第6話 すてられ姫
美しい女性だった。
白に近い金髪とアイスブルーの瞳、何食べたらそんなに白くなれるのよって訊きたいくらい真っ白な、透けるような肌。
女性にしては大柄な私くらい身長があるから、小柄な女性を好む一般的なリシャール男性の守備範囲からは外れてしまいそうだけどね。
「お初にお目にかかります。キサラ姫」
ダンスに誘う騎士みたいに片膝をつき、手の甲にキスをして挨拶する。
まあ実際、ダンスに誘っているわけだけどね。
歓迎の舞踏会の席上である。
私が男性役として誘った。男装しているのに女性として踊るわけにはいかないから。
それに、キサラ姫に接近するチャンスでもある。
「シルヴィア将軍閣下。お噂は耳に親しんでおります」
「お耳汚しでした」
微笑みながら姫は応じてくれた。
私が回帰してから彼女の輿入れまでの三ヶ月、そりゃもう武勲を立てまくって将軍の地位を確固たるものにしたのだ。
王女の道楽だなんて言わせないためにね。
盗賊団の討伐やモンスター被害の解決、果ては街道整備の護衛まで。必要と思われることはなんでもやった。
その中で、かつての腹心の部下たちとの出会いも果たした。
剛力無双のリット、双剣使いのモリースト、そして参謀役だった智者ミハイル。
以前の歴史なら彼らと出会うのはもっと後になるはずだけど、とにかく核を固めないといけなかったから、こちらから積極的に会いにいったのである。
そしてシルヴィア軍団を形成し、そっくりそのままアンリウ帝国に亡命するというのが作戦の骨子だ。
「慣れない異国での暮らしは大変かと思います。どんな些細なことでも私に頼ってください、キサラ姫」
「将軍閣下……」
「シルヴィ、と、親しい人は呼びます。姫もそう呼んでくれたらうれしいです」
「では、わたくしのことはサラと」
ステップを刻みながら親交を深めていく。
こんな美しく、はかなげな美女を自殺に追い込むなんて、我が弟妹ながら度しがたい。
失ったら人類の損失ってレベルの美貌じゃないか。
もっとも、前世では私だって軍務にかまけて、会ったことすら数回だったのだから偉そうなことはいえないけれど。
今回は絶対に自殺なんかさせない。
私が守ってみせる。
キサラ姫の美しさに、ユーリアスはほとんど興味を示さなかった。
「よしなに」と会釈したきり、宮中の花たちと談笑している始末だ。
判ってはいたけれど外国人嫌いも度が過ぎる。
形式上の夫婦にすぎないとはいえ、人前では大切にしているフリくらいしないとダメでしょうに。
悪意を向けてきたのは、トリアンジュが予想したとおりアリエッタとその一派である。
舞踏会の翌日には嫌がらせをはじめようとするんだから、なかなかに打つ手が早い。
速攻の妙といっても良いくらいだ。
キサラ姫の影響力が最も小さい段階で動くんだもの。
この段位でキサラ姫を孤立させてしまえば、派閥を形成するのが不可能とまではいわないけれど困難になる。
現段階でアリエッタを敵に回してまでキサラ姫をかばうメリットがないからだ。
私たち以外にはね。
「シルヴィ様、取り巻きどもは満足して帰りました」
「ご苦労さまね、シシリー」
キサラ姫を守っている女性兵士だ。彼女の他にアリーチェという娘がつきっきりである。
そして、キサラ姫にはいじめられて傷ついているフリをしてくれるようお願いした。
シシリーとアリーチェの二人なら、アリエッタの取り巻きが十人ほども束になってかかってきたって簡単に撃退できるだろうけど、それだと対立が激化するだけ。
なので、泣き真似作戦で相手の満足感を誘い、いかにもキサラ姫が可哀想な存在であることをアピールし続けている。
ストレスのかかる作戦だから、キサラ姫が嫌がったら普通に撃退しようと思っていた。取り巻きを三、四人も殺せばアリエッタも大人しくなるだろうし。
ただ、キサラ姫自身は演技をけっこう楽しんでくれているみたいで、シシリーとアリーチェと一緒になって、泣き崩れる真似とかやって遊んでいるらしい。
けっこうタフだ。
まあ、一人ではないってのも大事なんだろう。
すぐそばに味方がいる。背後には私もいる。
もしいじめが限度を超えるようだったら、取り巻きどもには速やかに退場いただけば良い。
この事実がキサラ姫の心に余裕を持たせているのだろう。
その一方で、私たちは彼女を通じてアンリウ帝国との極秘交渉を進めている。
彼の国にしても、戦争がしたくてしたくてたまらないってわけじゃないからね。
戦争というのは基本的に政治の一手段で、しかもものすごくお金のかかるものなんだ。
だから、できれば避けたいのが普通の為政者なんだよ。
あくまでも「できれば」ね。
第三国だったら武器とか食料とかをがんがん輸出できる機会だから、けっこう戦争は儲かるんだけど。
「ランプルト村で会談、という話で相手方は納得したようです」
シシリーから受け取った書簡に目を通し、トリアンジュが報告してくれる。
検閲をされることを前提にして、二重三重の暗号を潜ませた書簡をやりとりしているだ。
暗号のネタを考えたのは軍師のミハイルで、解読法は私も判らない。
相手方も解読表を預けた人物しか知らないそうだ。
「さて、いよいよガドミール将軍との再会ね。今世では初めましてだけど」
ぺろりと私は舌で唇を湿らせた。
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