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第8話 個人的な動機


「たぶん四年後くらいには侵攻が始まると読んでるわ」

「そこまで読まれていたのか……」


 ガドミール将軍の目が驚愕に見開かれる。


 ただ、これ本当はインチキなんだけどね。私は読んだのではなく知っているだけだから。


 姫を送り込むっていう婚姻政策の裏で侵攻の準備を進めているなんて普通は読めない。

 侵攻が始まった時点で姫は処刑されてしまうもの。


 こういう戦略をする国なんだって思われたら、今後の外交にも差し障りがある。

 つまり、一回こっきりしか使えない上に、すごくデメリットが大きい。まさに苦肉の策だ。


 だからこそ読めない。

 こんなの苦肉の策に決まってるって、後からになって言うことならできるけどね。


 私がやっているのはまさにそれ。結果を知ってるから偉そうにいえるだけなのである。


「読んだところで無意味なんだけどね。リシャールの軍事力はアンリウに及ばない。準備していたしていないの差もあるし、勝ち筋がないわ」

「あなたがいるではないか。シルヴィアどの」


「ガドミールどの……ガドがいないならそうだろうけどさ」

「そうか? 俺としてはシルヴィがいるなら侵攻が失敗する目もあるんじゃないかって思えてきているけどな」


 互いに愛称を呼んで笑みを交わす。

 前世ではたしかに私は負けた。完敗だった。


 だけど、もしガドミールがいなかったら防衛できていたと思う。数の差があってもね。

 そして今回は彼が使った作戦も頭に入っている。

 勝算はけっして低くはないと思うんだ。


 でも私は戦うことを選ばない。なぜなら、頭お花畑なリシャールの王家を守るつもりがまったくないから。


「もしガドと戦うなら、敵としてではなく僚友として一緒に戦いたいわね」

「同感だ」


 大きく頷くガドミール。

 人が死なない盤上遊戯か演習でなら大歓迎なんだが、と。





 互いの存念を確認したところで、話は技術論に移る。


 私の指揮するシルヴィア軍団一万二千が、そっくりそのままアンリウ帝国に寝返るというのが作戦の骨子だ。


 それはリシャール王国軍全軍の三割であり、徴募などで容易に埋められる数ではない。

 簡単に言うと、リシャールはアンリウに対抗する術を失ってしまうということ。


 そうなったらもう戦うどころではない。

 侵攻なんかする必要もなく、どんな条件の条約だって飲ませることができるだろう。


 戦わずして勝つ、という果実が、私から提供できるものとなる。

 求める対価は、もちろん私たちの安全と生活の保障だ。


「あ、キサラ姫も連れて行くわよ。残していったらどんな目に遭わされるか判らないし」

「感謝だ。俺としても姫を犠牲にするがごとき戦略は、望むところではない」


 ガドミールが頷く。

 生粋の武人である彼は、陰謀や詐術があんまり好きじゃないみたい。


 けど国家のために必要だと判っているから、渋々ながら頷いたってところだろう。

 姫を犠牲にしなくて済むなら、それに越したことはない。


「この条件で皇帝陛下は頷いてくれるかしら?」

「九割方は大丈夫だ。リーシャルをまるっともらえるようなものだからな。これで頷かない馬鹿がいたら逆に見てみたいものだが」


「保留付き? そのこころは?」

「話がうますぎる。うますぎてあやしい。シルヴィの動機が判らない」


 太い腕を組む。

 まあ、そりゃそうだよね。


 私はリーシャルの第一王女で何不自由なく育った。

 着飾ってパーティーに出ることより愛馬を駆って野山を走ることの方が好きだったから武人を志したけど、これだって普通の貴族令嬢だったら認められない。


 王女だったからわがままを押し通すことができたって側面もあるんだ。

 それを全部捨ててアンリウに走るには、それだけ重い理由が必要になるだろう。


「天啓って、ガドは信じる?」

「戦場にある身だからな。ときとして天の差配としか思えないことが起きることくらいは知っているさ」


「夢を見たのよね。キサラ姫がいじめられて自殺し、それに怒ったアンリウが攻めてくる夢。そして泥沼の戦いが始まる夢よ」

「それは、たしかに見過ごせないな」


 天意に無意味なものはないから、そんな夢を見たら普通は気にする。


 気にして調べた結果、妹であるアリエッタ姫とその取り巻きたちがキサラ姫への嫌がらせを企図していることを掴んだ。

 いじめられて、という部分がにわかに現実味を帯びてきたのである。


「で、いろいろと調べていったら、アンリウの戦略が見えてきたってわけ」


 という感じで説明するけど、実際は後出し。

 前世で経験したから知っているだけだ。


「侵攻を予期し、勝算は低いと考え、皆で生き残る道を模索した結果が亡命か。シルヴィ、君の目はどれほど先をみているんだ」

「そんなご立派なものじゃないわよ。みんなじゃなくて、私と親しい人のことしか考えてないもの」


 祖国は主権国家としての独立を失い、アンリウの属国に成り果てるかもしれない。

 それでも良いと私は思ったわけだ。


 みんなの幸せのために、なんて立派なものではけっしてない。

 利己的な動機なんですよ。


「なるほど、シルヴィの気持ちはよくわかった。いまのままでも皇帝陛下を説得することは難しくないだろうが、もうひとつ条件をのんでくれたら、十割の成功を約束しよう」


 大きく出たわね。

 戦に絶対はない。十割はあり得ないんだ。


 にもかかわらず十という数字をあげるってことは、どんな手段を使ってでもって意味。

 場合によっては反対派を暗殺してもってくらいの本気度だ。


「条件ってのを拝聴しましょうか」

「俺と結婚してくれ」

「……そうきたか!」


 思わず床几の上でのけぞってしまう私だった。



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