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第5話 祖国は守らないよ


 アリエッタの居室を辞した後も何人かから情報を集め、私たちは部屋に戻った。


「なんてことだ……なんてことだ……」


 私は頭を抱えてしまう。

 ユーリアスもアリエッタも、それどころか王宮にいる高級官僚の半分くらいがアンリウ帝国の実力を過小評価していた。


 北の蛮族って。

 文化的に劣り、軍事力だって数が多いだけでたいしたことないって。


 なんでそんなことになってるのよ。


 たしかにアンリウ帝国は、生産力そのものは高くない。北国だからね。

 けど兵は精強で数が多い。


 実際に戦った感触になるけど、北の荒野に生まれ育ったからこそ逆境にも折れない心を持っているって印象だった。

 あと、身体が大きいから力も強いしね。


「どうしてアンリウは弱いと思ってるのよ……」

「戦った経験がないからではないでしょうか、我が主君。どんな戦でも、戦うより前には負けぬものです」


 トリアンジュの言葉にはっとする。


 そうだ。

 私だって開戦当初は負けるとは思っていなかった。


 防衛戦争で地の利もある。完全勝利はできなくとも侵攻を跳ね返すくらいはできるだろうと考えていたのだ。

 いまから思えば実に滑稽なことにね。


「そこで問います、我が主君よ。勝てませんか?」

「勝てないわね」


「刻を超えた、いまの我が主君でも?」

「……痛いところを突くわね」


 今の私はアンリウ帝国の戦略を知っている。個々の会戦で使われた作戦も、動員数も判っている。

 それらを駆使すれば勝てる、かもしれない。


 かもしれないだ。


 兵数が違う上、兵の質でも大きく水をあけられている。

 小手先の戦術で逆転できるとは思えない。


 侵攻がはじまる四年後までに充分な数の魔法兵をそろえて国境に配備できればあるいは……と考えて私は首を振った。


 魔法兵を二千もそろえば、そりゃあたいていの侵攻は防げるだろう。けれど、そんな予算をどこから持ってくるのかって話である。


 魔法学校(アカデミー)に、人材を優先的に軍部に回せなんて言ったら、笑いながら顔面にファイアーボールを撃ち込まれてしまいそう。

 それじゃなくても魔法の軍事利用に渋い顔をするのに。


 たぶん魔法学校だけでなく、政府からも反対される。

 起きてもいない戦争に備えて、馬鹿みたいに予算をつぎ込んで防衛力をあげようっていうんだから。


「それだったらまだ戦争が起きないように手を打った方がマシよね……」

「ですが、キサラ姫への嫌がらせは起きると思いますし、それを口実としてアンリウ帝国が攻め込んでくるというのも、起きると思います」


 唇を歪めるトリアンジュ。

 弟や妹の態度から考えれば、良くて無視といったところだろう。


 蛮族の国から人身御供として送られてきた姫だと思っているから。いじめて良い存在として認識されることは火を見るより明らかだ。

 そしていまから弟や妹の蒙を啓くのは時間的に不可能だろう。


「微妙に詰んでない? これ」





 とにかく、だ。

 アンリウ帝国はすでに侵攻の準備を進めていると考えて良いだろう。

 キサラ姫の輿入れは、それを糊塗するためのものだ。


 彼女が自殺しようとしまいと四年後には侵攻してくる。キサラ姫は言葉を飾らずにいうと燃やさすために作られた人形ってこと。


「だからキサラ姫を抱き込んで、アンリウ帝国の中枢に食い込むのでしょう? しっかりしてください、我が主君。どうしてリシャールを救う道を考えているのですか」

「は! そうだった!」


「はじゃねえぞボケ主君」

「ん? 聞こえなかったもう一回」


「なんでも背負い込もうとするのは我が主君の悪いクセだと申し上げました」


 もうちょっと短い言葉だった気がするけど、トリアンジュはたまに聞こえない小声でぼそぼそいうことがあるんだよなあ。


 ともあれ、王宮の者たちはアンリウを舐めている。このまま時間が経過すれば嫁いできたキサラ姫は自殺し、それを口実として侵攻が開始されるだろう。


 回避する方法はない。

 しかし、私たちが生き残る方法なら存在する。


 戦勝国の側に付いてしまうことだ。


 祖国のために勝ち目のない戦いを繰り広げ、トリアンジュをはじめとした多くの部下を失い、最後は私自身が戦犯として祖国によって殺される。

 それを繰り返すというのは、さすがに馬鹿も度が過ぎるというものだろう。


「キサラ姫を抱き込み、彼女をパイプとしてアンリウに亡命する。手土産はリシャール王国」


 私はにっと笑って見せた。


「戦うことなく降伏すれば、多くの命が救われますからね。無条件降伏などに比較すれば奪われるものも少なくて済むでしょうし」


 人の悪い笑みを浮かべるトリアンジュだ。


「私だって、べつにリシャールが滅びればいいと思ってるわけじゃないからね」


 未来で私を犯し、辱め、殺したのはリシャールの民だ。

 私をスケープゴートにして自らの保身を図ったのは両親や弟妹だ。

 だけどそれは、現段階では起きるかもしれない未来でしかない。


 起きてもいない事態に対して、彼らに復讐をするというのはさすがにちょっと間尺に合わないだろう。


 あくまでも積極的に助けるつもりはもうないよ、というだけだ。


「さて、あんまり時間はないわよ、アンジュ。四年後には攻め込んでくるって考えたら、もう半分くらい準備は済んでるからね」

「御意。ともに行く人選を進めます」


 トリアンジュが恭しく一礼する。



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