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第7話 にくきもの


 ガドミール将軍というのは皇帝ラグマルの信頼厚い帝国随一の驍将で、一貫して対リシャール戦の総指揮を執っていた人物である。


 前世の私にしてみたら憎き敵。

 なんだけど、その戦略眼や戦術能力は本気で尊敬に値した。


 負けて負けて負け続けた二年間。言い訳をさせてもらえば、彼が相手でなければ勝った会戦はいくつもあったと思う。


 じっさいガドミール将軍には、「貴殿が相手でなければとうに決着していただろうに」って苦々しくいわれたくらいだ。

 私が捕虜になってしまった戦いの後ね。


 そしてその後、リシャール王国軍はまったく良いところなく負けまくって王都まで攻め込まれてしまったらしい。

 半年ほどで。


 その頃私はアンリウ帝都に送られて檻の中だったから、戦いの詳細はわからない。


 判っているのは、アンリウでの捕虜生活の方が、祖国に戻ってからの地獄よりずっと良かったということ。

 行動の自由は制限されていたけど、人間としての尊厳まで踏みにじられなかったから。


「ちなみに、ガドミールというのはどういう人物なのですか? 我が主君」


 鞍上、トリアンジュが尋ねてくる。


 ランプルト村周辺に出没するモンスター討伐、というのが今回の出陣の名目だ。

 そのための何日も前からモンスターの出没情報を流布させているし、目撃証言などもねつ造している。


 細工は軍師のミハイルに任せているけど、参謀をあと三人用意してくれってうるさいんだよ。

 作戦主任参謀、情報主任参謀、後方主任参謀、の三主任ね。なんでもかんでも僕にやらせようと思うなって。


「身体が大きくて、短くした金髪と鋭い緑の目がいかにも歴戦の武人って感じ。顔はまあ良い方だと思うわ」

「容姿は訊いておりませんが」


「十三回戦い、十三回負けたわ。戦術的な撤退を含めてね」

「我が主君が連敗? 本気で言っていますか?」


 驚いた顔のトリアンジュである。

 ガドミール将軍に負けて鼻っ柱をたたき折らせるまで全戦全勝、向かうところ敵なしのシルヴィア軍団だったからね。


 盗賊団だろうがモンスターの大群だろうが反乱部隊だろうが、つま先で蹴散らしてきた。

 姫将軍シルヴィアがいるかぎり、リシャールの国土は靴一足分も侵されない、なんて父上は豪語していたくらい。


 私自身も調子に乗っていたことは否定できない。天才だとうぬぼれてもいた。


 ガドミール将軍は、そんな私が出会った初めての強敵。全力で戦っても勝てない巨大な障壁だった。


「前世の私は、軍略書に学ぶべきことなし先達に盗むところなしなんて息巻いていたけれどね」

「それは増長ではなく事実だと私は考えておりましたよ。我が主君」


「ところが井の中の蛙だったわけよ。私の読みの先を行く読み、常に私より一手早い差し筋。大胆であり繊細でもある用兵。生まれて初めて、この人に勝ちたいって心から思えた相手だったわ」


 ふうと息を吐く。

 結局、勝てなかったんだけどね。


 ふと視線を動かすと、トリアンジュが珍獣でも見るような目で私を見ている。


「なに? アンジュ」

「いえ、まるで恋する乙女のように敵将を語るものだと感心しただけです、我が主君。他意はありません」


「不思議だわ。他意しか感じない」





「お初にお目にかかる。姫将軍シルヴィア」


 床几から立ち上がり、ガドミール将軍が私に右手を差し出した。


「あなたに会えたのが戦時でなかったことを心より感謝します。ガドミール将軍」


 歩み寄って握り返す。

 うちのリットほどじゃないけど魁偉な体格で、歴戦の強者という風格が漂っている。


 森の中に作られた会談場所だ。

 今日のために何日も前から木を切り、草を刈り、野戦陣地として整備していたのである。


 モンスター討伐のために遠征してきた私たちと、同じくモンスター討伐のために一時的に国境を越えたガドミール将軍の部隊が、「たまたま」この森で遭遇した、という設定だ。


「ずいぶんと小官を買ってくださっているようですな。姫将軍」

「私が全力で戦ったとして、十回戦って十回負けると考えております」


 お世辞ではなく事実ね。

 たぶんこの人がアンリウ帝国にいなければ、リシャールは負けなかったと思う。


 だから、あるいはガドミール将軍さえ暗殺してしまえば、私が死ぬ未来も回避できるかもしれない。

 けど、その方法は選択したくない。


 彼と決着をつけるなら、暗殺ではなく堂々たる会戦でありたいんだよね。


「言葉を崩してよろしいですか? 姫将軍」

「ええもちろん。私も崩させてもらうわね」


「俺はあなたを見たとき、勝率は良くて五分だろうと思った。そしてそんなことを感じた相手は、あなたが初めてだ」

「初めて、という部分は完全に同意するわ」


 理屈じゃない。

 会った瞬間に判ってしまったのだ。

 こいつと戦うなら負ける覚悟が必要だぞって。


 たぶん立ち居振る舞いとか、視線の運び方とか、ここに至るまでの戦略構想とか、そういうものに武人としての直感が反応するんじゃないかな。


「最初に手紙をもらったとき、どうして国を売るつもりになったのか判らなかった。でも、いまなら判る。あなたは数年先まで見ているんだな」


 持ち込まれた床几に私が腰掛けるのを待って、ガドミール将軍が切り出した。

 ここからが本題である。



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