第十七話……悪魔
「そうだよ。運が良かっただけだよ。あるいは、無意識にそこから目を背けていたか。
ニュースでも本当に酷いことは隠されてるからね。視聴者がショックを受けるからとか、自主規制がどうのとか言って、曖昧に抽象化して矮小化して。意味のない報道だよ。
まぁ、真の『報道番組』じゃなくて、『報道バラエティ番組』だから仕方ないんだけど、それさえも隠して報道番組ヅラしてるからね」
「……。みか、俺は……」
「たすくは、極悪人には自死を促すって言ってたよね。それは、法律で縛られた前の世界での話として、この世界ではどう考えるのかな?
誰がこの化物達を裁けるの?
誰が組織を裁けるの?
そもそも、裁くこと自体、やっていいことなの?
今ここで裁けなかったら、この先も同じことが起こるよね?
嫌味で聞いてるんじゃないよ。純粋に、あなたの考えを聞きたいだけ」
「…………。俺がコイツらを殺すのは簡単だ。でも、そうしたら俺が俺でなくなってしまう……」
「じゃあ、セレナに殺してもらう?」
「いや……それも俺が殺したことと何ら変わらない……。だったら……」
「だったら?」
「法律を『遡及適用』させるしかない」
「え……?」
「コイツらを一ヶ所に収容、勾留し、警察か自警団に監理してもらう。その間に、セントラルで法律を整備、制定し、それを過去に遡って適用させ、判決を下し、処遇を決める。勾留にかかるコストは、後に国から支払うことにする」
「いや、法律って遡って適用していいの? 『君、法律制定前にエッチな画像保存してたから、今持ってなくても逮捕ね』って言うようなものでしょ?」
「なんでそんな例なんだよ……。まぁ、原則として、法律の遡及適用は、法治国家では認められない。ただし、国民の権利が不当に侵害される場合においては、遡及処罰が可能だ。あとは、判例が変更になった場合とかも。どちらかと言うと、後者の方が適用確率が高い。
セレナ、勇者に『ならない自由』っていうのは、あるんだろ? なかったら、ノウズ地方のとんでもない強さの冒険者は、強制的に勇者にさせられているはずだ。家族のことで脅すとか、いくらでも方法はあるからな」
「は、はい。ノウズ地方は、ある意味特殊な場所ですが、それに関しては、どの地方も共通です。
また、強制の根拠となる具体的な法律も存在しません。勇者管理法が改正されたとも聞いていません。
強いて挙げるとすれば、大陸の緊急事態時には勇者候補も召集されますが、今は明らかに平常時ですから」
「でも、法律の制定って、そんな簡単にできないでしょ? 採決までに時間だってかかるだろうし」
「民主主義の場合は、確かにそうだな。法案に対して、部会や委員会で議論したり、少数意見を反映させたりもするから、どうしても時間がかかる。
セントラルは、おそらく最高評議会で決まるんだろ? それなら、最高評議会の権力者を説得するか、俺達が権力者になればいい。あとで法律の不備を指摘されたら、その時に修正する。今はスピードが肝心だ」
「いや、その最高評議会だって、いくつかの国の希望を擦り合わせて、物事を決めるんでしょ? もしかしたら、そこで多数決が行われてるかもしれないじゃん」
「多数決は、あくまで合意の手段でしかない。よく民主主義と多数決を同一視している人がいるが、全く別だ。民主主義の下で、多数決による効率的な合意形成が行われているに過ぎない。別の方法で合意形成しても、民主主義を否定することにはならないんだ。
一方で、多数決であれば、民主主義が否定されることはないとも言えるんだが、そこから誤解が生じている気がするかな……。
少し話が逸れたな。この場合、裏では事前に小国との交渉が行われ、大勢や大国に付くか付かないかが、ずっと前から決まっちゃってるんだよ。その内容に依らずな。
平和的に交渉するなら、『ウチに賛同してくれたら、あなたの国に投資や貸し付けをしますよ』って言うだけだ。
今回は、『俺達に賛同しなかったら、国が滅びますよ』って言うだけ」
「いや、脅しでしょ! 邪悪そのものでしょ!」
「投資や貸し付けだって、金で脅してるようなものだから、その指摘は当たらない」
「政治家みたいなこと言い出した……」
「これも時間を短縮するためだ。中身が正義に則していることで許してもらおう」
「うーん……。誰に許しを請うているのか、よく分からないけど、まぁそれでいいよ。
あ、今の発言はサイコパス診断の『良心の呵責と罪悪感の欠如』に当てはまるから」
「それ、まだやってたのか……」
私とたすくが話している間、周囲に人が集まり始めていた。そこまで距離は近くないので、たとえ何かあっても、巻き込まれることはないと思うが……。
「セレナ⁉️ セレナなの⁉️」
「お、お母さん⁉️」
私からはよく見えなかったが、セレナと母親が離れた距離で再会したのも束の間、リーダーの化物が突如振り返り、母親に向かって勢い良く走り出した。
「なっ……!」
それとほぼ同時にセレナも後を追ったが、化物との元々の距離がある分、間に合うかどうかは、私には分からなかった。
「ちょっ……! たすく、何とかして!」
たすくは、その場から動かなかった。
しかし次の瞬間、化物の両脚の膝が逆側に曲がり、化物は頭から滑るように地面に突っ込んだ。
「ぎゃああああああ!」
「あ、脚がああああああああ!」
見ると、他の化物達も反対側に逃げようとしていたらしいが、同じく脚が曲がり、その痛みに絶叫していた。
「ふぅ……。またお礼を言わなくちゃいけないな。ありがとう、みか。
距離と時間があったのも幸いだが、みかとの一連のやり取りがなかったら、俺はコイツらを怒りに任せて、木っ端微塵に破裂させていたかもしれない。それぐらい、コイツらはクズ……いや、それ未満の存在だよ。地面に飛散させるのも憚られる。
なぜなら、セレナのお母さんを人質に取るどころか、自分が助からない場合は、彼女の目の前で酷いことをしようとしていたんだからな。
そして、自分達の悪行を理解もせず、逃げおおせれば、また同じことを繰り返す。
何なんだよコイツらは……。改めて、みかの『目』はすごいと思ったな……。
両腕も折っておくか。刃物を投げられるかもしれないからな」
たすくの情緒が不安定になっているのが分かる。冷静な分析とリスク回避だけでなく、怒りと侮蔑と呆れと感謝と尊敬の念が、その発言に全て入り混じっていたからだ。
間違いなく、今まで生きてきた中で味わったことのない感情に支配されているたすくを前に、私は震えを抑えられなかった。
あの時……化物の脚を折る瞬間、文字通り瞬き一回する間もなく、たすくが黒い霧に包まれたように見えた。
見間違いならそれでいいのだが、そんな希望も虚しく、そのことが今でも尾を引いて、私の体を震わせていたのだ。
それはつまり、たすくが化物になりかけていたことに他ならなかった。
いや……あれは……言うなれば、『悪魔』だった……。
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