第六十六話……冷静な議論
それから、二、三分後、早くもたすくが戻ってきた。しかし、流石にその光景には、私も驚いた。
出来上がった食事を、皿ごと十人前、周囲に固定した状態で浮かせて持って来たのだ。当然、ナイフとフォークも。口を拭くための布もあるだろうか。
実際に見せてもらうと、乳幼児向けに微細に砕かれた離乳食や牛乳もある。
「それ、食堂のお客さんに無理言って持ってきたでしょ」
「ああ。中には『はぁ⁉️ 順番を飛ばすんじゃねぇ! ルールを守れ!』とか言ってるヤツもいたけど、『飢え死にする子ども以上に優先される順番なんてないんだよ! それに、お前達の国王もそう言ってるんだよ!』って言ったら、『知らねぇよ! そんなこと!』って返されたけど、『あとで確認しておけ! 俺が何者かもな!』って言って無視した。
ほら、ゆっくり食べるんだぞ。突然大量に食べても、消化できなくて逆に吐いちゃうからな。腹も壊しやすくなる。逆に体力が減っちゃうんだ」
「吐くと言えば、この先の処刑を前にして、しっかり全部食べても大丈夫なの? 見せないでどこかに連れて行くんならいいんだけど。今、連れて行ける所なんてあるのかな?」
「そうだなぁ……」
「いや、少なくとも俺はここで最後まで観たい。ここに来て助けてもらった以上、それが責任だと思う。悲惨な場面には慣れてるし……。
それに、実際に観るのと、あとで聞くのとじゃあ、感じ方がまるで違うと思う。気持ちの差みたいな……。なんて言っていいか分からないけど」
「お兄ちゃんがここにいるなら、私も!」
「わ、私も……!」
「僕も!」
「それは、国家、社会に貢献するための気持ちにもうなってるってことじゃないかな。でも、あまり信じすぎてもいけないんだよね。たとえ小さいことでも、また裏切られた時のショックが大きいから」
「そうだな。『俺が国家を監視してやるぞ。なんだったら、城に就職して中から監視してやるぞ』みたいな気持ちでもいいかもしれない」
「いいのかよ、そんなこと言って。国王と宰相の言葉を否定することになるんじゃないか?」
「上の方針が下の隅々にまで行き届くことなんて、ほとんどないからね」
「残念ながら、そこも運によるんだよな。部下は上司を選べないんだよ。あの二人なら、不幸な巡り合わせを限りなく少なくすることはできる。でも、偶然にもそこに当たってしまったら……ってことさ。現国王自身がそれを経験しているんだ。
そういう部署が政策を実行しても、内外両方でそう上手くは行かないんだよ」
「今みたいな話で、報告や内部告発が自分の損にならないようにすればいいんだろ?」
「それはその通りなんだけど、完全匿名性を実現しない限り、その上司や関係者には恨まれるからね。その人達は処刑されない限り、ずっとこの国にいるわけだし。
邪悪とは言わないまでも、『俺がこうなったのはお前のせいだ! 殺してやる!』とか逆恨みしてくるおかしな連中は絶対にいるんだよね」
「それを防ぐ方法は、実はあるんだよ。失敗を挽回した時に、それを評価すること。その際は、自作自演にも気を付けないといけない。
ただ、その場合は、犯罪者と刑罰、更生プログラムとの整合性も考えないといけない。もちろん、業務上の失敗や政治的判断と犯罪は異なるものだが、被害者の人生を台無しにする点では同じと言えるからな。その責任は誰であろうと取れないんだよ」
「失った時間と命は返ってこないからな……。上司は金ですら責任を負わないってことか。ソイツらに絶望すれば、国や社会を恨むようになると。
自分が悪ければいいけど、それでもそういう考えになるのは不思議じゃない。自分は悪くないんだと普通は思うから」
「よくそこまで分かったね。話は逸れてる上に、飛び飛びなのに。じゃあ、もう一つ言おうか。
君達がここに来たのは、国民の同情心を煽り、仮初の国家持続方針を信じ込ませて扇動するための、国の自作自演だと思っている人がいる……かもしれない話」
「そんなわけないだろ!」
「そうだ! そんなわけないだろ!」
「流石だな、そのような発想ができるのは。陛下も私も、『もちろん、違う』と、この場でハッキリ否定しよう。今後も絶対にしないと断言する。
逆に、サウズ国を貶めるプロパガンダには惑わされないようにと国民には訴えたい。他国のものについてもそうだが、怪しい宗教や団体の喧伝も当てはまる。平気でデマを流すからな。
戦争時に発生しやすいが、近年で言えば、サウズ首都に名前を付けようと立ち上がった団体などは酷かったと記録されている。
先程の食堂の話ではないが、事実を確認する習慣を身に付けてほしい」
「ビルさん、結構ハッキリ言うね。そういうこと言ったら、『国民のことを悪く言うな! 国民あっての国家だろ! 税金も払ってるだろ!』って国民から言われてもおかしくないのに。
さっきの話と合わせて何が言いたいかと言うと、自分が貢献すべき国民や社会にその価値があるのかと絶望することもあるってことなんだよ。
プロパガンダだと言って、プロパガンダする人達、自分のことを神様だと思ってる人達、国から助けてもらうなんて当然だと思ってる人達。
みんな国家に対して、当たりが強いんだよね。物理的にも言論的にも。それを目の当たりにして、『何だコイツら……』って思わないでいられる人なんて、いないんだよ」
「確かに、みかの言う通りかもしれない。言い返すにしても、抽象化して遠回しに注意喚起したところで意味はないからな。『デマを流す個人や団体が散見されます。国民の皆様におかれましては、デマに流されないよう、ご注意ください』と言っても効果はない。下手に出すぎている。
『この人とこの団体が、表現の自由を盾に、我が国に対してこういう悪質なデマを流しています! 不当に業務を妨害しています! なので、法律に従って刑事告訴します!』と言った方が、ずっと健全だよ。その方が議論も活発になるだろうし。
まぁ、そんな法律はないんだけど。個人や企業なら、名誉毀損で訴えられるんだけどな」
「だとしたら……国家と国民の間で、冷静に議論できる場が必要か……? 少なくとも、双方向に報告できる場みたいな……。今、この場がそうなってるように……。論点のすり替えも指摘できるような感じの、議会を越えた議会みたいな……」
「素晴らしい理解力と発想力だ! 知性溢れる君の名前をこの場で聞いておいて、総務省に是非とも入省してもらいたいところだが、『贔屓だろ!』とそれこそ批判されるだろう。
正式な手続きの上、是非入省を検討してもらいたい。それまで待つのも時間の無駄だから、未成年者特別入省制度や国家推薦制度も検討しよう。
陛下、よろしいでしょうか」
「是非、進めてくれ。私達は、たとえ食い違う意見があったとしても、互いに尊重し合わなければいけない。批判するなという意味ではない。
では、その互いとは何か。国家? 王家? 政府? 国民?
いや、『人』だ。私達は、必ず人と相対するのだ。『国民』や『国家』という抽象化されたものではなく、喜怒哀楽のある一人の人間だ。
そのような中で、本質を見極め、冷静に議論、判断できる人材は大変貴重だ。
皆もそうであってほしい。いや、必ずそうなる! 国家持続方針を理解できているのだから。
ならば、素晴らしい国家となるのは必至! そうだな、皆の者!」
『うおおおお!』と歓声が上がり、またも観覧者は熱気に包まれた。
「みんな盛り上げるのが上手いなぁ。一見、扇動だけど、これは扇動じゃないんだよね。対象の意見や意志を捻じ曲げてないから……あ……! フォーリエが動いたよ!」
「再開か」
そして、公開処刑の続きが始まった。
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