第二十七話……トロッコ問題!
「そう言えば、おせっかいスキルを使えば、サウズ首都まで、あっという間に跳んで行けるんじゃないの?」
「それは俺も考えた。でも、道中の様子もしっかり見ておきたいとも思ったんだよ。
木陰でうずくまって助けを求めている人もいるかもしれないし、すれ違う人も何かに困っているかもしれないし、もしかしたら、そのすれ違う人が勇者管理組合支部の人間だったという状況もあるかもしれない。その場合は、当然止めなければいけない。
そういう機会をみすみす逃したくないんだよな。ダメかな?」
「いや、いいよそれで。その方が旅っぽいし。でも、サウズ首都に集められたであろうスキル持ちの人達を助けるのは間に合わないかもしれなくない?」
「それも考えたんだけど、この場合、サウズ首都で助けようがセントラルで助けようが、状況は変わらないから問題ないんじゃないかな。
道中や経由地でも新たな苦痛を味わっているなら話は別だけど、連行担当者がそんなことをする意味はないし」
「そうかな? ストレス解消や我欲を満たす絶好の機会だと思うけど。現に、アイツらは、やってたわけだし」
「……。流石、真の邪悪を知る者だな……。俺には思い付かない発想だよ……」
「いや、それほどでもないんだけど……って、謙遜とかじゃないからね!」
「分かってるよ。さて、どちらを優先すべきか……。どちらも仮定と想像が大部分を占めるから、微妙だよなぁ。『トロッコ問題』とも呼べないな」
「たすく様、『トロッコ問題』とは? トロッコ自体は知っています」
「ああ。荷物満載で走っているトロッコの先に五人、副線に切り替えればその先には一人しかいない。トロッコに轢かれれば人数に関係なく確実に死亡する。この状況でどちらを助けるかという問題だ。当然、手段はポイントの切り替えしか許されないし、全ての登場人物の個性や関係性は考えないものとすることが条件だ。
したがって、この問題は一人の犠牲で五人を助ける功利主義をとるか、何もすべきではない義務論的主義をとるかに集約される。
しかし、『問題』とは言うものの、この問題に正解はない。自分や他人がどのように思考するかを洗い出し、倫理的な議論をするものにすぎない」
「なるほど、ありがとうございます。少なくとも、連行されたスキル所持者が殺されることはないので、予定通りにこのまま進むというのはいかがでしょうか。
トロッコ問題はいずれも死亡する前提ですが、どちらかが死に、どちらかが重傷で済むのであれば、大抵の人は後者を選択するでしょう」
「まぁ、それは人の命を最優先に考えるとそうなんだけど、人には『尊厳』もあるし、『夢』や『希望』もあるからね。セレナなら分かると思うけど、そうじゃなかったら、戦争も自殺も存在しないからね。
そう言う私も、どうすればいいか分からないから、こうやって問題を提起してるだけなんだけどさ」
「いや、ありがたいよ。こういう議論は大事なことだ。あとで揉めると、取り返しの付かないことだってあるからな。まさに、トロッコ問題のあるべき姿だよ」
「私もみかさんの意見にハッとしました。自分自身がそうだったにもかかわらず……。『傷付くだけだからいい』みたいなことを安易に言ってはいけませんね……」
「でもさぁ、これってさっきのアイデンティティの話と同じじゃない? 結局、分からないんなら好きにすればいいと思うよ」
「同じかと言われたら、状況は違うけど、考え方としてはラピスの言う通りだね」
「よし。この際、ハッキリさせておこう。ぶらぶらとのんびり旅をするのではなく、目的を持った旅という意識で行こう。実際、目的があるわけだし。道中で別の目的ができた場合も、それを速やかに達成するよう心掛ける」
「承知しました」
「うん! あ、そろそろ虎の姿に戻ってもいい? 人の姿は微妙に疲れるんだよね」
「村から十分離れたからいいんじゃない?」
「そう言えば、ラピスの背中に乗った場合、みかから見てどうなるのか確認しておきたいな。セレナと一緒に乗って。どういう辻褄合わせが起こるのか」
「うーん、あんまり気乗りしないけど、ラピスがいいならいいよ」
すると、ラピスが快諾したので、膝を曲げて腰を下ろした彼女に、たすくとセレナが近づいた。
「ん? あれ? 乗れないぞ……。ラピスの背中を跨ごうとすると、足が柔らかい空気みたいなものに押し戻される……」
「私もです。謎の空気ですね……」
「それって、私が見てるから? 見てなかったら乗れるのかな? でも、ラピスに乗ってる時に私が見たら、二人が弾き返される危険性もあるから、やらない方がいいかもね」
「じゃあ、俺が『いい』と言うまで見ないでくれるか? ちゃんと降りてから言うから」
「分かった」
私は後ろを向いて、念のため目を閉じ、両手で顔を覆った。
「おお、乗れた乗れた」
「すごいですね。みかさんに対する制約だけでなく、世界の理にも一時的な制約を設けてることになります」
「それじゃあ降りようか。……。もういいよ、みか。ラピスもありがとう」
「そう言えば、私とラピスちゃんが戦っていた時は、どう見えていたんですか?」
「ラピスが片手でセレナの剣を受け止めてたよ。その調子で、私はてっきり、両手で二人を持ち上げたりするのかなって思ってたんだけど、仮にその状態で魔法を使おうとすると、両手が使えなくて矛盾が発生する。だから、謎の空気が発生したんだろうね。
神様も大変だよね。そこまで考えないといけないなんて」
「いや分からないぞ。そういうことを考えるのが好きな人だっているし、ゲームでも世界設定を設計する専門職がある。話は少し違うが、レベルデザイナーだっている。
それに、大変だからこそ面白いと思う人もいる。人生がまさにそうなんだよな。もちろん、楽に生きたいと思う人もいるし、それを否定するわけでもない。
でも、少なくとも俺達を救ってくれた神様は、そのことを大変だとか面倒だとかは思ってないような気がする。そうじゃなかったら、人間には一切干渉しないはずだ」
「私達の世界にこれまで干渉してこなかったのは、どうしてなんでしょうか。これは、たすく様や神様のお考えを否定するわけではなく、単なる疑問です」
「そう考えると、おそらく干渉してこなかったわけじゃない。すでに干渉していたはずだ。神様を信じていた今のノウズ地方の民と、そこにいるとんでもない強さの冒険者は、その恩恵を少なからず受けているんじゃないだろうか。
それは、なぜどのようにしてセントラルからノウズ地方に逃げることができたのかという疑問にも関係することだと思う。
ノウズ地方がそれまで開拓されていなかったこともそうだ。先住民が受け入れたわけでもなく、虐殺が起こったわけでもない。とすれば、最初から先住民は存在しなかったんじゃないかと考えるのが自然だ。
つまり、神様がノウズ地方を新たに『用意』した。神のみぞ『知る』、神様の目と『鼻』の先である『ノウズ』を」
「な、なるほど……」
「論理の飛躍はあるにせよ、名前との関連は面白いんじゃない? その内、ノウズ地方にも行けたらいいね」
「行きたーい! ……って、あっ! もう見えてきたよ! アレだよね? サウズ首都の南門」
ラピスの言う通り、うっすらと門の上部らしきものが見えてきた。サザエ村から歩いて一時間ぐらいとセレナは言っていたが、色々と話している内に、結構な時間が経っていたようだ。
「うわ、ホントに早かったね。セレナの言う通り、馬車を待つ時間も必要ないぐらい」
「きっと新鮮だったからだよ。話す内容も含めて」
「私は何度かサウズ首都を訪れていますが、ここまで道のりを早く感じたことはなかったですね」
「門番が二人いるね」
「よく見えるねぇ……。私にはまだ……。いや、一人は明らかに化物だ……」
「化物レベルは? 第三王女をレベル九十九、改心した村長をレベル五としようか」
「とすると……レベル六十ってところかな。こんなに遠いのに震えるよ。ちなみに、向かって左側ね。右はまだよく見えないけど、レベル十ぐらいかな」
「セレナが行きの時に会っている可能性もあるか」
「みかさんのレベル推測から察するに、おそらく同じ二人ですね。何となく私もそんな印象を受けました。
第三王女殿下に対して、余計なお世辞を言って媚びへつらうような態度だったのが左。一方、右側は比較的誠実そうで、粛々と職務を遂行していた印象です。
人を見た目で判断したくはないですが、その容姿からも、内面の一端が見て取れるような二人でした」
「じゃあ、セレナお姉ちゃん、服頂戴。人間の姿になるから」
そう言うと、ラピスは人間の姿に変身したようで、虎の間にセレナが預かっていた彼女の服を着せた。
「視力が良い人だったら、青い虎を見られちゃったかもね」
「別にいいんじゃないか? 光の反射か蜃気楼だと言えば誤魔化せるさ。それに、ラピスは危険な存在じゃないし、騒ぎを大きくしないために誤魔化すのであって、悪いことをしているとは微塵も思わないな」
「それよりも、支部の人間が言っていた通りだとすると、お二人は勇者手配犯なので、そこを突かれるのは確実かと。右は話せば分かるかもしれませんが、左は終始騒ぐでしょうね。いや、職務に忠実だとすると両方ですか」
「うーん……。まぁ、最悪の場合、力ずくで通るしかないでしょ」
「単純だなぁ……。とりあえず、これまでと同じように、セレナから説明してもらいたい。冤罪の証明をするため、法整備をするためにセントラルまで俺達を連れて行くと。俺が第二王女だということは、あの二人が知っているか分からないが、必要なら明かしてかまわない」
「承知しました」
それからしばらくして、私達は門前に到着した。
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