極寒の空の下、私は思う。
あのとき、見た目で選ばず、キャンピングカーを選んでいれば。
今頃私は、あの温かい箱の中で、彼女とシチューを食べていたのだろうか、と――。
「王子の末路、ざまぁみろ!」
「スッキリした!」
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