第9話 野望
「そもそもシルヴィは、アンリウにきたらどうするつもりだったんだ?」
「…………」
「ほれほれ。後ろにいる部下たちにも聞こえるように、はっきり答えてみろよ」
「……引退するつもりだったわ」
ざわつく気配が背後から伝わってきた。
言ってなかったからね。
でも仕方ないじゃない。リシャールの王族で将軍だった人物に、そのまま一万二千もの兵権を与え続けるなんて、普通に考えてできるわけがない。
シルヴィア軍団は解散し、兵士たちには帝国民として平穏な生活が約束される。幹部には監視がつくだろうけどね。
「剣を置き鎧を脱ぎ平和に生きる。それはそれで素晴らしい人生だと思うが、それで良いのかい? お前さん方」
問いかけは私の後ろに対してだ。
「よくないね。まったく良くないね」
豪腕リットの声が響き、ずんずんずんって足を踏みならす音が追随する。
血の気の多い連中だな。
平和に生きる気なんてまったくなくて、剣に生き剣に死にたいと思ってるんだから。
で、死ぬときに、「どうかシルヴィアさまだけでも助けてくれ」って神に祈るんだぜ。この大馬鹿野郎たちは。
「だからよ。俺と結婚して副将になってくれないか? シルヴィ。で、お前さんの部下たちも丸抱えする」
「ちょっとガド……」
無茶苦茶だ。
皇帝から反乱を疑われたっておかしくないレベルでの増強である。
ガドミールの軍団は三万に届かないくらい。そこにシルヴィア軍団が加わったら四万を超えるだろう。
ガドミールの領地は、それを養えるだけの生産力があるって証拠だけど、それをぼけーっと見過ごす皇帝がいるわけがない。
粛正の対象になるぞ。
「シルヴィが鍛えた人材たちを野において腐らせるのはもったいない。軍才を存分に発揮させてやりたいじゃないか。そしてなにより、お前に惚れた! 俺の隣で戦場に立ってくれ」
野心にギラついた瞳で射貫かれる。
もし粛正って話になったら、皇帝を殺して取って代わるつもりだ。
私の亡命が、彼の魂に火をつけちゃったみたい。
あれ?
でもなんだか私の心まで熱くなってきちゃったぞ。
やれるんじゃない?
ガドミールと私が手を組んだら。
誰にもなしえなかった、でっかいことが。
「絵に描いた餅よ……」
「だがその餅、なかなか美味そうじゃないか? シルヴィ」
右手を前に出す。
対面したばかりときのように手のひらではなく、拳を。
「ええ、ぜひ食べてみたいわ。ガド」
私も拳を出してそれにぶつける。
ごつんと、やや乱暴に。
乗せられたー!
流されたー!
「ぐおおお……やっちまった……」
王都へと帰還する鞍上、私は頭を抱えていた。
ガドミールの瞳に燃える野心の炎にあてられ、私まで大望を抱いてしまった。
リシャールを屈服させ、アンリウを乗っ取り、それを足がかりとして大陸に覇を唱える。
目指すのは大陸統一。
大小五十を越える国がひしめき、争いを繰り返すこの大陸を平らげ、平和で豊かな時代を築く。
だいそれた夢だ。
そんなことが簡単にできるなら、とっくに誰かが統一している。
「その誰かが姫さんってだけの話だと僕は思いますけどね」
すっと馬を寄せてくるのは軍師のミハイルだ。
私より三つばかり年上の瀟洒な青年で、帯剣してなければ軍人にはあんまり見えない。
図書館の司書とか、魔法学校の若い先生とか、そんな雰囲気。
「もしガドミール将軍が、俺の下風に立て要求してきたら反対しましたけどね。どうやら副将といっても同格っぽいですし」
にこにこ笑っている。
こいつって笑いながら追い詰めてくるからニコニコ般若って陰で部下たちから呼ばれてるっていうどうでも良いことを思いだしてしまった。
「しかもあの御仁、本気で我が主君に一目惚れしたようでした」
トリアンジュも口を挟んだ。
軍才に惚れたという以上の情熱を感じたと。
いやあ、あの熱は恋の炎ではなく、野心の業火だと思うけどね。
だって私も、こいつと一緒ならできるかもって思ってしまったもの。
男として女としてとかは、ちょっと横に置いてね。
「私だけのことなら評価されるのは嬉しいし、どこまでやれるのか試したいってのもあるんだけど、それにみんなを巻き込むのはちょっと」
前世の部下たちはほぼ全滅している。
かろうじて生き残った者たちは、捕虜交換で戻った際に殺された。
ミハイルもトリアンジュもリットも戦火に散り、最後まで私を守ろうとしてくれたモリーストも、私の処刑に先立って殺される。
双剣使いの彼が両腕を切り落とされた状態で猛獣と戦わされて、食い殺されたらしい。
もし勝てたら私を助命するなんて嘘に騙されて見世物になったって、私に処刑鎌を振り下ろしたやつが笑っていた。
もうその未来は回避されたはずだけど、だからといって好きこのんで戦場に戻る必要ないだろう。
「好きなように身を処して良いんだよ? みんな」
「好きに身を処した結果が、姫さんとともに覇道を歩もうってことなんですよ。ご理解ください」
笑うミハイルだ。
振り返れば、リットやモリーストといった幹部たちも頷いている。
「我ら一同、地獄の底までおともしますよ。我が主君」
「……判ったわよ。でも私より先に死ぬのは禁止だからね」
びしっと指さしておく。
そうしないと、こいつらやたらと死に急ぐからね。
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